戦国異伝
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第百六十九話 三方ヶ原の戦いその七
理に適っている、赤い具足の軍勢が炎になっていた。
「我等は危ういぞ」
「山県の恐ろしさもさることながら」
彼も攻めもかなりだった、そこに二十四将が次から次に来てはだった。
適う筈がなかった、それで大久保は酒井にこう言った。
「酒井殿、ここは」
「うむ、戦はじゃな」
「敗れもうした」
戦場に倒れているのは黄色の者達だけだ、これではどうにもならなかった。
「ですからここは」
「殿じゃな」
「はい、殿に逃げて頂きましょうぞ」
「ではここはじゃ」
本多忠勝が出て来た、その手に蜻蛉切りを持って言って来る。
「わしに任せてもらおうか」
「おお、平八郎殿」
「ここは御主がか」
「後詰を務め申す」
こう酒井に言うのだった。
「そしてあの者も」
「真田もか」
「それがしが相手をします」
「強いぞ」
酒井は本多にこのことを注意した。
「そのことはわかっておろうな」
「無論」
覚悟のうえだというのだ。
「ですから」
「行くのじゃな」
「ここで後詰がいなくては」
このことは言うまでもなかった、退く軍に後詰はどうしても必要だ。攻める敵を防ぐ者達がだ。
それでだ、本多は自ら名乗り出たのだ。
「行かせてもらいます」
「いや、後詰はよいが」
「それでもですか」
「真田幸村は容易な者ではないぞ」
「一騎打ちはですか」
「御主は後詰に務めるのじゃ」
そちらにだというのだ。
「よいな」
「しかしあの者は」
見ればだ、幸村は今も縦横無尽に暴れている。その双槍で徳川の者達を突き斬りそうして薙ぎ倒していた。
幸村の周りには血煙が起こり首も胴も足も舞い飛んでいた、まるで彼一人で徳川を倒さんばかりである。
その彼を見てだ、酒井は本多に言うのだ。
「御主は後詰じゃ」
「それに専念してですか」
「あの者は他の者で止めよ」
「では酒井殿」
ここで出て来たのは井伊だった。
「あの者はそれがしが」
「止めるか」
「はい、行き申す」
こう名乗り出たのだった。
「それがしならばあの者を止められますな」
「そうじゃな、御主ならな」
「では」
「うむ、頼むぞ」
「わかり申した、それでは」
こうしてだった、本多が後詰を引き受け井伊が幸村に向かった。井伊は槍を手に馬上から幸村の前に出て言った。
「真田幸村殿だな!」
「如何にも!」
幸村は井伊のその言葉に堂々と答えた。
「それがしが真田幸村だ!」
「徳川家の家臣の一人井伊直政!」
井伊はここで名乗った。
「その名を冥土の土産にせよ!」
「それがしと戦われるおつもりか!」
「そうだ、では参る!」
「徳川四天王の一人井伊殿と槍を交えられるとは名誉の極み!」
幸村はこう言いながら馬を進めさせた。両手はそれぞれの槍で塞がっているがその心で馬を完全に動かしている。
井伊はその幸村に向かう、そしてだった。
彼と槍を交えた、忽ち激しい一騎打ちがはじまった。
武田軍は本多が獅子奮迅の働きで止めていた、その間にだった。
酒井は榊原と共に家康、まだ前線で戦う彼のところに来て言った。
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