ソードアート・オンライン~ニ人目の双剣使い~
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戯れ混じりの会談
その住居はいたってシンプルな構造だった。
扉はなく、開きっぱなしの入口をくぐると石のテーブルと椅子が目に入る。
固い石が引かれたその場所はいわゆるリビングというところだろう。
天井付近に取り付けられたランプが暖かい光を放ち、その場所を照らしている。
「じゃあ、私は支度をしてくるね。リンたちは座ってて。もうすぐお父さんたちが来ると思うから」
そう言うとレアはリビングから繋がる部屋の一つへと姿を消した。
「んー……なんか意識したらお腹空いてきたよ……」
「まあ、食べなくても死にはしないと思うがな」
何かしらのペナルティーはあるとは思うが。
「……そうかも知れないけれどー……ボクはちゃんと食べたいな」
「まあ……あのレアに騙されることはないと思うからいいんじゃないか?」
あれが演技ならば笑っていい。
「それにしても地下での食事か……」
しかもヒエラルヒー的に完全なる弱者。
……これは期待しない方がいいと思う。
「なにかあるの?」
「だいたいオチは読めた」
ユウキが首を傾げながらさらに詳しく聞こうと口を開いたその時、入口から一人の偉丈夫が入ってきた。
日が当たらない環境下での常識に喧嘩を売るような真っ黒い立派な髭と濃い眉毛。黒イウムの例に漏れない褐色の肌。そして溢れ出る残念臭。……レアの父親だな。
戦闘の時、囲いのすぐ外で腕組みをしていた。
「君らが娘が連れてきたという白イウムだな?」
「見ていたからわかるだろう。……そう言うあんたはレアの父親でいいんだな?」
「ああ、娘……レアの父親のグレイだ。一応族長をしている。……レアはどこに?」
残念臭に加えて親バカな雰囲気を発しつつキョロキョロし始めるグレイ。……おいおい、なぜそっちを優先する。
「食事の用意をしているそうだ。それよりも話し合いをしたいのだが?」
「あ、ああ……そ、そうだな……」
示威行為として机を指で軽く叩きながら言うと、途端にオドオドするグレイ。……交渉は楽そうだな、こいつ。
呆れた目でグレイを見ていると、突然グレイの後ろに現れた人影がグレイの後頭部を鈍器のようなものでぶん殴った。
グレイは何が起きたのかわからない、といった表情で糸が切れたように倒れ、動かなくなる。……気絶したか。
グレイが倒れたことで後ろにいた人影の姿が明らかになる。
やはり日の当たらない環境下での常識に喧嘩を売っている燃えるような赤く長い髪の毛。強気を体言しているかとようなキツい吊り目に褐色の肌を持った女性だった。
……状況的に見てレアの母親かな?
全く似てないけれど。レアの髪の毛は真っ黒だったし。
「ウチのバカが失礼したね。あたしはこのバカの妻でレアの母親のヘラだ。よろしく頼む」
……何かと思えばギリシア神話か。関係性があべこべだけれど……。
その内アテナとか出てくるんじゃないだろうな?
「ああ……俺はリン。こっちはユウキ。それで会談は誰とするんだ?そちらの代表と思わしき人物はあんたの足の下で伸びてるが……」
ゲシゲシと踏まれているグレイ。家庭内での力関係がよくわかるな。
……絶対にああはなりたくない。
「大丈夫さね。会談は元々あたしがするつもりだったから」
なるほど。インパクトでこちらに傾いた雰囲気を対等にしようという魂胆か。
殴られた際のグレイの表情をみるに夫には何の了解も得ずにやったんだろうな。
……可哀相に。
「なら、とりあえず座ってもらえないか?そちらが立っていて、こちらが座っていると少々申し訳なくてな」
「そうかい。なら遠慮なく座らせてもらうよ」
ニヤリと野生味溢れた肉食獣のような笑顔を浮かべ、テーブルを挟んだ向かいの椅子に腰掛ける。
物凄く男らしい女性だな、おい。
……なぜこんな凸凹夫婦が生まれたのか知りたい。
「さてと……時間は有限だ。早速本題に入ろうか」
「そうさね。なら手早く済ませようかね」
言外に無駄な演技はいらないと言ったのだが、どうやらきちんと理解できたらしい。
すぐさま対応を切り替えてくるのはさすがと言えるだろう。
「こちらの要求は単純だ。白イウムの住む領域に行きたい」
「うーん……そいつは難しい要求だねぇ」
ヘラは腕を組み、眉を顰める。
