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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第四章 誓約の水精霊
  第一話 プレイボーイ

 
前書き
ルイズ 「ワルド……貴男とのことは……お父様の決めたことだけど…そのお父様も、もういないわ……」
ワルド 「えっ……?」
ルイズ 「まだお話だけだったんだし、私たちの状況も変わったんだから、何もそれに縛られることはないと思うの」


ワルド 「クッ、ルイズに話があるんだ……シロウは関係ないッ! そこをどけッ!」
ルイズ 「関係なくないわよ……だってわたし…夕べはシロウの部屋にいたんだから」
ワルド 「え……」
士郎  「悪いなワルド」
ワルド 「きっ、貴様ッ! ルイズに一体何をしたああっぁぁぁぁああ!!」
シロウ 「フンッ無駄だ。本気でケンカしたら、ワルドが俺にかなう筈ないだろ!」

 婚約者を奪われたワルドッ!! 激昂し襲いかかるも相手は英雄に手が届く程の高みにいる男ッ!!
 ワルドは奪われた婚約者を取り戻せるか?! と言うか士郎はルイズにい一体何をした? ナニをしたあぁぁぁぁ!!!??

 燃え上がる愛ッ! 世界の中心で愛を叫べワルドッ!!!

 注……本編でワルドは出て来ません。

 それでは本編をどうぞ。

 

 
 数に勝るアルビオン軍を打ち破り、トリステインの市民から“聖女”と崇められるほどの人気を得た王女アンリエッタは、現在行われている盛大な戦勝パレードが終わり次第、戴冠式を行うことになっていた。
 戴冠には市民だけでなく、枢機卿マザリーニを筆頭に、ほぼ全ての宮廷貴族や大臣が賛同していた。
 隣国のゲルマニアは渋い顔をするも、アルビオンの侵攻軍を打ち破ったトリステインに否とは言えず、渋々と皇帝とアンリエッタの婚約解消を受け入れた結果、アンリエッタは……自由(・・)を手に入れた。



 喜びに満ちあふれた凱旋の一行を、中央広場の片隅でぼんやりと見つめる敗軍の一団。その中に、日焼けした浅黒い肌の精悍な顔つきの男がいた。
 ルイズの“虚無”で炎上沈没した巨艦レキシントン号の艦長、サー・ヘンリ・ボーウッドである。
 
「“聖女”……か」

 ボーウッドは眉間に皺を寄せ、睨みつけるかのような目で凱旋する一行。その中で一際目立つ馬車に乗っている者を見つめる。思い出すのは燃え盛る艦隊。あの時レキシントウ号の上空に輝いた光の玉は、見る間に巨大に膨れ上がると、艦隊を包み込み……撃沈させた。
 
「あれは……何だったんだ?」

 あれは、本当に何だったんだ。……艦隊を撃沈させた光は、どういう原理か、誰一人として殺すことはなかった。
 艦が地上に落ち燃え上がったことから、落ちた際の衝撃や火災による怪我人は出たが、光による死者や怪我人が出ることはなかった。
 
「ふうぅ……」

 いくら考えても答えが見つからず、頭を使いすぎたことから溜まった熱を吐き出すかのように溜息を吐いたボーウッドは、凱旋の一行から目を逸らす。

「何れにせよ、世界は荒れるだろうな」 
 
 



 枢機卿マザリーニは自身の隣で沈んだ顔を見せる主君に気付く。

「ご気分が優れぬようですが。どうかされましたか?」
「即位は……しなければなりませんか?」

 喘ぐような苦し気な様子で返事をするアンリエッタ。

「……あなたは決断した。これがあなたが選んだ結果です」
「こんなことを選んだ覚えはありま――」
「わがままを申されぬなアンリエッタ陛下(・・)。あなたが選んだ覚えがなくとも、選んだ選択の結果が王となること。こうなることがわからなかったのは、ただあなたが先を見通す目を持っていなかっただけのことです」
「っ」

