戦国異伝
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第百六十三話 紀伊での戦その五
「噂を流すのじゃ」
「噂をですか」
「信長は兵を摂津まで退かくとな」
「では」
「そうじゃ、ここはな」
そうした偽の噂も流して釣り出してというのだ。
「戦うぞ」
「わかりました、では」
「丁度いい具合に紀伊は山が多い」
このことも使うというのだ。
「兵は山の中に置いてじゃ」
「そうしてですか」
「敵をじっくりと誘き出してじゃ」
「山から一気に降り」
「攻めるぞ。では一軍を残し殆どの者は先に退き山に隠れよ」
信長はここで佐々だけでなく今己の周りにいる諸将に告げた。
「わかったな」
「畏まりました、それでは」
「その誘き寄せる一軍の将ですが」
「それはどなたでしょうか」
「一体」
「わしじゃ」
信長は不敵に笑って答えた。
「わしが囮となろうぞ」
「なっ、殿がですか」
「殿が御自らですか」
「囮となられるのですか」
「そうされますか」
「うむ、ここはな」
そうするというのだ、信長の言葉に揺らぐものはなかった。
それでだ、諸将に対してこうも言うのだった。
「わしでなければ駄目であろう」
「確かに。それは」
信長の今の言葉にだ、細川が応えて言った。
「殿であれば敵は最も誘われます」
「そうであろう。だからじゃ」
「しかしそれはです」
細川は怪訝な顔で信長にこうも言った。
「あまりにも危険ですが」
「それでもじゃ」
「あえてその危険を侵してでもですか」
「ここはそうする」
敵を誘き出して潜ませた軍勢を山から落とす様に攻めさせそのうえで倒すというのだ。
「わかったな」
「ではです」
今度は家康が言って来た、徳川家の諸将も彼等の主と共にいる。
「それがしも」
「御主もか」
「はい、ここは共に本軍を率いてです」
「囮となるか」
「それがしもいれば敵はさらに追って来るかと思いますが」
「それはな」
その通りだとだ、信長も答える。
「ではか」
「吉法師殿の兵はどれ位でしょうか」
「二万程度を考えておる」
「ではそれがしは三千を」
それだけの兵と共にだというのだ。
「参ります」
「全く、御主はのう」
信長はその家康の言葉を聞いて笑いながら言った。
「わしと一緒にいたがるのう」
「昔からですな」
「そうじゃな、しかしな」
「吉法師殿に奴等が迫れば」
その時に備えてだった、家康が行動を共にしたいと申出るのは。
「お任せ下さい」
「それではな、頼むぞ」
「我等もおりますので」
「ご安心下さい」
信長の傍にいつも控え護っている毛利と服部も応える。
「殿には指一本触れさせませぬ」
「何があろうとも」
「本来ならな」
ここでだ、信長は森と池田を見た。信長の身の周りを兵を指揮して守っている彼等をだ。
「この二人がいるが」
「しかしですな」
「今は」
「うむ、この者達にも兵を率いてもらいな」
信長と別れてだとだ、彼は柴田と佐久間に応えて言う。
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