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打球は快音響かせて

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高校2年
  第四十四話 信頼や

第四十四話


カンッ
「ショート!」

枡田が高く上がったフライを追いかけ、落下点に入る。打った知花は、投球の事も考え、打ち損じたと分かるともう全力疾走をやめていた。

「……ワンアウト。」

勝ち越しのチャンスを逃したその裏の守り。越戸は悪い流れを持ち越す事なく、キッチリと回の先頭を打ち取った。こういう辺り、陰気だが精神力がある。いや、むしろ陰キャラだからこそ、慣れているのかもしれない。周囲の空気に流されずに、自分を保つという事に。

コキン!

2番の比嘉はセーフティバントを仕掛けてきた。
サードの飾磨は元よりベース付近に守っており、そこから前にダッシュする。バントは三塁線ギリギリ。

(……切れるやろ!)

比嘉の足は速い。飾磨は一か八かの勝負を避け、バントを見送った。ボールはコロコロと、ファールゾーンに若干寄りながら転がっていく。フェアか、ファールか。ボールは、線上にピタリと止まった。

「フェア!」

3塁審がフェアグランドに手を差し出すジェスチャーを見ると、一塁側南学アルプスから大歓声。比嘉のバントヒットで、一死一塁。勝ち越しのランナーが出る。

(〜〜〜〜〜ッ!!この大事な試合でそこに決まるか普通〜!?)

宮園はアンラッキーと言って良いようなバントヒットに顔をしかめた。線上に止まるような絶妙のバント、狙ってできるようなものではない。南学に、風が吹いている。

<3番レフト当山君>

打順はクリーンアップに回って3番の当山。
この選手も足が速い。

(6回は同じような場面で強攻してきたけど、今度はどうだ?バッターは左、ランナーは足が速い。何でもできそうだけど……)

宮園は迷ったあげく、覚悟を決めた。

(ワンアウトだからな。何をしてくるか分からんなら、バッター勝負でいい。走られた所で、アウトを一つずつとれればスリーアウトをとれる。無駄に警戒しちまう方がダメだ。)

宮園のリードに導かれた越戸は牽制を挟みながら、一方で走られやすい変化球も交えて当山に相対する。当山はセーフティバントの構えを見せながら、ツーストライクまで見送った。

(……追い込まれるまで、結局バントしなかった。やっぱり、足を使ってくるつもりか)

そうと分かれば、バッター勝負のスタンスは保ちつつも、少しは準備しておいた方が良い。宮園は肩を軽く回し、盗塁に備えた。

ザッ

次の球、一塁ランナーの比嘉がスタートを切る。

(来た!)

宮園が腰を若干浮かせ、送球に備える。
が、少々ボール気味のストレートを当山は打った。

コキッ!

打球は三遊間寄りの、ボテボテのショートゴロ。
だが……

(速い!)

ショートの枡田は、二塁ベースカバーの為に、打球と反対方向に体を切っていた。逆を突かれた形の中で機敏に反応し、何とか前進してボールを一塁に送るが、当山の足は抜群に速い。

「セーフ!」

一塁審の手が横に広がる。
内野安打。ショート枡田が顔をしかめ、捕手の宮園は天を仰ぐ。

(完全に打ち損じなのに、飛んだ所が良かった……さっきのセーフティといい……ふざけんなよ!)

打った当山は全力疾走により上がった息を整えながら、ベンチの神谷監督を見た。

(やっぱ爺ちゃんすげぇわ。今のも、たまたまエンドランかけてたからショートの逆ついたし、二塁でアウト取られんかった。間がええんだよなぁこの人のサインは)

神谷監督はその視線に気づき、ピースサインを送る。当山も笑顔とピースサインでそれに応えた。

<4番ファースト安里君>

打順は4番。6回のチャンスでは三振で流れに水を差したが、その分だけ今度の打席は気合が入っている。

「「「ヒヤ!ヒヤ!ヒヤヒヤヒヤ!
ヒヤミカチ ウキリ〜♪」」」

南学アルプスからは、もう一つの民謡チャンステーマ、“ヒヤミカチ節”。応援団も、もう一度勝ち越し、今度こそ勝負を決めるという気迫を見せる。

(ここでの一点は今度こそ致命的だ……次の攻撃は4番にもまわるが……もうそんな事言ってられない。この外野陣、明らかにレフトが穴になる。)
「好村!」

このピンチに、守る三龍ベンチも動く。
ベンチ前でキャッチボールしていた翼が、浅海に呼ばれる。

「レフトに入れ!」
「はっ……はい!」

翼は裏返った声で返事をし、一目散にレフトの守備位置に駆けていった。それを見た太田が、ベンチへと帰ってくる。

「落ち着けぇよ。足動かしとけ。」

すれ違い様に太田に声をかけられた翼は、一応頷くが、心臓がバクバクと音を立て、顔には冷や汗が沢山浮かんでいた。

(こ、このピンチに俺なの……?)

