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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第90話 朔の夜

 
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 第90話を更新します。

 次回更新は、
 6月18日。『蒼き夢の果てに』第91話。
 タイトルは、『夜の翼』です。
 

 
「これは……」

 異様な臭気。このハルケギニア世界に召喚されて来てから非常に馴染みの有る雰囲気。先ほどまで感じて居たのは冬の枯れた草。そして、鬱蒼とした森に相応しい腐葉土の香り。確かに、多少、静か過ぎる……と感じる点もあったが、それでも極々一般的な冬の森の気配であった。
 しかし、鬱蒼とした森に囲まれたその場所に辿り着いた時に感じたのは――

「どうやら兄ちゃんの予想が当たったみたいやな」

 本来、猫と言う動物に笑顔と言う表情を作る事は出来ない。しかし、この時……。少し西に傾きつつ有った陽光が照らしだす微妙な陰影と、そして他ならぬ彼……いや、彼女の言葉の中に含まれて居る微かな感情が、この時の彼女が笑って居たように感じさせた。

 先ほどの森の入り口からかなり奥深くに進んだ森の木々が途切れる空間。その中心に存在する泉。
 その泉の畔に存在する巨大な……。丁度、人が一人横になれるほどの平らな上部を持つ岩。いや、この岩はおそらく自然石などではない。明らかに人の手が入った……石製の寝台。

 そして、その周囲を赤とも黒とも違う彩が覆う。
 更に、その泉を彩る色彩は……。

「最後の生け贄の心臓が捧げられてから既に八日。自然界でそれだけの時間が経過していたのなら、これほどの死の気配を残して居る訳はない」

 周囲を一度見渡した後に、そう独り言のように呟く俺。
 そう、これは一種の異界化。おそらく、この泉の周囲は既に現実界と異界との境界線と成って居ると言う事なのでしょう。
 ただ、もしそうだとすると、この異界化の核をどうにかしない限り、常世からの侵食が進み、やがては……。

「あいつの属性は闇。そして水。今日は冬至やさかいに、アイツの能力が最も活性化する。何者がこないな外道な事を為しているか判らんけど、ヤツを復活させる心算なら、それは……」

 最後まで語り切る事もなく其処で言葉を打ちきり、枯れ草色に支配された大地から軽く精霊力を纏いタバサの肩に跳び上がる風の精霊王。見下ろされ続けて居る事に嫌気が差したのか、それとも大地に座るのが嫌に成ったのかは判りませんが。

 それにしても。
 成るほど。今宵がヤツを復活させるには最高のタイミング。そう言う事なのでしょう。
 但し――

「風の精霊王。それにブリギッド。少し質問が有るのですが……」

 どうにも話が一気に進み過ぎて居るようなので、一度待ったを掛ける俺。それに、おそらく、俺が想定して居る今回の事件の黒幕……と言うか、復活させられようとしている邪神と、この白猫姿の風の精霊王が想定して居るヤツと言う存在とはイコールで結ぶ事が出来るとは思うのですが。

 しかし……。

「大航海時代を迎えていないハルケギニア世界。俺の住んで居た世界で言うのなら、中世から近世に掛けてのヨーロッパ世界に、中南米出身。アステカの邪神テスカトリポカが顕われた事が有ると言うのですか?」

 そもそもの疑問。確かに、今まで集めて来た情報から導き出せる邪神とはテスカトリポカの事。夜の翼も、山の心臓もすべてヤツの別名。更に、テスカトリポカの別名ヨナルデバズトーリは吸血鬼としての相を持つ存在。
 それに四人の后と八人の従者と言うのは、テスカトリポカに捧げられる生け贄に与えられる物。豪華な料理に贅沢な暮らし。その状態がしばらくの間続いた後、その人物は生け贄としてテスカトリポカに捧げられる。

 これだけの情報が有り、更に、地球世界の歴史ではコンキスタドールと呼ばれる征服者たちが自らを信奉する民たちを虐殺して行った事を恨みに思って居るはずですから、確かにテスカトリポカがこのハルケギニア世界のスペイン周辺に顕われたとしたら、非常に危険な状態に成る……とは思うのですが。
 ただ、そうだとしても、そもそも、この世界のメソアメリカとガリアに接点が無さ過ぎるのですが……。

 しかし……。

「おい、坊主。オマエが相手をしている事件の黒幕。この世界を混乱に導いているヤツの正体に未だ気付いていない、などと言う事はないんやろう?」

 少し呆れたような声で答えを返して来る風の精霊王。その小さな身体は何時の間にかタバサの右肩から、彼女の胸の前……組まれた腕の中に移動して居た。
 この事件……。いや、この世界にやって来てから関わって居る事件の黒幕として俺が想定して居るのは。

 少し眉を顰めて見せる俺。確かにこの白猫姿の風の精霊王に指摘されなくても、そいつ等の事はちゃんと想定して居ましたが……。

「這い寄る混沌にそんな妙な能力はない。しかし、門にして鍵。全にして一、一にして全なる者ならばそれも可能」

 クトゥルフ神話的に言えば、ヤツは知識その物。いや、ヤツ……ヨグ・ソトース自身が森羅万象、すべての事象を記録している『アカシャ年代記』。もっと一般的な呼び方をするのなら、『アカシック・レコード』その物だと言う説もある邪神。
 ソイツが世界の裏側で関わって居る可能性が有る以上……。

