銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師
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名探偵ヤン艦長の推理 人形師のお宝を探せ その四
シヴァ星系外辺部にて発生した第九艦隊第二分艦隊と戦隊規模の帝国軍との会戦は、増援を得た帝国軍の完勝という結果に終わった。
緑髪の副官からさっき送られてきたばかりの戦闘データを見てヤンはため息をつく。
「こんな戦法ありかよ……」
アッテンボロー戦術長が声をあげ、アルテナ航海長とパトリチェフ副長、ラップ主計長は声すら出てこない。
開戦時の戦力差は同盟3000隻に対して帝国は1000隻。
ほぼ事前に判明した情報どおりだった。
シヴァ星系に突っ込もうとした帝国軍に対して待ち構えていた同盟軍が砲撃を開始。
数で劣勢の帝国は、突入を中止して後退。
同盟軍は両翼を広げて包囲を狙いつつ追撃をかけ、両翼が帝国軍を射程に捕らえた瞬間にそれは現れた。
二個戦隊規模の帝国軍の増援。
しかも、両翼が中央に居た帝国軍を砲火に捕らえる為に横を晒す形となって。
結果、両翼は壊滅し、中央はそれを見て撤退するも帝国軍の追撃を食らい惨敗。
艦隊の最強戦力たる事を期待された第二分艦隊は、半分を撃沈され、残り半分の船も大なり小なり損害を受けているというざまである。
帝国軍に与えた損害は不確実ながら300隻程度と見られており、第九艦隊司令部はこの報告を受けてパニックになっているという。
「たしか、司令部からの警報は分艦隊規模だったんだよな。
イゼルローン回廊で索敵に引っかかったのは戦隊規模。
ここで偽装に引っかかったという訳か」
ヤンの淡々とした開設に誰も言葉を発しない。
一度見つかってしまえば、それ以上の詮索はされない。
哨戒用の偵察衛星も先行部隊が破壊したのだろうから、索敵に穴が開く。
本来ならばありえない各個撃破のリスクを背負っただけでなく、後の増援が到着する場所まで先行部隊は三倍の数の敵の攻撃に耐え切って見せたのだ。
先の会戦でも見せたが、ミューゼル提督の将才は本物だ。
「前は二倍。今回は三倍差をひっくり返すかぁ……」
「次は六倍用意しないといけませんな」
捜査の打ち合わせに来たシェーンコップ少佐がませ返すが、捜査そのものも第二分艦隊大敗の衝撃で影響を与えていた。
捕まるならばと抵抗が激化し、外周部にて再編中の帝国軍に向かって逃げる海賊をちらほら。
ヤンを含めた第四分艦隊はシヴァ星系に散らばっていて戦力にならない。
上位組織の第九艦隊は全力出撃し、増援も送り込むつもりだが、到着には一日の時間がかかる。
その間ミューゼル提督率いる帝国軍がおとなしくしているとはとても思えない。
「分艦隊司令部は集結命令を繰り返し出していますが、この位置からは間に合いませんな」
ラップ主計長が星系図を確認しながらため息をつく。
宇宙空間というのは冷徹なる物理法則の世界に他ならない。
距離と出力によって導き出される時間は遅れる事はあっても早まる事はない。
つまり……
「詰みましたな」
あっけらかんとパトリチェフ副長が現状を言ってのける。
顔が笑顔なのは、笑わないとやってられないからだろう。きっと。
ヤンは船長の机にあぐらをかいたまま瞬きすらせずに一心不乱に考え続ける。
人間追い込まれるとやる気が出るもので、ヤンは己の人生におけるやる気を総動員してこのチェックをかわそうとしていたのである。
ヤンの沈黙に緑髪の副官および、戦艦セントルシアの実体化AIが気づき、付き合いの長いラップ主計長、アッテンボロー戦術長、パトリチェフ副長、アルテナ航海長、シェーンコップ少佐の順にヤンの沈黙に気づく。
で、シェーンコップ少佐がヤンを眺めた時、意を決したヤンはこんな事を言い出したのである。
「シェーンコップ『中佐』。
英雄になってみませんか?」
と。
「こんばんは。
ハイネセン標準時間19時。
同盟中央放送ヘッドラインニュースです。
まずは、スクープです。
長らく探し続けられていた財宝がシヴァ星系惑星アルジェナで発見されました。
現場の記者のリアルタイムレポートです」
「はい!
こちらは、惑星アルジェナ中央港です。
現在、同盟軍ローゼンリッター連隊第三大隊が、マーキュリー資源開発の警備員と押し問答をしながら財宝の確保に向かっています!
