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マンハッタン=レクイエム

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第六章


第六章

「それこそな」
「美味いホットドッグだっても言ってたよ」
「そうか」
「ああ。それでね」
 そしてであった。美女はあるものを出してきた。それは。
 CDだった。ブラザースフォアのCDである。それを出してきたのだ。
「これ、あんたにあげるってね」
「俺にか」
「昨日わかったんだよ。あの爺さんジャマイカ生まれでね」
「ああ、顔はそんな感じだな」
 肌の色もだ。ジャマイカは黒人の国である。底抜けに明るくレゲエでも有名な国である。ギリアムも言われてそれに納得したのである。
「レゲエも好きだったらしいけれどブラザースフォアはね」
「さらばジャマイカか」
「その曲が好きだったみたいなんだよ」
「その曲を俺にか」
「最後にやるってな」
「形見ってわけだな」
 ここまで話を聞いてであった。ギリアムの顔も神妙なものになっていた。そうしてそのうえでまた美女のその話を聞くのであった。
「つまりは」
「どうだい?それでね」
「それで?」
「貰ってくれるかい?爺さんのこのCD」
 こうギリアムに対して問うてきたのだった。
「あんたは。どうなんだい?」
「貰わないって言うと思うか?」
 ギリアムはその神妙なものになった顔でだ。美女に返した。
「そんな話を聞いてな」
「じゃあいいね。他のは教会に寄付したり子供達に分け与えてってなったんだがね」
「それで俺にはこれか」
「爺さんがずっと聴いていた曲だってさ」
 そのブラザースフォアのCDはだというのだ。
「音楽聴くとか聞いてなかったと思うけれどね」
「ああ、それはない」
 実際になかったというのである。
「そういうことも言わない爺さんだったからな」
「だよね。自分のことは言わない人だしね」
「それでもか。俺にそのCDをか」
「そういうことさ。じゃあこのCDはあんたにね」
「ああ」
「確かに渡したよ。それじゃあね」
 こう話してだった。老人は彼の前から姿を消した。そしてそのCDを受け取った彼はである。店に音楽をかけるようになった。その曲は。
「あれっ、ブラザースフォアか」
「しかもさらばジャマイカか」
「それをか」
「ああ、いい曲だろ」
 店の客達に笑顔で話す。
「この曲な」
「ああ、確かにな」
「前から思ってたけれどいい曲だよな」
「昔からの名曲だよな」
「店にも音楽が必要だからな」
 何故かけるのかは言わなかった。
「だからな」
「それでか」
「あんたも考えてるねえ」
「考えてないと商売はできないさ」
 屈託のない笑顔に真実を隠す。そうしての言葉だった。
「だからなんだよ」
「そういうものか。それじゃあな」
「ホットドッグな。貰うぜ」
「ああ、サービスしとくぜ」
 笑顔でそのホットドッグを渡し金を貰う。そうした商売の中でだ。
「爺さん、聴いてるぜ」
 あの老人に思いを馳せるのだった。音楽を聴きながらだ。
「あんたの曲な。今な」
 そのさらばジャマイカを聴いていた。マンハッタンの摩天楼の中にその曲が聴こえていた。それは繁栄するこの街に静かに奏でられていた。そこにあるものと共に。


マンハッタン=レクイエム   完


               2010・5・29
 
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