「本当はそんな歴史がこの世界には存在して居なかったとしても、アカシック・レコードにくだらない細工を施されれば、五分前に出来上がった歴史的事実……と言う事も有り得るのか」

 流石にヤツら自身が万能の存在と言う訳ではないので、すべてを思いのままに……と言う訳には行かないのでしょうが、それでもこの程度の歴史の改変ならば呼吸を行うように容易く為して仕舞うでしょう。
 これはつまり、ここでテスカトリポカの復活の儀式が行われたとしても何の不思議もない、と言う事。

 それが這い寄る混沌や、名づけざられし者。門にして鍵の目的の為に必要な事実ならば。

「トコロでなぁ。こんな場所まで連れて来てからでスマンのやけど……」

 結局、今回の事件も強力な邪神召喚事件の可能性が非常に高い、と言う事が判り、その対策に思考を切り替えようとした俺に、更に言葉を掛けて来る風の精霊王。
 その表情は猫に相応しい哲学者然とした表情。

「にいちゃんはこれ以上、この事件に関わる必要はないで」

 タバサの胸に抱かれたまま、そう告げて来る風の精霊王。
 そして、

「この事件は、このハルケギニアに住む人間たちが招いた事件。陰の気が滞るような……理を捻じ曲げるような行いを続けた為に招いた災厄。それを、この世界の住人ではないにいちゃんが、これ以上、身を危険に晒して事件を解決せなアカン理由はない」

 まして、にいちゃんが交わした約束は、この世界を護る事ではなかったはずや。
 ……と、そう締め括る風の精霊王。

 成るほど。陰の気が滞った結果、招かれた災厄と言う事ですか。そう考えながら、俺は風の精霊王から、彼女を擁く少女と、そして、今一人の少女へと視線を巡らせた。

 そう。かなり西に傾きつつある陽光を受けながら、凛然とした様で俺の前に立つ二人の少女たちに。
 共にこの場に来てから一言の言葉を発する事もなく、ただ俺を見つめるのみ。

 但し、その視線の質が違う。
 蒼い瞳はすべてを望みながら、それでも何も望まない……ただ、俺を見つめ続ける観察者の視線。
 片や、黒の瞳は、挑むような、怒るような……そして、何故か祈るような視線。

 確かに俺がタバサと交わした約束はこの世界を護る事では有りません。
 更に、ブリギッドと交わした約束もまた然り。そんな英雄的な物では有りませんでした。

 しかし……。

「陰気を滞らせて、それが招いた災厄ならば、それをどうにかするのが仙人の仕事。所詮は地仙に過ぎない俺でも、見て仕舞った物を見なかった事にして、ここから立ち去る事など出来る訳がない」

 確かに出来る事と出来ない事は有ります。俺は無敵の存在でもなければ、万能の神でも有りませんから。それでも、危険だから……。自分には関係ない事だからと言って、見て見ぬ振りは出来ません。
 何故ならば、それは大道を踏み外す行為。仙人としては誉められた行為では有りません。

「それに、そもそも論として、ここで逃げ出したら、例えすべてが丸く収まって事件解決に至ったとしても、他の誰でもない……俺が俺自身を許せなくなる」

 天や他人は騙せても、自分自身を偽るのは矢張り難しい。

 結局、タバサにも。そして湖の乙女にも説得出来ない事を、今日初めて出会った相手に説得出来る訳もなく、今までと同じ結論に達する俺。

 その俺の答えにまったく動じる事のないタバサと、そして、少し首肯いて魅せるブリギッド。
 タバサの方は俺の答えが完全に予想出来て居たと言う事でしょう。
 ブリギッドの方は、……もしかすると、俺が風の精霊王の言う通りにリュティスへと帰って仕舞う可能性も有る、と考えて居た可能性も有りますが。

「成るほど。ある程度の覚悟は完了している、と言う事か。
 そう言えば、ハクも同じように一度言い出したら聞かんトコロが有ったかな」

 懐かしい事を思い出したかのような遠い視線を蒼穹に向け、少し眩しそうにその金眼を細める風の精霊王。どうやら、彼女と、そのハクと呼ばれる人物との間には、何か良い思い出が有ると言うのでしょう。
 思い出。良い思い出と言う物は人を優しくさせる。そう確信させる雰囲気に包まれている風の精霊王。その時には、彼女の現在の姿と相まって非常に愛らしい雰囲気を感じさせられた。
 しかし、次の瞬間には再び俺の方に視線を向け、

「但し。そう言うからには、少なくとも何か策が有る。そう考えさせて貰ってもかまへんと言う事なんやろうな」


☆★☆★☆


 冬至の弱々しい陽光が、しかし、今宵に相応しい色に世界を染め上げる時刻。
 赤、赫、そして紅。直ぐそこまで迫りつつある夜の気配さえ、血のような残照に染まる世界。
 陰と陽。生と死。昼と夜の境界線。
 昼……陽の光が溢れた時刻。あの見鬼を行う為に、中央広場に村人たちを集めた時は、確かにこの村にも村の規模に相応しい住人が居る事を確認出来たはずなのに、今のこの時刻に村から感じるのは夕陽の赤以外、妙に寂寞とした雰囲気しか存在する事はなかった。

