少年と女神の物語
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第八十九話
「ほう・・・戻ったか、神殺しよ」
「ああ、戻ってきたぜ。・・・死にかけたけどな」
正確には、何回も死んで来た、なんだけど。
まあ、そんなことは言っても仕方ないし・・・わざわざ言う必要もないし。
ついでに言うと、今この場にいるのは俺と神だけ。崎姉とナーシャには避難してもらった。
先ほどのように何かあった時には駆けつけてくるだろうが、そうでもなければ無干渉になるだろう。
「さて・・・じゃあ、始めようか。言っとくが、俺は俺の戦い方をさせてもらうぞ」
「構わぬよ。様々な戦いがある、それが戦場なれば!」
そう言いながら、神はまた雷鎚を構える。
ここまで頑なにこれ使わないところをみると、俺の予想は当たってる可能性が高いかもな。
「・・・お前は、その雷鎚からも分かるように雷をつかさどる神・・・雷神の属性をもつ神だ」
俺は雷鎚をよけ、雷を肩当ての効果で無効化しながらこの神を語る。
「・・・知識を、得たか」
「ああ。うちには、優秀な霊視能力持ちが何人かいてね」
少しばかり低くなった声を、しかし俺は気にせずに口を動かす。
この作戦の意図は、この神から冷静さを奪うことにある。なら、このままいくのは問題ない。
「そして、お前はその雷鎚で様々な戦いを制した。その雷鎚は・・・ハンマーは、お前の存在そのものとすら言える武器なんだ」
「いかにも、これは我を代表する武具。我が存在そのものとすら言えるものだ」
そう言いながら再び放たれたハンマーを、俺は濡れ頭の怪力で受け止める。
そのまま、神ごと振りまわして投げ飛ばし、距離をおいた状態で雷を放つ。
だが、神もまた俺の雷を受け止める。
向こうもまた雷神。雷は、何とも思わないくらいのもののはずだ。そして、俺はそれを確かめたかった。
「そして同時に、お前は豊饒神としての属性も持ち合わせている。そこには、雷を放つ雷雲は同時に恵みをもたらす雨雲でもあり、緑に恵みをもたらすことがあり、雷を蛇ととらえた古代の人々が、命の象徴として命をはぐくむ神としたことなどが原因としてあげられる」
語りながらも、神が放ってくるハンマーを槍で受け流し、相手の体に傷をつけていく。
「そういった形で強い力を持ち、多大な信仰を得たのが、お前と言う神だ」
「・・・いかにも。我はそうして、民草より信仰を得た。だが、それがどうした!」
そして、次の瞬間に放たれたハンマーはこれまでとは段違いの威力だった。
よしよし・・・少なくとも、少しは冷静さを欠いてきてくれているようだ。
これなら、このままいけばどうにかなるだろう。
「戦場で役立つのはお互いの武勇ぞ!口を慎め、力を持って我と戦って見せよ!」
「断る!お前が言ったんだぞ、様々な戦いがあるのが戦場であると!」
そして、俺は再び口を動かす。
「そう言った属性を持つ神は、そう何柱もいるわけではない。それも、稲妻をつかさどる雷鎚を持つ神なんて、さらに数は少ない!」
そう、この時点で俺が持ってる知識の中からなら二柱まで絞ることができる。
そして、その二柱のうちのどちらなのかは・・・
「ええい、うるさいぞ神殺し!」
ここからどう語るかを考えていたら、神の方がそう大声をあげてきた。
「よかろう、我自ら名乗ってくれる!」
「・・・まさか、読みが外れたか・・・」
俺は小声でそう言い、内心かなり焦っていた。
もしも俺の読みが・・・この神が、自らが何者なのかを知られるのを拒んでいるのでないのなら、俺のこれまでの行為はただこいつを侮辱しただけのものだ。
それでは・・・優位には、決して立てない。
そして・・・
「わが名はトール!戦をつかさどり、雷鎚ミョルニルを操る神である!」
そう、名乗った。
俺はそんな様子に、ため息をひとつつく。
ああ、これは・・・
「さあ、我は名乗ったぞ!貴様も名乗りを上げ、武具をとり、ただただ殺しあおうではないか!」
「・・・・・・」
これは、うん・・・
本気で、この神に期待しすぎたな。
「・・・ふざけるなよ、お前」
「・・・何?」
俺が本心を漏らすと、神は不満そうにそう声を上げた。
「ふざけるな、って言ってんだよ。あれか、お前にとってはこの戦い、誇りをかける価値もないってか」
あーあ・・・駄目だ、もうこの戦いは楽しめそうにない。
それでも、ほっとくわけにはいかないし・・・仕方ない、やる気は出ないけどそれでも殺そう。
「・・・神殺し、貴様、何を・・・」
「本心から聞いてんだよ。ああ、それとな。俺は今回の戦い、もう名乗るつもりはないから」
そう言いながら蚩尤の権能で作り出した槍を握り、神を軽蔑の眼で見る。
「真の名で名乗りもしないやつに、敬意を払う必要もない。どんな意図があるのかは知らないが、それだけは譲るつもりはないぞ」
そう言いながら一瞬で懐に入り、両手の槍で腹部を貫かせる。
長さの都合上回収はできないので、傷口を蹴って後ろに跳び、再び槍を作り出す。