 俯き、両手を強く握り締めたアンリエッタは、涙が浮かぶ目で左の薬指、士郎がアルビオンから持ち帰ったウェールズの形見の品を見つめる。
 自分を玉座へと持ち上げることになった勝利……この勝利は敵に立ち向かう勇気を与えてくれたこの指輪の持ち主。ある意味ウェールズのものだ。
 ならば、亡き父を偲んで王座を空位のままにした母の様に、このまま王座を空位にしておきたい。女王になど……なりたくはない。
 窓の外から、歓呼の声が聞こえる。俯いたまま顔を上げない主君をマザリーニが諭す。

「民……国が望んだ戴冠ですぞ。これからの殿下は、殿下御自身のものではありませぬ」

 一つ咳をし、マザリーニは話しを続ける。

「それでは、戴冠の儀式の手順をおさらいいたしますぞ」
「王冠を冠るだけですのに、随分と手間を掛けるのですね」
「そう言うものです。権威を示すには手間が掛かるものです。ましてや始祖が与えし王権を担うことを、世界に向けて表明する儀式なのですぞ。多少の面倒も必要になるというものです」 

 未だ顔を上げないアンリエッタの様子に、マザリーニが小さく溜息を吐くと、続けて儀式の手順を説明しだした。

「はぁ。さて、一通り儀式が進みますと、殿下は祭壇のもとに控えた太后陛下の俄然にお進みください。始祖と神に対する誓約の辞を殿下が述べますと、御母君が殿下に王冠を被せてくださいます――」

 誓約……。
 儀式の手順で行う“誓約”。何も覚悟はなく、ただ言われるがままに誓約を行うのは冒涜になるのではないのかしら? 
 自分に女王が務まる等とても思えない……こんなことになった原因であるタルブでの勝利は自身の力でなく、経験豊かな将軍やマザリーニの指示のおかげだった。自分はただ、あの時、あの場所にいただけの何の力もないただの女でしかない。
 もし……もしウェールズが生きていたとしたら、今の自分を見てどう思うだろうか? ただ周りから祭り上げられたことから女王となる自分を……。
 ウェールズ。
 恋というものを教えてくれた人。
 自分が愛した……ただ一人の方……。
 
 自然と唇に白い指先がのびる。

 思い出すのは、ラグドリアンの湖畔で口にした誓約。あの時、気付いた時には、自分は心から溢れ出る想いに突き動かされ、知らずの内に誓約の言葉を口にした。あんなことは、きっと後にも先にも無いだろう。

 のばされた指先は唇に触れることなく下ろされ、膝の上に置かれていた羊皮紙の上に落ちた。
 かさりと乾いた音をたてる羊皮紙に、アンリエッタはぼんやりとした視線を向ける。
 羊皮紙は報告書であった。先日アンリエッタの元まで届いた報告書である。報告書は、士郎がゼロ戦で撃墜した竜騎士を尋問した一衛士が作成したものであった。
 報告書には、どんな竜であっても出せない速度で空を駆けた竜騎兵が、強力で射程距離が長い魔法攻撃で見方の龍騎士が次々と撃墜したと書かれていた。
 しかし、そんな竜騎兵はトリステイン軍には存在しない。
 そのことに疑問を抱いた衛士が、さらに調査を続け。そして衛士は、タルブ村でその竜騎兵の重大な情報を手に入れた。
 その情報とは、どうやら竜騎兵が操っていた“竜”というものが、タルブの村に伝わる“竜の羽衣”と呼ばれるマジックアイテムであったという。さらに衛士が調べを進めると、どうやらその件の“竜の羽衣”とやらはマジックアイテムではなく、未知の飛行機械であることが判明したのだ。
 
 随分と、とんでもないことが書かれていたが、だが、アンリエッタにとってはこの先のことが重要であった。
 未知の飛行機械を操っていたのが、アンリエッタと旧知の間柄であるラ・ヴァリエール嬢の使い魔であるということである。
 報告書の後ろには、あの敵艦隊吹き飛ばした光りとの関連が示唆されていた。それは当たり前と言うものだ。あの光は、その飛行機械が飛んでいた辺りで発生したのだから。これを作成した衛士も、今の自分と同じことを考えたのだろう。衛士は大胆な仮説を立てていた。
 報告書の最後には、ラ・ヴァリエール嬢か、またはその使い魔の男が、あの光を発生させたのでは?
と書かれていた。
 一衛士の領分を超えることから、衛士は直接の接触を躊躇い。報告書の最後は、アンリエッタの裁可をを待つことで締めくくられていた。
 自分に勝利をもたらした光。
 太陽の如き光で、艦隊を壊滅させた光。
 何故かあの光を思い出すと、胸が熱くなる。