「騎士さま、騎士従者さま、少し宜しいでしょうか?」

 ルルド村の入り口に人待ち顔で立つ俺と、そして、その傍らにそっと……他人から見ると、まるで寄り添うようにすぅっと立つ少女。
 微妙に、郷愁を誘われるような景色の中心に立つ彼女を見ていると、訳もなく涙が込み上げて来る。
 そう。蒼の髪までも赤く染め上げ、無機質なはずのその表情に何処か哀しいような、それで居て懐かしいような色を感じるのだ。

「えっと、貴男は……」

 背後から掛けられた男性の声に、振り返ってそう答える俺。
 赤く染まった世界の中心を、少し目を凝らすように見つめる俺。その瞳の中心に映る背の低い男性らしき影。

「ラバンと申します、騎士従者さま」

 そう言いながら、痩せた身体を更に縮ませるように頭を下げる男性。良く動く細い目。どうにもはっしっこそう……狡猾で、信用の置けない人物のように見えるその男性。
 いや、午前中に会った時よりも更に強く感じる負の感情。正直に言うと、任務に関係がないのなら絶対に近寄らない類の人物であるのは間違いない。

 ただ……。

「それで、ラバンさん。何か御用でしょうか?」

 自らが感じた気配を表層に表わす事もなく、普段通り、非常に愛想良く答える俺。真冬の……更に、逢魔が時に相応しくない爽やかな笑顔を込みで。
 但し、此の場に存在しているのは、どちらがタヌキで、どちらがキツネ。そう言う状況だとは思いますが。

 俺の想像やこの目の前の男性から受けた印象が間違っていなければ。

「え~と、もう一人の女性騎士の方はどちらに御出でなのでしょうか」

 目に隙のない……、狡知に長けた相手で有る事が感じられる視線で周囲を伺いながら、そう問い掛けて来るラバン。その細い目が探しているのが本当にブリギッドなのか、それとも俺に付け入る隙なのか判らない雰囲気。

 う~む。ただ、どうにも小物臭がして、この程度のヤツが……。

「彼女は別の場所を調べて居て、未だ戻って来ていないのです」

 ただ、撒き餌の俺たちが、あからさまに怪しい素振りを見せる訳にも行かないので、ここは我慢。コイツが違うのなら、また、別の場所で釣り糸を垂らせば済む話ですから。
 それに、風の精霊王の見立てが誤っていなければ、遅くとも今晩には何か動きが有るはずですし。

 俺の言葉に、表面上は少し迷うような素振り。しかし、内面から発する雰囲気はかなりどす黒い、嫌な気を発しながら、

「実は、妙な連中が森の奥に入って行くのを目撃したのですが……」


☆★☆★☆


 陽が沈むと共に急速に冷やされて行く大気が、蒼い光輝の元に深々と澱んで居た。

 未だ宵の口と言う時間。しかし、世界はまるで深夜のように静まり返っていた。冬枯れの森の中を、在る一点を目指して進む俺たちの足元を照らす物と言えば、肩口の高さに掲げた魔法の明かりと、
 そして、遙か頭上……木々の切れ間から垣間見える蒼き偽りの女神のみ。
 冬の透き通った氷空(そら)に、その寒々とした容貌を浮かべる真円。熱を一切伴う事のないその蒼き光輝が、地上のありとあらゆる物、者、モノの上に、分け隔てなく降りそそいでいた。

 そう、今宵は朔の夜。普段は蒼き月と共に蒼穹に在る紅き月が隠れる夜。

 聞こえて来るのは枯草を踏みしめる自分たちの靴音。そして、それぞれの口元を時折、白くけぶらせる微かな吐息のみ。立ち止まり、耳を凝らしたとしても周囲に存在しているのは……ただ、静寂のみ。
 冬特有の強い風が吹く事もなく、獣の吼える声さえ聞こえて来る事もない。
 森の魔獣、妖物、そのすべてが、今宵、この森の奥で何が起きるのかを本能的に知って居るかのようにじっと息をひそめている。そんな風に感じられる夜。

 まるで、この森すべてが既に異なった世界へとその相を移して仕舞ったかのように、世界全体が不気味な沈黙を続けて居たのだった。

 そうして……。

 それまである程度、付近の住民の手に因って管理されて居たと言っても、ほぼ全てが自然の手に因って作り上げられた冬枯れの暗い森から、突如、視界の開けた場所へと到達。其処の入り口で歩みを止める俺とタバサ。
 但し、ここは知って居る場所。陽が有る内に、風の精霊王に連れられて一度訪れているあの場所ですから。

 その瞬間。

「待って居ましたよ、オルレアンの姫と、それに王太子殿下」

 暗がり……。光源と言えば、上空から煌々と照らす蒼き偽りの女神。そして、その女神が放つ光の矢を反射する泉の赤黒く変色した水が有るだけの暗い場所。その黒の世界から掛けられる男性の声。
 自らの手にする魔法に因る光源を、その声の放たれた場所へと向ける俺。
 尚、本来ならばこのような行為は必要のない行為。何故ならば俺、そしてタバサも暗視の魔法は行使済み。例え暗闇に居たとしても丸見えの状態ですから。但し、兵は詭道。この世界の魔法の常識では、ライトの魔法を行使しながら、同時に他の魔法は行使出来ない仕組み。故に、この照明用の魔法を行使し続けて居る限り、他の攻撃的な魔法は行使出来ないと相手が思い込んでくれる……。つまり、自分たちの方が優位に立って居ると油断させる事も可能と成る、と言う事。
 もっとも、俺の行使して居る魔法は時間設定型の魔法。つまり、ある一定の時間だけ明かりを点す魔法ですから、最初に霊力を消費したら、それ以後は意図的に消さない限り効果時間内は自動的に明かりが灯り続ける魔法なのですが。

