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まぶらほ ~ガスマスクの男~

作者:月下美人
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第十話

 
前書き
やばい、この辺りの話を書くのすごく楽しい(笑)
リーラの設定は手を加えています。

H26.7.10 本文を加筆しました。
 

 


 あれは十三年前の夏のことでした。


 当時、七歳だった私は見習いメイドとしてとある館で働いていました。


 ――え? ああ、はい。メイドになったのは五歳の時でしたね。私の母もメイドを勤めておりまして、母に憧れたのが切っ掛けでした。


 今でこそメイドを束ねる立場にありますが、当時見習いだった私はなかなかメイドの仕事を覚えることが出来ず、しょっちゅう教育係であった母に叱られました。


 見習いメイドは三年掛けてメイドのイロハを覚えます。最初の一年で心構えと振る舞いを、二年目で技法を、三年目で経験を積むのが一般的なのですが、私は他のメイド見習いの人たちに比べ成長が遅いほうでした。


 ――……はい。当時は今のエーファより、ですね。あの子も頑張ってはいるのですが……。……コホン、話を戻しましょう。


 ある日、当時のご主人様のご友人に粗相を働いてしまいました。


 母にきつく叱られ、いつまで経っても成長しない自分やメイドの仕事にも嫌気が差して館を飛び出したんです。


 雨が降っていたにも関わらず傘も差さずに慣れない街を我武者羅に走り、たどり着いた先は小さな公園でした。


 夜だったこともあり人気はなく、公園には私一人しかいませんでした。


 少ししたら母たちが迎えに来る。そう思った私はブランコに揺られていましたが、いくら待っても迎えに来ません。


 見知らぬ土地で帰り道も分からない私は雨に打たれながら心細くなり、泣きそうになるのを堪えて膝を抱えてしました。


 そんな私に声を掛けてくれたのが、一人の男の子だったのです。


 ――はい。当時四歳だったご主人様です。


 男の子は私より幼く、持っていた傘に入れてくれると「どうしたの?」と聞いてきました。


 誰かに聞いてほしかったのでしょう。私は胸の内に溜まる不安や鬱憤を男の子にさらけ出しました。


 仕事がつらい、母が厳しい、期待に応えられない自分が嫌い。男の子は静かに私の愚痴を聞いてくれました。


 すべて吐き出した私はメイドにあるまじき行為をしてしまった自分に嫌気が差し、ますます自己嫌悪に陥りました。しかも自分より幼い男の子に打ち明けたんです、男の子にもつまらない話につき合わせてしまい申し訳ない気持ちになりました。


 しかし、男の子はニコッと笑うとこう言ってくれたのです。


「じゃあぼくがおねえちゃんをえがおにしてあげる! ぼくはせかいいちのまじゅつしだから!」


 その時は男の子の言っていることを理解できませんでしたが、彼が私を元気付けようとしてくれているのだとは分かりました。


 しかし、心がささくれていた私は男の子言葉を受け止めることが出来ず、半ば八つ当たりのような要求をしたのです。


「じゃあ笑顔にしてみてください」と無茶で可愛げのない要求。


 男の子は「うん!」と頷き、しばし考えに耽ると、空に突き出した手から一筋の光を生み出し、奇跡を起こしてくれました。


 ――ふふ……思い出してくれましたか?


