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無様な最期

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第五章


第五章

「強制連行八四〇万人なぞ不可能です。現代でもそれを行うだけの輸送力を使うとなれば相当なものです」
「しかし実際に在日の人達は日本にいるじゃないですか」
「渡航していたり密航により日本に渡ったというデータがありますが」
 櫻井はまた何かを出してきた。それはパネルであった。そこに詳しいデータが棒グラフと線グラフで描かれていた。数字であった。決して嘘をつくことのない。
「これはどう説明されるのですか?」
「それはですね」
「ついでに申し上げておきますけれど」
 今度は櫻井からの言葉であった。
「関東大震災ですが」
「日本人が朝鮮人を虐殺しました」
 田中は苦しいながらもこのことを言うのだった。
「あまりにも醜い蛮行です」
「確かに悲劇でした」
 櫻井もそれは認める。
「どの時代どの国でもあった」
「どの時代どの国でも!?」
「不安に苛まれた人々が暴発するのは往々にしてあるものです」
 これが櫻井の指摘であった。
「残念なことに」
「ではこれは日本人の罪です」
「しかしそれはマスコミに煽られたのです」
 また記事を出してきた。そこには確かに不逞鮮人が云々と書かれていた。
「これにより人々が暴徒化しましたがすぐに軍と警察が動いて朝鮮人を保護しましたね」
「そんなことある筈がありません」
「いえ、ある警察署の署長はです」
 櫻井は田中の否定に対してさらに言ってきた。
「朝鮮人が井戸を投げ込んだというデマに対してです」
「日本人が馬鹿だからそんなデマを信じたんですよ」
「そのデマを流したのはこの新聞社ですが」
 田中の反論めいたものも今しがた出したその記事で黙らせるのだった。
「日本人のマスコミの一部が流したデマですね」
「うう・・・・・・」
「それによりです」
 櫻井の言葉は続く。
「朝鮮人の保護の為にその井戸の水を次から次に飲んでみせたのですよ」
「パフォーマンスですね」
「そうではなく毒が入っていないことを確かめる為にです」
 その為に飲んだのである。
「今で言うと何リットルも一度に。それによりデマは消えました」
「ですがそれにより日本人の罪が消えたわけではないでしょう?」
「はい、一部の人の暴動の罪は消えません」
 田中がそれを日本人全体の罪だと拡大解釈するのを防いでいた。
「ですが警察や軍がそれを止めたということはです」
「それは当然ことじゃないですか」
 苦しい言い逃れであった。しかも彼は自分の今の発言がそれまでの自分の発言を否定したものであるということも気付いてはいなかった。
「それも」
「国家としてはそうしたことはしていない何よりも証ではありませんが」
「なっ・・・・・・」
 その通りであった。言われてやっと気付いたことであった。
「これは。そうですね」
「それは」
「さて。それでです」
 櫻井の攻撃は続く。
「植民地統治といいますが植民地統治を受けている立場の人間から中将が出るでしょうか」
 言うまでもなく軍の最高幹部になる。閣下という尊称で呼ばれるだけではない。かつての日本軍では将官は天皇陛下が直々に任命されるという形式であった。実質的には軍のそうした人事を陛下が頷かれるというものであったがそれでも陛下が御存知であられない筈がないのである。植民地の者がそこまでなることなぞ普通に考えて絶対に有り得ないことなのである。彼女はそれを言ったのだ。
 
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