| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

拠点フェイズ 4
  拠点フェイズ 一刀 張飛 孔明 曹操

 
前書き
更新遅くなりました……すいません。 

 




  ―― 一刀 side 漢中 ――




「だらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「――フッ!」

 くそっ!
 また避けられた……

「……そんなものですかな?」
「~~~~~~っ! まだまだぁ!」

 俺は呼吸を整えつつ、半身になって構える。
 相手との相対距離は、ほぼ五歩というところ。
 ならば――

「ハァッ!」

 一歩目を蹴り、二歩目で加速し、三歩目で飛ぶ。
 そのまま上段から蹴りを――って、飛びすぎ!?

「――甘い」

 軽々と避けられ、さらに俺の頭目掛けて槍の石突が――

「どぇああああああ!?」

 かすった! ジャリッって言ったよ!?

「フッ!」
「あいたぁ!?」

 石突が跳ね返るように動き、返す槍の刃の部分が振り子の様に俺の尻を凪ぐ。
 本来ならば切り裂かれてもおかしくはない勢いだが、幸い俺の着ているのはオリハルコンスーツ。

 同じオリハルコンの刃でもない限りは、傷もつかない。

「やれやれ……攻撃が単純すぎます。それでもご主人様の兄君(あにぎみ)ですか?」
「にゃ、にゃにおう!?」

 すぐに体勢を立て直すが、その喉元にはいつの間にかつきつけられた刃の先端が――

「それまで! 星の勝ちとする!」

 審判の女性――関羽さんがそう宣言した。

「~~~~~っ! くっそう……」

 悪態をつく俺の前で、相手であった趙雲さんが深々と礼をした。

 ちっくしょう……息も切らしていやがらねぇのな。

「一刀殿は、動きが単調すぎます。攻撃する場所を凝視していては、相手にそこを狙うと言っているようなものですぞ?」
「あー……それ、前に教官からも言われたなぁ」
「弱点とわかっているなら直すように努力なさいませ。今のままでは我らはおろか、東西南北の警邏隊の隊長らにも不覚を取られかねませんぞ?」
「うっ……ど、努力する」

 くそっ……カンがいまいちつかめないんだよな。
 体の方はなんともないって言っていたけど、なんとなく感覚が掴めていない。
 それもそのはず……だって俺の身体は――

「微妙に背は伸びているし、寝ていたっていうのに筋力は付いているし……自分の体とは思えないんだよな」
「は?」
「……どういうことですか?」

 あ、関羽さん。
 
「……俺が数年寝ていたってのは、知っているだろ? どうも俺が寝る前と起きた時とじゃ、自分の体のバランスが違うんだよ」
「バランス……?」
「あ~……例えば腕の太さ。俺、こんなに筋肉ムキムキじゃなかったはずなんだ」
「ムキムキ……?」
「……面倒くさいな」

 どうも語呂に齟齬があるというか……言葉は翻訳されているけど、ニュアンスが伝わらないっていうか?

 てか、中国語話して通じなくて、日本語で通じるってどういうことだろ。
 文章は漢文ソノモノなのになぁ……さすが異世界。

「盾二に聞いても自分じゃわからないって言うし。多分貂蝉が、リンクがどうだの言っていたから、盾二の成長に俺の身体が影響を受けたとかあるのかもな……」
「「 ???? 」」
「……ま、まあ。要するに起きる前と後だと自分の体が入れ替わったような感覚でね。力やスピ……速さに自分の感覚が追いついていかないんだよ。暴れ馬に乗っているみたいだ」
「ふむ……不思議なことがあるものですな」
「さすがはご主人様の兄君ですね」

 いや、関羽さん。
 なんぼ何でも、全部盾二基準はどうかと思うんだが。

「さっきも牽制で届かない程度の蹴りを放つつもりが、通りすぎる勢いで飛び上がるし……まるで、初めてスーツを着た時みたいだ」
「その服……やはりご主人様と同じものなのですな?」
「うん。本当ならここまで体型変わるときつくてしょうがないんだけど……このスーツ、自動で伸縮もするんだよ。さすが最新型だよな」
「まあ、服は洗濯すれば、縮んだり伸びたりしますからな」
「いや、趙雲さん。さすがにそれはどうかと」

 最新鋭のオリハルコンスーツを、洗濯に失敗したTシャツみたいに言わないでくれ。

「とはいえ、先ほどのような視線の甘さなどは、体の状態に関係ありますまい。攻撃の組み立て方も基本は単調、もっと虚実織り交ぜなければなりませんな」
「ごもっとも……」
「そうですね。その服を着たご主人様も以前は、鍛錬でも五回に一度は勝っておいででした。足りない速さを技量で補おうとなされていたのです。兄君はご主人様より速さが上とのことでしたから、それに甘えて技術を怠っていたのではないですか?」
「うっ……」

