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いがみの権太  〜義経千本桜より〜

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第五章


第五章

「女といえどもです」
「そうか。油断はならないか」
「御願いします」
 ここでまた女の声がしてきた。
「一晩泊めて下さい」
「一晩!?」
 維盛も弥左衛門もここで首を傾げさせた。
「今一晩と言ったな」
「はい、確かに」
「ここは宿ではないが」
 このことに首を傾げさせる維盛であった。
「若し追手ならそれがわからない筈がないが」
「その通りです。では追手ではないのでしょうか」
「そうだな。来ているのは梶原景時だ」
 維盛はその名前を出した上で顔を曇らせてみせた。
「そのような迂闊な者は連れては来ない」
「ではやはり普通の旅の者でしょうか」
「おそらくはな」
 こう察する維盛であった。
「それで間違いないだろう」
「では私が出ましょう」
「いや、私が行く」
 維盛は弥左衛門が行こうとするのを止めて自ら行くと言うのだった。
「ここはな。行かせてもらう」
「維盛様がですか」
「うむ。それではな」
「はい。では御願いします」
 こうして維盛が出ることになった。そうして玄関の扉を開けてまずはこう話した。
「うちは寿司屋でして」
 言いながら扉を開ける。
「宿屋ではないのですが」
 そうしてその旅の者を見る。見れば。
「何っ、その方等は!?」
「これは・・・・・・維盛様!?」
「父上!?」
 見ればそれは若葉と六代であった。三人はそれぞれの顔を見て驚きを隠せなかった。
「どうしてこの様な場所に!?」
「まさかここで御会いできるとは」
 まずは夫婦で言い合うのだった。
「私を探していたというのか!?」
「身を隠しておられたのですか」
 そうしてすぐに互いのことを察してしまった。
「それでここまで」
「このお店で」
「何ということだ」
「しかしここで御会いできるとは」
 そのうえで再会を喜ぼうとした。ところがここで。
「弥助さん」
「むっ!?」
 お里が来たのであった。彼女は何も知らず維盛達のところに来た。
「どうしたんですか?お父っつぁんが心配してますよ」
「お里・・・・・・」
「!?その娘は」
 女の勘であった。若葉はお里の姿を見てすぐに彼女が何なのかを悟ってしまった。
 そうしてそのうえで。維盛に対して言うのであった。
「維盛様の」
「そうだ」
 そして維盛も隠さない。あえて正直に話した。
「ここでのな」
「そうでしたか」 
 側室を持つことは普通である。若葉もそれは承知している。だからこそそれを聞いただけで納得して頷くのだった。彼等の間はそれで済んだ。
 しかしであった。お里は。維盛のことを知りここで。唖然としてしまいそのうえで言うのだった。
「弥助さんではなかったのですね」
「済まない」
 維盛は沈痛な顔でお里の言葉に答えた。
「止むを得なかった。隠さなくてはな」
「それはわかります」
 平家の貴人ならば当然である。今源氏の追手が各地に放たれているからだ。
 だがそれでも納得できないことがあった。それはお里が自分と維盛を見てそのうえで。感じざるを得ないこと、即ちどうしようもないことであった。それは。
「貴方様がそれ程貴い方だと知っていれば」
「知っていれば私を愛さなかったか」
「はい」
 そういうことであった。
「何と大それたことを」
「済まない」
 維盛はまたお里に謝った。
 
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