少年と女神の物語
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『雷鎚を持つ巨人』編
第八十四話
文化祭二日目。
劇が終わり、副会長からも早くここから離れたほうがいいといわれて、権能で服装を変幻してから出たのはいいんだけど・・・
「はぁ・・・たぶん、照明落としてたから大丈夫だよな・・・」
俺は頭を抱えながら、そうつぶやいた。
今回やったロミオとジュリエット。
これはシェイクスピアの脚本そのままではなく、演劇部によるアレンジが加わっている。
二人とジュリエットの政略結婚の相手の死、そこから両家の友好な関係が築かれていくのではなく、ロミオとジュリエットの二人が結ばれる形でのハッピーエンドなのだ。
それ故か、最後のシーンには照明を落としてのキスシーンが入るのだが・・・一日目、書記さんがジュリエット役をやった際は、照明が落ちていればそう見える、という程度にとどまった。
だが、二日目の今日。会長のジュリエットは・・・本当に、キスをしてきたのだ。
その結果、なぜか書記さんは怒りだして、会長はごまかし始める。
俺がなんとかしたほうがよいのではないかと思ったが・・・副会長によって追い出された。
なんにしても、もしはっきりと見られていたとしたら会長のファンから殺されかねないし、ご両親も来てるはずなんだよな・・・
「ってか、何で書記さんはあんなに怒ってたんだろう・・・」
知に富む偉大なる者で調べれば早いんだけど、でも・・・
なんとなく、やっちゃいけない気がする。
とりあえず、どれもこれも考えても無駄だと判断して、芝右衛門狸の権能がちゃんと機能しているかを確認してから、再び歩き出す。
今日の予定では、これ以降は仕事はない。
キャンプファイアーは文化祭の実行委員に任せてあるし、基本的には生徒会はお客さんから質問があるまでは自由なのだ。
だから、二日目は毎年家族で文化祭を見て回ることになっている。
さっき、メールで林姉と狐鳥も来たとあったので、もうみんな集合場所に集まっているかもしれない。
と、そんなことを考えながら歩いていたら、前方に人だかりができていた。
なんだろう・・・確か、あのあたりに集合、となってたんだけど・・・あ、そういうことか。
「そりゃ、あのメンバーで集まってたら人だかりも出来るよな」
普段から家族で集まっているのを見ている学校の人間はともかく、一般の人たちからしたら珍しいものだろうし。
ただ、それにしても人が多いような・・・
「なあ武双。これ、何の人だかりなのかわかるか?」
「ん・・・?ああ、護堂か。また何人も彼女を引き連れやがって・・・学外のお客さんもいるんだから、ほどほどにしとけよ?」
「だから、俺たちはそんなんじゃ・・・」
と、いつものように否定しようとした護堂なのだが・・・今回は、それを遮る人がいた。
「やっぱり、護堂は学校でもそんな感じなんですか?」
「えっと・・・どちらさま?護堂の女?」
「そんなんじゃないわよ!」
そう、むきになって否定してきた。
「明日香は、俺の幼馴染なんだよ」
ふむ、幼馴染、ね。
創作の中ではたいていそういう関係になるんだけど・・・まあ、おれも恵那とはそんな関係じゃないしな。
そうでないことも、あるのだろう。
ただ、護堂だしな・・・そういう関係のほうが、違和感がないんだけど。
「それは失礼しました。はじめまして」
「あ・・・はじめまして。あたしは徳永明日香です。神代武双さん・・・でしたっけ?」
「何で俺の名前を?」
「さっき、生徒会の劇を見てきたんです。神代さん、ロミオ役やってましたよね?」
なるほど、それなら知っていてもおかしくはない。
「見られてたのか・・・少し恥ずかしいな・・・」
「すごい演技だったと思いますよ?最後のキスシーンは、本当にやっているようにしか見えませんでした」
「あー・・・それならよかったよ、うん」
俺は、苦笑いでそう答えることしかできなかった。
何せ、そのキスシーンはがちなんだから・・・