「それにラバンも良くやってくれた。このふたりにルルド村に居られると、最後の重要な生け贄を得る事が出来なく成る所だったからな」

 この森の中にぽっかりと開いた空間。泉の畔に辿り着いてからもその歩みを止めず、その声を発した人物の傍にまで進んでいたラバンに顔を向け、そう話し掛ける男。

 其処……それは泉の傍ら。僅かな光源が蟠る闇を仄かに薄める空間。その、まるで寝台の如き巨大な岩の傍に立つ黒き複数の人影。
 フード付きの黒いマントに覆われた複数……おそらく八人の影。そして、その中心に立つ、見た事の有るマントに身を包んだ、金髪の男。

 そう、髪の毛は金髪。そして、見事な口髭。猛禽類を思わせる強い瞳の色は碧眼。但し、妙に赤い……充血したかのような、赤い印象を受ける瞳。目鼻立ちがはっきりしていて、育ちの良さが気品と成って現れている容貌。……日本人が西洋の貴族と聞いて真っ先に思い浮かぶような精悍な顔立ち。身長は俺と同じ程度か、少し大きいぐらいと感じるトコロから、おそらく百八十センチ以上。頭には白い羽飾りの着いたつばの広い帽子。懐古趣味のベストと白いシャツ。膝丈のキュロットに白いタイツ。
 今年の夏、国王への反逆の罪で滅ぼされた東薔薇騎士団の制服を着込んだ痩身の男性。
 東薔薇騎士団の基本形。顔の大半が髭で覆われて居るので、見た目から年齢を判断するのは少し難しいのですが、おそらく、壮年。三十代前半と言うぐらいでしょうか。

 成るほどね。手配書の似顔絵にかなり似ているな。そう考えた後、ワザとらしく、ひとつ小さく首肯いて見せる俺。
 そして、

「御目に掛かれて光栄です、アルマン・ドートヴィエイユ卿」

 半ば当て推量でそう呼び掛け、恭しく貴族風の仕草で礼を行う俺。もっとも、国賊と成った東薔薇騎士団の制服を着込む酔狂な人物など、今と成ってはそう多くはないでしょうから、間違えている可能性の方が低いとは思いますが。
 アルマンが最後の東薔薇騎士団の関係者と言っても差し支えのない人物ですから。

「ほう、王太子殿下は俺の事を御存じのようだ」

 低い壮年の男性に相応しい声でそう答えるアルマン。そしてこの時、以前に考えたように、向こう……アルマンの方から捕まる為にノコノコと現われてくれるだろう、と言う予想がズバリ的中していた事が証明された。
 但し、そんな予想は外れてくれた方が嬉しかったのは事実なのですが。

「アルマン・ドートヴィエイユ。元東薔薇騎士団の団長の甥に当たる御方。大酒のみで博打好き。その挙句に決闘騒ぎで殺した相手の数は両手、両足の指を足しても未だ足りない。流石のドートヴィエイユ侯も貴方には東薔薇騎士団の副長は任せられなかったのか、それとも、汚れ仕事もいとわないシャルルの方が使い勝手が良かったのか。後輩のヤツが副長に選ばれた際に騎士団を退団。その後は領地に戻って放蕩三昧だった、……と、そう伝え聞いて居ります」

 これで女にだらしないと言う設定が加われば、見事に呑む、打つ、買うの三拍子が揃っている人物に成るのですが、その部分に関してはシャルルの方が担当と成って居たのか、悪いウワサはなし。もしかすると若い時分に何か酷い失敗をした事が有るのかも知れない。

 但し、魔法と剣の腕は超一流。力自慢のイザークや、流麗な剣さばきのアンリなどと行った模擬戦闘訓練でもほぼ負けなし。故シャルル・アルタニャン東薔薇騎士団副長など足元にも及ばなかった、と言う風に資料には書いて有りましたが……。
 もっとも、それも俺から言わせて貰うのなら一般人……表の世界レベル。更に、魔法に関しても、二系統でスクウェアとか言う記述が有りましたが、所詮は系統魔法使い。俺やタバサの前に現われた瞬間にヤツの未来は決まっている、と言う程度の実力。

 どうにも、このハルケギニア世界に於ける三銃士のアトス役とは思えない人物ですが、史実の中に登場するアルマンと言う人物は、くだらない決闘騒ぎを起こした挙句、死亡。銃士としての功績はゼロと言う人物ですから……。
 其処に、ハルケギニア世界の素行不良の貴族の色を着け、魔法と剣の腕を一流にするとこう言う人物が出来上がるのかも知れません。

 見た目だけはかなりの物ですけどね。

「叔父貴も、もっとちゃんとした副長を選べば死なずに済んだのだ」

 暗に自分の方が相応しかったと言わんばかりの口調でそう言うアルマン。大きな嘲りの中に、微かに後悔のような色が滲む。
 ただ、その事に因って、微かに肉親の情を言う部分を感じる事が出来た。

