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漫画無頼

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8部分:第八章


第八章

 氏家は彼が直接担当を務め二人三脚で躍進することになったのだ。
「ボツだ!」
 編集部においてその声が鳴り響くことが日常茶飯事となった。
「まだだ、この程度ではな!」
「おいおい、またかよ」
 編集部の者達は峰崎の稲妻の如き言葉にまた声をあげる。
「編集長もきついねえ」
「あれで充分じゃないのかね」
「いや、違うな」
 矢吹と伊達に大河が言った。
「編集長だってわかってる筈さ。あのままでもいける」
「それじゃあどうしてなんだ?」
 矢吹がその大河に問う。
「何でボツにするんだよ」
「完璧を目指してるんだろうな」
 それが大河の答えだった。
「氏家先生が天才なだけにね。ほら、よく言われるじゃないか」
「というと」
「あれか」
 矢吹と伊達は彼が誰のどの言葉を言いたいのかすぐにわかった。それで述べる。
「天才は九九パーセントの努力と一パーセントの閃きってあれか」
「そうだね。それだよ」
 大河がその言葉に頷く。
「天才だってさ、磨かないとね」
「駄目になる、か」
「だからか」
「天才は多分人一倍努力しないといけないんだろうな」
 ここで巴が話に入ってきた。
「モーツアルトだってそうだったじゃないか。確かに天才だったけれど」
「それ以上に常に音楽を作っていた」
 左門が彼に述べる。
「そういうことだよな」
 これは本当のことである。モーツァルトという偉大な作曲家は確かに天才であった。彼には生まれついての才能が備わっていた。しかしそれだけではなかった。彼は音楽が作っていないと苦しいとまで言っていた。すなわちその天才に溺れることなく常に己を磨き続けてきたのである。彼が無数の作品を残せたのは天才であるだけではなかったのだ。そこには情熱もあり努力もあったのだ。天才とは才能だけでなるものではないのであろう。
「氏家先生はあれか」
 眉月はファックスで送られてきた原稿を黙って見ている峰崎を見ていた。その目でじっと彼を見ながら呟くのであった。
「才能だけじゃなくて努力と情熱も試されている」
「そうだね」
 その言葉に大河が頷く。
「これを乗り越えたら。凄いことになるぞ」
「しかし編集長も凄いな」
 巴は峰崎を見て感嘆の声を漏らす。
「あそこまで情熱的になれるとな」
「昔に戻ったんだろうな」
 矢吹はここでかつての峯崎の話を思い出してきた。
「あのはねっかえりのな」
「あれっ、そうなのか」
 他の編集部員達は矢吹のその言葉を聞いて目をしばたかせた。これはかなり意外だったのだ。今の峯崎は確かに厳しいがそこまでだとは思わなかったのだ。
「漫画馬鹿って言われていたらしい」
「漫画馬鹿か」
 矢吹のその言葉に思わず息を飲む。
「何か凄い言葉だな」
「無頼派だったらしいな」
 かなり懐かしい言葉である。かつて、といっても戦争直後にはまだかなりいた。作家では太宰治や坂口安吾がそうであった。役者ではざらにいた。しかし今は殆どいなくなってしまった。時代が変わってしまったのだ。もうそんな無頼派とまで言われる人間はいなくなってしまったのだ。
 それは峰崎も同じだった。入社当時は上にも臆することなく楯突きあくまで己の漫画道を突き進む。そこには一切の妥協も躊躇もなかった。歳を経るにつれ忘れてしまっていたが。今それを思い出したのであった。
「よし」
 三日後送られてきた原稿を見て今度は会心の笑みを浮かべてきた。
「これでいいんだ。いいぞ」
 峰崎はその原稿を見てやっとよしと言った。あくまで妥協せず、氏家もそうだった。今二人の情熱と汗が一つになった。その全てのものが今作品を作っていたのであった。
 氏家の漫画は爆発的なヒットとなった。しかし峰崎はそのヒットだけを見ていたわけではないのだ。もう一つのものを彼の漫画に見ていたのだ。
「俺は思い出したんだ」
 自宅で妻の恵美子に対して語る。
「漫画って何かをな」
 充実した笑みになっていた。その笑みで妻に語る。
「何だったの?それは」
「夢だよ」
 それが彼の思い出したものであった。
 
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