表情は引きつっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


<三龍高校、シートの交代をお知らせ致します。レフトの太田君に代わり、好村君。4番レフト好村君>
「あっ!翼が出てきた!」

観客席で翼がグランドに出てきた事を確認した葵は、すかさずデジカメを取り出してその勇姿をフィルムに収めた。
どこか嬉しそうな葵とは違い、武は太い顔に、これまた冷や汗を垂らす。

「こんな胸突き八丁で、守備固めとか……プレッシャー半端ないでこれぇ……」

武は、中学の頃にバッテリー(と呼んで良いようなモノでもないが)を組んでいた友人の姿を見つめた。予想通り、顔が青ざめていた。



ーーーーーーーーーーーーーーー


「ヨッシー!左中間無理せんでも俺がだいたい行くさけな!レフト前の処理だけ意識しとき!」

レフトに入った翼に、センターの鷹合が声をかける。翼は頷くが、レフトのポジションは慣れてきているはずなのに、この日に限っては勝手が違った。ブラスバンドを含めた相手応援団の声、内野席の観客の入り……まるで別世界に居るようで、全く落ち着かない。

「……ん?」

しかし、ここで翼は気づいた事があった。
相手アルプスの一角で、自分に手を振っている人が居る。翼は目を凝らした。

「……大澤さん達じゃないか!」

相手アルプスに陣取っていたが、自分に手を振るその人達は、中学の時一緒に草野球をしていた近所の大人達だった。見知った顔の大人達。昼間から仕事もそこそこに野球なんかしていた困った人達。自然と、翼は笑みがこぼれた。
急に、心臓の拍動が大人しくなった。
現金というか、抜けているというか、試合のプレッシャーが、どうでも良くなった。



(……おー、出てきよったな、葵さんの彼氏。調子こいてんなよ、今そこに打っちゃるけん)

翼がレフトに入った事で、打席に立つ安里の力も抜ける。先発しては2点を失い、4番としてはここまで無安打。全く良い所が無い分、気負いもあったが、この選手交代で出来た間が、ガス抜きとして作用した。

(これでも喰らえーッ!)
カーン!

一死一、二塁。普通、ライト方向を狙ったりするものだが、ここで安里は思い切り癖球を引っ張った。打球は鋭いゴロになって三遊間を襲う。

「うぉぁあああ」

後2mズレていれば、余裕のゲッツーの打球。しかし、思い切り振った分だけ引っ張る事ができ、雄叫びを上げて横っ飛びする枡田の脇を抜けていった。

(来た!)

いきなり打球が目の前に飛んできた翼は、ゴロに向かって前進する。出だしは思い切って、そして打球の直前では少し歩幅を合わせ、グラブでボールをすくい上げる。練習通りのプレーがそのままできた。

バシッ!

翼のバックホームは、ピタリと宮園のミットの中。二塁ランナーは、三塁に止まったままだった。三龍アルプスからは拍手。そして、南学アルプスの一部からも拍手。

「あー良かったぁ!やらかすかと思った…」

内野席では、葵がホッと胸を撫で下ろしていた。本人以上に、翼がどきっとした。

(さすが、守備固めに使われるだけあるな)

南学ベンチでは、知花がニヤと不敵な笑みを浮かべながら翼を見つめていた。

「タイム!」

しかし、これで失点がとりあえず防がれただけで、ピンチを脱したわけではない。むしろ一死満塁、勝ち越しの大ピンチだ。6回のピンチより、尚更余裕がない。この試合2度目のタイムがとられ、マウンドに内野陣が集まる。

「一点もやれねぇぞ」

宮園は険しい顔で、内野手全員を見た。

「前進守備で、ホームゲッツー。とにかくホームでアウトとるぞ。OK?」
「「「オウ」」」

宮園に言われるまでも無かった。
8回裏に勝ち越しを許すのは、どう考えたって厳しい。二塁ゲッツー狙い、一点やってもいい、そんな悠長な事は言ってられない。

それぞれのポジションに散っていった内野陣は、ダイヤモンドのラインの内側に入る前進守備。内野のシフトに伴って、外野も前に出てくる。

(ほれ、ここはヒット打ちやすい状況や。お前が決めてこい。)

三龍のシフトを見て、神谷監督はベンチにどかっと腰を下ろした。打て。そういう事だ。

<5番レフト中村君>

打席は途中出場の中村。控え選手で、打力はそれほどないが、アルプスからの大応援に後押しされて打ち気満々である。

(こげなフォームやけ、そら芯には当てにくいけど、けどこんだけ内野前来よったら、芯に当たらんでも抜けてくけん)

越戸はこの場面も、恐れずに腕を振って投げ込む。それに対して、中村も結果を恐れずに振り抜いた。

(打っちゃるだけよ!)
ギン!