「・・・何を言っている。我は、確かに名乗りを」
「あげたな。ただし、それが認められるのはお前がトールだった場合のみだ。でも、お前はトールじゃない・・・トールじゃ、あり得ないんだよ」
そう言いながら距離をとり、芝右衛門狸の権能で海の上に立つ。
さっきまでは跳躍を繰り返してたんだけど、いちいち使うのももう面倒だ。
「まず最初に、お前もトールも豊饒神としての神格を持っている。ただし、豊饒神の方向が違った。トールと言う神は農耕をつかさどっていたのに対して、お前は収穫物をつかさどる。もしお前がトールなら、あの時俺が成長させていた植物の生長を乗っ取れたはずだからな。そこからも、お前がトールでない可能性は高まる」
「・・・その口をとじよ、神殺し!」
より大ぶりになった攻撃を余裕でよけて、その腹部に本気の蹴りを加える。
その一撃で神は跳び、そこに追い打ちをかける。
「そんなこと、してもしなくても我の自由であろう!我はトールなり!」
「違う!お前はトール出ないのは、そのハンマーからも明らかなことだ!」
そう言った瞬間、神の動きが一瞬止まった。
自覚はあるんだな。だから、ここで止まった。
「そのハンマーが雷鎚ミョルニルだというのなら、なぜお前は投げるたびに拾った!?」
俺の言葉が効いているのか、神は防戦一方になっている。
「そのハンマーが雷鎚ミョルニルならば、それは投げるたびに自らの手に戻ってくるはず。だが、そうなったことは一度もない!その方が戦いを有利に進められるにもかかわらず、一度たりとも起こらなかった!・・・いや、それ以前に武具の持つ特性など、お前たちに自由にできるはずがないんだ!」
自ら作り上げた武具ならともかく、トールのミョルニルはもらいものだ。
だから、投げれば必ず手元に戻ってくるという属性は、あの武器には存在しない。
あれは・・・ミョルニルでは、ない!
「さて、そうなればお前がどんな神なのかは自然と分かってくる。トールと起源を持つ・・・バルト神話のペールコンスを起源とする神であり、雷鎚を持つフィンランド神話の天空神であり主神でもある神!様々な自然現象を司り、雷雨の名を冠する神!」
「・・・口をとじよ、神殺し!その名を言うな!」
神が何か言っているが、俺は気にしない。
さて、この神の名を明かそうか!
「お前の名はトールではなくウッコ!そして、その雷鎚はミョルニルではなくウコンバサラ!」
「言うなと言っただろう、神殺し!」
次の攻撃は余裕でよけて、口を動かす。
「我はその名を名乗りたくないのだ!口を慎め、神殺し!」
「俺の知ったことじゃない!それに、その雷鎚がその名を名乗ることを引き出すというのなら、俺がその雷鎚を・・・ウコンバサラを、ぶっ壊してやる!」
「否、否、否!これまウコンバサラにあらず、ミョルニルである!」
はぁ・・・これは、言っても聞かないな。
だから俺は放たれた雷鎚・・・ウコンバサラを抱え込む形でとめて、言霊を唱える。
「我は我に仇なす力を許さない。我はその力が存在することを許さない。故に我はその力を破壊する。存在を許さぬが故に忌むべき力を破壊する!」
そして、俺はウッコの知識を持ちながら、この権能を使う。
「ウコンバサラを、破壊する!」
そう言いながら力を込めると、ウコンバサラは完全に壊れた。
「・・・神殺し、貴様ぁああああああああああああああ!」
「ようやく、完全に冷静さを失ったな。・・・ダメ押しだ」
俺はそう言ってから、再び言霊を唱え始める。
「我は今ここに、全ての条件を満たした。技の知を知り、業の源に触れ、その技をこの身で受けた。故に、今ここにこの力を振るわん!」
そして、俺はウコンバサラをコピーし、手にウコンバサラを持った。
狂ったように手を伸ばして向かってくる神に構えて・・・
「わが内にありしは天空の雷撃。社会を守る、秩序の一撃である!今ここに、我が身に宿れ!」
ゼウスの権能も上乗せして、威力を上げる。
そのままウッコの頭に全力で雷鎚をぶつけ、雷を全力で開放して・・・その頭を、ぶっ飛ばした。
ああ、そうだ・・・一応は神との戦いだったおかげで掌握できたっぽいし、こいつも使うか。
「我は水を司る。全ての水よ、我が敵を貫き、切り裂き、死を与えよ!」
念には念を入れて、海水を操りその体、頭を細切れにしていく。
そうしているうちに背中に重圧が加わったので、俺は発動している権能を沈まぬ太陽と舞台袖の大役者以外すべて解除した。
はぁ・・・今回の戦い、何にも楽しくなかったな。
「我がためにここに来たれ、羽もつ馬よ。我がために我が雷を運べ。我がために天を駆けよ。そのためにここに現れよ。我がもとに来たれ、ペガサス」
俺はペガサスを召喚し、その体をなでながら頼む。
「疲れてるところ悪いけど、俺を陸まで運んでくれ。俺はこのまま死ぬから」
そう言ってからペガサスに乗り、そのまま意識を失った。
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