少年と女神の物語
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第九十七話
「・・・色々、おかしくないか?」
ドームの中は、先ほど見えたのとは違う・・・どうにもおかしな空間だった。
予想以上に神秘的な・・・まるで、巫女か何かが神から託宣を受け取る場の様な、そんな印象を受ける。
そんなことを考えながら眺めている間にも何度か壁が鋭くとがり、俺を狙うかのようにしてきたが・・・攻撃されることはなく、元の形に戻って行った。
皆、無茶してなければいいんだけど・・・
「・・・そのためにも、早くナーシャを助けないとな」
決意を新たにして、治癒の霊薬を飲んでから聖槍を構えて前へ進む。
何かいるのではないかと警戒しながら進むが、拍子抜けするほど何にもなくて・・・その先に一つ、繭の様なものを発見した。
手で触れると、少し脈打っているのが分かるそれに、どうしようか少し悩んで・・・聖槍の穂先を、押しつけた。
「狂え、狂気の名のもとに」
今いるドームと同じように、繭も一瞬形を失い・・・俺はつい反射的に、手を突っ込んで中から引っ張り出した。
引っ張り出したそれの頭を膝の上において横たえ、その頬をペチペチと叩く。
「ナーシャ。・・・ナーシャ!」
が、起きる様子がない。
脈や呼吸などを確認してみると、ちゃんと脈はあるし呼吸もしているので・・・あの繭の中で、何かされたのだろう。となると・・・
俺は一つの考えに至り、掌を聖槍で貫いた。
「民よ、甘美なる酒に酔いしでろ!我は酒を持って薬を為し、薬を持って酒とする!今一度命ず。民よ、甘美なる酒に酔いしでろ!」
現れた酒樽に手を突っ込んで、一掬い口に含む。
そのままナーシャの唇に自分のそれを押しつけて直接流し込む。
息はしているし、脈もある。となれば、何か他の要因によるもので間違いないはずだ。
だから、俺が持っている唯一の回復系の権能、医薬の酒を飲ませることにした。
そのまま少し眺めて、二、三度と嚥下しているのを確認してから少し待って・・・
「・・・ケホッ、ケホッ」
咳き込みながら体を起こしたナーシャを、反射的に抱きしめた。
「え、ちょ、武双君!?何で急に抱きついて・・・って、ボク裸じゃないか!?一体どういう、」
「・・・よかった、本当に」
ナーシャが困惑したような声をあげているから、早く離れた方がいいのは分かる。
でも・・・俺は涙を流しながら、少しの間そのままでいた。
◇◆◇◆◇
武双君に借りた服を、袖を折ってどうにか着てから一つ咳払い。着替えが終わったことを知らせる。
まず間違いなく、顔は赤いままだが・・・まあ、仕方ない。あんなことをされて赤面するな、と言うのがそもそも無理な話だ。
それに・・・早く知らせておきたいことが、いくつかある。
「あー・・・とりあえず、さっきは悪かった」
「もうそれはいい。と言うか、蒸し返すな」
赤面が強まりそうになるのをどうにか抑えて、話を続けさせる。
「それじゃあ・・・どこか変なところはないか?」
「・・・特にない、な。むしろ、記憶が戻ってようやくベストコンディションになった感じだ」
その瞬間に、目の前で武双君が息をのむのがなぜか面白かった。
こんな顔を見るのも・・・
「・・・戻ったんだな、記憶。よかったじゃねえか」
「ああ・・・本当に、良かった。武双君に迷惑をかける前に分かって、本当に」
「ばーか。迷惑に思うわけないだろ」
「そういうことではない。そこじゃ・・・ないんだ」
そして、私についての話を始める。
「ボクは・・・私は、神祖だ」
武双君が何か言う前に、話を続ける。
「前世での名前はナーガラージャ。大地に属する蛇の神・・・」
「それで、ナーシャだったんだな」
「そうだな。全く、そのまんますぎるよ」
これで、ボクの正体は話した。
「なるほど・・・それで、あの神はナーシャから力を吸い取って、」
「の、ようだな。神祖となることでかなり格は落ちているが、それでも蛇の属性を持っている。いいエネルギー源になるはずだ」
「そして、その関係であの繭の中に・・・」
なにか吸い取っていたものに心当たりがあるようで、武双君はそう呟いた。
とはいえ、そんなものはどうでもいいが。
「・・・そういうわけだ。武双君、ボクはここで見捨てて行きたまえ」
「・・・は?」
武双君の表情がこいつ、何言ってんだ・・・というようなものになったが、ボクは気にせず続ける。
「ボクは神祖・・・カンピオーネを抹殺する最後の王を眠りから起こす立場だ」
