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消えていくもの

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第三章


第三章

「ここにな。何処にあるんだ」
「そうよね。兄さんはここよね」
「ああ。文子もな」
 そう言ってから文子も見る。彼女は雪江の横で静かに座っている。何も言わない。
「わし等が育てる」
「そうさせてもらうよ」
 彼女の右にいる老婆が言ってきた。とはいってもまだ還暦には達していない感じであった。
「わし等の最後の子供になるんだね」
「そうだな」
「お袋も六人も産んで頑張ってくれたよ」
「ずっと世話もしてくれて」
 男三人が彼女に顔を向けて言うのだった。
「それで親父がいなくなるけれど」
「お袋もやっぱりここに残るんだよな」
「ここがわしの居場所だよ」
 母は子供達に対して静かに話した。
「ここ以外にはないよ」
「そういうことだな」
 一郎が母のその言葉に頷いた。
「お袋の居場所はここにしかないんだ」
「私もね」
 そして彼の妻の雪江もそれは同じだった。
「ここ以外に居場所はないわ」
「わしはここに残る」
 一郎は今確かに言った。
「ここでずっとやっていく。文子はそのうち家を出て行くかも知れんがな」
「そう。ずっとなの」
「ずっとこの村にいるのね」
 花子と里子は長兄の言葉を聞いて静かに述べた。
「一郎兄さんはずっと」
「この村に」
「そうだ。田畑をずっとやっていく」
 具体的にはそういうことだった。つまり農業をやっていくというのである。
「山も残ってるしな」
「しかしな。随分と減ったな」
 次郎は溜息混じりにこう言葉を出した。
「あの農地改革でな」
「全くだよ。進駐軍がやったあれで」
 三郎の言葉にも溜息が混ざっている。それを混ぜずにいられなかったのである。二人にしてみては。
「俺達の家のものが全部なくなったよ」
「仕方ないと言えば仕方ないことなんだがな」
 次郎は一応は認める言葉も出しはした。
「小作人を使っていたのは間違いないからな」
「払うものは払っていてもなんだね」
「小作人は小作人となるんだ」
 次郎は言った。
「誰もが自分の土地を持っているのが正しいんだ」
「まあそうだけれどね。おかげでうちは本当に」
「充分以上に食える田畑は残ってるぞ」
 一郎は納得しきれない末弟に言った。
「それに山があるんだぞ。木を切ってそれを売り続けているしな」
「お金はあるんだね」
「あるから御前の学費も出せるんだ」
 これは言うまでもないことだったがそれでも言って聞かせるのだった。とりあえず金やそうしたことへの問題はないということである。
「わかるな、それは」
「まあね。だったらいいか」
「いいんだ、それで」
 また言う一郎だった。
「満足いく暮らしができるんだからな」
「それもそうか。俺も大学まで出させてもらったら」
「この村には戻らないんでしょう?」
「うん」
 兄嫁の言葉に小さく頷く三郎だった。
「やっぱり街の方が楽しいしね」
「ならそれでいい」
 弟のその言葉も許す一郎だった。
「御前の人生だ。御前が好きなようにしろ」
「悪いね、本当に」
「だから謝る必要はないんだ。しかしな」
 今度はその一郎がだった。溜息と共に言った。
 
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