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求道

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第一章


第一章

                       求道
 渡辺凌駕はかなり変わった男であった。何が変わっているかというと戦争が終わってから随分と経つのにまだ武がどうとか言っていたのである。
「やっぱり人間武芸なんだよ」
 いつもこう言っていた。彼の家は大きな剣道の道場でありそこを継ぐことになっていた。だから剣の道を志すのはいいことだがそれでも随分と変わっていた。
「今時剣道を極めるのか?」
「スポーツじゃなくてか?」
「剣道は武道なんだよ」
 彼の口癖であった。温和な顔立ちをしていて目は細いがいつも目元が笑っている。背は高く武道をやっているだけあって引き締まった身体をしており黒い髪が少し立っている。その彼の言葉である。
「剣道は。だからさ」
「それを窮めるっていうのかよ」
「そうさ。俺は剣道家なんだよ」
 あくまでこう言う。
「だからやるんだよ。剣の道をな」
「今時何言ってんだよ、全く」
「今は銃があるんだぜ、銃」
 周りは彼のそんな言葉をいつも笑うのだった。
「それで剣道なんてよ。スポーツじゃなくて武道でなんて」
「何言ってんだよ」
「けれど俺はなってみせるんだ」
 しかし彼の考えは変わらない。
「絶対にな。なってやるからな」
「まあ好きにしな」
「なりたかったらな」
 そして周りは呆れて最後にはこう言う。これがいつものことだった。
 凌駕は毎日二千本は素振りし走り筋トレをして身体を鍛えた。当然部活も剣道部だ。中学も高校もそれで全国大会に出て優勝した。それで大学にも入った。
 大学でも相変わらずで剣道部で活躍し続けた。一年の頃から頭角を現わし忽ちのうちに高校までと同じく全国区の人間になった。世界の剣道大会にも出たし段もすぐに四段になった。しかし彼はそんなことはどうでもよかったのだった。
「まだ俺は剣道を窮めてはいないんだ」
 こう考えているのだった。
「まだ。だから」
「おい、大学の選手権で優勝してもか?」
「まだか?」
 皆はそれを聞いてまた呆れてしまった。
「まだ先があるのかよ」
「御前の言う先って何なんだ?」
「実はそれは俺にもわからないんだ」
 こう問われると彼も答えられないのだった。
「ちょっと。それは」
「わからないって何だよ」
「それでも目指してるのかよ」
「ああ、何かをさ」
 こう答えるだけであった。
「剣道の終わりにあるものをさ」
「終わりに何があるかか」
「そういえば御前は剣道を窮めたいんだったな」
「そうさ。幸い家は剣道の道場だしな」
 生活をするにはそこを継げばいい。実に有り難いことにだ。
「ずっとやってくさ。このままな」
「で、御前の家ちゃんとした流派だったよな」
「ああ」
 実は由緒正しい流派でもあるのだ。
「そっちの方はどうなんだよ」
「この前やっと免許皆伝貰ったんだよ」
 このことも皆に話すのだった。
「それがどうかした?それで」
「いや、免許皆伝だったらな」
「そうだよな。もうな」
「究めたじゃないか」
「もうそれでいいんじゃないのか?」
 皆時代劇や小説等からであるが免許皆伝の意味はわかっていた。日本人ならば誰でもわかることである。
「それ貰ったんならな」
「もう究めたんじゃないのか?」
「世界大会でも優勝したしな」
「いや、まだだ」
 しかしそれでまだ辿り着いたとは思っていないのであった。彼は。
「まだなんだよ。全然駄目なんだよ」
「じゃあ何処までいけばいいんだよ、本当に」
「免許皆伝でも世界大会で優勝しても駄目ならな」
「それはまだ本当に俺にもわからないけれど」
「何だよ、まだわからないのかよ」
「ああ。それでもな」
 しかし彼は言うのだった。
 
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