IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
number-17
目の前で鈴がぼこぼこにされた。機体ダメージもそれなりにあって近日行われる学年別タッグトーナメントの出場も不可能そうだった。その事実が一夏に叩きつけられる。
「……――――」
模擬戦で鈴に負けはしたもののまだエネルギーがある。一夏は両手を握りしめ、肩を震わせる。そして何か小さく呟いた。それは鈴ではなく、ラウラに向けられているものであるが、ラウラには勿論、そばにいたセシリアや箒にも聞こえない程度であった。
鈴と何か言葉を交わした後、ISを解除して一夏たちに背を向けてアリーナから去って行こうとするラウラ。悠然と去って行こうとする彼女の背中を見て、猛烈な殺意を抱いた一夏は、大声を上げて雪片弐型を振りかぶり瞬時加速で一気に接近していく。ISを展開していない生身のラウラに向かって単一能力である零落白夜まで発動させて接近、いや、突進といった方が正しい。
「鈴に何してんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「駄目ですわ! 一夏さん!!」
激情した一夏が無防備なラウラに向かって突進した後、何の躊躇いもなく彼女に向かって零落白夜を発動させた雪片弐型を振り下ろした。とっさにセシリアが制止の声を上げたが、激情してラウラしか見えていない一夏に聞こえる筈もなく、無駄に終わる。一夏を止めるためにもともとISを展開していた箒とシャルルが一夏のもとへと急ぐ。制止の声を上げていたセシリアは、もう少しといったところで一夏を止められなかった。機体のスペックの違いと遅れて飛び出した差が埋められなかった。
振り下ろした雪片弐型でラウラは真っ二つにされるかと思いきや、アリーナの地面を深く抉る程度で済んだ。表現が可笑しい気もしなくもないが、人を殺してしまうよりは断然ましだ。一夏の目にはラウラがいきなり消えてしまったように見えていた。頭の中を疑問符が覆い尽くすが、実際は違う。
いくらいきなり加速して接近したって、瞬時加速を使って風や音を置いてきたって、声を出されては誰だって聞こえる。そうでなくともラウラは軍にいるのだ。ISに乗り始めて僅かの素人の気配を読むことなんて簡単だ。
自分で読んだ気配だけを頼りにサイドステップで横に避けただけにすぎないのだ。そしてすぐさま左腕の部分展開とISの装甲に使われている材質とほぼ同じ材質のロッドを展開し、一閃。ついでに蹴り飛ばして後ろから来るセシリアにぶつける。
「貴様……私の命を奪おうとしたということは、ドイツに損害を与えようとしたと同義だぞ。ましてや日本人。第二次世界大戦での敗戦国同士が戦争でもしようというのか?」
「黙れ! お前は俺の幼馴染の鈴を痛め付けた。それだけでおまえを倒す口実になる」
「だからといって人命まで奪っていいとは些か虫が良すぎるんじゃないか? 今ここで私がレールカノンを貴様に向けて撃って殺してしまっても正当防衛ということで私は罪に囚われないがそれでもいいのか?」
ラウラはそう言うと一夏に向けてレールカノンを向けて安全装置を外しいつでも撃てる状態にする。セシリアに後ろから支えてもらっている状態の一夏は、ISからの警告が鳴り響いているのを無視してラウラを睨み続ける。ラウラはこのまま撃ってしまおうと考えている。別に撃ったって一夏はISが展開されているのだ。たとえ残りわずかでもエネルギーは削り切れる自信はあるが、一夏は死ぬことはない。内心、割に合わないと思いながらもトリガーを引こうとする。
瞬間、ラウラの頭にポンッと軽い衝撃が伝えられる。ふと横を見るといつの間にか蓮がラウラの頭を撫でながら隣に並び立っていた。いつも通りの表情の少なさではあったが、彼女に向けられる視線には制止の意味が含まれていた。
一夏が無防備なまま撃たれるかもしれないと、前に入り込んで防御しようとしていた箒とシャルルの二人は前傾姿勢を戻すもまだ警戒は怠らない。当の一夏は、何とかしてセシリアの捕縛を解こうともがいていた。
「ラウラ、もう用事は済ませたのだろう? なら、戻るぞ。こんなところにいても時間の無駄だ」
「あ、兄上……」
ラウラの瞳には怯えの色が浮かんでいた。蓮に嫌われてしまうかもという不安と勝手なことをして勝手に動いてしまったことに対するラウラの中での罪の罰という恐れが混ざっているのだろう。だが、今回のことは蓮は特に諌めるつもりはなかった。鳳鈴音に頼まれてISを展開したに過ぎないし、一夏に対する攻撃も正当防衛なのだからラウラは何ら罪となるようなことはしていないのだ。どちらかといえば、一夏の方だろう。ラウラを殺意をもって明らかに殺そうとした殺人未遂で裁判にかけられるが、ここはIS学園。日本とは独立しているため、姉である織斑千冬にすべて揉み消されてしまうのだオチだ。
蓮は、踵を返してアリーナの出口へと向かう。罰を受けると身構えていたラウラは予想していたものが来ず、咎められなかったことに安堵しながら蓮の後を追う。
やはり女性一人で男性一人を抑えるには無理があるようで、一夏はセシリアから逃れた。そしてまたラウラに近づく。
「待てよ、逃げるのかよ。……黙ってないで何か言えよラウラぁっ!!」
