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僧正の弟子達

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第二章


第二章

「そのうえでじゃ」
「その後でお説教ですよね」
「口煩い御仁じゃからのう」
 顔を見上げて考えている。上には空が広がっている。
「何処まで怒られるから」
「それでその後で罰として何かどえらいことが」
「やるじゃろうのう。そこまで」
「けれど利家様は寺に言って話を聞いてこいとだけ」
 確かに随分違う。
「全然いいじゃないですか」
「そう考えればいいか」
「そういうことです。それに仁智寺ですよ」
 今から行く寺のことが話された。
「立派な方々がおられる場所です。是非行かれるべきです」
「それもそうか。ここで遊郭に馬を進めたらどうなるかのう」
「それこそ槍が来ますね」
 槍の又左の槍がである。
「どっちがいいですか?」
「一度叔父御と本気で槍を交えるのも面白いかものう」
 顎に手をやってとんでもないことを言い出してきた。
「さてさて、どうなるやら」
「またそんなことを仰る」
 わかっているとはいえ呆れずにはいられない言葉であった。
「命知らずなんだから」
「人の命なぞ短いものよ」
 これは慶次がいつも考えていることであった。だから後悔はしない。こうも考えている。これは彼だけではなくこの時代のいくさ人の多くが考えていることである。
「それでじたばたしても仕方あるまい」
「そうですけれどね。けれどまあここは」
「わかっておる。茶を飲むのもいいものじゃ」
 寺といえば茶である。この頃茶は本格的に広まりだしていた。信長がそれにかなりの貢献をしている。恩賞として茶器を与えることが戦国時代においては広まっており信長はそれを大いに活用すると共に己の武将達に茶道を勧めたのである。ただの武辺者にしか過ぎなかった者達も次第に文化を解するようになった。と言うと如何にも武士達が文化を知らなかったように思えるが実際はそれこそ平安の頃から武士もまたかなりの教養を持つ者が多かったのでこれは当てはまらない。この慶次にしろ中々の風流人でもある。茶もかなり好きなのである。
「さてさて。叔父御と飲む茶はいつも菓子の取り合いじゃが」
「おまつ様も大変ですね」
 その利家の正室である。槍の又左の女房だけあって肝っ玉が滅法強い。慶次ですら怒られてしまうこともある程である。
「御二人の間ですと」
「まつ殿の方が凄いぞ」
 しかし慶次はこう言い返す。
「わしも叔父御も茶釜で殴られるのじゃからな」
「茶釜でですか」
「いや、ねね殿も凄いが」
 秀吉の妻だ。彼女も肝っ玉が凄いので有名であった。
「まつ殿も。凄いものじゃ」
「尾張の女は強うございますな」
「男は弱いがな」
 尾張兵と言えば弱兵である。そう評判になっているのだ。
「おなごは確かに強いのう」
「仁智寺には尼はいないそうで」
「わしは尼には興味はないぞ」
 苦笑いを浮かべて伴の者の言葉に返す。
「言っておくがな」
「そうですか。ほら、あれこれ言っているうちに」
「むっ」
 質素だが大きな外観の寺が見えてきた。平地の上にあり建物の左手には大きな鐘が見える。そこに一人の僧がいた。
「あそこですね」
「そうじゃな。あれは」
 慶次は鐘のところにいる僧を見た。そうして言うのであった。
「永明殿じゃな」
「おわかりになられるのですか」
「話では永明殿は腕が長かったな」
「はい」
 仁智寺にいる僧達はいずれも身体は異形である。慶次もそれを知っているのだ。
「その通りですが」
「では間違いない。あそこにおられるのは永明殿だ」
「よく見えますね」
「いくさばにおいては目もまた大事じゃからな」
 笑ってこう答えた。
「これには自信があるぞ」
「それはいいことです。では」
「うむ。茶を楽しもうぞ」
「いえ、そうではなく」
 また慶次の言葉に慌てて突っ込みを入れる。
「お話を御聞きしましょう」
「わかっておる。ほんの冗談じゃ」
「慶次様の冗談は度が過ぎています」
 それは否定できなかった。そのせいで今こうしてその仁智寺に向かってもいるからだ。
「ですから時として冗談に聞こえないのです」
「まあ気にするな。さて」
 寺の門のところで馬を止める。大柄な慶次から見ても実に大きな門である。
「参るか」
「はい」
 何はともあれ寺に着いた。入り口のところで馬を止め中に入る。そこで寺の者を呼ぶのであった。
 
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