「ルイズ……あなたなの?」

 小さく呟いた言葉は、誰に聞かれることもなかった。






 朝食の際、タルブでの王軍の勝利を祝辞が学院長のオスマン氏の口から出た以外は、特にいつもと変わったことは無く。魔法学院では、戦勝で沸く城下町とは違い、いつもと変わらぬ日常が続いていた。
 これは一応、魔法学院は学び舎であるため、政治とは無縁であるといったこともあるが。それ以外にも、いつもどこかで小競り合いが行われているハルケギニアの貴族にとっては、戦争は身近なものであり、特に騒ぎ立てるものではないということもあった。そのため、戦争が始まった最初のうちは騒ぎもしたが、戦況が落ち着き出せば同じく落ち着き出すのである。
 しかし、緩やかな空気が流れる魔法学院の中。人気の少ないヴェストリの広場では、とある戦いがまだまだ火花を散らしながら、燃え上がっていた。






 太陽の香りが薫るベンチに腰かけ、士郎は手に持った包を開く。中身を確認した士郎は、隣に座るシエスタに微笑みかける。

「ありがとうシエスタ。これは暖かそうだな」

 頬を赤く染め、士郎に笑顔を返すシエスタ。

「そ、その。あのひこうき? でしたか? あれに乗る時、寒そうでしたので」



 何故士郎がこんなところにいるのかというと、今日の午後三時頃、シエスタから渡したいものがあると、このヴェストリの広場まで士郎を呼び出したのである。
 士郎が渡されたのは、真っ白なマフラーであった。シエスタの柔らかな肌を思わせる、柔らかく暖かそうなマフラーである。

「確かに、風防を開けると寒いからな」

 試しにと士郎がそのマフラーを首に巻くと、肌触りを確かめるように頬で感触を確かめ、くすぐったそうに目を細めながらシエスタの言葉に頷く。
 今は初夏であるが、空に上がると気温が一気に下がり空気が冷え込む。風防を開ければなおのことである。現代の飛行機ならともかく、このゼロ戦は離着陸の際は、頭を風防から出して下を覗き込む必要があるのだ。
 マフラーには白地に、黒い毛糸で大きく文字が書かれている。アルファベットに似た雰囲気のハルケギニアの文字である。

「『シロウ』か。名前まで縫い込んでくれるなんて」
「そ、そんなに難しいものじゃないので」

 はにかんだ笑顔の中に、少し誇らしげな雰囲気を感じた士郎は、ますます笑みを濃くすると優しげな目をマフラーに落とす。

「ん? 端にシエスタの名前が書かれているが、これは?」
「あ……その。ご、ごめんなさい。ちょっと縫い込んでしまいました。ご迷惑でしたか?」

 おずおずと不安気な顔で見上げてくるシエスタの頭に、士郎はぽん、と手を置くと優しく撫でる。

「んぅ」
「全然。迷惑な訳がないだろ」

 気持ちよさそうに目を細めるシエスタを、暖かな目で見下ろす士郎。
 今まで数多くの女性と関わってきた士郎だったが、こう言う女性らしいプレゼントをもらったのはあまりなかったのであった。
 時折もらうプレゼントは、曰く付きの短剣だったり、『お願いを一回聞きます』と書かれた紙切れだったり、何百万もする宝石だったり……とにかく女性らしいプレゼントというものをほとんど貰うことが少なかった。
 周りにいる女性が、色々と特殊すぎることから仕方ないこととは言え、たまに女性らしいプレゼントを貰ったとしても、中に何が入れられているか、何が縫い込まれているのか分かったものじゃなく。以前プレゼントされたチョコの中に、とある薬(・・・・)入れらえており……あの時のことは思い出したくもない(人はそれをトラウマと言う)……。
 
