打球は快音響かせて
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高校2年
第四十九話 二人乗り
前書き
印南隆 内野手 右投右打 167cm62kg
出身 水面・大月中(青葉シニア)
枡田の控えショートだが、守備力と走塁には定評がある。途中退部の青葉シニアで鍛え上げられたスキルが光る、したたかな曲者。
第四十九話
冬の潮風は、体の芯にまで響いてくる。
水面より遥かに暖かい木凪とはいえ、冬は冬。風が強く、体感温度はかなり低い。港に居る斧頃島民も、皆冬の格好をしている。よそから来た者にしてみれば、案外木凪が寒い事より、島民が寒がりである事に驚くかもしれない。
「翼ー!!」
「おかえりー!!」
「おう、立派んなってのぉ!」
「見違えたぞー!」
「…………」
フェリーから降り立った翼を待っていたのは、葵だけでなく、近所の皆さんもだった。翼の姿を見ると、その帰還を拍手をもって出迎える。翼としてみれば、4度目の帰省にしていきなりのこの高待遇(?)には戸惑いを隠し切れない。
「俺、一体全体何かしたっけ?」
思わず翼が葵に尋ねると、葵はしれっとした顔でそれに答えた。
「うーん。やっぱ、州大会で翼の勇姿を拝んだけんやない?」
「え?それ関係ある?」
「まぁ、実際に野球しよる姿見て、翼がほんまに水面で頑張りよるって事に気づいたってゆうか……」
「……そんなもんなのかなぁ」
逆に言うと、州大会で彼らの前でプレーするまでは、水面への野球留学は少し疑わしく見られていたという事だ。翼にとってはそちらの方がショックだが、しかしそれも仕方ない。野球留学と言えど、実際に何を毎日してるかまでは、直接地元の人達に見せる事はできないのだし。
「なぁ葵」
「ん?何?」
「船の中からメールした話、OK出た?」
「あ、うん。夕方に家に来いだってさ」
実はこの帰省、翼にはただの骨休め以上の目的があった。会いたい人物が居たのだ。もちろん、野球に関する人物である。
「よーし」
帰省だと言うのに、翼には気合が入っていた。
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「……速くなったね」
「ん?」
翼と葵は、島の反対側の街に自転車を二人乗りして向かっていた。もちろん、漕ぐのは翼の役目である。自転車のスタンドに、これまた器用に横を向いて乗っかっている葵は、息一つ切らす事なく自転車を漕ぎ続ける翼に驚いていた。
「あたしも乗ってるんに、めっちゃ速いけん」
「ああ、走り込みに比べたら随分と楽だよ。」
翼は何ともない顔をして、更にスピードを上げた。葵はにっこりと笑って、その背中に肩を預けた。風を切って走るのは寒かったが、翼の体だけが暖かかった。
二人が乗った自転車は、ある家の前で止まった。
その家の表札には“知花”と書かれていた。
「……ごめんくd」
「おー、来たな色男」
翼が玄関をノックし、人を呼ぼうとすると、ドアは内側から勝手に開き、よく日焼けした眉毛の濃い顔がぬっと姿を表した。
三龍を州大会の準々決勝で破り、春の選抜甲子園出場を決めた南海学園の主将。
そこに居るのは、知花俊樹その人だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「俺に聞きたい事って何とよ?インタビューの答え方か?愛想笑いの仕方か?それともメアドの聞き方か?何でも聞くがええよ」
知花は鷹揚な態度で翼に相対した。
葵がすかさず「本当しょうもない事しか知らんのやけんなぁ」と突っ込みを入れるが、翼はニコリとも笑わずに、ポケットから硬式球を取り出した。
「スクリュー。」
「えっ?」
「君、スクリュー投げてただろ?」
翼は知花に対して頭を深々と下げた。
「お願いだ。投げ方を教えて欲しい。」
「ええっ?」
実直な態度で頼んだ翼に知花は戸惑うが、しかしため息を一つつくと、頭をポリポリとかきながら苦笑いを見せた。
「そんなに開き直って頼まれちゃぁな。教えん訳にはいかんやろーな。」
知花は家の中に引っ込む。背中越しに翼に言った。
「近所の小学校のグランドに行っとってくれ。グラブ持っていくけん。」
「ありがとう!」
翼は知花の背中に向かってもう一度頭を下げた。
知花は「ええけ、早う行けや」と、生真面目な翼に手をヒラヒラと振ってみせた。
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「はい、それじゃあ、水面と斧頃をつなぐ歴史的技術交流を始めたいと思いまーす」
知花がおどけるが、翼も葵も特に反応を示さず、両者の間に冷たい風が吹き抜けた。
知花と翼はグラブを持って、知花の家の近くの小学校のグランドに来ていた。知花の変化球講座の始まりである。
「で、最初に言っとくけど、俺はスクリューなんて全く投げれんけんな」
「えぇ!?話が違うよ!」
「そもそも、俺は三龍との試合でスクリューなんて一球たりとも投げとらんけん。別にお前、スクリューに拘ってる訳やないやろ?要するに一塁側に落ちてく球が投げたいんやないんか?」
