脚気
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第一章
第一章
脚気
江戸時代の頃からだった。我が国を悩ませている病があった。
江戸腫れとも大阪腫れとも呼ばれていた。足がむくみ身体がだるくなってしまいやがては心臓が止まって死んでしまう。そんな病気である。
とにかく誰もが彼もがかかる。しかしそれは江戸や大阪だけであり田舎にはない。何故こんな病気が流行っているのか誰にもわからなかった。
それは明治になってからもだった。それで多くの者が死んでおり深刻な悩みとなっていた。それは軍においても極めて深刻な問題となっていた。
兵士達がその病にかかり次々と死んでいたのだ。これではたまったものではない。
当時は脚気と呼ばれるようになっていた。その脚気について軍どこか政府のトップも頭を悩ませていた。とにかく人が次々と死んでしまっては国力伸張どころではないからである。
「何なんだ?あの病気は」
「帝都や大阪だけで流行る」
「田舎ではない」
このことが不思議でならなかったのである。
「しかしそれでも多くの者が死んでいく」
「軍でもだ」
その軍についても話されるのだった。
「兵隊にはいいものを食わせている」
「そうだ、白米をだ」
「白米を常に腹一杯食わせている」
このことも確かめられる。当時の軍は白米が腹一杯食べられるということを売りにしていたのだ。当時白米は農村等では滅多に食べられなかった。近畿の農村はともかくとして東北等貧しい地域においてはそうだったのである。
「それでも脚気は流行る」
「あれは何故だ?」
「どうしてなのだ?」
これは彼等にとってどうしても解決しなければならないことだった。しかしそれでもどうしたら解決するのかわからなかった。そして日清戦争においてだ。
夥しい数の脚気患者を出してしまった。台湾出兵でもその脚気患者の数は台湾の様々な風土病の罹病者と共にかなり出てしまった。死んだ者も多くこれが軍の首脳達をさらに悩ませた。
「このままでは大変なことになるぞ」
「戦争どころではない」
「敵に負ける前に脚気に負けてしまう」
「どうすればいいのだ」
頭を抱えるどころではなかった。とにかくどうすればいいのかわからない。しかし何故脚気になってしまうのか、誰にもわからなかった。
その中でだ。ドイツに留学してコッホから細菌学を学んだ森林太郎という男がいた。彼は陸軍の軍医達の中でもホープであった。後には軍医総監、中将待遇ともなる男である。
その彼がだ。こう主張したのである。
「脚気もまた細菌だ」
これが彼の主張だった。
「脚気菌が必ず存在している。それを見つけ出してだ」
「殺菌するのですね」
「薬を開発すると」
「そうだ、そうするのだ」
彼は自信を以ってこう答えたのである。
「まずはそれを見つけ出すのだ」
そしてそれを聞いた陸軍の指導者である山縣有朋や寺内正穀は一旦は森の考えに頷いた。彼等にしても絶対に解決しなければならない問題だったからだ。
「とりあえず森にやらせてみましょう」
「そうだな」
山縣もその厳しい髭の顔を頷かせた。
「脚気を何とかしなければな」
「露西亜との戦いどころではありません」
「露西亜か」
ここで山縣の顔が曇った。清に勝ったと思えば今度は露西亜が出て来たのである。当時の日本にとってはまさに巨大な熊の如き敵だった。
その露西亜と戦い勝つ為にはだ。まずは脚気なのだ。
「それはわかっている。だからこそだな」
「森を信じましょう」
「そうするか」
こうして陸軍は森に任せることにした。もう一人の陸軍の領袖である桂太郎にとっても脚気は頭を悩ませる話だった。普段はニコポンという仇名の通り陽気な笑顔を見せている彼も脚気については笑うどころではなかった。
「とにかくあれを何とかしなければならん」
彼もこう言うのである。
「さもないと本当に国が終わってしまうからな」
しかし脚気患者は減らない陸軍では全ての将兵が脚気に悩まされていた。しかし一方の海軍はというとだ。
「何故だ?」
「これは何故なのだ?」
海軍の首脳も彼等は彼等で頭を悩ませていた。脚気患者が続出していることは陸軍と変わりないのだが陸軍と事情が違っていたのだ。
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