打球は快音響かせて
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高校2年
第四十七話 けじめをつけろ
第四十七話
『水面海洋、4年ぶり東豊緑V』
この秋は、決して楽な戦いでは無かった。水面地区の準決勝で三龍に1-6の完敗を喫し、地区順位は昨年秋に続く3位。前世代のチームは甲子園に届かず引退を迎え、この秋からの新チームこそはと意気込んでいた高地監督は思わぬ敗戦に「嫌な予感がした」と言う。しかし、州大会では次々と接戦を勝ち上がり、準決勝では水面1位の水面商学館に3-2、決勝では勢いに乗る木瑠1位の南海学園に延長11回5-4。4年ぶり東豊緑州制覇と同時に、来春の選抜甲子園出場が確実になった。
チームの柱は経験豊富なセンターライン。エース・城ヶ島直亮(2年)は州大会全4試合36回を投げ抜き防御率2点台前半と粘りの投球を披露。捕手で主将・川道悠介(2年)、旧チームからの4番ショート江藤良三(2年)を中心にした打線は、「ホームランが出るあまり、粗くなっていた」(川道談)地区大会とは一転、丁寧な攻めで確実に得点を奪った。「まだまだ、三龍さんにも負けましたし、商学館さんもエースを投げさせませんでしたし、水面の中でも強いとはいえないです。」と高地監督は言う。「だから、まずは選抜で商学館さんに勝って、夏の水面で優勝して、それで初めて復活と言えます。」とライバル校への宣戦布告、そして選抜甲子園での活躍を誓った。
「結局、商学館も海洋も選抜決まりかよ」
「俺らだけ綺麗にハブられたな」
クラブハウスで飾磨がスポーツ新聞を広げ、宮園がため息を突いた。水面地区では、海洋には勝ったし商学館にも一点差の惜敗。しかし、結末には大きな差がついた。
「あー、海洋が神宮枠とってきてくれんかなー」
「例え神宮枠が東豊緑に来ても、水面から三つは出場できないからな。俺たちが選抜に行けない事だけは確定したよ。」
宮園はもう諦めている。いや、吹っ切っている。
「夏に出れば良いさ。」
そう言って、グランドに出て行った。
ーーーーーーーーーーーーーー
冬のトレーニング。翼にとってはこれが2回目となるが、この冬は昨年の冬よりも“熱い”。
甲子園まであと一歩まで迫った秋。その“あと一歩”を踏み出す為の精力的な練習が続く。
ベンチのホワイトボードには大きく
「君の君を越えてゆけ!」
と書いてある。
冬は、個人の力量を伸ばす時期である。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
パシィ
「……あー」
「曲がってないぞ」
ブルペンで翼が顔をしかめ、宮園が仏頂面で球の軌道を批評した。
「何だって、新しく覚える変化球が、スクリューなんて投げにくい球なんだよ。スライダーとかカットボールとか、他にも色々あるだろ。」
「いや、それはさぁ……」
翼は、新球の開発に取り組んでいた。
夏の大会前は、浅海にまだ球種を増やすのは辞めておけと言われ、秋の大会直前は、とにかく怪我から自分の感覚を戻すのに必死。秋が終わって、やっとじっくりと投球の幅を広げにかかる事ができる。そして、翼が投げようとしているのはスクリュー。南学の3番手、知花が投げていたその威力に惹かれた。しかし、スクリューは操り手の少ない、とかくに投げにくい球である。
「……スライダーとかカットボールとかは、時間かけなくてもすぐ投げれるようになるかなって。難しい球に時間かけたいし」
「……呆れた。お前も言うようになったな。」
宮園が強く返したボールを、翼は高い音を響かせて捕球した。
(しかしまぁ、間違ってもねぇんだよなぁ。こいつ、やっぱ指先器用だし。スライダーを投げようと思えばすぐ投げれるってのも、あながち嘘とも言い切れない。)
宮園がミットを構える。
そこに黙々と、翼は腕を振って投げ込んでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「行きますよー」
京子が、肘の下がった女の子投げでバドミントンのシャトルを投げる。シャトルは空気抵抗によりユラユラと揺れながら、バットを構える宮園の下へ。
パシッ!
