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優しい賢者

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第二章


第二章

「御前そんなふうに思ってたのか」
「だって顔がこんなのですし外見も」
「それ考えたら損な生き物だよな」
「そうですよね」
「全くだ」
 剛史もまた淳に対して話した。
「こんなに気のいい連中いないのにな」
「ほら、猿の惑星」
 古典的名作とされている映画だ。もっともこれは所謂類人猿に対するステレオタイプな一面もある。それはどうも否定できないのは確かである。
「あの映画でもですよね」
「あの映画が一番悪いかもな」
 剛史は猿の惑星に対してかなり批判的な顔で述べた。
「あれでゴリラは酷い描かれ方してたよな」
「力づくで暴力的で」
「それでチンパンジーが比較的良識派だった」
 実際にはチンパンジーはかなり凶暴だと言われている。動物園等でもその飼育にかなり困るし捕まえることも難しいらしい。凶暴だからだ。
「けれど実際はな」
「ゴリラは力づくじゃないですよ」
 実際にゴリラを見て話す二人だった。今彼等は二人の目の前で林檎やセロリを食べている。その姿は至って平和である。
「暴力振るいませんからね」
「ゴリラを捕まえるのなんて簡単なものだ」
 剛史はまだゴリラを見ながら話す。
「棒一本あればな」
「それだけで済みますよね」
「済みますよ」
 淳もまた言った。
「それだけでね。終わりですよね」
「棒を持って殴る素振りを見せればこいつ等は身を守るだけで反抗もしない」
 そうしてそのまま捕まるだけだ。それどころかそのまま殺されてしまうことすらある。ゴリラはあくまで抵抗せずにやられてしまうだけなのだ。
「それだけですからね」
「完全なベジタリアンだぞ、こいつ等」
 今度はその野菜を食べるのだった。
「野菜や果物しか食べないのにどうして凶暴なんだ?」
「人間だって菜食主義だと穏やかになりますからね」
「そりゃ例外もいるけれどな」
 ヒトラーがそうである。実は彼は菜食主義者でありその料理にラードさえ使わなかった。魚も食べなかったしそれに酒も煙草もやらなかった。しかしやったことは歴史にある通りだ。
「それでも大抵はな」
「ですよね。大人しいですよ」
「そうだよ。全然凶暴じゃないんだよ」
 淳も剛史もはっきりと言った。
「こんな優しい動物な」
「他にはいませんよ」
「顔つきや身体つきがこんなのだからな」 
 確かにいかつい。如何にも凶暴そうである。しかし二人が側にいても全く何もしないし大人しいものだ。ただ野菜を丁寧に食べているだけである。
「どうしてもそうなっちまうんだよ」
「ですよね。子供達も怖いっていう子が多いし」
「どうにかならないかな、リアルでな」
 剛史はぼやきながらその言葉に英語を入れてきた。
「さもないとこいつ等があんまりにも可哀想だよ」
「何かいい案ありますかね」
 飼育係の二人はこんなことを話してぼやいていた。彼等にしても自分達が愛情を持って接しているゴリラ達がそう思われるのが残念で仕方がなかった。そんなある日のことだった。
「またここに来るなんてな」
「だってこの子が」
 あの若夫婦だった。やはりあの幼い男の子を一緒に連れて来ている。
「どうしてもっていうから」
「そうだよな。全く何でなんだ?」
 父親はぼやきながらゴリラの方を見る。見れば相変わらず後ろ足で長い腕を今にもつかんばかりにしてそのうえでいかめしく歩き回っている。
「こんな如何にも凶暴そうな生き物のところにな」
「そうよね。虎の方がずっといいのに」
「全くだよ」
 夫婦はこう言い合って後ろに顔を向ける。後ろには虎の檻がありその中で気高く美しい姿を見せていた。目の光も実に鋭くまるで剣だ。
「何でこんな不恰好なのがいいんだ」
「わからないわよね」
「あっ、ほらお母さん」
 しかし男の子はここでそのゴリラ達を指差して笑うのだった。
 
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