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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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閑話その二 同盟国防委員会 国防委員室にて

 ルナホールディングス代表取締役であるアルマン・ド・ヴィリエ氏が、惑星アルジェナのマーキュリー資源開発敷地内で発見されたサイオキシン麻薬製造プラントの一件で同盟国防委員会にあるトリューニヒト国防委員のオフィスをたずねると、彼は緑髪の政策秘書と共にオフィスを片付けている最中だった。

「こんな格好で申し訳ない。
 このオフィスを引き払う所なのでね」

 この場合オフィスを引き払うというのは、国防委員の職を辞する事を意味する。
 その事にきょとんとするヴィリエ氏。
 彼がオフィスを引き払う理由が思いつかないからだ。

「私の政治団体の一つである憂国騎士団に問題となる献金が含まれていてね。
 問題になる前に辞めることにしたという訳だよ。
 そこに、ヴィリエ氏も知りたいだろう最終調査報告書がある。
 読んで見て構わないよ」

 頭が混乱しながらもヴィリエ氏はテーブルの上に置かれていた、惑星アルジェナのサイオキシン麻薬製造プラントの調査報告書が置かれていた。
 平常心を保とうとしたヴィリエ氏だが、そこには彼が予想していた最悪以上の事が書かれていた。

「こ、こ、これは……」

 その動揺が真実であると分かってしまうがゆえに、トリューニヒト国防委員は彼を見ずに淡々と荷物を片付け続ける。
 やっぱり辞めるのが一番政治ダメージが小さいと己の選択の正しさに感謝しながら。

「そこに書かれている通りだよ。
 『惑星アルジェナのサイオキシン麻薬製造プラントは、マーキュリー資源開発社内の地球教徒によって製造された違法プラントである』。
 私が辞める理由でもあるわけだな」

 表向きになっている第一報は、『マーキュリー資源開発がサイオキシン麻薬製造プラントを所有していた』というもので、このニュースを受けてマーキュリー資源開発同盟支社には同盟捜査局の捜査が入り、マーキュリー資源開発の株価も暴落していたのである。
 ヴィリエ氏がトリューニヒト国防委員の所にやってきたのも、この一件で穏便な幕引きを模索する為だったのだが、第一撃から致命傷が飛んでくるとは彼も想定していなかった。

「さて、せっかく来て頂いたのだ。
 お茶を出すついでに少し有意義な話もしませんか?
 ド・ヴィリエ大主教殿」

 トリューニヒト国防委員のドドメの一撃に、ド・ヴィリエ大主教も観念して白旗をあげる。
 きっと隣部屋には同盟捜査局員が待機しているのだろう。

「いつからだ?
 いつから気づいていた?」

 ソファーに腰掛けたド・ヴィリエ大主教がフェザーンが地球教の隠れ蓑である事に気づいたのかを尋ねると、帰ってきた言葉は想定外の時間だった。

「第二次ティアマト会戦で、アッシュビー提督が戦死した時から。
 焦りましたな。
 戦場で消すのではなく、スキャンダルで政治的に失墜させれば、彼らは気づかなかったでしょうに」

「彼ら?」

 ド・ヴィリエ大主教の不思議そうな声に、トリューニヒト国防委員は犯人を告げる名探偵のよう気分で、その名探偵たちの名前を告げた。

「730年マフィア」

 思わず、ド・ヴィリエ大主教がソファーから立ち上がり、最終調査報告書が片づけ中の床に散らばる。
 それに目もくれずに、彼は叫ばずにはいられなかったのだった。

「そんな馬鹿な!
 彼らは、我々との融和政策と数々の利益供与を行ってきたじゃないか!
 特に道化師は、我々の良い傀儡として……」

 彼の言葉を遮ったのは、床に散らばった報告書を片付ける緑髪の政策秘書の淡々とした声だった。

「寄生虫を退治する上で、絶対にしないといけないことって何だと思います?」

 この寄生虫が地球教なのだろうとド・ヴィリエ大主教は気づいて緑髪の政策秘書を眺めて次の言葉を待った。
 彼女はテーブルに報告書を置くと、彼に目もくれずにお茶を出すためにサーバーに向かって歩き出す。