「・・・それで?」
「結果的に、君を殺すことになってしまうかもしれない。だから、そうなる前にボクを殺してくれ」
「断る」
はっきりと断られるのは、想像がついていた。
「ったく、そんなの俺が最後の王に殺されなければいい話だろ。それくらい、大したことじゃねえよ」
「そんな簡単な話ではない。最後の王は・・・それほどの存在なんだ」
そうだな・・・この神について聞きながら、話せばいいか。
「どうだ、武双君。この神は強かったか?」
「・・・ああ、むちゃくちゃ強い」
「それが最源流の鋼だ。そして、最後の王はその上をいく」
「だからって、殺せない理由にはならないだろ」
あっさりと言ってくれるな・・・
「気にすんなよ、そんなこと。うちの家訓覚えてるか?神代が守るのは、自らも含んだ神代だ」
「・・・・・・」
「それに、うちにはもうカンピオーネの俺にまつろわぬ女神のアテまでいるんだぜ?今更神祖がいましたってなっても、面倒事の量は変わらねえよ」
「・・・・・・・・・」
「さっさとこの神を殺して、家に帰るぞ。こうして話してる時間を皆が稼いでくれてるんだ」
「・・・簡単に、言ってのけるものだな」
そして、それでも・・・武双君なら、やれそうだと思えてしまう。
だから、不意打ちでキスをしてやった。
前にやったようなものではなく、しっかりと舌をねじ込んで。
「!?・・・・・・!?」
「・・・ボクがここで視ることのできた、この神の知識。この神の正体。その全てを君に享受してあげよう。むせび泣いて喜んでもいいが?」
そう言ってから、再び唇を押しつけて舌をねじ込み、武双君の下と絡める。
そんな中でも、しっかりと教授の術は使っていく。
太陽神であり、海に関わる神となるロジック。
時代の流れとともに得た、二つの同一視される、海の神の歴史。
そして、最も重要な・・・鋼の神でありながら、蛇の神となる理由。
どういった形で最源流の鋼足りえるのか。
なぜ草薙の剣が・・・天叢雲剣が使えるのか。
直接中にいることで得ることのできた、この神の全てを。
「・・・これはまた・・・確かにこれは、スサノオの家族になるよなぁ・・・」
「立派に、な。そして、スサノオ以上に最源流の鋼だ」
そう言いながら、ボクは唇をはなした。
名残惜しかったが、もう伝えるべきことは全て伝えた。
今やるべきことは、他にあるのだから。
「・・・これでもう、負ける理由はなくなったな」
「君には、草薙護堂の様な権能はないだろう?それでも、この知識が武器になりえると?」
「ああ。立派な武器になるよ。・・・忘れたのか?俺にもちゃんと、あいつみたいな権能がある事を」
そういえば・・・そうだった。
すっかり忘れていた。
「さて、と。まずはここから脱出して、皆と合流するか」
「そうだな。・・・どうやって?」
「・・・多分、いけるはず」
そう言いながら、武双君は初めて聞く言霊を唱え始めた。
「雷よ、我が手に集え」
その瞬間に、武双君の手もとに雷が発生してきた。
いや、あの言霊をそのままに受け取るのなら・・・集まって、来た。
「集いし雷よ、ここに束ねよ。汝らを束ね、我は武具を作り出す。我が親族の振るいし武具を作り出す!」
そして、雷が集まってできた球体の中には、一つの影が・・・
「顕現せよ、ウコンバサラ!」
雷がはじけ、中にあるものがはっきりと見えた。
そこにあったのは、どこか古い印象を受ける。だがいくら使っても壊れなさそうな一つのハンマー。
「・・・それが、ウッコから簒奪した?」
「みたいだな。雷鎚ウコンバサラ・・・頼んだぞ、ナーシャ」
手渡されたそれは、ミョルニルと同じ起源を持つ、だがしっかりと握れるだけの長さを持った柄。神話に記された、神々の武具。
「これは、ボクでも使えるのか?」
「そういう風にしたんだよ。言霊、聞いてなかったのか?」
確かに、我が親族の振るいし、となっていた。
つまり、ボクでも十分に使える。昔っから、ハンマーの扱いは得意な方だ。
「んじゃ、合わせろよナーシャ!」
そう言いながら、武双君は手元に雷を作り出していく。
何を言いたいのかをすぐに理解して、ボクも雷鎚を構え・・・
「我は神々の王にして全てを司るもの!万物の王の名の下に、雷よ、貫け!」
「鎚に宿りし稲妻よ、圧倒的な破壊力を持って、眼前の障害を打ち破れ!」
二人同時に、流動体でできた壁に打ち付けた。
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