 くっ……関羽さん、意外に鋭い上に厳しいな。
 まあ、実際その通りなんだけども……

「技術は小手先と言われがちですが……とはいえ、戦闘は勝つか負けるかです。死んでしまえば次回なんてありません。技術は戦闘の幅を広げる方法なのですから、疎かにしてはなりません。兄君に不足しているのは技術と経験ですね」
「経験……か」

 確かに。
 俺がこの世界にきてから、盾二はおそらく山ほど経験を積んだのだろうな。
 俺の身体がこれほどの影響を受けているってことが、その証明だろう。

 あいつの眼や顔つきを見れば、どのぐらい修羅場をくぐってきたのか俺でも分かる。

「ほんと、ずいぶんと差がついちまったなぁ……」
「はっはっは! なに、一刀殿とてご主人様のご兄弟! 今は力及ばずとも、これからの鍛錬で挽回は出来ましょうぞ!」
「そうですね。ご主人様とて最初から今のお強さではありませんでした。兄君であれば、十分に素質はあります」

 素質……ね。

「まあ、がんばるしかないか……悪いけど、もうちょっと付き合ってもらえます?」
「もちろんですぞ、一刀殿」
「ああ、星。次は私が兄君とお相手しよう。同じ相手とばかりでは、経験が偏る」
「ふむ……まあ、それもそうか」

 あ、今度は関羽さんなのね………………………………え?

 あ、あの関雲長と、ですと!?

「ふふふ……愛紗は私よりも強いですぞ。しかも手加減は苦手ときている」
「げっ……」
「せ、星! 私とて手加減ぐらい出来る! 兄君に対して、貴様は何を言っておるのか!」

 う…………武神、関羽だしなぁ。
 だ、大丈夫……だよね?

「大丈夫です! いきますぞ、兄君!」
「い、いや! ちょっとタンマ! そ、その呼び名、なんとかなんない!?」
「……は?」

 関羽さん、何故にキョトンとしているのデスカ?

「いや、だって俺、別に関羽さんの兄ってわけじゃないのに、兄君、兄君って……」
「え? あ? え……と」
「……………………ほっほう」

 ?
 何故にニヤけますかな、趙雲さん。

「なるほどなるほど…………さすがは愛紗」
「? なにがだ、星?」
「ふっふっふ……早くも未来の呼び方で一刀殿を呼ぶとは。さすがは愛紗。機を見るに敏というやつかな?」
「………………?」

 えっと……………………………………?

「どういう意味だ?」
「おやおや……しらばっくれんでもいいだろうに。つまりこういうことだ」

 ……趙雲さん?
 何故にいつでも飛び退けるように身構えて……?

「すでに愛紗の中では、一刀殿は『義兄』という認識で接しておられるわけだ。いやあ、すでに正妻として礼儀を尽くそうとは見上げた………………とっ」

 趙雲さんが飛び退くのと、目の前にいた関羽さんが瞬時に消えるのが同時だった。
 そして間髪入れずに聞こえてくる、地面が砕かれるような轟音。

「せ、せせせせせせせせせせせせせせせせせせせせせ、星っ! 貴様、そこになおれーっ!」
「はっはっは! ごめんこうむる!」

 ……なんか、俺そっちのけでマジバトルが始まっちゃったんだけど。

 というか、青龍刀で地面を破壊しまくる関羽さんを見ていると、手加減云々関係なく、相手していたら俺大怪我だったかも?
 そしてそれを軽々と避ける趙雲さん……本当に手加減していたのか。

 ってか、この状況。
 俺……当て馬じゃね?




  ―― 盾二 side ――




 どこからか破壊音が聞こえる。
 また星が、愛紗相手に鍛錬でおちょくって怒らせたのだろうか?

「ととと……」

 地鳴りで崩れ落ちそうな竹簡の束を支える簡雍。
 今では俺や朱里、雛里の専属文官として秘書のような立場になっている。
 様々な案件で持ち込まれる竹簡を、俺・朱里・雛里とそれぞれ分別して捌く手腕は確かなものだ。

 正直、彼がいないと効率がかなり落ちる……そう考えると結構な負担だ。
 もう一人ぐらい専属に誰かつけたほうがいいかもしれない。

「盾二様。新しい開墾地の去年の作付け総高がでました。予想より三割増しです」
「そうか。余剰分は新規開拓地の種付け分として保管してあるな?」
「はい。新しい北部開墾地に回してあります。十分な量を確保出来ました」
「畜産物のほうはどうだ?」
「鶏、豚ともに順調です。ただ、牛に関しては……しばらく州の管理が必要かと」

