魔法少女リリカルなのはINNOCENT ~漆黒の剣士~
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第5話 「放課後、T&Hへ」
ブレイブデュエルの一般解放が行われた次の日の放課後、俺はホビーショップT&Hへと歩いている。T&Hに向かっている理由は、昨日は手伝いをしていたためにほとんどデュエルを行うことができなかったからだ。
今日も大勢の人間が来店するだろうが、昨日と違ってプレイヤー同士で教えあったりするはずだ。店員達も多少は昨日よりも楽が出来るのではないだろうか。
だが、また手伝ってくれと言われる可能性は充分にある。ただ昨日見ていた限り、T&Hに実力のある人間はテスタロッサ姉妹くらいしかいない。そのためデュエルをしたとしても本気でやることはないと思われる。ブレイブデュエルに関することの手伝いならば引き受けるのも悪くない。
「……あれは」
前方にどことなく見覚えのある後姿が4つ見えた。
1つは……背丈や髪の特徴からしてフェイトだろう。残りの3つは、昨日出会ったあの子達ではないだろうか。
かばんを背負ったままの少女達は、歩いている方向と昨日の様子から判断してT&Hに向かっていると思われる。小学生が放課後にゲームをプレイしに行っても良いのだろうか、と思いもしたが、中学生でも大差がないといえばないため、すぐに頭の中からその思考は消し去った。
追いつくつもりはないのだが、歩幅の違いからか徐々に距離は縮まっていく。距離を保とうかとも考えたが、下手をするとストーカーに間違われるかもしれない。そもそも、別に知らない相手でもないため話しかけられたなら話せばいいし、何事もなく追い抜けたのならそれはそれで問題ない。
「まさか会った次の日に転校してくるなんてね~」
「しかもうちのクラス。すっごい偶然だよね」
「うん、嬉しいな」
どうやらフェイトは高町達と同じクラスになったらしい。その事実に安心感を覚えている自分がいた。 他人の俺が思うのもあれだが、個人的にフェイトのことは心配だったのだ。彼女はデュエル中は凛とした印象なのだが、普段はどちらかといえば内気な子だと言える。そのため、学校やクラスに馴染めるのか不安に思ってしまったのだ。
昨日出会ったばかりだが、あの子達が悪い子ではないのは分かる。フェイトも彼女達と一緒ならば楽しい学校生活を送れるだろう。
これは余談だが、フェイトが転校したということは必然的に姉であるアリシアも転校していることになる。だが彼女のことは、性格が性格なので全く心配していなかった。
「私も……転校はやっぱり不安だったから。みんながいてくれて凄く嬉しかった」
「フェイトちゃん……お家も近いみたいだし、これからは一緒に学校に行って、一緒にお昼ご飯を食べて、一緒に遊ぼうね」
フェイトは穏やかな笑みを浮かべていて嬉しそうに見える……が、隣にいる高町のほうが嬉しそうに見えるのは俺の気のせいだろうか。現状では横顔しか見えないわけだが、何というか発せられている雰囲気がバニングスや月村とは明らかに違うように思えるのだが……。
「それにしても、今のフェイトってブレイブデュエルの時とまるっきりイメージ違うわね」
「そう……かな?」
「初めて見たフェイトは凄いデュエリスト! って感じだったし」
「大人の人に勝ってたもんね」
大人だからといって、全国ランキング2位のフェイトに勝てというのは厳しい注文だろう。
それにしても、会話が充分に聞こえる距離まで近づいているというのに気づかれないというのは、俺の存在感がないということだろうか。まあ存在感があるほうだとも思ってはいないし、話すことに夢中になっているようなので別に構いはしないのだが。
「なのはに至っては、初めて見たときとかぽーっとしてたわよね。学校でもずっとフェイトのこと見てたみたいだし」
「いやっ、あの……カッコよかったなぁとか綺麗だなーって考えてただけで」
否定しようとしたんだろうが、この子墓穴を掘ってるな。いきなりのことで動揺して言ってしまっただけなのだろうが。
「う、うん、ありがとう」
「うぅ……もうアリサちゃん、ここでそれはひどいよ。私、フェイトちゃんのことばかり考えてないのに」
「へぇ……あぁ、それもそうよね。なのはにはあの人もいたわけだし」
「あの人?」
フェイトのことばかり考えていないと自分で言ったのにも関わらず高町は首を傾げている。近しい人間であるバニングスに心当たりがあるのだから、彼女自身が知らないことではないはずだが……天然なのだろうか。
「何とぼけてるのよ。ショウさんよ、ショウさん……あんたにとって王子様みたいなものでしょうが」
「にゃっ!?」
奇妙な驚きの声を上げた高町は顔を赤く染めているのだろう。耳まで赤くなっているのだから、顔が赤くなっていないはずがない。
――今のくらいで赤くなるなんて純粋なんだな……何か俺まで恥ずかしくなってきた。そもそも王子様なんて柄じゃないし。というか、この子は俺の存在に気づいてて一緒にからかっているんじゃないのか?