元々シヴァ星系では現在、海賊に対する強制捜査が行われており、その過程でかの財宝のありかが判明したそうです。
財宝については、同盟軍第九艦隊第四分艦隊所属戦艦セントルシア実体化AIに話を聞いています。どうぞ」
「はい。
元評議会議長の個人所有のマスターコンピューターが財宝と称されているのはご存知かと思いますが、その場所についてはネットワーク内に秘蔵されており、パスワードが必要でした。
今回、海賊への強制捜査の過程でそのパスワードが解かれ、惑星アルジェナにマスターコンピューターがある事を公開する事ができたのです」
「現在、シヴァ星系では海賊に対する強制捜査だけでなく、この財宝を狙った帝国軍も外辺部にやってきており予断を許しません。
第九艦隊司令部はシヴァ星系に増援を派遣。
更にイゼルローン方面軍司令部も艦隊規模の増援を派遣する事を発表しました。
一方、惑星アルジェナにて資源開発をしていたマーキュリー資源開発はこの発表に対して沈黙を続け、何の発表もしていません。
その為、映像で見せたとおり同盟軍ローゼンリッター連隊第三大隊が、マーキュリー資源開発の警備員と押し問答をしながらマスターコンピューターの確保に向かっている所です」
この中継をヤン達は惑星アルジェナ近くで眺めていた。
もちろん、しかけたのはヤンである。
「艦長。
本当にえげつないことしますね」
パトリチェフ副長の苦笑に賞賛が入っているのは、これで自分達が助かるからに他ならない。
惑星アルジェナは帝国軍から見て、同盟軍集結地点の後方に位置している。
同盟軍を撃破して、惑星アルジェナを襲撃したら増援の同盟軍が到着する。
人形師の財宝発見を暴露した結果、同盟軍は絶対にこのマスターコンピューター確保に走らねばならず、既に艦隊規模の増援を決定している。
現在惑星アルジェナにいる同盟軍を排除した上で、最低で四倍の敵と当たるなんて事をミューゼル提督はしないだろう。
ヤンのした事は、優位にある帝国軍に対して選択肢を増やす事で、彼らの行動リソースを奪ったのである。
そして、財宝発見を暴露することで、同盟軍の集結地点は惑星アルジェナに変更されて帝国軍との交戦を回避してみせる。
ミューゼル提督は海賊達からある程度の情報を得る事ができ、彼の戦略目標は達成されている。
ならば、これ以上の無理はする必要はない。
「けど、ミューゼル提督はそれで満足するのでしょうか?」
アルテナ航海長が疑問の声をあげる。
要は、帝国軍の満足する戦果かどうかが確認できないので、まだ死地にいるかもという疑念を捨てられないという事だろう。
その疑念にヤンは淡々とモニターを眺める事で答える。
「マーキュリー資源開発の警備兵との衝突は負傷者まで出る大規模な暴動レベルにまで発展しています。
まるで、財宝をマーキュリー資源開発が隠し持っていたかの如く!
なぜ、マーキュリー資源開発は沈黙を貫いているのでしょうか?
おや?
同盟軍ローゼンリッター連隊第三大隊の隊長さんが我々を手招きしていますね。
あそこに財宝があるのでしょうか!
長らく見つからなかった財宝がついに我々の目の前に現れようとしています!
カメラもそこに向かってみましょう!」
なお、このノリノリな女性レポーターはシェーンコップ少佐と夜を共にする程度には親しい関係らしい。
彼女もこの一件を経て、憧れだった報道局の花形アナウンサーに転身する。
「視聴率60%。
まだまだあがります」
緑髪の副官が息を飲みながら、3DTVのシェーンコップ少佐を見つめる。
「おたから。おたからー」
実にわざとらしいコミカルな仕草で資源プラント最深部に足を踏み込んだその時。
画面に移っていたのは制圧された時に出た死体であり、おもわずレポーターが声を出して口を抑える。
「なんだ?
これは?
まるでかがくぷらんとみたいではないかー!」
実にわざとらしい声でシェーンコップ少佐がプラントの製造品の所に行く。
麻薬検査キットを手に持って、その完成品がサイオキシン麻薬であるという逃れられない証拠が同盟全域にばら撒かれた瞬間、視聴率は70%を超えた。
「こ、これは、さいおきしんまやくではないかー!」
当人ノリノリでこの棒読みである。
画面を見ていたセントルシアのみんな『わざとらしくやりやがって……』と苦笑するが放送は止められない。
なお、これを仕掛けたのが船長机の上であぐらをかきながら苦笑するヤンである。
帝都宮廷内における権力争いに生き残る為の材料を求めてミューゼル提督がここまで来たのならば、それを与えてやれば彼は撤退するのだ。
そして、帝国とフェザーンの決定的な決裂は軍事行動を発生させると同時に、軍事の才能を見せ付けたミューゼル提督はその才能ゆえに生き残る事ができる。
「偵察衛星より報告。
星系内に突入していた帝国軍が反転し撤退を開始したとの事」
緑髪の副官がこそっとヤンの耳元に囁く。
ミューゼル提督はこちらの意図に気づいて乗ってくれたらしい。
我々も追い詰められているがミューゼル提督も追い詰められいてたという事を忘れていなかったヤンの大局面からの盤上ひっくり返しによって、ヤンを含めたシヴァ星系の同盟軍は命を救われたのだった。
ヤンが安堵の息を吐き出した時、茶番はその終盤を伝えていた。
「た!大変な事になりました!!」
「みんなみてくれー!
おたからをおっていたら、とんでもないものをみつけてしまった!
どうしよう?」
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