 しかし……。
 成るほど。確かに魔法至上主義のハルケギニア世界では、彼、アルマンの方が、シャルル・アルタニャンよりも騎士団の副長には相応しい人物だったかも知れませんか。

 ただ、俺の下に付けられたら、取り敢えず出来るだけ遠くの任務に追いやって、二度と戻って来なくても良いぞ、と命令する程度の連中なのですが。

「さて、アルマン。貴男にはガリアより国家反逆罪で逮捕命令が出て居ます。この場で素直に武装を解除して我々と同道して頂けますか?」

 何にしてものこのこと現われてくれたのならば、探す手間が省けたと言う物。まして、人間レベルの魔法自慢とは言っても、コイツを追う為に優秀な捜査員を動員して居るとも思えないので、追い掛けて居る方も一般人レベル。流石に、一般人レベルの捜査員では、この二系統でスクウェア・クラスの系統魔法使いを相手にするのは危険すぎます。

 その上、既に人ならざるモノへと変化した、今のアルマン・ドートヴィエイユは……。

「貴様に、俺が捕まる?」

 ニヤリ、と言う表現がしっくり来る表情を見せるアルマン。
 その瞬間。ヤツの口元に存在する――

「吸血鬼へと転じた俺を、犬コロにも等しいオマエと、最後の最期に臆病風に吹かれてガリア王に成り損ねた半端者の娘の二人で捕らえようと言うのか?」

 ――人間としては不自然なまでの長さの犬歯が、蒼き月の光輝を不気味に反射した。

「そもそも、ガリアの王太子殿下とその妃殿下は、ここに招き寄せられた事にすら気付いて居られぬらしいな」

 性格がにじみ出るかのような笑みを片頬にのみ浮かべて、そう言うアルマン。その時、彼の周囲を取り巻くように立つ八つの黒いフード付きのマントに覆われた影……男か、女なのかさえ判らない異様な影たちが、音もなく陣形を俺とタバサを包囲する陣形へと変えて行く。

 そして、

「何故、ソルジーヴィオが夜の翼を召喚するのに貴様の血と心臓が必要だと言ったのか判らないが。まぁ、安心しな、坊主。オマエを殺した後に、其処の小娘もちゃんと彼の世に送ってやるから」

 何処をどう解釈したら安心出来るのか判らない言葉を続けた。

 しかし……。成るほどね、またあのニヤケ男ですか。
 少し面倒臭そうに後頭部を掻きながらそう考える俺。そして、

「邪神テスカトリポカと永劫に争う事を義務付けられたのが羽毛ある竜ケツアルクァトル。確かに、俺の中に流れて居る龍種の血がケツアルクァトルと繋がっていると言うのなら、それは間違いやない」

 先ほどまでの王太子然とした口調から、普段通りのいい加減で大ざっぱ。かなり、面倒臭がりの口調へと戻す俺。
 そして、

「ただ、俺たちの周りを囲み込もうとしている黒マントの獣人ども。……ジャガーの戦士どもでは、俺やシャルロットを捕らえる事は出来へんで」

 かなりのネタバレに近い内容を口にする。
 その台詞を聞いた瞬間、かなり余裕のある表情で明らかに俺やタバサの事を見下していたアルマンに、それまでとは違う色が浮かぶ。

 但し、それは警戒やそれに類する、自身の状況を冷静に分析する類の色ではない。むしろ、疑問。何故、自分の配下の事が判ったのかと言う疑問の色。
 成るほど。こりゃソルジーヴィオのヤツは、俺やタバサの事を一切、アルマンに説明していない、と言う事なのでしょう。

 成るほどね。それならば、

「そもそも、これだけの状況証拠が有って、オマエから発せられる人ならざる気配が有れば大体の想像は付く。そうやろう、生成り(なまなり)のアルマンさんよ」

 ヤツ自身の存在を、迂遠な方法を取る事もなくズバリと指摘する俺。
 そう。生成り。未だ鬼に成り切っていない中途半端な存在。人の血を吸っているのはヤツから感じる気配で大体、想像が付く。但し、本来の吸血鬼が持って居る威圧感やその他を目の前のコイツから感じる事はない。まして、ヤツ自身に従っている小さな精霊たちは一切、存在していない。
 つまり、魔法に関しては系統魔法使いのままの状態。こんな成りそこないの吸血鬼など恐るるに足りず。

 確かに状態から言えば、完全に夜の貴族に成り切っていないタバサも、生成りと言えば生成りなのですが、彼女は既に精霊と契約を交わす事が出来るように成って居る分だけアルマンよりは上。まして、経験が違い過ぎて、話に成るレベルではないでしょう。
 彼女自身の、人外との戦闘経験が違い過ぎますから……。

「それに、例えテスカトリポカの召喚に成功したとしても、オマエ、どうやってヤツを従わせる心算なんや。アイツはここに居るジャガーの戦士どもとは格が違い過ぎるぞ」

 更に、そもそも論を口にする俺。まして、これも事実。テスカトリポカを召喚して、ヤツと契約を交わせる人間がこの場に存在するとは思えません。
 もっとも、もしかすると、タバサなら可能性がない事もないのですが。