「あのさ」
声をかけると、少女達の視線がこちらに集まった。バニングスは慌てた素振りを見せながら声を上げ、高町は体調が心配になるほど赤面する。
「ショ、ショウさん、いいいつの間に!?」
「さっきから私達の後ろにいたよ。ねぇ?」
「うん……私が気が付いたのはさっきだけど」
「何ですって!? ……って、すずかにフェイト、知ってたんなら教えなさいよ!」
バニングスはやる側かと思っていたが、実際はやられる側なのかもしれない。この反応の良さを見ると、俺でもからかってみたい衝動を覚えるのだから。
それと……月村って案外性格悪いんだな。見た感じ大人しそうで気遣いのできそうな子だから少々意外だ。
「ショウさん、あの……カッ、カッコいいとは思いましたし、王子様と言われたら王子様っぽいなぁって思ったりするんですけど! って、そうじゃなくて……いや思ったのは本当であって!」
「……とりあえず落ち着こうか」
落ち着いてもらわないとこちらとしても困る。あまりこの手のやりとりはしてきたことがないため、正直に言って恥ずかしい。救いなのはこの子が年下であり、小学生であるということだ。同い年だったならば、俺まで赤面していたかもしれない。
「自分で言っておいてなんだけど……ここまでやられると面白さを通り越して同情するわね」
「だったら最初からやらないであげようよ」
「ここまで反応するとは思わなかった……というか、すずかが早くショウさんがいるって教えてくれてたら言ってなかったわよ」
あそこのふたりは仲が良いな。パーソナルカードは炎と氷っていう正反対の属性持ちだったのに……って、このへんは関係ないか。
でもふたりの性格の方向は明らかに違うよな。下手したらいじめる側といじめられる側になっててもおかしくなさそうなくらいに……高町がいたことでそうはならなかったのかもしれない。とはいえ、目の前の光景が現実であり、もしものことを考えても意味がない。
「そういえば……あのショウさん」
「ん? 今度は俺のことをからかうの?」
「ち、違います。そもそもショウさんって、からかわれてもあっさりかわせるタイプじゃないですか」
そのようにはっきりと言われるほど接してはいないはずだが……アリシアとのやりとりを見ていたら、そう思われてしまってもおかしくはない気がする。ただ
「バニングス、君に教えておいてあげるよ……人っていうのは慣れる生き物なんだ」
アリシアに八神堂の主に叔母、真面目そうに見えるあいつも似たタイプだよな。意味は違ってくるけど、プレシアさんも面倒なときがあるし……俺の知り合いって厄介な人間ばかりな気がしてきたぞ。
負の思考が駆け巡りそうになったとき、ふとバニングスの視線に気が付く。彼女の瞳から伝わってくるのは、元気を出してくださいといったニュアンスのものだ。
「あの……えっと、その、さっきも言おうとしてたんですけど、私達の相手してていいんですか?」
言動から察するに、俺は完全にこの子に気を遣わせてしまっている。大人びた一面がある子だとは感じていたが、小学生に気を遣われるというのは年上として精神的に来るものがある。
「気を遣わせて悪いね」
「いえ……その、それを抜きにしても気になってたことですから」
苦笑いを浮かべる彼女を見ながら思考を走らせると、店員ではなく手伝いだということを言っていなかったことに気が付く。事実を伝えようとした瞬間、ほんのわずかだが俺よりも早く口を開いた人間がいた。
「アリサ、あのね……ショウさんはT&Hの店員じゃないよ」
「え、そうなの?」
「うん……ショウさんはロケテストに参加してたデュエリストのひとりなんだ。それに昨日はブレイブデュエルの一般解放。どれくらい来店するか分からなかったから手伝ってもらったんだ」
フェイトの説明にバニングスは納得の表情を浮かべる。
この表情を見た限り、今以上の説明は不要だろう。まあバニングスは聡明な子のように思えるし、フェイトの説明は要点を抑えつつ簡潔な説明だったので補う部分はこれといってないのだが。
そんなことを考えていると、誰かが隣に来た気配を感じた。視線を向けると、こちらを見上げている黒髪の少女が視界に映る。
「どうかした?」
「えっと、ふと気になったことがあるんですけど質問いいですか?」
「どうぞ」
「フェイトちゃんは確かロケテストで全国2位だったんですよね。ショウさんはどれくらいだったんですか?」
俺がフェイトよりも下だった場合、中学生が小学生に負けていることを意味する。普通に考えれば、それは相手に嫌な思いをさせかねないだろう。
月村は純粋に気になっているだけであって他意はなさそうに見えるが……こんな風に深読みするからアリシアなどに色々と言われてしまうのかもしれない。
「俺には全国で何位って称号はないよ」
「そうなんですか?」
「ああ……君達よりも経験があるってだけだから、王子様みたいな言動を求めないでくれると助かるよ」
「それって恥ずかしいからですか?」
「まあね。そういう扱いを受けたことがないし、そもそも柄じゃないから……正直、俺よりもフェイトのほうが王子様っぽいだろ?」
月村はきょとんとした後、くすくすと笑い始める。何気ない仕草に上品さが感じられるあたり、彼女は育ちがいいのかもしれない。
「ショウさん、フェイトちゃんは女の子ですよ」
「それは……いやまぁ、女の子に王子様ってのも変な話だけど。ただデュエル中のあの子は凛としてるから」
「その気持ちは分かりますけど……やっぱり女の子は王子様よりはお姫様扱いされたいと思いますよ。それにショウさんにだっていつかは誰かの王子様になるんでしょうし、今から頑張ってたほうがいいんじゃないですか?」
……この子、本当に小学生か?