宮園がバットでその軌道を捉えると、鋭く飛んだシャトルが京子の頬を掠めた。
「あっぶな!光君の下手くそ!何であたし向かって打つん!?」
「うるさいなー。ピッチャー返しはバッティングの基本だろーが。」
憤慨する京子に、面倒臭そうに返事をする宮園。
京子は足下に置いた、シャトルの入ったコンテナを抱えて背中を向けて歩き出した。
「光君が自主練ぼっちやけん、付き合うてあげてたんに、そげな事するならもう無理ですー。手伝ってあげませんー。」
「分かった分かった!次から気をつけて打つから!お前しか居ないんだ!頼む!」
宮園が慌てて京子の小さな背中を追いかけると、京子は振り返ってべー、と舌を出す。
年下のこの幼馴染には、宮園もタジタジであった。
全体練習終了後の自主練習。宮園は長い事サボっていた事もあって、一緒に練習する相手が居なかった。太田は翼とペアで、美濃部と越戸はピッチャー用の練習がしたい為、野手の宮園の打撃練習には付き合ってくれない。渡辺は1人黙々と素振りする時間を大事にするし、鷹合とは練習以前に一緒に居るのが疲れる上、最近では枡田とコンビを組んでしまった。後輩達は、尊大な宮園を避けていた。よって、宮園がシャトル打ちの手伝いを頼めるのは、寮生では京子だけだったのである。
「仕方なし、ですよー。行きますよー。」
ポイッ
宮園の頼みを聞いて、京子は再びシャトルを投じる。宮園のスイングがまたシャトルを捉え、鋭く弾き飛ばした。
「最近、よく練習しますよねー。」
ポイッ
「秋は2割台だったからな。下位打線にしても、もう少しは打ちたいだろ」
パシッ
「兄貴でさえ帝王大の4番なんだから」
ポイッ
「俺が三龍の6番なのはおかしいってか?」
パシッ
「それ、暗に三龍は帝王大以下って言ってますよね」
ポイッ
「言い出したのはお前だろ」
パシッ
テンポ良く2人の練習は続く。京子が不恰好な投げ方ながら、ストライクゾーンに投げ続けられるのは、やはり兄の福原にキャッチボールに付き合わされてきたからか。
「野球に一生懸命になってくれたのは、マネージャーのあたしからしても嬉しいんですけどね」
ポイッ
「ん?」
パシッ
「最近、青野さんのメールとか無視してるでしょ。直接会っても冷たいらしいし。」
ブンッ!
宮園はど真ん中を大きく空振りした。
京子の言った事は図星だったようである。
実に分かりやすく動揺した。
「……な、何でお前がそんな事を……」
「女の子同士って、噂が広まるんは早いんですよー。それに、ほら、光君顔だけはええけ、話題に上がりやすいし。」
ま、顔は良いのに、何であんなに偉そうでキモいのかなって話になるんですけど。京子は余計な一言をしっかり付け加え、宮園の精神を削りにかかる。
京子は仁王立ちして、宮園の顔をビシッと指差した。
「夏まで野球がおもんなかったけん、光君からしたら適当に作った彼女かもしれませんけど、相手はそうは思ってませんからね!そういう、男の都合で女の子使い捨てるのなんて、あたしホント許しませんから!」
「むぐぐ……」
宮園は、京子がプライベートなはずの問題に口を出してくる事に微妙にイラついたが、しかし痛い所を突かれているので、何も言い返せない。
宮園にしてみれば、青野を彼女にして、それはとても軽い気持ちで付き合い始めたのだけど、存外の面倒臭さにずっと閉口し続けていたのだった。そして今は、振るのすら面倒臭い。あのお花畑の青野の事だから、泣いて喚いて、実にやかましいはずだ。それに、青野の取り巻きの女達からゴチャゴチャ言われるのも嫌だった。今のような放置プレイを続ける訳にはいかず、いつかけじめはつけなければいけないのは分かっているが、しかしできる事ならこのまま自然消滅してくれたらなーと思っていたのも事実だった。
「……これやからイケメンは」
「アカンわなー。」
「なっ!枡田に鷹合!聞いてたのか!?」
ちょうどその時物陰からニヤニヤしながら枡田と鷹合が出てきた。京子に責められて狼狽している最中に、この城都人2人の組み合わせ。宮園は目の前が真っ暗になる。
「女に対して不誠実なんはあきませんよねー」
「ホンマやでー。相手に傷付けるとか男の風上にも置かれへんわ」
「…………」
2人がニヤニヤと絡みついてくるので、宮園の顔から冷や汗が垂れる。と、その時、ジャージのポケットからスマホが抜き取られた。
「なっ!枡田ッ!」
「廉太郎君押さえといてー」
「おっしゃー」
枡田がピンポイントで宮園のスマホを探り当て、コソ泥枡田を追いかけようとした宮園を鷹合が押さえつける。枡田はスマホの画面ロックをいとも簡単に解除して、声を上げた。
「うわっ!青野さんから今日もメール5件来てるやん!青野さんメンヘラちゃうんこれ!?」