 はい、そうです。男の子は雨雲を吹き飛ばし、あろうことか流星群を引き寄せたのです。


 夜空を切り裂く星々の群れに、息をするのも忘れて魅入られました。今でもあの光景は鮮明に思い出せます……。


 ――後になって知ったことですが、当時の流星群の観測は十年は先の予定でした。


 そして悲しみや不安も忘れて夜空に見入る私に男の子は言ってくれたのです。


「おねえちゃんのきれいなえがお、ぼくはすきだな」と。


 今思えば、あのときの男の子の屈託のない笑みが切っ掛けだったのでしょう。


 まだ年端もいかない男の子に一目惚れしたのです。


 ――そんなことがあるのか、ですか? 一目惚れはあります。私自身が経験したことなのですから本当です。


 その後、男の子は用事があるとのことで帰ってしまいました。入れ替わりに膨大な魔力を観測した母たちがやってきたのです。


 私は将来メイドになり主を迎えます。今までは主となる人の想像なんてつきませんでしたが、いつかご主人様とお呼びするならあの男の子がいいなと思うようになりました。


 それからの私は立派なメイドになるために頑張りました。挫けそうになってもあの男の子を思い出して心を奮い立たせて。その変わりようは母が心配するほどです。


 男の子と再び会えることを夢見た私は、彼のことが知りたくて色々調べました。このときはちょっと気になる男の子程度の認識でした。


 ですが、調べていくうちに段々彼に魅かれていく自分自身を自覚しました。『ちょっと気になる人』から『好きな人』に変わったのです。





   †                    †                    †





「これが、十三年前の夏の夜の話です」


 そう締めくくり目を閉じる。


 リーラの語ってくれた話は俺の埋もれた記憶を呼び覚ますに十分だった。


(ああ……なんか思い出してきた)