 まあこの時代、牛の管理は邑単位で行われるほど希少だった。
 個人で持つには、餌の手当ができないからだ。

「牛は乳牛と食肉用に別箇管理させるように。食肉用は、管理書を徹底させろ」
「はい。盾二様の管理書は、各農邑に徹底させるように通知してあります。また、臨時に警邏隊にその見廻りも指示しています」

 管理書……まあ、マニュアルなんだが。
 健康面のことや、食べられる場所だの保存法だのを記憶の限り書きだした上で、牛を育てる邑で実際に調査した内容をまとめたものだ。

 未来の管理には到底及ばないが……それでもできるだけ安全面に考慮して作成してある。

「あとは……ああ、そういえば水田の苗床はどうだ?」
「苗床は、以前からある邑の老人たちが難色を示しましたが……新規の開墾地では順調に行ったそうです。今年は昨年の倍以上の苗が育ちました。直接種籾から蒔くやり方に比べ、この方法なら大量生産が可能でした! さすがです!」
「俺の手柄じゃないよ。全部先人たちの知恵さ」

 アーカムの教育には、本当に頭が下がる。
 まさか農業や酪農のバイトがこうも役立つとはな。
 元は体力訓練やサバイバル用に、一通りこなした訓練の一環だったんだが……

 どこで何が役立つのかわからないともいえるが。

「物価の方はどうだ?」
「はい。作物が供給されたことで、異常に高かった値がかなり落ち着いてきました。最近では物々交換より金銭取引が増えています。漢の中央が落ち着いたことと、梁州の信用が増してきたことが要因と思われます」
「いいことだが……今度は過剰供給を気にしなきゃいけないな。物価の安定は税収の安定につながる。過剰分は兵の糧食として買い上げ、不足分は糧食から放出できるように逐次備蓄と安定供給を心がけてくれ」
「はい。糧食の方は雛里ちゃんと相談して随時、でよろしいですか」
「ああ、まかせる」
「はい、ありがとうございます!」

 糧食は基本、玄米や粟稗といった常温でも問題なく保存できるものだ。
 粥や茶にできる大麦はともかく、小麦は粉にするとダニがつくため保存しにくい。
 美味しい上に様々な用途があるから、本当なら大量に保存しておきたいところなんだが……

「そうだ……定軍山の道の開拓と新しい開墾地のほうはどうなった?」
「それが……道の方は岩をけずり、石道として広げる予定ではありますが……」
「やはり難航している、か」
「はい。どうしても十年単位の時間がかかります」

 ……十年、か。
 本来ならそれぐらいの時間がいるだろう。
 そして、それが許されるだけの時間的余裕もある。
 だが……

「……なら、従来通りの桟道を優先させてくれ。ただし、その幅は短めにして、その上に硬い樫の板を並べて、安全面を高めてくれ」
「わかりました。その程度の変更ならば、通常の桟道とほぼ変わらない時間で出来ると思います」
「頼む。それと、制作には銅釘でなく鉄釘、それも純鉄釘を使うように。コスト……資金は多少かかっても構わない」
「鉄釘、ですか? 加工に手間が掛かりそうですが……」
「銅より強く出来る。以前、研究用にと渡した和釘があるだろう。この機会にあれを広めよう」
「和釘……ですか。確かにあれは使えますけど、工匠たちが納得しますかね……」

 朱里の不安は分かる。
 新しい文化は浸透するまで時間がかかるものだ。
 恐らく、稲の苗床に対する老人たちの拒否反応を思い起こしているんだろう。

「漢中の鍛冶には、鉄板注文の際に研究用にと渡してある」
「えっ!? いつの間に……」
「馬正が、な……」
「あっ……」

 そう……金の錬成のために大量発注した鉄板の買い付け。
 その際に馬正は、以前から時間を見つけては俺が作成していた「和釘」や「和鋼」などを鍛冶の連中に配り、協力を要請してくれていた。
 最初は相当難色を示されていたようだが……馬正は根気強く説得して回っていた。
 おかげで最後の鉄板の買い付けあたりでは、それなりに試行錯誤が始まったらしいとの話もあったのだ。

 本当に……馬正は、俺にはもったいないほどの臣下だった。

「見本は俺が作れるが、大量発注はどうしても鍛冶たちの協力が必要だ。鉄板についても、残る『石』は一つとはいえ……今後も手に入らないと決まったわけではないしな。鍛冶連中との調整役は、新しく誰かに担当してもらわないとな……」
「……ですが、用途が用途です。秘密を漏らせない以上、兵や文官レベルでは……」
「まあな。だから……一刀はどうかと思っている」
「一刀様に……ですか?」