 とにかく、そんなことがあったことから、純粋な女性らしい贈り物を受け取った士郎の胸は、優しい気持ちに満たされていた。
 
「しかし、これを編むのは大変だっただろう」

 士郎が感心したように頷くと、士郎の手の下でシエスタが上目遣いで士郎を見つめてくる。

「いいんです。あの、ですね。わたしアルビオン軍が攻めて来た時、すっごく怖かったんです。でも、戦争が終わったって聞いて、森から出てきた時……シロウさんがひこうき? から降りてきましたよね?」

 士郎は頷く。

「あの時、本当にすっごく、すっごく嬉しかったんです! 本当です! だからわたし……いきなりあんなこと……」
 
 シエスタの頭に置いたてとは逆の手の指で、士郎が頬を掻く。あの時駆け寄ってきたシエスタは、駆け寄って来る勢いそのままに飛びつくと、そのまま士郎の頬にキスをしたのだ。
 その後森から出て来た村人達の幾人かは、士郎がゼロ戦で竜騎兵達を叩き落すところを見ていたことから、ルイズと士郎はアルビオン軍を倒した英雄と村人たちに崇められた。三日三晩続いた村の祝宴では、士郎達はまるで王侯貴族のような扱いを受けた。また、ゼロ戦が空を飛んだことから、シエスタのひいおじいちゃんの名誉も回復した。
 祝宴の間、シエスタは士郎の傍から離れることはなく、甲斐甲斐しく士郎のお世話をした。給仕の際は今みたく軽く体をすり寄せながら……。

 士郎は苦笑しながら気持ちよさそうに目を細めてるシエスタを見下ろすと、何気なく首に巻いたマフラーの余りを手に取ると、微かな疑問が浮かんだ。

「ん? シエスタ、このマフラー随分と長いが?」
「んんぅ。ん? あっ、んふふ……それはですね。こうするんです」

 シエスタは口元に手を当てると、ムフフと笑いながらマフラーの端を掴むと、自分の首にいそいそと巻き始めた。そうすると、マフラーはちょうど良い長さになった。

「もしやこれは、二人用なのか?」
「んふふ。そうですよ……その、イヤ……でしたか?」

 やはりこの晴天の下マフラーを巻くのは暑いのか、シエスタの滑らかな白い頬に汗が滲んでいる。微かに汗が浮かび上がらせながら、無邪気な子犬の様な瞳で見上げてくるシエスタは、素朴な魅力と色気を漂わせている。
 
 二人用のマフラーか……そう言えば以前、桜から貰ったマフラーには、模様かとおもったら呪文が縫い込まれていて。知らずに巻いていたら……あ~……思い出したくないな…… 
 それに比べ(比べるまでもないが)シエスタの何と優しいことか。シエスタの頭を撫でる士郎の手が、ますます優しく丁寧になっていくと。

「シエスタ?」

 士郎が訝しげな声を上げる。シエスタは自身の頭を撫でる士郎の手を自分の手でそっと片手で止めると、唇を軽く突き出し微かに顔を上げてくる。
 空いていたもう一本の士郎の腕がシエスタの肩に置くと、士郎はごく自然にシエスタをベンチに押したお――

 士郎の頬に汗が一雫流れ落ちる。知らずシエスタの体をベンチに押し倒そうとしている自分自身にギリギリで気付いた士郎の頭の中では、祝宴でのシエスタの父の言葉が過ぎっていた。
 彼はシエスタが席を外した隙を突き、士郎の元までやって来た。そして、アルビオンの竜騎士を倒した士郎の労を労い、村の英雄だと褒め称えた。だが、にこやかに笑っていたシエスタの父の顔が、急に恐ろしい顔を士郎に向けた。

「あなたは村を救った英雄で、アルビオンからトリステインを守った類まれなる勇者です。わたしはそんな君が大好きだ、が……」
「だ、だが?」
「娘を泣かせたら殺す」
「りょ……了解」

 恐ろしい顔でありながら、何気ないことのないことのように軽く言うシエスタの父の様子に、背筋に伝った冷や汗の冷たさを忘れられない。
 だが、おかげでギリギリで我に帰れた。
 
 だ、だがまずい……この感じは……やばいっ!!