背丈や服装はともかく、言動からは俺の学校の女子よりも大人っぽさを感じる。いったいどういう風に育ったならば、この年でここまでしっかりした子に育つのだろう。この子の性格をアリシア達に分けてやりたい。
「月村はしっかりしてるね……それとどことなくイイ性格をしているように思える。まあ、あのふたりと一緒にいたのなら理解できなくもないけど」
「最初のはまだしも、性格あたりからって絶対良い意味で言ってませんよね。私はショウさんのほうがイイ性格してると思いますよ」
「……君って大人しそうに見えて意外と言うね」
笑いながら言うと、月村は「そんなことないですよ」といった感じに微笑み返してきた。
この笑顔の裏にはいったい何があるのやら……今はまだしも、未来のこの子のことを考えると場合によって恐怖を感じる。
「なのは、すずかがあんたのショウさんにちょっかい出してるわよ」
「ア、アリサちゃん、ショウさんは別になのはのじゃないよ!?」
「あのショウさん、もし良かったら今日色々と教えてもらっていいですか?」
「すずかちゃん、そういうのはみんなで教わろうよ!」
「……ショウさんが教えるなら私は他のことしてようかな」
「フェイトちゃんからも色々教わりたいと思ってるからそんな顔しないで!」
「君らさ……高町で遊ぶのはそのへんにしてあげろよ」
見ていて面白くはあるが、俺も高町と同じようにからかわれたりすることがある。彼女のように見ていて面白いと思わせる反応はしない――いやできそうにないが。
俺の言葉にからかった側の小学生達は元気な返事を返し、からかわれた側は「みんなひどいよぉ……」とポツリと漏らす。これが彼女達の日常的なやりとりなのだろうが、かわいそうに思った俺は高町の頭を軽く叩きながら話しかけた。
「まぁ……元気出せよ」
「いや、その、別にいつものことですからそこまで気にしてないというか!?」
「ならいいけど……顔が異常に赤いけど大丈夫?」
王子様といったからかいもあって恥ずかしがっているのは分かるが、蒸気が出ていそうなほど真っ赤になっている姿を見るとさすがに心配になる。実際に高町の額を触ってみると、ほんの少しではあるが熱があるように感じた。
「ちょっと熱いようだけど」
「だ、大丈夫です! そそそれよりも早くお店に行きましょう!」
「……行っちゃったな」
「ショウさん、ショウさんこそなのはで遊んでるじゃないですか」
「いや遊んだつもりはないんだけど……」
「慣れないうちは心配になるくらいの反応ですからね。まあなのはちゃんなら、すぐに落ち着くと思いますよ。伊達にアリサちゃんにからかわれてませんから」
「すずか、何でそこであたしを出す必要があんのよ!」
高町とは別の理由で顔を赤く染めたバニングスは月村へと接近するが、月村は笑いながら謝りつつ高町のあとを追うかのようにT&Hに向かって走り始めた。彼女はもちろんあとを追って行ったため、この場には俺とフェイトだけが残される。
「……面白い子達だね」
「そうですね……あの、何で笑ってるんですか?」
「いやね、君に言われたらあの子達良い反応しそうだって思って」
「え、いやその……今のは秘密にしてもらえませんか?」
「それは別に構わないけど、意外とすんなり言う日が来るんじゃないかな。あの子達と一緒にいるときの君は楽しそうだし、出会って間もない割に打ち解けてるように見えるから」
「そうですか?」
「さあどうだろうね」
「え? 言ったすぐ傍から惚けるのはひどいですよ」
「その調子できちんと言えるなら問題ないさ。それより俺達も急ごうか。多分あの子達、先に着いても中に入らないで待ってるだろうし」
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