 秘密を守れて、人当たりもよく、繋ぎが取れる人材。
 現状の梁州、そしてこの先のこと考えれば……一刀以外にその役目を担えるものはいない。

「今のあいつに、俺たちの仕事は無理だ。出来ないとは言わないが……まだ時間がかかるだろう。かといって武将とするにも実力が俺よりちょっとマシでは、馬正と同じ扱いにするしかない」
「盾二様より上でしたら、梁州最強なのでは……?」
「虎牢関での力は俺の力じゃない。簡単にいえば暴走したようなものだ。本来の力じゃ、愛紗や鈴々、星にも劣る。あんな力、もう二度と出せないかもな」

 多分……だが。
 貂蝉が調整したって言ったのを信じれば……だけどな。

「そう、ですか……」
「俺だってあんなぼろぼろになるのは、二度とゴメンだよ。次はああなる前に勝つ方法を考えなきゃな。それが本来の俺たちの戦い方だろ?」

 そう言って朱里にウインクする。
 すると、なぜか朱里は真っ赤になりながらあたふたと……何故に?

「そ、そそそそそうですね! ぐ、軍師としては、戦う前に勝つ方法を考えるべきですもんね! も、もちろんですよ!」
「……? まあ、そういうことだ。とりあえず一刀には、軍の指揮に慣れてもらうためにも第三軍の副将として学んでもらうか……」

 俺にできることが一刀に出来ないとは思えない。
 経験さえ積めば、一刀にも十分できるはずだ。

 それに正直、呂布と一対一なんて、もう二度とやりたくない。
 というか、あの時は鈴々が殺されかけて脳が沸いてた。
 今考えると、空恐ろしくて総毛立ってしまう。

 てか、本当にサブイボ立っているな…………何だこの悪寒は?

「………………………………………………」

 …………………………

「……シュリチャン、ズルイネタマシイ……」

 ………………怖いです、雛里さん。

「……雛里。扉の間から怖い目で見てないで中に入ってきてくれ」
「ひ、雛里ちゃん!?」

 ギィィィ……と変な音がして、入室してくる雛里。

 瞳孔が開いたような眼でこちらを見てくる雛里が、何故か怖い。
 むっちゃ怖い。

「ひ、雛里?」

 思わず言葉尻が高くなってしまう。

「……視察、終わりました。あう……」

 帽子を直すように目を隠してくれた御蔭か、若干プレッシャーが弱まる。

「お、お疲れ様……軍の方はどんな様子だった?」
「……はい。連合参加前に比べてですが……兵数の補充は何とかなりますが、調練による純戦力では半減と言っても良いかと」
「……やはり、第二軍が問題か」
「はい……」

 元々、特殊なほど選別され、鍛えぬかれていた第二軍。
 鈴々率いる遊撃部隊は、呂布軍の攻撃による被害を一番受けていた。

 呂布と鈴々が一騎打ちする間、呂布軍の副将により足の止まった第二軍はかなりの被害を受けた。
 おそらくはあの子――泣きながら呂布を引き摺っていった陳宮がそうなのだろう。
 あんなナリでも、さすがは三国時代の武将だ。

「第二軍で復帰できそうなのは約二千です。生き残っているのは当初から第二軍にいた方が殆どで……調練不足であった補充兵のほとんどが死亡しています」
「……そうか」
「新規に人選を開始していますが……しばらくは機能しないでしょう」
「……仕方がない。第二軍の補充兵は、警邏隊から有望そうなのを昇格させてくれ。引き抜いた警邏隊にも補充をかけるように」
「わかりました。あと、第一軍の被害はそれほどでもないのですが……第三軍はほぼ新兵になります。調練はいかがしますか?」
「星……だけでは無理か」

 さすがに二万を越える新兵を、星一人で調練するのは無理がある。

「第一軍から千人隊長を第三軍に派遣してくれ。十人ほどでいい。二千人単位で部隊を創り、そこから百人隊長を選別、指揮させる。調練次第では、千人隊長は第三軍の部隊長に就任ということにしてくれ」
「……! さらに縦の枠組みで組織化するの、ですか……? すごい、です……」
「本来の軍隊なら個別の徹底管理は普通だよ。今まで組織化されていなかったのが不思議なぐらい……まあ、この時代ならそんなもんか。確か第一軍で有望そうなのを愛紗が書き出していたな。名簿は……」
「……そう思いまして、出しておきました。こちらです」

 そう言って、雛里が竹簡を差し出し来る。
 さすが……俺の考える事を雛里も考えていたわけだ。

「ありがとう……ちなみに雛里の意見は?」
「はい……陳到、狐篤、周倉などがよろしいかと」
「ふむ……聞いたことがある名前だな」

 史実と演義の人が混ざっている感じだが……まあいいか。

「わかった。なら人選は雛里に一任する。愛紗には俺からも伝えておくよ」
「ありがとうございます……」

 ……?
 なんか雛里がチラチラと俺を見ているような……?