 何とかシエスタから距離を取ろうとするも、身体は勝手に? 目を瞑るシエスタに近づいていく。

「ぁっ」

 シエスタの頭を、士郎がその柔らかな黒髪ごと熱く熱が篭った手のひらで掴むと、シエスタは微かに声を漏らす。驚きと歓喜、微かな怯えと悦び……様々な感情がその小さな声には篭っていた。
 段々と近づいていく士郎とシエスタ。
 あと少しで二人の距離がゼロになるというところで――士郎はシエスタを抱えベンチから飛び離れた。





 シエスタと士郎が腰掛けていたベンチの後ろ、約十五メイル程離れた地面に、ぽっかりとあいた穴があった。その穴から、息を荒げながら顔を覗かせる少女。ピンクの髪を逆立て怒りを示すルイズである。
 穴の中でルイズは地団駄を踏んでいる。穴の中、ルイズの隣には、この穴を掘った張本人? 獣? の巨大モグラのヴェルダンデと、士郎のことについて色々と聞き出すため持ち出したデルフリンガーがいた。
 
「なっ、何やってんのよっ!」

 穴の壁に固く握り締めた拳を叩き付けながら、ルイズが唸っている。
 ルイズの視線の先には、丁度士郎が座っていたベンチの上に、握り拳大の石が転がっていた。
 飛んでくる石を避けるため、横に座るシエスタをお姫様抱っこしながら、ベンチから飛び離れた士郎が、ベンチに入ったヒビを、冷や汗を流しながら見つめている。士郎の腕の中では、お姫様抱っこされたシエスタが、戸惑った顔をしながらも、どこか嬉しげな表情を浮かべている。
 ベンチに転がる石は、ルイズが投げたものであった。シエスタに呼び出される士郎を見て心配になったルイズは、事前にヴェルダンデにベンチの後方に穴を掘らせ、士郎達が来る前に穴に潜むと、士郎とシエスタのやり取りの一部始終をのぞき見ていたのだ。そして、士郎がシエスタにキスしようとするのを見て一瞬で血が頭に上ったルイズは、その勢いのまま、足元に落ちていた石を士郎に投げつけたのだ。
 地団駄を踏むルイズに、穴の中、土壁に立て掛けられたデルフリンガーが揶揄うように声を掛ける。

「なあ、貴族の娘っ子」
「あによ。と言うかあんた、わたしの名前知ってるでしょ。名前で呼びなさい名前で」
「べっつにいいじゃねえかよ呼び方なんかぁ。んで、最近貴族様は穴を掘って使い魔を見張るのが流行りなんかい?」
「は、流行りなわけないじゃない」
「あん? だったら何で穴を掘って覗いてんだい?」
「……だって……恥ずかしいし」
「あん? 恥ずかしい?」

 天を仰ぎ怒りを露わにしていたルイズが、デルフリンガーの言葉に顔を赤らめ俯く。
 急な態度の変化に、戸惑った声を上げるデルフリンガー。

「そ、そのね。ちょ、ちょっと色々あって……」
「んん? 色々? 色々って何だ?」
「い、色々って言ったら色々よっ!! 聞かないでよねっ!」

 唐突にキレたルイズに、デルフリンガーが恐る恐ると声を上げる。

「わ、分かった分かったってぇの。はあ……しかし、石を投げるのはやりすぎだと思うがね? 下手に当たったら死んでたかもしれねえぞ」

 ルイズも分かっていたのか、うっと苦しそうな顔をすると、デルフリンガーから顔を逸した。

「し、士郎がいけないんだもん。わたしがこんなにモヤモヤしてるのに、自分は平気な顔でメイドとイチャイチャしてるし」
「やきもちも、やり過ぎはやばいぜ」
「ぅう~……や、やきもちじゃ……ないも、ん」

 穴の中、足を曲げ、膝に手を回し小さくなると、ルイズは赤らんだ顔を足の間に押し当て、口の中で小さく呟く。
 
「それだけじゃ……ないもん」







 急に小さくなり、押し黙ったルイズに、どう声を掛けようかと、デルフリンガーが考え込んだことにより、穴の中に沈黙が満ちる。そんな時、穴の隅で小さくなっていたモグラが、ガバっと立ち上がったかと思うと、小さな手足を必死に伸ばし、穴から抜け出そうとしている。どうやら誰かが近づいて来たようだ。穴から抜け出たモグラは、士郎達がいる反対方向から現れた人影に向かって駆け出す。
 モグラを探しに来たギーシュである。
 ギーシュは近づくモグラに気付くと、すぐに地面に立て膝をつくと、飛び込んで来たモグラを抱きしめ頬擦りした。
 