その様子は嘘をついたり、勿体振ったりしている様子ではなかった。
「なにかあるのか?」
「そもそも私らはこの洞窟内の地形しかわからないんだよ。そしてこの洞窟は直接白イウムの領域に繋がってるわけじゃなくてねぇ」
口ごもった理由はこちらの要求に応えられないが故のことか。
聞くにこの迷路の様な洞窟は入り口が一つだけしかないらしい。そして黒イウム達の集落が散在し、それを狙ってゴブリン達が来るのだとか。一応内部で生活できるだけのものがあるらしく、多くの黒イウムはそこから出ないんだと。
「……ならその入り口まで連れて行ってもらうことはできるか?」
「できなくはないねぇ。だが、やはり危険だからねぇ……」
チラチラとあざとくこちらを見てくるヘラ。
「……なにが言いたい」
完全に何を求めているかを理解したため出た、ため息混じりに言った俺の言葉に、ヘラは我が意を得たりと言わんばかりに頷くとニヤリと笑った。
「その要求の代わり……と言っちゃあなんだけど二つだけお願いがある」
二つか……。結構欲張りだな。
「聞くだけなら聞いてやる。受けるかは別問題だが」
「……性格悪いね、あんた」
「それはお互い様だろうに」
舌戦はお手の物だ。武力でもどちらでも、それなりに使えるからな。
「はぁ……とりあえず一つ目なんだけど、あんたらの旅にレアを連れていって欲しい」
「な、なんだとーッ!?」
「ひゃうっ!?」
俺が疑問を呈しようと口を開けたところで、いきなり横から叫び声が聞こえてきた。
……起きたのかグレイ。
いきなり叫ぶなよ。横にいる半分寝かけていたユウキがびっくりして変な声を上げただろうが。
「レアを連れていけってどういうことだ!?」
「五月蝿いわね」
「ぐはっ!?」
グレイがヘラに詰め寄るが、ヘラの見事な右正拳突きを倉って吹っ飛ぶ。
しかし、今度は耐えきったらしく、すぐに起き上がるとある程度の距離を保って詰問を始めた。
「あんたは黙ってな。二度手間は嫌いだし、今から説明してやるから」
ヘラはそう言ってグレイを黙らせるとこちらに向き直る。
「あんなが半殺しにした男を覚えているかい?」
「一応は、な」
ユウキを厭らしい目で見てきたやつだな。
一撃で潰したからほとんど記憶に残ってないが。
「まあ、あんたからすれば雑魚だろうが、一応この里で一番の戦士でねぇ……」
あれが最強か……。戦力がないのは予想していたが、実際に目にするとなんとも言えない。
「いわゆる英雄(?)色を好む……みたいなところがあってなぁ……。後はわかるだろう?」
つまりレアが狙われていたと。
しかも大量に居る妻の一人として強引に引っ張ろうとしていたのか。
なるほど……ユウキを狙ったのも自分のハーレムに加えるためか。……殺しておけばよかったか?
「レアは嫌がってたんだけどねぇ……なにぶん強いし、その子供にも期待が持てるからって黙認されてんのさ」
「それで俺達の道先案内役に託けて里から外に出したいと」
「……その方があの子にとっても里に残って嫌いな男の妻になるより幸せだろうからさ」
本当は離れたくないのか、若干の寂しさを滲ませながらヘラがそう言った。
グレイも納得はしたが、自分の力では解決できないことを悔やんでいるような顔をしている。
「……わかった。連れて行こう。ただし、レアが望めばの話だ」
本人の意思なしで、その人の人生を左右する選択を強制するなどありえない。
「それで構わないよ」
俺の言質が取れて安心したのかヘラはほーっと息をはいた。
「それで、二つ目の要求はなんだ?」
「ああ……一つ目の要求と関係があるんだが……」
言いにくそうに視線をあちこちにさ迷わせる。
やがて決心したようにこちらを見据えた。
「……この隠れ里の奥に巣くうドラゴンを倒して欲しい」
「なるほど……力の証明か」
里一番の戦士がかなりの我が儘が許されていたように、力というのがこの里ではかなりのウェイトを占めるのだろう。
あの男を倒した、ということであまり必要のないように思えるが……やはりそこは里長か。
なるべく里の利益も考える必要があると。
しかも、全く影響がないというわけがないのが上手い。
そのドラゴンがどの程度の力を持つかはわからないが、今まで放置されてきたからには里一番の戦士では歯が立たないのだろう。
それを倒したとなれば、無駄な難癖はすべて封殺できる、と。