 ……………………………………ああ。

「……苦労をかけるな。よろしく頼む」

 そう言って頭を撫でてやる。
 すると、雛里は真っ赤になったまま俯いてはいるが……なんか後ろで尻尾がパタパタと揺れているような幻が見えた。

「うう……いいなぁ」

 ……朱里、物欲しそうな目で見ないでくれ。
 君ら、ちょっと安すぎるぞ。

「ふう……とりあえずそろそろ昼時だし。いつも苦労をかけている二人には、俺が昼飯をごちそうするか」
「「 ほ、ほんとでしゅか!? 」」

 か、噛みながらハモったな!
 思わず吹き出しそうになった。

「ああ。好きなモノ食べていいぞ。視察ついでになってしまうが、外で食べるとしよう」
「「 はい! 」」

 おお……めっちゃ喜んでる。
 お昼奢るぐらいでこんなに喜んでくれるなら、もっと頻繁におごってやるべきだったか……

「や、やったね、雛里ちゃん!」
「盾二様とご飯……朱里ちゃん。私、嬉しくて涙でそう」
「ダメだよう……こんなことで泣いちゃ。せっかくだし、美味しいところ案内しよ?」
「うん……うん……そうだね。せっかくだもんね」

 うん……まあ良い息抜きにはなりそうだ。
 物価も安定して食料供給も問題ないから、ボッタクリなところでなければいくらでもご馳走するとしよう。

 ……ああ、そうだ。
 俺は雛里の頭を撫でつつ、首を回して後ろで竹簡の整理をしている簡雍を見る。

「そういや憲和にもいつも苦労かけて済まないな。何ならいっしょに行くか?」
「え?」

 竹簡を片付けていた簡雍が、こちらを見て一瞬ぱあっと笑顔を見せるが……

「ヒッ!?」
「ひ?」

 突如、怯えたような顔で後ずさった。

 ?
 一体どうしたんだ?

「い、いえいえいえいえいえいえ! ぼ、ぼぼぼぼボクは結構です! そ、その仕事が残っていますし! お、お三方で楽しんできてください! それはもう、ごゆっくりと!」

 ガタガタと震えながらそう言う簡雍。
 一体どうしたのだろうか?

「そ、そうか……? まあいいけど。あんまり無理するなよ?」
「は、はははははい! どうぞ、ごゆっくり!」
「………………?」

 よくわからんが、断られたならしょうがない。
 今日は二人とランチしますかね。

「さて……じゃあ朱里、雛里。行くか?」

 俺は、首を戻して二人を見る。
 そこにいた二人は、晴れやかなまでの明るい笑顔で――

「「 はい! 」」

 俺にそう答えた。




  ―― 張飛 side ――




「きょ~おは、な~にを食っべよっかなぁ~、にくまん、あんまん、ど~れにっしよ~♪」

 鈴々が食堂に向かうと、入り口からよろよろと出てくる人影があったのだ。

「にゃ? どうしたのだ?」

 ふらつきながら出てきたのは、どこかで見た若い男の子なのだ。
 えーとえーと……確か、お兄ちゃんや朱里や雛里の手伝いをしている子なのだ!

「あ、ああ……張飛、将軍。お疲れ様です……はぁ」
「にゃ? ずいぶん顔色悪いのだ。お腹でも壊したのか?」

 顔が真っ青で、お腹を押さえているのだ。
 もしかして、下痢がピーピーなのか?

「いえ……なんというか……物を食べようとしたら、あの瞳孔が開きまくった無言の圧力を思い出してしまって……食欲が……」
「にゃ?」
「……なんでもありません。仕事してきます……」

 にゃ?
 よくわからないけど、ふらふらと歩いて行ってしまったのだ。

 身体は大切になー。

「鈴々はおなか減ったのだー! おっちゃーん、ご飯ちょーだい!」

 鈴々が食堂に入ると、文官や武官たちで賑わっていたのだ。
 この食堂は、漢中でも一定以上の地位の専用食堂だから、ここにいるのはみんな鈴々達をよく知っている人が多いのだ。

「やあ、張飛様。相変わらずお元気ですな」
「あ、張飛将軍。今日は炒飯が美味しいですぞ」
「いやいや。今日美味しいのはかれいだろう、どらいかれい!」
「ばっきゃろい! 俺が作るのはなんでも美味しいわ!」