考えるのはよそう、うん。本当にキスしていたとは、露ほども思ってないみたいだし。
「あ、そうだ。年も変わらないだろうし、名前で呼んでくれないか?俺兄妹(姉弟)が多いから、名字で呼ばれるのには慣れてないんだよ・・・」
「あー・・・うん、分かった」
「よろしく。俺も、もう面倒だからこんな感じで行くので」
「それなら、あたしもこんな感じで行かせてもらうわ。それで、護堂はやっぱり・・・」
「な、なあ!結局、この人だかりは何なんだ!?」
次は護堂が重ねてきた。
「さあ?予想はつくけど、俺は知らない。それと・・・護堂のその辺りについては、現在生徒会で保護観察処分中だ」
「護堂、あんた!」
「俺も初耳だよ!」
さて、そろそろ遊ぶのはやめるか。
「まあ何にしても、この人だかりはどうにかしないと通行とかの邪魔になるよな。生徒会だし、何とかしないと・・・四人も来るか?」
俺は四人を誘って、人ごみをぐるっと回ってその先にたどり着く。
そこには・・・
「あ、ムーくーん!こっちこっち!」
林姉が最初にこっちに気付き、その周りにはほかの姉妹も全員揃っていた。
コスプレ姿で。
「・・・ねえ、武双さん?あたしにはどうにも、あなたが護堂以上の問題児に見えるんだけど・・・」
「失礼だな。あの集まりが、さっき言ってた俺の家族だよ・・・護堂、説明任せた」
説明をしてからあのメンバーの相手をするのもなかなかに疲れるので、丸投げしてから集まっているところに向かう。
「もー、ムー君遅い!」
「無茶言うな。これでも急いだほうだし、この人だかりのせいで時間がかかったんだよ・・・まあでも、俺が遅くなったのは事実か」
まず、俺はチャイナドレスを着ている林姉にそう言った。
なるほど、あの人だかりの中には久しぶりに見ることができる林姉+コスプレを一目見ようとしたファンの連中もいるのだろう。
そして、その他の家族も見ていくと・・・
鎧を着ているわけではないが、騎士っぽい感じの崎姉。
ローブを着て手に杖を持っている、魔法使いっぽい感じのリズ姉。
全体的に白で統一された、女神の格好をしているアテ。
体にピッチリと張り付いた、格闘家っぽい感じのマリー。
とんがり帽子を被って、魔女っぽい感じの服装の立夏。
二人一組のアイドルユニットの衣装を本家よりも着こなしている切歌と調。
みんなの影に隠れて野次馬に見られないよう努力している、巫女服姿の氷柱。
おもくそ女王様の格好(本人の性格ゆえか、妙に似合っている)のナーシャ。
一般的なメイド、和装メイドのセットになっているビアンカと桜。
そして、少し子供っぽいデザインの和服を着ている狐鳥。
・・・そりゃ、目立つよな。
「・・・って、何で兄貴は制服なのよ!」
「・・・はい?」
「武双君、毎年劇の格好でいるのを恥ずかしそうにしているから、今年はみんなでこういう恰好をしてみたのよ」
と、崎姉の言葉でようやく氷柱の言いたいことを理解した。
ああ、なるほど。それでみんなしてこんな恰好を・・・この間布を買いに行ったのは、これのためだったんだな。
みんなが着てるの、どう見ても手作りだし。アテのとか、俺が作った封印用のアクセサリーが組み込まれてるし。
「あー・・・そういうことなら、っと」
俺は芝右衛門狸の権能を解除して、さっきの劇の格好・・・ロミオに戻る。
やっぱり、恥ずかしいが・・・まあ、去年までと比べれば幾分かましだな。
その代わり、このメンバーの中にいるあいつは何だ、という視線がいつもに比べて厳しいけど。
「さて、と。それでは行くとしますか」
動き始めれば多少はこの人だかりも散るだろう。そう考えて俺は移動するように促した。
案の定、大体は散ったけど・・・一部残ったので、生徒会権限で強制的に散らした。
ついでに、誰が写真を撮ったかも全部調べて、すべて機械ごとデータを壊した。こんな時でも、権能って便利だよな~。
全なる終王と知に富む偉大なる者。この組み合わせでどうにかなった。
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