「ああ! 捜したよヴェルダンデ! ぼくの可愛いけむくじゃらっ! こんなところに穴を掘って、一体何をしているんだい? ってルイズじゃないか? 何でこんなところにいるんだね?」

 モグラが出て来た穴を覗き込み、穴の中にルイズを発見したギーシュは、怪訝な顔でルイズに尋ねる。
 ギーシュの腕の中では、モグラが困ったような目で、ギーシュとルイズを交互に見比べている。ギーシュハ手を顎の下に当てると、髭が生えてもいないのに、髭を撫でるような仕草をしたかと思うと、犯人を問い詰める探偵の様な口調でルイズに話しかける。

「んっふぅっふっふ。分かったぞルイズ。君はヴェルダンデに穴を掘らせ、美容の秘薬の材料であるどばどばミミズを探していたんだっ! いやっ。理由は分かっている。士郎だね。最近士郎は食堂のメイドにむ、ちゅ、う――」

 ベンチの近くでシエスタをお姫様抱っこしている士郎を横目で見つつ、ニヤニヤと笑いながら話していたギーシュであったが、穴から吹き出すドス黒く染まった冷気を感じ、顔が青ざめていく。
 モグラをしっかと掴むと、ギーシュは穴の中にいる何か(・・)を刺激しないようじりじり下がっていったが、墓穴から生者を引き込む悪霊の如き素早さで、ルイズの腕が穴から伸びたかと思うと、ギーシュの細い足首を万力の如き力で握り締め、穴に引き込んだ。

「誰が、誰に夢中だって?」
「あ、あ、あ、あ、あ、あ」
「だ、れ、が、だ、れ、に、む、ちゅ、う、だっ、て?」
「は、ひ」
「誰が誰に夢中だってぇ~っ!!」
「つぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 穴の中に引きずり込まれたギーシュは、般若のように顔を引きつらせたルイズに問い詰められたが、余りの恐怖で口が回らず、鬼と化したルイズに襲い掛かられ、一瞬でずだぼろにされてしまった。
 主人が潰されたゴキブリのように、持ち上がった足を時折ビクつかせる姿を、モグラは穴の隅で小さくなって震えて見ている。ルイズはギーシュの血で濡れた両手を、足元で痙攣しているギーシュの服で拭うと、地獄の底から響く様な恐ろし気な声で呟く。

「シロウ……わたしがこんなに悩んでるっていうのに……覚悟しなさいよ」

 不幸なことに、ルイズの独白が聞こえてしまったデルフリンガーが、小さく震える声で呟く。

「ぃ、ぃやぁ……今度の“虚無”は、ブリミル・ヴァルトリの千倍は恐ろしいやね」








 
 ある程度石を投げた相手の正体が予想できていた士郎が、恐る恐ると部屋のドアに入ると、ルイズが士郎に背を向けベッドの上に腰かけていた。部屋の中は薄暗い。もう夕方だというのに、ルイズは灯りもつけていない。暗いのはそのせいだと思うが、それだけではないと士郎は気付いていた。部屋の中に漂う、どこか覚えのある空気を感じ、寒気を感じると共に士郎の背中に嫌な汗が流れる。

「……どうしたルイズ。部屋が暗いぞ」

 士郎が声を掛けるも、ルイズからの返事はない。士郎はベッドを間に挟み、振り返ることもなく背中を向けているルイズを見つめている。

 さて、どうするか。士郎は、最初、ルイズが石を投げつけたことに対し注意しようと考えていたが、ルイズの様子から、声をかけるのが躊躇われていた。
 ドアの前で、士郎がルイズに話しかけるのに躊躇していると、低く冷たいルイズの声が、薄暗い部屋に響いた。