 文官のおっちゃんや、武官のお兄ちゃんを持っているオタマで叩きながら叫ぶ、料理長のおっちゃん。
 相変わらずこの食堂は、いつも賑わっているのだ。

「いらっしゃい、張飛様。今日はなんにしましょうか?」
「んー……今日の献立はなんなのだ?」
「飯は、さっきそいつらが言っていた通り、炒飯かドライカレーですな……白米もありますがね。おかずは魚か肉になりますが……今日は御遣い様から教えてもらった東坡肉(トンポウロウ)がありますよ」
「にゃっ! 仕込んであるのかー!?」
「ええ。張飛様なら山ほど食べるだろうと、今朝から厨房総掛かりで仕込んであります。張飛様がお食べにならないなら、みなさんの夕食にと思っていますが」

 にゃ!
 じょ、冗談じゃないのだ!

「食べる! それは鈴々が食べるのだ! 全部持ってくるのだー!」
「ははは……と思いまして。ちゃんと山ほど作りましたからご安心を。おい! 張飛将軍が食べるそうだ! 用意してあるのを全部出せ!」
「ええええ!? 豚三頭分ですぜ!?」
「新人! いいから出せ! 足りないぐらいなんだよ!」

 三頭分の豚の角煮……じゅるり。

「あ、ご飯と汁物はどうします? 汁物は先日から始めた味噌汁がありますが」
「あ、それもお兄ちゃんの言ってたやつだなー……うん、じゃあそれと白米にするのだ!」

 味噌は昔からあったけど、(タン)として使うのは、あんまり知られていなかったのだ。
 お兄ちゃんは、それを簡単に調理できる『汁物』というものを普及させたのだ。
 味の濃い『味噌汁』は、暖かくても冷めても美味いのだ。
 だから一度作れば、半日以上そのまま置いておける味噌汁は、作る方にも食べる方にも人気があるのだ。

 おかげで最近は、白いご飯が美味しくて困ってしまうのだ!

「わかりました。肉だけじゃお腹がもたれますんで、青梗菜(ちんげんさい)でも添えますか……おい、そこの三人、急いで青梗菜を百人前だ!」
「「「 明白了(わかりました)! 」」」

 おっちゃんの号令一つで、キビキビと動き出す料理人たち。
 さすがに漢中での式典なども担当する料理人たちなのだ。
 その動きは、調練された一流の兵にも負けないほどカンロクがあるのだ!

「じゃあ、専用の食卓にもっていきますんで。そっちで待っていてもらえますか?」
「わかったのだ! よろしく頼むのだ!」

 おっにく~おにっく~嬉しいな~!

「……なんで張飛将軍だけ、奥に専用の食卓があるんだ?」
「バカ、お前知らないのか? 張飛将軍はめちゃくちゃ食べるだろうが。だから厨房横にある専用出入口から運ぶんだよ。食べる速さが作る速さを上回るから……」
「それだけじゃないって。あの大食いを間近で見てみろ。俺なんか一度バッチリ見ちゃって食べる気なくしたんだから……」
「あれだけの量が、あの小さな身体のどこに収納されるのかが不思議でしょうがない……」
「千人分の食事を一人で食べきったって噂は、本当だったのか……」

 にゃー……?
 なんかみんな、こっち見て騒いでいるのだ。

「みんなも一緒に食べるかー?」
「「「「 いえいえいえいえいえいえいえ! 」」」」

 その場にいたおっちゃんやお兄ちゃんたちは、そそくさと食堂を出て行ったのだ。
 ちゃんと飯食ったのかー?




  ―― 孔明 side ――




「はああ……美味しかったです」
「うん……おなか、いっぱい」
「満足してくれたようで何より」

 盾二様がご一緒ですと、ご飯がほんとうに美味しいです。
 盾二様の前だったので、少し量を控えるつもりだったのですが……昨日から何も食べていないのを忘れていました。

 はしたなく思われないかな……?