「宿主を太らせることですわ」

 寄生虫を駆除する過程で宿主が死んだら意味が無い。
 そして、宿主が太れば寄生虫も大きくなる訳で、見つかりやすく逃げにくくなる。
 フェザーンの国力拡大が同盟と帝国の警戒心を呼び、その現状から現在の窮地を考えるとド・ヴィリエ大主教は彼ら730年マフィアがどれだけ長くかつ執拗に怨んでいたのか感じざるを得ない。
 地球教の暴露とその討伐は帝国および同盟のかなりの部分に根を張っているからこそタブー視されていたのだった。
 だが、先の帝国内戦でフェザーンの影響力が落ち、この間のサイオキシン麻薬暴露によってその根が分断された以上、それを躊躇う理由は無い。
 既に帝国はフェザーンに対して国内資産の没収と来年度の軍事侵攻を決定しており、同盟も一企業の不祥事ではあるがその視線は冷たくなっていたのである。
 帝国の侵攻を凌ぐ為にも同盟の支援は絶対に必要だった。

「大主教殿。
 有意義な話をはじめてもよろしいかな?」

 いつの間にか、向かいのソファーに座ったトリューニヒト国防委員と目の前のテーブルにお茶が置かれている。
 しばらく己の思考に没頭、いや逃避していたド・ヴィリエ大主教は投げやり気味に声を足した。

「どうぞ」

「同盟捜査局は、サイオキシン麻薬製造プラントの一件を地球教徒の犯行という事で公表する予定です」

「それが何か?」

 ド・ヴィリエ大主教の投げやりの声に、トリューニヒト国防委員が思わず苦笑する。

「あなたともあろう方が、気づいていないとは驚きですな」

「だから何を!……」

 トリューニヒト国防委員の苦笑にド・ヴィリエ大主教が怒鳴り返そうとして、先ほどの言葉の意味に気づく。
 彼にとっては地球教大主教が本体で、ルナホールディングス代表取締役は表向きの顔でしかない。
 だから、本体の直接攻撃に白旗をあげたのだ。
 
「同盟捜査局は、サイオキシン麻薬製造プラントの一件を地球教徒の犯行という事で公表する予定……」

 その言葉をド・ヴィリエ大主教は呟いて、その違和感に気づく。
 マーキュリー資源開発は?ルナホールディングスは?フェザーンは?

「すべてを地球教徒のせいにして切り捨てろ……そういう事か……」

 唸るような声をあげてド・ヴィリエ大主教は正解を口にする。
 トリューニヒト国防委員はすまし顔で緑髪の政策秘書が入れたお茶を口にして、続きを話す事にした。

「ええ。
 アルマン『ルナホールディングス代表取締役』。
 御社における子会社のコンプライアンスについて同盟は重大な懸念を持っております。
 その対策については同盟議会において釈明していただけると、こちらとしても助かるのですが?」

 トリューニヒト国防委員の言葉に合わせて、緑髪の政策秘書がテーブルに差し出したのは司法取引の書類。
 地球教に関する捜査協力の代わりに、ド・ヴィリエ大主教の一切の罪を問わないだけでなく、マーキュリー資源開発の罪すら問わない内容にド・ヴィリエ大主教の書類を持つ手が震える。

「まぁ、晴れて無罪とはいきませんがね。
 メディアでこれだけ騒がれたのですから、同義的責任を取って代表取締役は辞めてもらわないといけないでしょうが、こちらが求めるのはそれぐらいですよ。
 地球教側から騒がれた時の事を考えて、別の名前と身分を用意しまょうか?」

「何故だ?
 何故ここまで優遇する?」

 ド・ヴィリエ大主教の疑問の声に、トリューニヒト国防委員はやれやれと肩をすくめた。

「この問題の本質が帝国にあるからですよ。
 地球教の総本山たる地球は帝国辺境にあり、経済の中枢たるフェザーンを操っている。
 同盟はその末端部分に過ぎません。
 だからこそ、中に居る人間を確保して全容を知らないと、同盟は手を打てないんですよ」

 そこまで言って、トリューニヒト国防委員は隣で控える緑髪の政策秘書を見つめた。

「実はこれ、あなたの言う『道化師』の遺言なんですよ。
 彼が評議会議長時に用意した書類で色々裏技をかました上での司法取引です。
 でないと、こんな段階で出せる訳無いじゃないですか」

「はは……道化師と笑っていた我らは、人形師の人形だった訳だ……」

 乾いた笑い声をあげたアルマン・ド・ヴィリエ氏は、司法取引の書類にサインをする。
 この三日後、地球教に対する一斉捜査と地球教徒の抵抗によって地球教は同盟におけるテロ団体に指定され、各地で銃撃戦やテロを頻発させる事になる。
 だが、それらの抵抗はドロイドを前面に出した同盟捜査局の武装隊によって鎮圧され、この年の年末までには彼らの影響力は同盟から完全に消え去る事になった。 
 
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