マンハッタン=レクイエム
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第五章
第五章
その次の日にだ。店に一人の美女が来た。褐色の肌に黒い目をしたはっきりとした顔立ちである。長いすっきりとした黒髪を後ろで束ねている。ジーンズにジャケットを着た長身のすらりとした美人である。
その彼女が店の前に来てだ。言うのだった。
「あんたがギリアム=キッシンジャーさんだね」
「ああ、そうだけれどな」
「話は聞いてるよ。爺さんからね」
「爺さんっていったらまさか」
「ああ、あんたに店をくれたあの爺さんだよ」
やはりだった。あの老人の話をするのだった。
「名前はビートルっていったんだがね」
「ビートル爺さんか」
「そう、ビートル=アラゴね」
ギリアムはここで老人の名前をだ。今はじめて知ったのである。
「あの爺さんの名前さ」
「そういえばあの爺さん名前は一切言わなかったな」
ギリアム自身そのことに気付いたのだった。
「店まで譲ってくれたのにな」
「まあそういうことは言わない人だしね。大家の私だって名前を知ったのは契約だからね。それ以外で自分から名前を言う人じゃなかったし」
美女はこう話すのだった。
「それでね」
「ああ、それで?」
「爺さん死んだよ」
美女の顔がここで俯いたものになった。
「昨日ね」
「何っ?」
「実は前から身体が弱っていてね。朝に届けるものがあるから部屋に行ったらね」
「死んでたのか」
「いや、危なかったんだよ」
死んではいなかったのだという。その時はだ。
「もうね」
「危なかったのか」
「ああ、危なかった」
それをまた言う美女だった。そのはっきりとした強い顔立ちの美貌が曇ってしまっていた。
「ベッドから起きれなくなっていてね。あっという間だったんだよ」
「そうだったのか」
「それで間際にあんたと店のことを言ったんだよ」
そしてだ。美女はこう言うのであった。
「それでここに来たんだよ」
「俺と店のことをか」
「ずっと宜しくやってくれ。店を繁盛させてくれってな」
「あの爺さん毎日来てたしな」
普段はどんな話をしても手を止めることのないギリアムだったが今は違っていた。ついその手を止めてだ。そのうえで話を聞いていた。
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