「朱里も雛里も細すぎるぐらいなんだから、もっと美味しいものを一杯食べていいんだよ? 体力つけないとやっていけない仕事なんだしね」

 はうう……盾二様は、お優しいです。
 でも、乙女として太るのは……

「そういえば、この店からそう遠くないところに杏仁豆腐をはじめた店があるんだが。ちょっと行ってみる?」
「あんにんどうふ……ですか?」
「えっと……?」

 聞いたことのない料理です。

「えっと……きょうにんって言えば分かる?」
「あ、はい。薬膳料理の一種ですね。結構苦味があるので食べにくいのですが……」
「あれを蜂蜜や巴郡から仕入れた砂糖で味付けさせて、甘くて食べやすくさせてみた。杏仁(きょうにん)も苦味が少ないのにさせたらかなり人気になっているらしいぞ」
「そ、それは食べてみた……あ」

 思わず身を乗り出しかけちゃいました。
 うう……はしたないです。

「ははは。まあ、薬学的にも勉強の価値はあると思うし。雛里はどうだい?」
「……はい。食べて、みたいかもです……あう」
「じゃ、決まりだ。早速行ってみよう」

 そう言うと、盾二様はすぐに会計をしに行きました。
 あうう……甘い料理と聞いて、反応してしまうなんて。

「朱里ちゃん、朱里ちゃん……しょうがないよ。私も食べたいもん……」
「だ、だよね……甘いお菓子は別腹だよね!」
「うん……それに、盾二様が勧めてくださるものだし……絶対に外れはないと思う」
「そ、そうだよね。うん、これは勉強! 勉強のためにも必要なことなんだよね!?」
「う、うん……」

 そう、勉強のため!
 あくまで勉強のために食べるんです!

 決して『甘い』という言葉に釣られたわけじゃありません!

「おまたせ……さていくか」
「「 はい! 」」

 盾二様に連れられて、店から出ます。
 まだまだお昼時。
 道々には昼食を食べようとする人たちでごった返していました。

「……大分人が増えたな。こりゃ、漢中第二層の整備を急いだほうが良さそうだ」
「そうですね……すでに第一層での住居が足りず、第二層の建設予定地に無断で住居を建て始めようとする人が、かなりの量になっています。開墾地に誘導するのにも、限界がありますから……」
「……警官隊から、治安維持が困難になってきているとの陳情が出ていました。一時的にですが、第一軍の兵を動員させて対処していますが……」
「警官隊の増員もしないとまずいか……馬正の代わりが出来る警視の選抜も早めないとな」

 盾二様は、渋面な顔で溢れかえる人々を見ています。

 ……本当に、梁州は得難い人材を失ってしまいました。
 馬正さんが生きていれば……

「やれやれ……本当に戦争は人材を枯渇させる。できれば外交努力だけでなんとかしたいものだが……そうもいかないよな」
「盾二様……」
「っと、すまない。愚痴聞かせちまったな……店に行こう」

 盾二様は、そう言って歩き出します。
 その背中が泣いているように見えるのは……私の気のせいでしょうか?

「じゅ、盾二様……」

 その盾二様に小走りに寄って、きゅっと手をつなぐ雛里ちゃん。

「ありがとな、雛里」

 盾二様は、寂しそうに雛里ちゃんに微笑みました。
 むう……

 慌てて私も駆け寄って、反対側の手を握ります。

「……朱里もありがと」

 えへへ……盾二様と手をつないじゃった。
 あれ?
 なんか盾二様の顔が紅いような……

「あー……こほん。まあ、はぐれないように向かおう。店もすぐそこだしな」
「はい。そういえば、盾二様」
「?」
「先程、杏仁料理を作らせたようなことをおっしゃっていましたが……盾二様がお作りに?」
「ああ……実は、見廻りした時によくカレーなどの香辛料を物色しているんだけどね。そんな時に、たまたま杏仁(きょうにん)を見つけてね。そういや杏仁豆腐ってあったなーと思って色々聞いたら、薬膳であるというからさ。食べやすくする方法を話して、作らせてみたんだ」
「杏仁とお豆腐で作るのですか……?」
「いや、豆腐ではないな。豆腐のように見えるだけで……というか、豆腐自体あるのが驚きなんだけど」
「?」
「まあ、そういう風に見えるってだけの料理だよ。牛乳の流通が安定してきているし、うまく作れたと思う。ただ、薬膳故にあんまり量を食べると毒になりかねないから、大量に食べないように注意書きが必要だな」
「毒ですか!?」

 確かに杏仁は、咳によく効きますけど……

「毒と薬は紙一重。分量さえ間違わなければ、美味しく食べて医食同源、だろ。毒性があるのは未熟な果実の種だから、完熟させれば危険性はかなり薄れる。さらに杏仁の量をかなり少なくして、風味だけを出す程度の量にした。おかげで甘みが強くなっちゃって、薬膳といえるか微妙だけどな」
「じゃあ、ほとんど無害なんですね?」
「食べ過ぎなければね。今度、薬膳で効果の高いものも試作してみるか……? 華侘なら嬉々として協力してくれそうだし」
「それはいいかもしれませんね」

