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赤い花白い花

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第二章


第二章

「塾とか。習いごとがあってね」
「習いごともしてるの」
「ピアノをね」
 これは意外だった。何と彼はピアノを習っているのだ。久美子はそれを聞いて目を少ししばたかせた。そこに今の彼女の感情が出ていた。
「してるんだけれど」
「ピアノしてるの」
「驚いた?」
「ええ、少し」
 そして彼女はこのことを自分の口でも告げる。
「そうなの。ピアノなの」
「お母さんがピアノ好きでね。それで」
「ふうん、そうなんだ」
「これがね。やってみると案外」
 ここで彼は楽しそうな顔を見せてきた。
「楽しいよ」
「ピアノ。楽しいの」
「音が奇麗なんだよ」
 ピアノの音がという意味である。
「だから。それが出せることが楽しくてね」
「成程。そうなの」
「まだまだ下手だけれどね」
「何時からやってるの?」
「小学校に入る前からだよ」
 こう久美子に答える。
「その時からね」
「長いのね」
「ううん、全然」
 久美子の今の言葉には首をすぐに振る。
「全然だよ。だって僕の先生なんかね」
「ええ」
「もうはじめて五十年なんだよ。子供の頃からはじめてね」
「そんなに長いの」
「そうなんだよ。そんな先生と比べたら僕なんて全然じゃない」
「言われてみればそうかも」
 流石に五十年と言われれば久美子もそうとしか思えなかった。まだ小学生に過ぎない彼女にとっても翔一にとっても五十年という月日はもう想像もできないものであったのだ。
「そんなに長いと」
「だから。僕なんかまだまだ全然だよ」
 久美子にまた言う。
「本当にね。それじゃあ今度の月曜日ね」
「ええ。楽しみに待ってるわ」
「うん。それじゃあ」
 こうして二人は今度の月曜日に二人でお花を摘むことにした。そうして月曜日の放課後。翔一と久美子はまた赤いお花と白いお花の絨毯を見ていた。今はその絨毯の前に二人並んで立っている。
「今から摘むのね」
「うん」
 緑の野原の中にその赤と白の絨毯がある。久美子はその前に立って翔一に尋ね翔一は久美子に答える。二人はじっとお花の絨毯を見詰めている。
「どの花がいいの?久美子ちゃんは」
「色々考えたけれどね」
 すぐに答えずにこう前置きを置いてきた。
「どっちがいいかなんて決められなかったの」
「どっちがいいかなんて?」
「だって。赤いお花も白いお花もとても奇麗じゃない」
 翔一に答えた言葉はこれであった。
「どっちも。だから」
「決められなかったの」
「両方でもいいよね」
 今度は少し小さい声になって翔一に尋ねた。
「両方でも。いいわよね」
「別にいいよ」
 そして翔一もそれには駄目だとは言わなかった。そしてその理由を彼女に言う。
「だって。確かにどっちもとても奇麗だから」
「だからいいのね」
「うん。僕もそう思うし」
 こうも告げる。
「だったら両方共二人で摘もう。それでいいよね」
「有り難う」
 翔一の言葉にお礼を言った。その言葉と心遣いが嬉しかったからだ。
「それじゃあ。二人でね」
「それでさ、久美子ちゃん」
 翔一は今から摘むという時になってまた久美子に声をかけてきた。久美子も彼の言葉に顔を向ける。
「何?」
「摘んだお花だけれどね」
「ええ」
「一つずつ胸に飾らない?」
 彼女に提案してきたのだった。
「一つずつ。どうかな」
「赤いお花と白いお花を一つずつ?」
「だって。どっちも奇麗だから」
 またこのことを言う。
「だったらさ。どっちも飾ったらどうかなって思って」
「どっちも。胸に」
「絶対にいいと思うよ」
 微笑んで久美子に提案してきていた。その顔は晴れやかでとても澄んだものだった。少年の純粋さに満ちた笑みであった。
「似合うから。どう?」
「そうね。じゃあ」
 早速その赤いお花と白いお花を摘んでみた。まずは一つずつ。そしてその摘んだお花を自分の左胸に飾ってみて翔一に見せるのだった。
「どうかしら」
「うん、凄くいいよ」
 その笑顔で久美子に告げる。
「奇麗。赤いお花はお日様みたいで」
「白いお花は?」
「お月様みたいで。何か久美子ちゃんの胸にお日様とお月様があるみたいだよ」
「お日様とお月様が私の胸に」
「うん、本当に奇麗だよ」
 また久美子に言う。
「凄くね。似合ってるよ」
「有り難う」
 今の翔一の言葉にまた笑顔になる。
 
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