知花の言う事はもっともである。
翼は知花の投げていたあの球が欲しい訳であって、別にスクリューを投げなくてはならない理由はない。ただ、これまで知花の投げていた球をスクリューだと思って練習してきたのに、翼としてはこれまでの練習での投げ込みが一気にバカらしく思えてしまった。
「俺が投げてたんはこれ。サークルチェンジ。こうやって握るんや。ほれ、やってみ。」
知花が見せたボールの握りは、人差し指と親指で円をつくり、まるで鷲掴みのように全ての指を添えたものだった。
翼も同じ握りを作ってみる。スクリューの握りよりかは、指の間から抜けるイメージが作りやすい。
「この握りでな、手首をあんまりしならせんように立てて使うんよ。小指の方から球を抜く感じで。腕はしっかり振るんやぞ。」
そう言って知花はグラブを構えた。
投げてこい、という事らしい。
翼は思うがままに投げてみた。
ボールに腕の振りの力は伝わらず、フワッとした球筋になった。
「そうそう。上手いやんけ。スクリューっぽくしたいなら、ちょっとシュートっぽくしてな」
知花に促されるまま、翼は何球も何球も投げた。
力一杯投げるわけではない。あくまでもキャッチボールだが、しかし感触は掴めてきたように思えた。サークルチェンジ。新しい決め球になるか。
「おーし、もうええやろ。後はこの感じ忘れんようにして、ブルペンでも投げてみな。」
知花がそう言った頃には、既に周りは暗くなっていた。気温も下がり、キャッチボールをする2人を見守っていた葵の肩も少し震えている。
翼はまた知花に頭を下げた。
「ありがとう。良い練習になったよ。何だか投げられそうな気がしてきた。」
「あ、別にそんなお礼はええけん」
知花はいたずらっぽい笑みを浮かべ、横目で葵の方を見た。
「見返りは、葵さんとの一日デート権な」
「ハァ!?」
突然話の矛先が向いた葵は頓狂な声を上げた。
まさか彼氏相手に、こんな大胆な事を言うとは。
そして、この申し出に対しての翼の返事も、葵にとっては驚くべきものだった。
「あ、いいよ」
「ちょっ!?えぇっ!?」
実にあっさりと翼は了承した。
これには葵も、真面目に動揺を隠し切れない。
どういう事なのだろうか、自分の彼女を差し出すなんて。
「だって、たった一日デートしたくらいで、多分葵、俺と別れるとかそんな事考えないだろうし」
これまたあっさりと言い切った翼に、葵は閉口した。知花はキョトンとした後、ガッハッハと豪快に笑った。
「そんなに開き直られちゃー、こっちも興醒めやの!図太い奴やなぁお前は!」
そう言った知花の翼への視線は、多少のリスペクトを含んだものへと変化した。
確かに、こいつには見所があるのだろう。
1人水面に越境しても平然としていて、そして自分の彼女に関しても何も心配していない。
根拠がある自信かどうかは置いといて、図太い。
それは確かだ。
困らせてやろうとした知花は、目論見が外れたにも関わらず、妙に楽しく感じた。
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「……」
「良い加減機嫌直してくれよー」
知花の家から帰る道中、葵はむくれて口も効かず、前で自転車を漕ぐ翼の背中をポカポカと叩いていた。翼が声をかけても、ぷい、とそっぽを向く。臍を曲げたようである。
「だって知花の奴に、いやデートなんてマジ無理マジ無理!だなんて焦った顔で言うの、癪じゃん。」
「実際にデートさせられるかもせんあたしの立場になりぃよ。もう、配慮が足らんのやけー」
葵は今度は頭をポカポカを叩いてきた。
翼はバランスを崩しそうになりながらも、器用に体勢を立て直して自転車を漕ぎ続ける。
「……ねぇ」
「ん?」
「ホントにあたしが、絶対離れていかんち思いよるん?」
「ん〜」
翼は苦笑いしながら、首を傾げてみせた。
「今の態度見たら、自信持てなくなってきたかな〜」
「そーよそーよ、ムカついたら三行半したるんやけん、もっとビビりぃよ」
今度は後頭部をチクチクをつつき始める。
翼はふふん、と鼻で笑った。
(高校で離れてから、お互いやたらと尊重しあってた所があったけど、こうやってじゃれあってってのは久しぶりだな。こういうのも悪くない。というか、俺達まだ高校生じゃないか。こうやってしょうもない事で臍を曲げ合うのが普通だよな。)
「おい、鼻で笑ってないで何か言え!」
また頭をはたいてきた葵に反撃とばかりに、翼は黙って蛇行運転を始めた。振り落とされそうになる葵は、きゃあと悲鳴を上げる。翼は声を上げて笑った。
「ざまーみろ」
「はぁ!?ガチで危なかったけんな今!もう、サイテー!」
葵は憤慨しながらも、その顔は笑っていた。
翼も笑っていた。
家に帰るまでの道のり、2人はお互いの悪口を、笑顔で言い合った。
寒い風が吹いていた。
澄んだ夜空に、星がキラキラと輝いていた。
後書き
最近忙しく、更新ペース落ちてます。
認めたくないですが、だんだんストーリーが
湧いてこなくなってきました。
正念場です。
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