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六歌仙容姿彩

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第四章


第四章

                第四章 僧正遍昭の章
 一人の壮年の法師が山にいた。そこで若い法師を伴って梅の花を眺めていた。そこには一面に咲き誇る白い梅の花があった。
「よいものじゃな」
「はい」
 若い法師は壮年の法師の言葉に応えた。見れば立派な衣を着た品のある顔立ちの若者である。それを連れている法師もまた壮年ながら艶のある凛々しい顔立ちをしている。若い頃はおそらく美男子であったことが窺える顔立ちであった。
「梅の花というものは」
「ここの梅は全て白なのですね」
「そうじゃ。白はのう、よい色じゃ」
 壮年の法師は目を細めてこう言った。白い梅の花を心から喜んでいた。
「何もかも清めてくれる」
「何もかもですか」
「うむ、過去もな」
 彼はここで少し顔に影を落とした。彼は遍照という。その名は僧正という高い位からだけでなく歌のことでも知られていた。彼に並ぶ歌人はそうはいないとされている。
「素性」
 そして若い法師の名を呼んだ。
「俗世のことは覚えておるな」
「忘れたいとは思っていますが」
 素性は顔を垂れてこう答えた。
「まだ未練もあります」
「仕方ないことじゃ」
 遍照はそれを聞いても咎めることはしなかった。
「そうそうすぐにはな。離れられぬ」
「はい」
「わしもまた同じことじゃ。今は梅の花だけを見ておるが」
 他のことは心の中で見ているのだ。今までの多くの色恋のことを。それを思い出すとどうしても俗世のことも頭に思い浮かぶのであった。それをどうにもならぬものかと思っていたのである。
「心では別のことも見ておる」
「左様でございますか」
「俗世を離れても。それは見る」
 そしてまた述べた。
「若い日のことじゃ」
「はあ」
「忘れたくても。心はそうはいかぬな」
 彼は深い眼差しを梅に向けながら言った。
「因果なことじゃ」
「ですが」
「わかっておる。もう言っても詮無きこと」
 苦笑いを浮かべて返した。
「じゃがな」
 ふとここで思うことがあった。
「よい花じゃ。そして風」
「花を霞にさえしています」
「歌を思いついたぞ」
「左様ですか」
 素性はそれを聞いて顔を綻ばせた。
「では早速」
 白い紙と筆を出して来た。
「どうぞ」
「よい紙じゃな」
 遍昭は紙を手に取ってまずこう述べた。
「あの梅の様に白い。しかも触りも絹の様じゃ」
「大和の紙です」
「成程な、道理で」
 大和の紙はこの時代から知られていた。よい紙を作ることで評判であったのだ。遍昭もそれを聞いて頬を綻ばせたのである。
「では書くとしよう」
「はい」
 筆を動かしはじめた。さらさらと紙に歌を書いていく。白い紙に黒い文字が綴られていく。白い世界の中に黒が美しく映えていた。

花の色はかすみにこめて見せずとも香をだにすれ春の山かぜ

 歌いながら書く。書き終えまずは歌を見やる。
「ふむ」
「如何されましたか」
「自分で言うのも何だがな」
 遍昭は顔を少し楽しげにさせていた。
「よい歌じゃ」
「左様ですか」
「歌っているうちに気付いたわ」
 そのうえで述べた。
「この香にな」
「そういえば」
 素性もそれを言われてやっと気付いた。
「この山の香りは」
「よいものじゃな」
「ええ、山全体に梅の香りが立ち込めて」
「心が落ち着く。何よりも」
「ですね」
「案外俗世でなくてもよいかも知れぬ」
 遍昭はその香りを楽しみながら言った。
「恋やそうしたものはなくとも花があり」
「香りがあり」
「それだけで充分ではないかな。そうは思わぬか」
「では僧正」
 父ではあってももう俗世ではない。だからあえてこう呼んだ。
「寺に帰りましたら般若湯は」
「むっ」
 遍昭はそれを聞いて顔を顰めさせた。顔が急に変わった。
「なしということで」
「待て、それは」
 慌ててそれを止めようとする。
「困る。あれがないと」
「いえいえ、俗世を忘れるにはやはり」
「そこを何とか」
 最後はどうにも崩れてしまった。だが歌は残った。梅を愛する歌が。
 
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