 しかし……。

 先ほどは余裕の態度を一度崩しかけたアルマンに、再び、余裕が戻って来た。元々の育ちが良く、更に彼自身が持つ風度……風格と言う物が貴族に相応しい物であるが故に、俺みたいな庶民出身の人間では出せない雰囲気を醸し出している。
 そして、

「ハルケギニアの王と選ばれ、ブリミルの如く四人の后を得る事が約束された俺に、相手が例え神であろうとも従わせられない訳がない」

 静寂に満ちた闇の中に、アルマンの声だけが響く。自信に満ちた言葉、及び王者の如き雰囲気で。
 そして俺の答えを待つまでもなく、ひとつ呼吸を整えた後に再び言葉を紡ぐ。

「人を越え、神を越えた俺に不可能な事などないわ」

 吐息を白く凍らせる事もなく。

 しかし……。う~む、どのような根拠が有ってこれほど自信に満ちた態度で居られるのか判りませんが、どうやら、コイツは捨て駒と言う事は理解出来ました。
 何故ならば、

「オマエ、ソルジーヴィオにちゃんと話を聞いたのか?」

 こちらの準備が未だ整っていない以上、少々の時間稼ぎが必要かな、と考え、このヌケ作の相手をする心算でしたが、どうやらそんな必要は無さそうなので少し弛緩した雰囲気でそう問い掛ける俺。
 そして、更に続けて、

「邪神テスカトリポカと敵対する羽毛ある竜ケツアルクァトルの人間としての姿は、オマエと同じ、気品ある王者の風度を持つ金髪碧眼の男の姿。そんな容姿を持つ人間が召喚したトコロで、テスカトリポカが召喚に応じる可能性は低い」

 それに、縦しんば召喚に成功したとしても、其処から更なる悲劇が発生する。
 テスカトリポカは、自らを信奉する民たちを虐殺して行ったイスパニアの人間を許す事は有りません。そして、イスパニア……スペインと言う国は、このハルケギニア世界ではガリアの事。ガリアの国で金髪碧眼の貴族然とした人間。それも、地球世界のキリスト教に近いブリミル教の神に選ばれたと自称して居る人間に召喚されて、ソイツの言う事を聞く訳がないでしょうが。
 おそらく、この目の前の道化者はサクっと殺され、その後、誰かに調伏されるまで、周囲に存在する人間たちを殺して、殺して、殺し続けて行く事に成るのは確実でしょう。

 もっとも、その召喚作業に必要な最後の生け贄。俺の心臓と血を得る事が事実上不可能だと思いますから、テスカトリポカの召喚作業自体が完結する可能性は初めからゼロに近いのですが。

「自らの欲望の果てに自滅するのは勝手やけど、そんなしょうもない事に俺を巻き込むな。俺の周りの人間を巻き込むな」

 最早、敵対するしかない言葉。その言葉を発したその瞬間。

 遠雷に似た爆発音が俺たちの背後。ルルド村の方向から轟いた。
 その一瞬の後、不気味なまでに静まり返っていた森に一陣の風が吹き抜け、周囲を取り囲む形と成って居た連中の黒きフードがはためく。

 その瞬間。僅かに垣間見えた、まるでネコ科の大型肉食獣を模した仮面を付けているかのような容貌に、俺の見鬼が伝えて来ていた情報が誤って居なかった事を確信する。
 そうして、

「始まったな」

 その爆風らしき一陣の風に完全に余裕を取り戻したアルマンが、彼の見た目に相応しい声でそう呟いた。
 その言葉に重なるように続く爆風と轟音。静寂に包まれていた冬の夜に突如訪れた強い争いの気配。

 成るほど。この場所に来てから何度目に成るのか判らない首肯きをひとつ見せる俺。
 そうして……。

「確かに、始まったようやな」

 そうして、声の質で言うのなら明らかな青年……には成り切っていない、未だ少年の部分を残した俺の声で後を続けた。
 但し、非常に余裕のある雰囲気で……。そう。それはどう考えても、周囲を敵に囲まれ、更に護るべき民や場所を異形のモノたちに襲われつつある状況とは思えない態度で。

 俺の言葉に、少し訝しげな視線を向けるアルマン。元々優しげな目元、と言う訳ではない彼からこう言う視線を向けられると、気の弱い人間ならば萎縮をし、その場で立ちすくむしか方法がなく成るであろうと言う視線。
 それに、確かに普通に考えたら俺の台詞はおかしい。しかし、

「そもそも、ルルドの村を放り出して、こんなトコロにノコノコと俺とシャルロット姫がやって来て居る事を訝しむべきやと思うけどな、アルマンさんよ。まして、ガリアの王太子と、将来の王太子妃が動いて居るのに、このふたりだけで行動していると考えたのなら、それは大甘やと思うけどな」

 それとも、オマエの同僚だったイザークやアンリは、それほどのマヌケだったと思って居たのか?