「随分と遅かったじゃない。今まで、どこで何していたの?」

 特段声を荒げているという訳ではなかったが、その声に潜む何かに、士郎の背中に感じる嫌な感覚は消えなかった。

「あ~……ヴェストリの広場でシエスタと会っていた。それでだ――」
「シロウ」
「ん?」

 士郎が石の件を注意しようとしたが、それを遮るようにルイズが士郎の名を呼んだ。

「何だルイズ?」
「ひこうきの中での事……覚えてる?」

 ドアに背を預け天井を仰ぎ見る士郎。

「……ああ」
「シロウはわたしのこと……どう、思ってる?」
「……大切な女の子だよ」
 
 ルイズの声は少し……震えている。 

「……そう……で、それだけ」
「それだけ、とは?」

 ルイズがゆっくりとベッドから立ち上がる。キシリと、ベッドが音をたてる。
 
「わたしは、シロウが好き」

 ゆっくりと振り向くルイズ。黄昏色の光がルイズの顔を覆い、仮面のようにルイズの顔を隠す。

「シロウは?」

 微かに震えていたルイズの声は、いつの間にか震えは止まり、段々と闇が広がる部屋の中に染み渡るように響く。
 
「俺も……好きだよ」

 黄昏色の仮面が外れると、今度は暗い闇が、ルイズの顔だけでなく全身を覆い隠す。

「そう……でも、その“好き”はわたしの“好き”と同じ、なのかな……?」

 闇の中から、不安気な小さな声がする。
 士郎は一度強く目を瞑ると、天井を仰いでいた顔をゆっくりとルイズの気配がする方向に向けた。

「それは……分からないな」
「……分から……ない?」

 食いしばった歯の隙間から漏れ出るように、妙に篭った声がルイズの口から漏れる。
 
「元の世界に……好きな人が……いたの?」

 鼻をすする音と共に、涙混じりの声が聞こえる。士郎はドアにこつんと頭を当てると、昔を思い出すかのように目を閉じる。

「……ルイズ……俺は……お前に相応しい男じゃない……」
「え?」

 士郎の言葉は、ルイズが望んだ答えではなかった。訝しげな声を上げ、戸惑った様子のルイズに構うことなく、士郎は独白のような話しを続ける。

「俺は“正義の味方”になるために、世界を回っていたと、以前言ったことがあったな。俺は世界を回る中、様々な人を救ったが……何も見返りを求めずに人を救う男は、傍からから見ていた者には、“正義の味方”なんかではなく、理解不能の狂人のように思われてな」
「シロウ?」

 シロウの好きな人のことを聞こうと思ったら、別の話になっており、意味が分からなく戸惑った様子のルイズだったが、シロウの話しの聞くうちに、最近夢に出てくるあの悲しい夢が脳裏をよぎったことから、黙ってシロウの話しに耳を傾けた。

「だから、色々と煙たがられていてな、だが……たまに、手を貸してくれる人もいたんだ」 

 煙たがられていた? 違う? そんなものではない……そんなものではなかったはずだ……。何故かルイズは確信を持って士郎の言葉を否定する。根拠も理由も、あの不可思議な夢でしかない。しかし、ルイズの心の奥で、何かが大声を上げて言っているのだ。辛かったはずだっ! 悲しかったはずだっ! 苦しかったはずだっ! と……だけど……士郎の声は穏やかで、穏やかすぎて、その内心を図ることが全く出来ない。

「彼女達は俺にはもったいなさすぎる程だった。強く、優しく、美しく……俺よりも、余程……な」

 微かに士郎が笑った気がした。

「ルイズ……俺は弱いんだ」
「え? 弱、い?」

 唐突に自身を弱いと言った士郎に、ルイズが意味が分からないと、動揺した声を上げる。
 ルイズの余りにも動揺した声に苦笑いしつつも、士郎は話しを続ける。

「ああ。『全てを救う』、『正義の味方』になるなんて言ってもな。救えなかった人がいたことも、事故や戦争を防げなかったことも何度もあった。全てが終わった後、生き残った人に手を伸ばすしか出来ないでいた……俺一人の力なんて高が知れている」

 何気なく士郎は手を顔の前にやる。手は闇の中に消え去り、目には闇しか映らない。

「そんな自称『全てを救う正義の味方』をな、支えてくれたんだ」

 目を閉じる。思い出すのは、ここへ来る前に出会った彼女達のこと。

「時に叱り、立ち上がらせ。時に殴り、地面に叩きつけ。時に語り、手を引き導く。時に抱きしめ、ぬくもりを与える……彼女達には頭が、上がらないな」

 戦場で出会った者もいれば、長い付き合いの者もいる。予想外の出会いだったり、懐かしい出会いだった時もあった。
 思わずふっと口元に笑みを浮かべると、ルイズが疑問の声を上げた。

