少年と女神の物語
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第百話
前書き
注意
前回の話に続いて今回の話にも、作者の神話に対する自己解釈が含まれます。
「よし・・・後は、本体を探すだけだな」
中に入り込むことに成功して、俺は次の目的を果たすために脚を進める。
あのドームがヒルコの持つ武具の一つである以上、本体はここにあるはずだ。
『どうした、神殺し。先ほどまでの勢いがなくなっているぞ』
「そりゃ、ここでいくら暴れてもお前にダメージはないんだからな」
さて、このまま無為な話をしたところで意味はないんだから・・・
「そうだな。どうせなら、お前の歴史でも語っていくとするか」
『最も新しきオレ、海とつながったオレを語った。次はどんなオレを語ってくれるのだ?』
そう、だな・・・
「じゃあまず、なぜおまえという神が・・・天に輝く太陽神であったお前が、海に流され、棄てられることになったのか。海に流された理由が、棄てるというものになったのか。そんな歴史を、語っていこうか」
『オレ・・・否、国の歴史を語るというのか』
「そんな大層なもんじゃねえよ。ただ、ちょっと日本の風習について語るだけだ」
そう、ただの日本の風習。
それだけでしかなく、それ以上のものではない。
護堂の戦士の権能があるわけでもないから、それがそのまま剣になるわけでもない。
ただ・・・なんとなく、こいつに対して近親感を覚えただけだ。
「お前がイザナギ、イザナミ二神の子であることは、どの日本神話でも共通のことだ」
『当然の事実であるな』
「だがしかし、どんな立場であるのかは、時代によって変わってくる。第一子であることもあれば、第三子であることもある。二度誕生するものまであるくらいだ」
そして、最も古い形は・・・
「最も古い形を解き明かすカギは、お前の兄妹の中にいる。その神の名前は、アマテラス・・・本名をオオヒルメとする神だ」
『オレの妹であり、姉であり、兄でもある神だな』
「ああ。オオは敬称みたいなもんだから、ヒルメが名前だと考えればいいだろうな・・・似てると思わないか?お前の名前に」
そして、
「様々な神話において、双子の神には似た名前、あるいは共通する何かを示す名前を与えられる。・・・元々、お前とアマテラスは双子の太陽神だった」
ヒルメ・・・ヒルヒメ、昼比売、昼媛、昼女。
ヒルコ・・・ヒルヒコ、昼比古、昼彦、昼子。
この二柱の最も古い名前であり、原点の名前。
そして、日本人の古風な名前に用いられるヒコ、ヒメの語源はこの二柱であることの証明。そう言った名前にも採用されるほどに、ヒルコという神が日本において重要なポジションにいたことの証明だ。
「さらに、ヒルコもヒルメも和語・・・ヤマト言葉で表わされる神である以上、渡来神ではなく日本にもともと存在した神であることは疑いようがない。それなのに、なぜおまえが棄てられることになったのか。それは先ほども言ったように、日本古来の習俗に・・・『子を捨てる』という習俗にある」
『忌まわしき習俗であるな!オレの今の立場を作り出す、実に忌々しい!』
そう言いながらも笑っているヒルコは、これを忌々しく思っていながらもそれだけではないのかもしれない。
変化に寛容なのか、なんなのか・・・
この習俗は、知っている人もいるかもしれない。
日本には古来、双子を忌む慣習があった。だからこそ、双子が生まれた時には片方を捨てることで、厄払い、厄除けとした。・・・この習俗こそ、ヒルコが棄てられるという神話を作り出した大本であろう。
「こうして、お前・・・ヒルコという神は棄てられることになった。ではなぜ、ヒルメではなくヒルコが棄てられることになったのか。それは、お前を棄てるという形での書き換えの方が楽だったからに他ならない。なぜなら・・・ヒルコの物語には、海に流されるというものがもともと存在していたからだ」
そして、この物語の中にヒルコが蛇となる原因が・・・本当に些細な、しかしそうとも読み取る事の出来る記述が存在する。
「親に棄てられたヒルコは、成長した後にアマテラスのもとに参上する。そこで、アマテラスにこう命じられるんだ。
『お前は親に棄てられ、下位の龍神の子となった。だから、民を守る神となれ』
とな。これは、海へと流された不具の子であるヒルコは強い生命力を持つ蛇の子となり、自らも蛇となることによって、その生命力を持って再生し、不具の子ではなくなった。ここでヒルコが収まった西宮の神は、別名夷三郎。・・・ここからも、ヒルコとエビスとの合同が見られる」
ここで、ヒルコは兄であるアマテラスに、となっているのだが・・・まあ、これについては気にしなくてもいいだろう。
日本神話で神の性別が逆転することなどしょっちゅうだ。
「では、なぜヒルコは海へと流されていくことになったのか。そこには様々な理由があるわけだが・・・」
と、そこで俺は一つの船を発見した。
おそらくあれが、ヒルコが入れて流されたという葦の船だろう。
「よう、初めまして・・・でいいのかな、ヒルコ」
「うむ、こうして対面するのは初のことであるな」
と、そいつは・・・葦の船の中にいる、形のない神は答えた。
骨がなく、立つ事も出来ない最近のヒルコの形。
「それにしても・・・本当に、こんな感じなんだな。確かにこれは気持ち悪い、不具の子だ」
「はっきりと言ってくれるな、神殺し」
「そうは言っても、俺は神殺しだからな。神に対する敬意とか欠片もないし、どうせ殺すんだ」
あ、そういやまだ名乗ってなかったな。
「さて、挨拶を続けるか。俺は神代武双。神代家長男でカンピオーネ歴二年ちょい。殺した神は十六柱・・・つっても、最源流の鋼はお前が二柱目だけどな」
「ほう、最源流の鋼と相対してまだ生きておるか!面白いな神殺し・・・否、神代武双よ!」
「・・・考えてみれば、一柱目が最源流の鋼って、俺・・・」
少しあれな気がしてきたけど、過ぎたことを考えるのはよそう。
と、そこでヒルコの体が変化した。
ヒルコの体を包むように海水が流れ、海水が消えると・・・そこには、立ち上がった姿のヒルコがいた。
明らかに骨があり、王としての威厳を持った姿で。
そいつはそのまま、腰に差してあった剣を抜き放つ。
「・・・それが、お前の鋼としての姿か?」
「オウ、最源流の鋼たるオレの姿だ!」
そう言いながら切りかかってきたので、俺は槍を召喚して受け・・・反射的に横に跳んだ。
「オイオイ・・・これでも権能で作った鋼の武具だぞ?」
「その場で作られた程度の鋼が、これ自体も最源流の鋼である剣のかなうはずもなかろう」
「なるほど・・・それが、海から引っ張り上げた草薙の剣か」
草薙の剣は、それ自体も神である最源流の鋼。そりゃ、権能で作っただけの武器が効くはずもないよな。
と、いうわけで・・・出番だぞ、二振りとも。
『畏まりました、我が主』
『相手にとって不足はねえ!』
両腕に向けて声をかけたら、返事とともにゲイ・ボルグ、ブリューナクが現れた。
「さあ、やろうぜヒルコ。心躍る殺し合いの始まりだ」
「うむ!鋼と鋼のぶつかり合い、これ以上心躍るものはない!」
言葉を交わすのが終わると同時に・・・俺とヒルコは、互いの武具をぶつけあった。
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