 王太子と王太子妃と言う部分にかなりの違和感を覚えながらも、それでも澱みなくそう続けた俺。それに、これは半ば事実。
 もっとも、現実には、ガリアから兵や騎士を借りている訳ではなく、自前の戦力を投入しているのですが。
 流石に無駄に成る可能性も有ったのですが、それでもルルド村に戦力を残して来て正解だったと言う事ですから。

 その、俺の余裕たっぷりの言葉を聞いた瞬間、

「そうか、あの女騎士か!」

 アルマンの傍に控えて居たラバンがかなり憎々しげにそう呟いた。
 もっとも、今も遠くから聞こえて来る爆音と、それに伴う爆風は崇拝される者ブリギッドが為している物では有りませんが……。

 村の防衛要員として残して来たのは白猫姿の風の精霊王。俺の契約しているハルファス、炎の精霊サラマンダー、水の精霊ウィンディーネ。そして、俺自身の飛霊と剪紙鬼兵十体。
 誰も居なかったはずの目の前に彼らが顕われた時には、流石のルルド村のアブラハム村長さんも跳び上がらんばかりに驚きましたが、それでも、夜の翼と言う伝説上の吸血鬼を復活させる為に、今宵、ルルド村を襲うヤツラが現われる、と告げた時ほどでは有りませんでした。

 それで、飛霊と剪紙鬼兵に関しては以前のゴアルスハウゼン村の時のように、風のスクウェアスペルの遍在だと告げた後、その他の魔将や精霊に関しては、姿を消す魔法を使用出来るロイヤルガードたちだと説明。
 女性騎士ばかりだし、ハルファスに至っては、翼人と言う亜人にしか見えない姿なのですが、その部分は強引に押し切って。

 その後、ルルド村に自分たちに有利な魔術の陣を構築した後に、村の入り口辺りで囮として俺とタバサが網を張って居たと言う事。
 その網を張って居た理由も、そうした方が良いとタバサの式神のレヴァナとウヴァル……伝承上では予言神の側面を持つ式神たちが強く推奨したが故に、網を張って待って居たのです。

 コイツがどれだけの加護をテスカトリポカ……いや、ソルジーヴィオから得ているのか判りませんが、それでも呼び出したのがジャガーの戦士だけならば、数万体規模で召喚していない限りは、ルルドの村人たちに指一本触れる事が出来ない戦力は残して来ているはずです。

「それに……」

 その瞬間、何処か遙か遠い彼方から。蒼穹の彼方からとも、前方にそびえる火竜山脈からとも感じられる場所から聞こえて来る鐘の音。
 そう、それは鐘の音。確かにこの世界……。ハルケギニア世界にも各聖堂が奏でる時刻を報せる鐘の音と言う物は存在します。

 しかし、今、聞こえつつある鐘の音はそれらとは別物。日本人の俺に取っては、十二月の大晦日の夜に聞こえて来るのは当たり前の鐘の音。しかし、ハルケギニア世界の人間でこの鐘の音を知って居る人間は殆んどいないであろうと言う鐘の音。
 流石に、この世界に除夜の鐘と言う風習は存在していないでしょうから。

 その鐘の音が遠くから響き出した瞬間。
 周囲を取り囲んで居たジャガーの戦士と、俺の正面に立つアルマン。
 そして、自らの右側に並んで立つ蒼い少女から、違和感のような物が発せられた。

 ……矢張り、タバサにも多少の影響が有るのか。

「貴様、何をした!」

 それまでの余裕の態度からは考えられないぐらいに取り乱した様子のアルマンが、かなり強い語気でそう問い掛けて来る。
 もっとも、現状はヤツ、アルマンに取っては晴天の霹靂と言うぐらいの異常事態が起きて居るはずですから、当然の反応と言えば、当然の反応なのですが。

「この遠くから聞こえて来る鐘の音は除夜の鐘と呼ばれる風習でな、煩悩を祓う効果が有ると言われている」

 そう、煩悩。西洋の吸血鬼と言うのは基本的に肉体的な死を拒否するトコロから発生する物が多い。
 つまり、これは肉体的な生に執着する煩悩と言う物。

 まして、この周囲に存在するジャガーの戦士たちも、すべてテスカトリポカの眷属で有るが故に、闇と死の属性を得ているはず。ならば、この除夜の鐘の音は苦手でしょう。

「それにな、アルマン卿。済まんけど、少し上を見ては貰えんかな」

 俺の言葉に、ハッとしたように上空をふり仰ぐアルマン。この反応は、ヤツも気付いたと言う事。そう。先ほどまで確かに闇に閉ざされていた周囲の風景が、人間の肉眼でも見えるように成って居た。丁度、除夜の鐘の音が聞こえて来た時から、周囲が急に明るく成って来ていた、と言う事に……。

 ゆっくりと。まるで操り人形のソレの如く、上空に視線を移すアルマン。
 其処には……。

 オーロラ……。いや、違う。オーロラはこのような幾何学的な紋様を描き出す事はない。これは、寒々とした氷空に、炎に因って描き出された五芒星。
 その五芒星のそれぞれの頂点の部分には何らかの図形、そして、明らかに漢字と思しき文字が描かれていた。

「オマエさんは知らんと思うから教えて置いてやろう。あの文字は大。妙。法。そして、鳥居を模した形に、舟を模した形や」

 そう俺が答えている最中にも、更に強く成って行く違和感。赤々と燃える五芒星と、そして、その文字に籠められた呪が蒼き偽りの女神の魔力を徐々に凌駕して行く……。世界の理が上書きされて行く際に発生する違和感が身体の感覚を僅かに狂わせている。
 そう、この瞬間。西洋風剣と魔法のファンタジー世界のハルケギニアには有り得ない魔法が誕生したのだ。

