戦国異伝
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第百六十六話 利休の茶室にてその一
第百六十六話 利休の茶室にて
利休が用意したのは都にある彼の茶室だった、その茶室の前に来てだ。信長は毛利と服部を後ろに控えさせたまま利休に言った。
「御主らしい茶じゃな」
「そう言って下さいますか」
「うむ、小さいがな」
見ればまことに小さい、民の家よりもだ。庵といっても相当なものである。
しかしその小さき茶室を見てだ、信長はこう言うのだ。
「御主の美があるな」
「お気付きになられましたか」
「小さい、しかしじゃ」
信長はその小さな茶室の全てを見ていた、その外観だけでなく庭や囲いもだ。そういったものも全て狭く小さいが。
だが、だ。その全てがなのだ。
「まとまっておるわ」
「小さくともまとまり」
「しかも自然じゃな」
それにも気付いている信長だった。
「自然のままじゃな」
「左様です、ありのままと思いまして」
「手は加えてもな」
「あくまでその持ち味を殺さぬ様にしました」
小さいがそうして作り上げたものだ、それがこの茶室というのだ。
「それが一目でおわかりになられるとは」
「わからぬ様ではな」
ならぬとだ、信長はここでは己を律する様に述べた。
「ならぬわ」
「そうなりますか」
「わしとて道を歩く者」
天下という道、それをだというのだ。
「それならばじゃ」
「この茶室のこともですな」
「わからねばな」
笑みを浮かべてさえいた、そのうえでの言葉だった。そうしてだった。
信長は次にはだった、己の後ろに控える毛利と服部に告げた。
「では御主達はじゃ」
「はい、この茶室の外でですな」
「殿をお守りせよと」
「頼むぞ。しかしな」
「はい、もう来ておりますな」
「既に」
二人は織田家の中でも武勇と忠義で知られた者達だ、だからこそ常に信長の身を守っている。その二人ならばだ。
周りに目をやらずだ、察しているだけで言うのだった。
「あの者達が」
「どうやら」
「あちらも来ておるということじゃ」
信長も目は動かしていない、だがそれでもだ。
既に感じ取っている、そうして二人に告げたのである。
「そして警戒しておる」
「ですな、本願寺の方も」
「そういうことですな」
「本来ならば久助か小六に命ずるところじゃった」
この二人が筋だったというのだ、織田家の忍を束ねる者達だ。
「若しくは飛騨者にな」
「しかしですな」
「あえてですか」
「うむ、御主達に任せたいと思ってな」
「我等が果たせるからこそ」
「そう思われたからこそ」
「そうじゃ、わしはそれが出来る者にしか命じぬ」
その出来るかどうかを見極められるのが信長の目だ、彼の目は人のそうしたところまで見抜きそのうえで人を用いるのだ。
それでだ、今もなのだ。
「頼んだぞ」
「では」
「お任せ下さい」
二人も信長に応える、そうしてだった。
二人は茶室には入らずその入口のところに立つだけだった、しかしそれはまさに仁王の様なものだった。
信長と利休はその仁王達を見つつ茶室に入る、そうして茶室に入ってからだった。
利休は信長にだ、こう言った。
「まさにお二人は仁王ですな」
「そうじゃ、仁王であろう」
「あれではどの様な者達も」
「入られぬわ、弁慶は一人だったがのう」
衣川の戦で義経を最後まで守ろうとした武蔵坊弁慶である、その立ち往生は信長だけでなく利休も知っておる。
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