 あれは高城家に厄介になって数ヶ月のことだった。


 おばさんに買い物を頼まれた俺は傘を差して商店街に向かっていた。


 その道中、信じられないものを目撃したのだった。


「な、なにしてるの……?」


 公園の片隅で女の子が猫を火で炙ろうとしていたのだ。


 雨の中パチパチと燃え盛る焚き火の音に「ニャーッ!!」と嫌がる猫の声。


 そして、そんな猫の足を掴んで今にも焚き火で炙ろうとしていた女の子は傘を差しながら無垢な瞳でこういったのだった。


「なにって、お腹が空いたのでちょっとそこにいた野良猫で満たそうかと思ったんですけど」


「だめだよ! ネコさんかわいそうだよ!」


「でもお腹が空きました……なら食べるしか」


「ニャーッ!?」


 とても文明人とは思えない思考の少女。当時の俺は彼女の腹を満たせば猫は助かると考えた。


「じゃあぼくがなにかおかしかってくるから、そこでまってて!」


「え? 本当ですか?」


「うん! だからネコさんはなしてあげて!」


「それならいいですよ」


 女の子は猫をぽいっと投げ捨てる。華麗に着地した猫は一目散に逃げ出し、俺は安堵したのだった。


 そして急いでコンビニに駆け込み、なけなしのお小遣いを使ってお菓子を数点購入。そのまま急いで少女の元へ向かった。


 貪るようにポテトチップスなどのお菓子を堪能した女の子はようやく一息ついた様子を見せた。


「ご馳走様でした。……そういえば自己紹介がまだでした。わたし宮間夕菜っていいます」


「ぼくはしきもりかずき! 」


「和樹さんですね。ポテチおいしかったです。和樹さんは良い人なんですね!」


 キラキラした目で見てくる女の子に気恥ずかしさを覚える。


「わたしの周りの人はみんなひどい人ばっかりなんですよ。聞いてください! この前なんて――」


 それから何故かマシンガントークが一時間も始まった。


 お使いを頼まれていた俺はいい加減この場を離れたかったが、素振りを見せるたびに潤んだ目で見つめられるのでなかなか逃げ出せないでいる。


 話はお互いの内容まで広がり、俺が世界一の魔術師だと知った女の子は目を輝かせた。


「本当ですか!? じゃあじゃあ、この雨止ませてください! わたし雨嫌いなんです!」


「え? でもぼく、まほうつかっちゃいけないっていわれてて……」


「いいじゃないですか! 一回くらいで死にはしませんよ! あと七回もあるんですから!」


「けど……」


「じゃあ、もしできたらわたしが和樹さんのお嫁さんになってあげます!」


 女の子の押せ押せの姿勢にたじたじになる。


 ここに来てようやく、彼女が関わってはいけない人種なのだと知った。


「ごめんね。もういかないと!」


 ここは早く離れたほうがいいと、子供ながら悟った俺は適当に話を流しその場を離脱する。


「あっ、待ってくださいよ和樹さーん」


 背後でギャーギャー騒いでいる女の子を放って早々に立ち去る。


 予定より随分と時間を掛けてしまったが、目当てのものを購入した俺は先ほどの女の子と鉢合わせしないようにルートを変えて帰宅した。


 その途中、小さな公園でブランコに揺られている少女を目撃する。


 すわ、またあの女の子か!? と身構えたがどうやら違う模様。少女は見たことのないフリフリの服を――後にメイド服だと知った――着ており、なにより日本人ではなかった。


 年齢は自分より四つほどの年上。背中の半ばまである銀髪に端正な顔立ちをした黄金色の瞳を持つ少女だ。


 そしてなにより、彼女は美少女だった。


 ――妖精さん?