 美味しく食べて医食同源……深い言葉です。
 どんなに体に良くても、美味しくなければ人は嫌厭します。

「……そうか。杏仁豆腐が出来るなら、プリンも出来ないことないのか」
「? プリン、ですか?」
「バニラエッセンス……はなくても作れるし、牛乳と卵に砂糖があれば……蜂蜜でもいいか? ふむ……」
「あう……なんか、美味しそうな予感がします」

 うん、雛里ちゃん、私もそう思う。
 なんとなくよだれが垂れそう……

「冷やす方法は……いや、確か熱くてもおいしいって聞いたな。冬なら冷やしてもいいし……」
「「 ごくっ…… 」」
「……朱里、雛里。杏仁豆腐とプリン、どっちがいい?」

 じゅ、盾二さまぁ……
 そ、それは乙女には、ひじょーに酷な選択ですよう!




  ―― 曹操 side 洛陽 ――




「……なんですって!?」

 洛陽にて献帝陛下に劉虞討伐の報告を行い、討伐軍が解散した翌日。
 私は、洛陽での仮住まいの自宅にて、桂花から報告を受けている。

「も、申し訳ありません……」

 私の前で跪き、平身低頭で謝る桂花。
 その姿は、まるで叱られた子犬のようだわ。

「……怒っているわけではないわよ。ちゃんと説明しなさい。どういうことなの?」

 少し声が硬くなっているのは自覚しているけど、別に怒っているわけではないわ。
 想定の……ええ、想定の範囲内ですもの。

「……じゃがいもが育たなくなった、という理由が聞きたいのよ」
「はっ……その」

 桂花は、逡巡しながら顔を上げた。

「こ、今回で四度目の収穫になろうという時でした。育成状況がどうにも今までと違って発芽が遅れたり、色が悪かったり、生育途中で枯れてしまうものが多く出始め……最終的に出来上がったものも最初のニ割にも満たず……」
「……それで? 確か前回も収穫量が減少していたわね。おまけに出来たものの半数近くが黒ずんでいたり、中が腐っていたり……」
「はい。一度目、二度目の収穫ではほとんど問題はなかったのですが……他の作物同様、土が死んだとしか……」
「……梁州では、今年も豊作だと聞いているけど?」
「そ、それは……」

 桂花の報告の声が次第に萎んでいく。
 別に怒っていないわ……ええ、怒っていないわよ。

 つい先日、大々的にじゃがいもを兗州全土に広める決定をした矢先だとしてもね!

「……つまり、なんらかの原因があるのね。私達の知らない、あの食物が常に豊作である要因が……」
「そう……としか考えられません。ですが、その対策はまったくわからない状況で……」

 ……やはり、一筋縄ではいかないものだったわけね。
 一度目二度目と大量に収穫できたのが、罠ってこと。

 ……くっ!

「わかったわ。すぐに布告したじゃがいもの普及を中止させなさい。今までどおり、粟やキビ、そして麦の生産をさせるように」
「で、ですがすでに種芋は広範囲に配布させてしまいました。すでに発芽している場所もあるはずです。その収穫を終えてからでも……」
「その結果、その土地に他のものが育たなくなる可能性があるわ。そして土にどんな悪影響が出るのかもわからない。他の作物が兗州全土で育たなくなってからでは遅いのよ!」
「で、ですが、それでは兗州が大飢饉になります! ただでさえ連合軍の影響で糧食の買い占めにより、食料が減っているのです。今、じゃがいもの育成を止めてしまえば、餓死する民が出る危険が……」
「くっ……」

 民が飢える……?
 私の民が飢えるですって!?
 冗談じゃないわ!

「……糧食を放出して、今年度分の補填をさせなさい。民には絶対に飢えさせないように、全部放出して構わないわ」
「華琳様!」
「足りない分は洛陽や、その周辺の街や邑から買い上げなさい。私はこれより陛下に奏上して、一時的に資金を借り入れられないか打診してくるわ」
「か、華琳、さま……」
「わかったらさっさと動きなさい! 絶対に民を飢えさせる訳にはいかないのよ!」
「ぎょ、御意!」

 慌てて居室を飛び出していく桂花。
 私は、座っていた椅子にもたれて頭を抑えた。

「くっ……なんて失態を……愚かすぎるわ、曹孟徳……」

 気がつけば、強く噛んだ唇から血が滴り落ちていた。

 
 

 
後書き
先月からバイクに乗り始めたのですが、乗って一月もたたずに転んで左足の甲を痛めました。
骨折だと言われてMRI撮影で、捻挫だけとわかって一安心。
去年はタクシーの運ちゃんが交通事故で骨折ったのですが……今回は完全に自業自得です。
今だに痛いです……トホホ。

7/1 一部訂正しました 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