一夏がラウラの名前を叫んだ途端、アリーナの時間が止まった気がした。吹いていた風が止み、どこからか聞こえていた鳥の鳴き声も無くなる。海が近くにあり、聞こえる筈の波立つ音も聞こえなくなった。
一夏に背を向けていた筈のラウラが一瞬の間にISを展開して一夏の目の前まで肉薄していた。そして容赦なく振り抜かれるロッド。グシャアアァァァ!!!! と普段IS戦で聞くことはない鈍い音が辺りに響き渡る。エネルギーシールドがエネルギーを限界まで使っていたせいか展開されることなく、直接一夏の纏う白式に当たり不規則に放射状に胸部装甲にひびが入っていく。また同じようにセシリアのもとに飛ばされ、再度支えられるもとうとうISに限界が訪れて光となって虚空に舞い、右手首に集まってガントレットが形成される。
「貴様がぁっ……貴様がぁ、私の名前を気安く呼ぶなぁっ!! 殺してやる……殺してやるぅぅぅぅぅ!!!!」
「やめろっ、ラウラ!」
右手だけに展開していたロットをもう一本左手にも展開する。持ち手も合わせると二メートルを超える程度の長さがある。その二つを手に猛然と一夏に迫るラウラ。ここで騒ぎ事を起こしてしまっては後々が面倒くさい。
しかし、ここまでラウラが激昂するのも珍しい。これはこれで被害が蓮自身に行くわけでもないのだからいいのかもしれないが、後の取り調べのことを考えるとやはりここで抑えておかなければならない。
蓮は肩をすくめてため息を一つ吐いた後、自身のISを展開する。非固定浮遊部位に超電磁砲やBT兵器があるなど、大型武装のせいで過積載ではあるが、どうせ非固定浮遊部位なのだから関係ない。翼を模している非固定浮遊部位からBT兵器を片翼から四機、合計八機をラウラに向かわせる。
ラウラが真っ直ぐ一夏に向かっていくが、そこには理性の欠片もなくただ単に本能の赴くがままに突撃しているだけだった。瞬時加速も使っていないようで後ろから放たれたBT兵器がラウラを追い越せた。
BT兵器の弾頭を八機ともバズーカランチャーにしていたため地面に着弾させて壁の役割と爆風で間の距離を広げられればいいと考えたのだ。それは上手くいった。唯一の誤算がラウラに一発命中してしまったことだが……そのせいで我を取り戻したのだから逆によかっただろう。
生身の一夏に爆風と爆発した際の熱が襲うが、箒が前に立ってそのすべてを受け切っていた。一夏を後ろから支えていたセシリアも一夏に被さるようにして守った。彼女たちが頑張っている間に蓮は、ワイヤーブレードでラウラを巻き取り回収していた。
やがて熱が収まり、爆風が収まり、巻き起こった黒煙が晴れる。するとラウラは、蓮に回収されたときに巻き取られて拘束されたままだった。まるでイエス・キリストが十字架に張り付けられているような状態であった。拘束されているラウラは、何の抵抗もしなかった。今の行動は自分が悪いと知っているから、これから何をされるかも知っている。
対して、一夏たちは険しい表情をしたままだった。特に一番ひどいのはセシリアである。眉間にしわが寄って目つきが鋭くなってしまっていた。
「御袰衣さん、先ほどの武装はBT兵器ですわね」
「……ああ、そうだ」
「――――ッ! 何故あなたが使っているのですか!? BT兵器は我がイギリスの最高機密の兵器ですわよ!」
「……前にもお前の前で使っているんだが……気が付かなかったのか?」
「……あなたねぇっ」
そう、蓮は楯無との模擬戦のフィニッシュにBT兵器を使用しているのだ。その場には一夏や箒、勿論セシリアもいた。今こう云う風に激昂するということは、その時に気が付かなかったということになる。セシリアはそこをつかれてしまって言葉に詰まってしまう。実際に気が付かなかったのだ。一体何を見たのか、蓮には理解できなかった。
「丁度いいから、俺の機体の説明をしてやるよ」
「……態々敵に自分から情報を与えようっていうの?」
「……何か問題でも? 操縦者がいいって言っているんだから構わない筈だ。……機体名は新星黒天」
新星黒天。
一体多の戦闘に主軸を置き、中遠距離主体の広範囲殲滅型の機体。
武装は、非固定浮遊部位に搭載されている超電磁砲四門、BT兵器《星哭》八機。ミサイルポット、ミサイルランチャー多数搭載。ワイヤーブレード八本。
「流石にこれ以上は明かせない。自分から明かすとは言ったが、すべてとは言っていないからいいか」
蓮はラウラを降ろし、ISを解除するとアリーナの出口へ向かう。ラウラも蓮の後を追って、一瞬躊躇って離れたところで横たわっている鈴に目を向けた。振り切って歩き出そうとしたが、やはり後味が悪く、鈴のもとへ駆け寄った。
「何するんだぁっ!! やめろっ、やめろぉっ!! 鈴に近づくなっ!!!」
一夏が鈴に駆け寄るラウラに向かって叫ぶが、ラウラは気にも留めない。爆風で土をかぶってしまった鈴の状態を調べて抱えると蓮のもとへ駆け寄る。
「兄上、彼女を医務室へ運ぶ。意識がないのと、若干の出血が見られる」
「そうか、手伝うぞ」
蓮はラウラから鈴をゆっくりと優しく受け取ると医務室へ駆け出す。ラウラも続いた。
◯
学年別タッグトーナメントまであと二日。
鳳鈴音、専用機のダメージレベルC。大会出場不可。
後書き
遅れました。すいません。
ページ上へ戻る