 ゆっくりと冬枯れの森に広がって行く力を感じた。そう、それは正に生命の息吹。未だ堅いつぼみさえ付けていない木々に、何故か萌えるような緑を感じ、
 紅く、そして冷たく穢された泉に、新しい(さや)かな水が溢れ出す。
 いや、この瞬間には枯れ、既に力……生命力を完全に失って仕舞った枯れ木でさえも、ざわざわと枝を振るい、自らに流れ込んで来る強い生命力に歓喜の歌を上げ出して居た。

施餓鬼供養(せがきくよう)に使用される五山の送り火。そして、風水術を利用して、冬至の夜の闇に沈む陰気に支配されたこの場所を、一時的に生命力に溢れた陽気溢れた世界へと変換している。
 陽の聖獣たる俺に取っては、この地は正に生門。
 しかし、陰気の塊のキサマに取って、ここは正に死門。ここでは動く事さえままならないはずやで」

 かなり淡々とした口調でそう説明を終える俺。
 ここは風水的な陣を張るには少し向いていない場所。北方に霊山は存在せず、東西の街道よりも南北の街道の方が重要とされて居る場所。
 更に、ここに連れて来ている式神たちに四聖獣の代わりは難しい。

 故に、少し特殊な。しかし、年の終わりと言う時節を利用した術ならば可能。それに、そちらの方がより効果も期待出来る、……と考え、この特殊な術を行使したと言う事。

 それに準備する時間さえあれば、この規模の仙術を行使する事さえ可能と成って居るのも事実。これは多分、俺の仙人としての格が地仙レベルでは納まらなく成って来て居ると言う事なのでしょう。
 確かに、元々霊格が高い龍種で霊力だけは異常に高い能力が有ったけど、自らがそれを細かく制御する才能に恵まれて居なかったので、宝の持ち腐れ状態だった人間。
 しかし、このハルケギニア世界に召喚されて俺の霊力を制御出来る巫女……タバサや湖の乙女を得た事に因り、その才を如何なく発揮出来るように成ったと言う事。

 もっとも、霊力を上手く制御出来ずに暴走させる危険性が有ると言う事は、裏を返せば、自らの感情の制御が出来ていないと言う事ですから……。
 つまり、俺自身が人間として未熟で、まったく完成して居なかったと言う事なのですが。

【タバサ、大丈夫か】

 実際の言葉にする事はなく、問い掛ける俺。当然、視線はアルマンに固定したままで。
 陰の気に満ちた偽りの生を持つ存在。吸血鬼と言う存在に取って、解き放たれた生命の息吹を放つ世界は煉獄に変わって居るはず。大地は灼熱の鉄板と化し、風も燃え上がるような熱風と感じて居るはず。

 そして、それはタバサも変わらない。
 故に、この場に彼女を連れて来るのは……。
 しかし……。

【問題ない】

 口調は普段のまま。何の気負いもてらいもない、ただひたすら静謐な声が俺の心の中でのみ響く。おそらく、表情も普段の彼女のままなのだろう。小柄で、しかも元々彼女の気配そのものが淡い。まるで路傍の石の如く、ただ其処に在るだけ。そんな普段の彼女のままの気配。しかし、彼女と繋がっている霊道が伝えて来ている感覚は……。
 完全に吸血姫化している訳ではなく、まして、未だ血の伴侶を得た訳ではない。故に、辛うじて立って居られる。そう言う状況のはず。

【上等!】

 妙に負けず嫌いで、意地っ張り。それに頑固。そんな彼女に何を言っても聞くはずはない。まして、彼女が傍に居る事を予言神たちは推奨したし、更に、俺一人では不測の事態に対処し切れない可能性も有る。
 ならば、俺に出来る事はただひとつ。この有利な状況。年が改まるまで……。崇拝される者ブリギッドがその霊力を籠めて突いて居る除夜の鐘や、彼女が支配する炎の精霊たちによる五山の送り火。それに、陣の効果に因り相手が弱体化している間に勝負を決める事。

「小僧を捕らえろ。但し、生きたまま。生きたまま心臓をえぐり出さなければ、夜の翼が呼び出せない!」

 
 

 
後書き
 盆と正月が一度にやって来る。
 ………………。
 ……初詣ビーム!

 いや、単に疲れているだけです。
 冗談はさて置き、

 以前に私の言葉は簡単に信用するな。……と言った事が有ると思いますが。
 今回もソレは生きて居ます。
 例えば、風の精霊王タマの台詞。「~にいちゃんが交わした約束」の部分。
 主人公は、その約束はタバサやブリギッドと交わした約束の事だと思って居ます。
 但し、風の精霊王が指した約束はそんなモンじゃありません。そもそも、コイツは主人公がタバサたちと交わした約束など知りませんから。

 主人公が交わした約束と言うのは……。何処かでは言ったと思いますね。
 それに、それらしい台詞を『私は何処から来て』内で、ハクの口から言わせて居ますし。
「私には未だ果たさなければならない約束が有ります」(第10話)……と。
 彼女には、武神忍(偽名)の記憶は有りませんからね。

 ……私が創る転生物と言うのは、これぐらい複雑怪奇な物語と成る、と言う事です。
 これが一般受けするかどうかは判りませんけどね。

 それでは次回タイトルは『夜の翼』です。
 
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