そして、ヘラは俺がここまで考えつくことまで計算に入れて話している。
「わかった。引き受けよう」
「ありがとう。お礼にレアを食っていいぞ」
シリアスな話は終わり、と言わんばかりに今までの真剣な表情は何処へやら。にやけた笑顔でサムズアップをするヘラ。
それを見てげんなりする俺。
「お、お、お母さん、なに言ってるの!?」
狙ったと言わんばかりに食事の支度を終えたレアを見て俺はため息をついた。
「いいじゃないか。かなりの優良物件だろうに。それにレアも憎からず思ってんだろう?」
「ま、まだ会ったばかりだし……」
吊橋効果だろうか?……確かに吊橋効果で恋心が芽生えることはある。だが、その恋心が持続することはほぼなく、泡沫の夢となることが非常に多いらしい。
稀にいるだろう。吊橋効果で彼女を手に入れようとするバカ(クライン)が。
「だ、ダメだよ! リンにはもうちゃんと付き合ってる彼女がいるんだから!」
突然のヘラの爆弾発言の衝撃で固まっていたユウキが再起動。そして参戦する。
「それってあなた?」
「うん、そうだよ。ボクも含めて三人もいるんだから!」
何故か胸を張るユウキ。
……いや、正直すまなかった。節操なしで。
地味に俺にダメージが入る。
「さ、三人!?」
「いいじゃないか。三人いるならもう一人くらい増えても」
「いいの……かな?」
そこはしっかりと拒絶してくれよ、ユウキ。……そろそろ介入しないと取り返しがつかなくなりそうなので、口を挟む。
薮蛇になりそうだが。
「二人で遊ぶのは程々にしておけよ」
「で、あんたはどうなんだい?」
案の定、俺の言葉は無視され、矛先がこちらに向いた。
集まる視線に再びため息をつく。
「レアも言った通りまだ会ってからそう間もない。正直言うと俺はレアのことを何とも思ってはいないんだ。ユウキの言った通り、俺には彼女が三人もいる節操なしだ。もちろん三人とも幸せにするという気概はあるが、それでも俺が褒められた人間ではないと思っている」
ユウキがムッとした表情で口を開こうとしたのを手で制すと、俺はさらに続けた。
「レアが俺をどう思ってるから知らないが、これだけは言っておく。一時の感情に流されて結論を出さないでくれ。その結末はどちらにとっても不幸なことにしかなりえないからな」
「……うん、わかった」
若干不満そうだが、納得してくれたようで一安心。
「やれやれ……いい男だね、あんた。ウチの夫と代わってくれないかい?」
……していたらヘラがまた爆弾発言をしてきた。おいおい。
「へ、ヘラ!?」
やはり一番に声をあげたのは夫のグレイ。俺が呆れたような目線を向ける中、グレイはヘラに詰め寄る。
まあ、ヘラの目が笑っていたので、適当にからかって終わりだろう。
「さてと、あちらは放っておいて飯にしようか」
「え……でも……」
「どうせ適度にからかったら上手く纏めるだろうさ。それよりもせっかくの飯が冷めるのもあれだろう」
どんな料理かは知らないから冷めるのかは知らないが、そこは言葉の綾ってやつで。
「あ、うん。わかった」
そう言ってレアが持ってきたのは白いドロッとしたものが入った鍋とパン。それとキノコだ。
「はい、どうぞ。その白いのはパンにつけて食べてね」
「えっと……これは?」
ユウキが白いものを指差しながら首を傾げる。
だいたいの予想がついていた俺は、聞かない方が幸せになれたのに、と思いながらパンをちぎって白いものを塗り、口に含む。
……意外と淡泊な味だな。
「それはね。近くで取れる芋虫(ワーム)をすり潰して味を整えたものだけど?」
あ、ユウキが固まった。
後書き
落ちがついたところで終了。
蕾姫です。
文字通り力こそ正義がまかり通る地下世界。里長といおども逆らえません。まあ、リンが来たせいでパワーバランスが崩壊しましたが。
アンダー・ワールドでオリジナルキャラクター、レアが仲間に加わりました。レアが行きたい……と言うシーンは省略します。まあ……ダラダラしそうなので。
地下世界で、しかも実力的に下位な種族の食事といえば芋虫だよね!というイメージのもと、謎の食事イベントが発生しました。なぜパンがあるのかは不明。クリエイターの方に聞いてください(笑)
次回は竜退治ですね。
感想その他お待ちしています。
ではでは
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