僧正の弟子達
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第一章
第一章
僧正の弟子達
山城国仁智寺の住職である永正僧正は高徳の僧として有名であった。各地で人々を助け御仏の教えをよく広めていた。だからこそ乱世においても彼を襲う者はいなかった。
僧正には弟子達がいた。六人いたがその誰もが異形の姿をしていた。人々はその弟子達を見て誰もが最初は恐れるのであった。
しかし彼等もまた高徳の僧達であり話してみれば立派な者達であった。その立派な様子から最初は恐れていた人々も何時しか彼等も慕うようになっていた。彼等はそれぞれこういう名であった。
異様に身体が大きく肩の盛り上がった僧を永久という。
顔が化け物の様に細長い大男は永全という。
子供そのままに小さい僧侶は永光という。
足が異様に長い男は永明という。
手が長過ぎる僧は永遠という。
最後の白子を永生という。皆異形の存在であった。少なくとも他の人とは姿形が全く異なっていた。
しかし彼等が高僧であるということは誰も疑わなかった。最初は信じなくとも彼等と会って話をすればそれが謝りであるとわかったからだ。
その彼等のことを知りたく思い寺に来た者がいた。織田家の者で名前を前田慶次という。織田家だけでなく天下に名を知られた武辺者である。
彼は所謂『傾奇者』でありその奇抜で派手な服装でも知られていた。寺に来る時も異常に大きな黒馬に乗り赤い毛皮に黄色の袴、背中にはやけに大きな太刀を二本も背負い口には煙管がある。一目見たら忘れられない格好をした大男の美丈夫であった。
彼のこの傾奇者ぶりは叔父も同じである。彼の叔父である前田利家もまた派手な格好を好む武辺者であり織田家においてはそれで有名になっている。そうした意味でこの叔父と甥は似た者同士であった。またこの似た者同士というのが問題になっていたのである。
「おや、慶次様」
寺に行く途中に供の者が慶次の顔を見上げてあることに気付いた。
「左目の辺りが」
「ああ、これはな」
馬に乗る慶次は供の者に応えて破顔しながら答えてきた。
「叔父御とな。ちょっと」
「またですか」
「そうじゃ、またじゃ」
彼は顔を崩して笑い続ける。
「氷の風呂を馳走してやったら怒ること怒ること」
「また悪戯ですか」
「ほんの些細なことじゃ」
彼にしてはそうである。この叔父と甥はとかく衝突することが多かったのだ。何しろ傾奇者同士だ。何かにつけて張り合ってきているのである。
「じゃがそれで怒ってのう。こういう有様じゃ」
「それは怒りましょう」
伴の者は慶次ではなく利家の方に軍配をあげた。
「そのようなものに入れられては」
「あれじゃぞ」
慶次は笑いながらまた言う。
「風呂から飛び出て来て真っ先にわしのところに飛んで来たのじゃ」
「風呂場からですか」
「左様、褌一枚でじゃ」
そしてそのまま喧嘩になったというわけである。
「後はそれで」
「その左目ですか」
「わしは右目じゃった」
何だかんだで喧嘩を受けて立ったのである。
「大人げないからのう。叔父なのに」
「いえ、誰でも怒りますよ」
伴の者の言葉はここでも慶次にとって容赦がないものであった。
「そんなことをされれば。しかも何度目ですか?」
「確か五度目じゃ」
慶次も悪びれたところはない。
「まあよくやる悪戯の一つじゃな」
「全く。懲りておられないのですか」
「傾くには懲りるのは無縁じゃ」
また笑って答える。
「それで傾いておられるか。しかしじゃ」
「しかし?」
ここで慶次の言葉が少し変わった。
「叔父御はやっぱり強い」
「やはりそうですか」
「流石は槍の又左じゃ」
利家の通称である。織田家においては名うての武辺者の一人だ。後に天下人である豊臣秀吉と対しても全く臆するところがなかった。まさに豪傑と呼ぶに相応しい男なのだ。
「効いたぞ」
「それ程ですか」
「拳一発で槍程の威力があったわ」
これは大袈裟ではない。
「全く。力一杯殴ってくれたわ」
「それは慶次様だからですよ」
伴の者はそこまで聞いてこう彼に答えるのであった。
「わしだからか」
「そう。天下きっての傾奇者である前田慶次様だからですよ」
ここにきてようやく彼を褒めだしてきた。
「本気でかかられるのは。では御聞きしますが」
「うむ」
慶次は馬上から伴の者の言葉を聞いた。
「慶次様も利家様には本気で相手をされますね」
「当然じゃ。叔父御は強い」
互いの力量をはっきりとわかっていたからこその言葉であった。
「本気でかからねばわしも怪我をするわ」
「そういうことです。利家様もそれがわかっておられるのです」
「左様か」
「左様です。言うならば御二人は」
「そこから先はわかっているぞ」
笑って彼に告げた。
「似た者同士と言いたいのじゃな」
「はい、その通りです」
伴の者もはっきりと答えてみせた。またしても。
「叔父と甥で。よくもまあ」
「まあそうじゃな。わしもそれは否定できぬ」
外見は似ていない。しかし性格は本当に似ていたのだ。
「しかもじゃ」
「しかも?」
「悪い気もせぬ」
それも自分で認めた。
「言われてもな」
「それはよいことです」
「そうじゃな。それでじゃ」
「はい」
話は変わった。
「その叔父御から言われてのう。この度は」
「仁智寺のことですか」
「そうじゃ。頭を冷やしてこいと」
そう言われてのことであったのだ。そうでなければ今日は都の遊郭で派手に遊ぶつもりであったのだ。戦のない時はいつもそうしているのである。
「全く。きつい叔父御じゃ」
「それで済んでよかったのでは?」
「よいのか」
「だってそうですよ」
伴の者はまた言うのであった。
「じゃあ御聞きしますけれど」
「うむ」
「これを柴田様にやったらどうなりますか?」
「権六殿か」
織田家の筆頭家老柴田勝家のことである。織田家において最も攻めが上手いと言われ謹厳実直にして生真面目な人物である。慶次や利家にとっては口煩い頑固親父だ。
「そうです。どうなりますか?」
「まず一発思い切り殴り飛ばされるな」
これは実に安易に想像できた。
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