「彼女、()?」
「……ん、ああ。彼女、()だ」

 士郎が話の中で、彼女ではなく、彼女()と言ったことに違和感を覚えたルイズが疑問の声を上げると、士郎はこともなげに答える……とんでもないことを。

「その、なルイズ……俺はどうやら、一人の女性を選ぶというのが出来ない口らしく……そういうことだ」
「へ? ……ぇ……っええええええええええっ!!!!????」

 士郎のとんでも発言にルイズが素っ頓狂な声を上げる。
 未だ奇声を上げ続けるルイズに、士郎が声を掛ける。

「どうも、な。誰か一人を選ぶことが出来なくてな。……だから最初に言っただろ。俺はルイズに相応しくない男だって」
「え? でも、え? だって、ええ?」

 混乱から抜け出せず、闇の中ウロウロと歩き回るルイズに士郎は近づくと、軽いルイズの体を持ち上げ、ベッドの上に移動させた。

「へ? え? あれ? し、シロウ?」
「だからな、ルイズ。こんな酷い男は止めておけ。ルイズくらい可愛ければ、もっといい男が幾らでも寄ってくるさ」

 士郎に抱えられ、ベッドの上に下ろされたルイズは、手足をバタつかせ、ますます混乱したが、士郎がルイズの頭を撫でながら言った言葉を受けると、段々と落ち着いた様子を見せていく。

 ルイズが大人しくなったのを確認した士郎は、ルイズから手を離すと、ドアに向かって歩き出した。
 そして、ドアノブに手を掛けると、ドアを開く。

「今日は俺は外で寝る。ルイズはゆっくりと休んでくれ」
「え? ちょっ――」

 ドアの向こうに消えていく士郎の姿。ルイズがハッと顔を上げ何かを言おうと口を開こうとしたが、それは士郎の声の前に消えていった。




「ああ、それとルイズ。例えお前が俺を嫌いになったとしても、俺はずっとお前が好きなのは変わらないからな」




 その声と共にドアが閉まる。


 部屋の中、ベッドの上のルイズの顔は……まるで熟れすぎたトマトのように真っ赤になっていた。






「嫌いになんてなるわけないじゃない……他の人を好きになるわけ……ないじゃない」




 ルイズの小さな声は、ドアの向こうへ届く前に消えていった。




「シロウの……ば~か……」







 
 

 
後書き
シエスタ 「シロウさん、はいあ~ん」
士郎   「あ~ん……もぐもぐ……うんっ! シエスタの料理は本当に美味しいな」
シエスタ 「うふふ、ありがとうございます♡」
士郎   「ふふふ……なら次は……」
シエスタ 「あんっ♡ もうシロウさんったら、お料理が冷めちゃいま――あっ♡」
士郎   「良いではないか良いではないか……」


ルイズ  「ここがあの女のハウスねッ!」



ルイズ  「シロおおァァッ!! この色情魔ぐあああァァァッ!!!」
士郎   「なっ!? るっ、ルイズッ!?」
シエスタ 「……ルイズ」
ルイズ  「シエスタッ! この泥棒猫めッ!!」
シエスタ 「ハンっ! ただ単にあんたに魅力がないだけでしょ? 特にそ・こ」
ルイズ  「上等じゃボケぇぇェエエッ!! 表えでろやコラあああぁっぁぁッ!!!」
シエスタ 「畑仕事で鍛えたこの力ッ!! なめんじゃあっねえええええっぇぇ!!」


 共有していた筈の優しい時間、穏やかな記憶。
 が、男が新たな女に手を出した時、瞬時に幸せだった記憶を過去へと追いやり、女の前には新たなヴィジョンが姿を現す。
 進むことが幸福か、振り返るのは勇気か、交わされる言葉、だがっ……  
 次回、「小さくとも小さいなりにイイ事がある」、ミニマムな身体。その身体、貫き通せ! ルイズ!

 
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