「……2時間前のに返事してないって事は、やっぱり今日も無視する気満々って事やね」
枡田と京子にスマホの中身をしっかり漁られている宮園は、圧倒的体格の鷹合に締め上げられて何もできない。
「明日練習OFFやさけなー。で、どこ集合にする?」
「近くの公園にしよー。あたしらも監視しやすいけん。」
「…………」
枡田と京子によって勝手に青野からのメールに返信される様子を、宮園は半泣きで見ていた。
普段は周りが宮園を立てているので、こんな惨めな目に遭うのは高校に入って初めてである。自分をネタにされるような経験は。
「はい、明日の5時に清本公園の噴水前で会う事になりましたー。」
「光君、ちゃんと会って話してくるんよー。逃げたらコロすけんねー。」
「…………」
後輩2人に見下ろされ、宮園はタジタジだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日、三龍高校の近くにある清本公園の噴水前。
時刻は17時の5分前。
「…………」
不安げに周囲をチロチロと見回す青野が居た。
青野の髪は一年の時に比べて伸びていた。宮園の好きな女優が長髪だったという事から、少し伸ばしたのである。その長い髪も、宮園が居ない今は少し鬱陶しい。髪先を弄りながら、青野は宮園の姿を探す。
「あ」
「うす……」
そこに、実に気怠げな顔をした宮園がやってきた。青野は気まずそうに目線を逸らすが、しかしすぐにいつも通りの笑顔を作った。
「光君とちゃんと会うの、久しぶりっちゃね。最近光君忙しそうやったし……」
「別れよう」
何とか他愛ない話で間を持たせようとする青野をピシャリと遮った宮園の一言に、青野がビクッと反応する。宮園は続けた。
「元々そんなに好きでもなかった。茶番だったんだよ。今の俺にはもう彼女は必要ない。暇を潰していたんだ。付き合わせて悪かったな。」
「…………」
何の遠慮もない、余りにも冷淡な言葉。
青野はしばらく黙る。が、その沈黙の後に出てきた言葉は、宮園にとっては意外なものだった。
「分かってたよ、そんなこと」
青野は俯き加減に言った。
「光君があたしの事なんか見てないって分かってたし、あんまり楽しそうじゃないのも分かってた。でも、いつか、付き合っていればこっち向いてくれるって思っとったんやけど……」
「…………」
分かってたのなら、別に俺にこだわらなきゃ良かったのに。やっぱりバカだなこいつ。俺以外に男なんていくらでも居るだろうに。
宮園は青野の言葉をよそ見しながら聞いていた。
冬が近い。虫の鳴き声がした。その鳴き声に、グスンと鼻を啜る音がして、宮園は青野の顔をちゃんと見た。
宮園はハッとした。
青野は笑っていたのである。
「あたしこそ面倒臭くてごめんね。……もう関わんないから。」
青野はそう言って踵を返した。
宮園はその場に立ち尽くして、その小さい背中を見送った。実にあっさり別れ話は成立した。
良すぎるくらい青野の物分りは良かった。
ギャンギャン泣かれて、詰られてすがられるだろうという、宮園の予想は大いに裏切られ、それはとても嬉しい誤算のはずなのに、何故か全く嬉しくない。拍子抜けしたのもあるが、どこか寂しいような気持ちすら芽生えていた。
「…………あぁやって言いますけど、後で泣くんですよ、結局。」
ガサガサと公園の物陰から、場面を見ていた京子が出てきて宮園に言った。
「……俺に気を遣ったのか?」
「そんな訳ないですよ、光君みたいな最低な人に気なんて遣う訳が無いじゃないですか」
京子の遠慮のない物言いに、この時に限っては宮園もグサッときた。
「適当な暇潰しに使われてた事を分かって、だから最後、スッキリ別れるように見せて意地を張ったんじゃないですか?こっちもあんたを必要としてない、て感じで」
「……恨まれるかな、俺」
「さぁ。高校生の恋愛で、そんな深刻な事にならないんちゃうかとは思いますけど」
夕日が恐ろしいほどの速さで落ち、公園には闇が広がりつつあった。
「……俺、やっぱ最低かな。」
「最低です。今更微妙にウジウジし出した所も含めて。」
京子も宮園にふい、と背を向けて歩き始める。
少し距離を置いてから立ち止まり、振り返らずに宮園に尋ねた。
「……今日は何箱打ちます?」
「は?」
「シャトル打ちですよ。何の気兼ねもなく、これで練習できますよね?何箱打つんですか?」
「……やりながら決めるよ」
京子は黙って、学校への道を再び歩き出す。
宮園もその後を、トボトボと追って歩いた。
この日ばかりは、宮園も視線も下を向いていた。
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