 愁いを帯びた表情も合わさり、まるで御伽噺の国から現れたかのような、そんな錯覚すら覚える。


 少女に見惚れていた俺だったが、雨に打たれている姿に我に返ると慌てて持っていた傘に入れた。


 肩が少し濡れてしまうが、気にせず「どうしたの?」と声を掛けた。


 少女があまりにも小さく見えたのだ。まるで世界に取り残されたような、親とはぐれた子供のような心細さを幼心ながら感じた。


 少女はびっくりしたように顔を上げたがすぐに俯いてしまう。


 相手が少女より子供だったため気が楽になったのだろう。ぼそぼそと胸の内を語り始めた。


「私は……ダメなメイドなのです」


 メイドという職につくことが約束された少女は見習いとして励んでいるが、一向に成果が上がらない。


 いつも失敗ばかりで母に怒られ、ほかのメイドたちに迷惑を掛けてしまっている。


 期待してくれている母に申し訳が立たない。


 全然仕事が出来ず、失敗ばかりの自分が嫌い――。


 子供だった俺は少女の話の半分以上理解することも共感することも出来なかったが、彼女が苦しみ悲しんでいることだけは分かった。


 なんとかしたい。悲しい顔をしてほしくない。


 焦燥感にも似た感情に突き動かされながら、彼女の苦渋を和らげたい一心で口を開いた。


「じゃあぼくがおねえちゃんをえがおにしてあげる! ぼくはせかいいちのまじゅつしだから!」


 事実、俺は世界一の魔術師。それは自他ともに認めるところである。


 当時はその称号の意味するところを理解していなかったが。


「じゃあ笑顔にしてみてください」


 出来るはずがない。言外にそう云っている表情。


 信じてもらえていないことが悔しくて、意地でも笑顔にしたいと少しだけ思った。


 しかし俺は少女の心が読めるわけではない。彼女の欲するところがどこにあるのかわからない俺は無い知恵を振り絞って考えた。


 そこで思い出したのが、昨日テレビで見た光景。


 空を切り裂く星々の群れ。


 生涯八回しか使えない魔法を使用することに意識は無かった。決して使ってはいけないと言われたことも意識の彼方へ。


 両腕から立ち上った光の柱が分厚い雨雲を蹴散らし、膨大な魔力が魔法という奇跡の形へと変わり、望んだ願いを引き起こす。


 記憶に新しい映像と相違ない光景に安堵の吐息がもれた。


 見れば、少女は開いた口が塞がらない様子で、目の前の奇跡に目を奪われている。


 光の軌跡を残す流星郡。次第に少女の顔に笑みが浮かんでいった。


 ジッと少女の顔を眺めていた俺は思わず呟いてしまう。


「おねえちゃんのきれいなえがお、ぼくはすきだな……」


 太陽のような笑みとは真逆、月のような笑み、と言えばいいのだろうか。まさしく微笑といった風情に見惚れてしまった。


「えっ……」


「あうっ! えっと、その……なんでもない! おつかいたのまれてたからバイバイ!」


 急に気恥ずかしさがこみ上げて着た俺は逃げるように走り出した。


 唖然とする少女を背に、はやる気持ちを押さえながら岐路につく。


 ちなみにその日の夕食時には少女との出会いをおばさんたちに延々と一時間ほど聞かせた。





   †                    †                    †





「――完全に思い出した。そっか、リーラがあのときの……」


「はい。ご主人様に笑顔が好きだと言われた女の子です」


「うっ……あまりイジメないでくれ。思い出してすごく恥ずかしいんだから……」


 何も考えずぬけぬけと口にしていた言葉の数々に赤面する。


 子供だったからこそ素直に言えたところが大きい。身も心も成長した今では羞恥心やらなにやらが邪魔をして言葉にするにはかなり力がいるだろう。


(それにしても、あの女の子がリーラだったとは……)


 よくよく見れば確かに面影がある。


 あの頃から壮絶な美女だったが、成長した今では磨きが掛かり、今では絶世の美女といっても過言ではない。


 出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ、均整のとれた身体。鈴の音のような声音。


 色白の肌は処女雪のように白く、ポニーテールの銀髪は綺麗以外の形容が見つからない。


(今思えば、一目惚れをしたのは俺のほうかも……)


「ですが、本当に嬉しかったのですよ? ご主人様が残してくださった言葉の数々が私を変えてくれたのです」


 リーラはベッドに腰掛ける俺の側に歩み寄ると、膝を折った。


 染み一つない綺麗な両手で俺の手を包み込む。


 不思議と、恥ずかしいという感情は浮かばなかった。


「昔は運命なんて信じていませんでしたが、今は信じます」


 リーラの手はまるで彼女の心のように温かった。


「ご主人様が私を導いてくださった……。あの時、ご主人様と出会っていなければ、今の私はいません。
 私は――リーラ・シャルンホルストは……貴方様に出会い、貴方様にお仕えするために生まれた……。心からそう思います」


 優しく、そして嬉しそうに微笑むリーラに、熱い感情がこみ上げてきた。


 腹の底から叫びたい、心が突き動かすまま言葉にしたい、そんな衝動。


 気がつけば、彼女を抱き寄せていた。


「ご、ご主人様……?」


 戸惑った声を漏らすリーラ。しかし誰よりも戸惑いを見せているのは他ならない俺自身だった。


 物心がついてこのかた、異性と接触したことは家族しかおらず、ましてやマスクを着用し始めてからは皆無だった。


 発作があるため、手を触れるならまだしも抱きしめるなどありえない。


 しかし、現になんの弊害も無く、彼女を腕の中に抱き留めている。


 リーラは嫌がる素振りを見せず、むしろ身体を寄せてきた。


「ご主人様の体、温かいです……」


 うっとりしたようなそんな声音。


 ジワジワと理性が削られていくのがわかった。


 今、彼女を求めても拒みはしないだろう。そんな確信にも似た考えが浮かんだが、意志の力で跳ね除ける。


 せめて伝えるべきことは伝えたい。


 それがケジメであり、道理だと思う。


「……リーラ」


「はい」


「俺も、リーラのことが……好きだ」


「…………はい」


 涙交じりの声。はっきりと返事が返ってきた。


「私も、ご主人様のことをお慕いしております」


 見詰め合う二人。


 黄金色の瞳はうっすらと浮かんだ涙でゆらゆら揺らめいていた。


 そっと指で拭うと、恥ずかしそうに微笑んだ。


「愛しております、ご主人様……」


「好きだよ」


 それ以上、言葉はいらなかった。


 重なり合う唇は柔らかく、脳髄が蕩けるような甘美な刺激が走る。


 熱い夜が始まった。

 
 

 
後書き
よくよく考えたら、リーラさんの行動はストーカーのそれですけど、あまり気にしないでください!
彼女なら許される!

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