シュート回転のストレートが、右打者の中村を詰まらせる。しかし、思い切り振った打球はフラフラと上がって、内野の頭上を襲う。

(……ウソだろ!?)

宮園は顔がスーッと青ざめた。
ポテンヒットか?絶望感が一瞬で心に広がる。

「オーライ!!」

しかし、打球を追う当人は諦めていなかった。
渡辺が落下点まで一目散に走り、背走しながら、背中越しにグラブを出した。
一か八かのプレー。
しかし、グラブに白球は収まった。

「アウトー!」

2塁審の手が上がる。
渡辺は捕ってすぐランナーを牽制し、三塁ランナーもセカンドフライではさすがにタッチアップできない。

二死満塁。
アウトカウントが一つ増える。

「「「かっとばせー!仲宗根!仲宗根!仲宗根!」」」
「「「頑張れ頑張れ三龍!頑張れ頑張れ三龍!」」」

両軍アルプスが願いを込めて声援を送る中、打順は6番の仲宗根に回る。

(チャンスで1番いけんのは三振。ここはしぶとく行くばい。)

チャンスになると積極的に打ちに行く南学打線だが、この局面、仲宗根はボールを見ていった。
美濃部に対して、球数を稼ぐ為にやっていたようなバッティングである。このピンチ、相手も早く切り抜けたいだろうから、ダラダラと引き延ばしてやろう。そうして、じっくり失投を待つという考えだった。

キーン!
「ファウル!」
バシッ!
「ボール!」

一球ごとに歓声とどよめきが起こる中、仲宗根はキッチリと粘ってカウントを3-2まで持っていった。マウンド上、越戸はしきりにユニフォームの袖で汗を拭う。かなり苦しそうだ。一方、打者の仲宗根も汗を滴らせている。お互い、神経をすり減らす胸突き八丁である。

「仲宗根ー!」

ふとここで、仲宗根はベンチから名前を呼ばれた。神谷監督がいつの間にか立ち上がっており、サインを出した。

(…………それ、ホント?)

神谷監督のサインに、仲宗根は少し目を見開きながら頷いた。神谷監督は、頼んだぞ、とばかりに目をしっかり見据えた。
越戸が三塁に牽制を入れて間をとってから、ふぅーと息を吐き出してセットポジションに入る。フルカウントなので、ランナーは全員オートマスタート。一打二点は確実。その二点は、確かに敗北への二点となってしまう。越戸が集中して、ゆっくりとモーションを始動した。

相変わらず、タイミングがグチャグチャなフォーム。そこから、アウトコース低めに、ストレートが投げ込まれた。

際どいコース。見逃し三振だけは、絶対したくない場面。普通なら振るコース。そこにボールは飛び込んでいった。
仲宗根はピクリともしなかった。

「…………」

仲宗根が球審を振り返る。
宮園が球審のコールを待つ。
球場の時間が止まった。皆、待った。

「……ボーーーール!!」

球審のコールとともに、越戸はマウンドで両膝に手をつき、宮園は落胆に肩を落とした。
小躍りしながら三塁ランナーがホームを踏み、しばらくして状況を理解した南学アルプスから、地鳴りのような大歓声が響き渡った。

(フルカンから、“見送れ”のサインやけんな……はぁ、良かったーー!!)

仲宗根は心底ホッとした顔で一塁に歩いた。
押し出し。南学は越戸の押し出し四球によって、貴重な貴重な勝ち越し点を挙げた。

(ウソだろ。何であのコース……あんな平気で見送れるんだよ……見逃し三振なんて、打者が最も嫌がる事じゃねぇかよ……)

宮園は下を向いたまま動けない。
まさかの形で、一点を献上してしまった。
これは果てしなく痛い。
痛すぎる。




(信頼したんや。敵さんのバッテリーを。)

南学ベンチでは、神谷監督がニッコリと微笑。

(押し出しを恐れて、適当にど真ん中勝負するようなアバウトな連中ではないやろう。ここはバッターも見逃し三振を嫌うやろうと、だから逆に厳しいコースが有効やと、そこまで考えられるバッテリーとワシは思うとった。だから仲宗根には見送らしたんや。ほして、敵さんは、ワシが思った通りに“優秀”やった)

3-4。南学が8回裏に貴重な貴重な一点を追加した。三龍に残された攻撃は、あと一回のみ。

 
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