問題
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第三章
第三章
「それで送るには送るんだけれど」
「若し一人でも死んだら大変だから安全な場所になのね」
「そういうこと。まあそれは別にいいよ」
彼にとってはそれはまだどうでもいいことだった。
「自衛官が死なないに越したことはないしそれで日本の評判があがるのならね」
「いいの」
「うん。その程度はわからないとね」
その程度は政治的な判断であり彼も理解できるのだった。しかしそれだけではないのだった。彼はここでふと港の中に停泊している一際大きな艦を見たのだった。
「こんごう?」
「うん」
イージス艦だった。その威容は港の中でとりわけ目立っている。
「大きいね。本当に」
「そうだろ。あれが一隻で千二百億円なんだ」
「千二百億って」
「アメリカ軍だと遥かに安いよ。三分の一位かな」
「そんなに違うの」
「うん。問題だと思うよ」
眉を顰めさせてそのこんごうを見ながら述べる。
「それだけ高いなんて」
「PKOは仕方ないとしてもなのね」
「あの連中は何もわかっていないんだよ」
今度は海の方に大勢浮かんでいる小舟を指差した。見れば色々な垂れ幕を掲げていてメガホンか放送であれこれと言っている。彼等が何者であるか彼はよくわかっていたのだ。
「平和平和って言うけれどそれだけじゃ世の中平和にならないんだ」
「そうなの」
「そうさ。PKOだってさっきも言ったけれど政治的な理由だし仕方ないところも多いけれど」
次にまたこんごうを見た。
「それでも。問題点は色々とあるんだ」
「色々と」
「兵器の高さも法整備も」
「いつも言っているそれね」
「それをどうにかしないと駄目なんだよ」
言葉が強いものになった。
「戦前がどうとか軍国主義がどうとかよりもね。まともな軍の動きができないと」
「そうなの」
「あの連中は本当に馬鹿だよ。何もわかっていないんだ」
また小舟達を見て言い捨てた。
「軍隊がね。問題外だ」
「問題はそれじゃあ」
「そこを何とかしないと」
今度は港全体を見る。至るところに自衛隊の艦艇が停泊し潜水艦まで見える。紫や青の作業服が見えるし制服も見える。完全に自衛隊の場所だった。
「けれど。それも」
その風景を見てまた顔に憂いを見せる。そんな彼に両親が声をかけてその港を後にする。構成はそれから彩名と横須賀でのデートを楽しんだ。その時は自衛隊のことは忘れて幸せな大学生のカップルになっていたのだった。
それから彼はネットや大学の中で自衛隊の兵器の問題やその法整備について訴え続けた。だがその反応は彼の期待しているものではなく実に細々としたものだった。細々というよりは無反応に近い。たまりかねた彼は遂に防衛省や政治家、企業に足を運ぶことにした。直接訴えようというのだ。しかし。
「兵器ってそんな値段ではないのですか?」
まずは予算を担当している財務省に向かった。そこの防衛関係を担当しているという若い眼鏡の官僚から聞いた言葉は彼にとっては唖然とするものだった。
「だからまああれで」
「いえ、高過ぎるんですけれど」
思わずこうクレームをつけた。
「だからこうしてお話に」
「ですが。我が国の兵器はその多くが国産で」
「はい。集中的に作れば」
「安くなるんでしょうか」
驚いたことに軍事関係を全く知らないのだった。それが言葉でわかる。
「それは防衛省からお話を聞いていますが」
「無理だとでも!?」
「残念ですが」
言葉はオブラートに包まれてはいるがその意味のないものだった。それがかえって構成に事態の深刻さを伝えていた。語る方はそうは思ってはいないが。
「それに関してましては」
「財務省としてのお考えはそうなのですね」
「その通りです」
今度は官僚とは思えないはっきりとした返事であった。
「申し訳ありませんが」
「そうですか」
「我々としても国防については考慮しているつもりです」
彼にしては本気であり誠意のある言葉だった。構成にしろそれはわかった。少なくとも目の前のこの若い官僚が真面目な人物なのはわかった。しかしであるが。
「そのうえで充分な予算で」
「兵器に関しましてもですね」
「はい。財務省の見解はそうです」
「わかりました」
こうまで言われては構成としてもこれ以上聞くことはできなかった。聞いても無益だとわかるからだ。だから彼はここで話を打ち切るのだった。
「それではそれで」
「はい。また何かあれば御連絡下さい」
真摯な声で構成に述べてきた。
「お答えさせて頂きますので」
「はい。それでは」
「また」
こうして紳士的に別れの挨拶まで交えられたがそれでも構成が納得する筈がなかった。彼は今度は防衛省に向かった。そしてそこでのコメントは。
「いえ、我々としましてもですね」
初老で髪の随分薄い男の人が出て来て苦い顔で彼に説明するのだった。
「それに関しましては」
「法整備もですか」
「はあ」
実に頼りない感じであった。正直話をしていて大丈夫なのかと心の中で思いさえした。
「それはこちらとしても」
「防衛省として法案を提出していますよね」
真剣な顔でその初老の官僚に問うた。
「他の省庁の様に」
「何分それは」
また否定の言葉であった。
「これはオフレコですよ」
「はい」
一介の学生に使う言葉かと思ったが。彼はそれを守ることにした。
「マスコミが色々と騒ぎますし」
「マスコミがですか」
「これは御存知だと思われますが」
「ええ」
法整備まで知っていてそれを問題としている構成を見ての話なのがわかる。だからといって解決するような話でもないのであるが。
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