定年旅行
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第二章
第二章
「あの国。どうかしら」
「イギリスか」
「どう?ネス湖にでもね」
「あそこは食い物がまずいからな」
慎太郎はその中華スープを飲みながら憮然とした顔で言った。
「だからな」
「駄目なのね」
「ああ、どうせ旅行に行くのなら美味いもの食いたいだろ」
これが夫の意見だった。
「それならな」
「そうね。それじゃあ」
「何処にする?」
「スペインはどうかしら」
美和子が言ったのはその国だった。
「パエリアでも食べる?」
「悪くないな。それじゃあだな」
「スペインでいいわよね」
「ああ、じゃあスペインにするか」
「ワインも美味しいし」
美和子は酒も話に出した。実は二人共酒も好きなのだ。
特にワインがだ。それで言うのだった。
「それじゃあそれでね」
「スペインにするか。あの国にな」
「そうしましょう」
こうして話を決めてだ。そのうえでだ。
二人は慎太郎が目出度く退職するとだ。それからだ。
二人で日本からスペインに向かった。そして最初に来たのはだ。
マグダ=ファミリアだった。ダークグレーの先鋭的な塔が幾つも聳え立ち複雑な装飾が無数に刻まれているその寺院を見ながらだ。美和子は言う。
「ここ、一度来たかったのよね」
「テレビで観てか?」
「そうなの。テレビで観るよりずっとね」
「いいっていうんだな」
「ええ、いいわ」
笑顔で言う彼女だった。二人はそのマグダ=ファミリアの前にいる。そしてだ。
夫にだ。満足した顔で言うのだった。
「中はもっといいのかしら」
「そうだろうな。ただな」
「ただ?」
「まだ未完成だからな」
慎太郎はそのダークグレーの寺院を見ながら話す。ダークグレーの色彩が威圧感を醸し出している。そしてそれ以上に壮厳さをだ。
その聳え立つものを観ながらだ。夫は言うのである。
「ここはな」
「そうらしいわね。信じられないけれど」
「ガウディだったな」
この偉大な建築家の名前も出た。
「造っていたのは」
「その人が死んでもまだなのね」
「造っているからな」
「何か。凄い話よね」
美和子もだ。見上げ続けながら話す。
「ずっと造ってるって」
「日本じゃそういうのないよな」
「そうよね。百年単位で造るなんて」
「欧州の人間って気が長いのか?」
「どうかしらね。スペインってあまりそんなイメージはないけれど」
「ははは、そうだな」
妻の今の言葉に夫はだ。
顔を崩して笑ってだ。こう言うのだった。
「ラテン系だからな」
「せっかちで気が短いってイメージあるわよね」
「けれどここはずっと造ってるからな」
「それが不思議よね」
そんな話をしてだ。次はだ。
スペイン名物のだ。あれを見るのだった。
闘牛場は満員だった。その中で何とか空いている席を二つ見つけてだ。
土のコロシアムの中央でだ。黒い雄牛を相手に華麗に舞う闘牛士を見てだ。慎太郎は言うのだった。
「これが本場の闘牛だな」
「そうよね。これも凄いわね」
「ああ、よくあんなに動けるな」
闘牛士を見ての言葉だ。二人で言うのだった。
「あそこまでな」
「そうよね。あの闘牛士」
見ればだ。黒に銀、それと赤のやたら派手な上着とズボンの若い闘牛士はだ。紅のマントをひらひらとさせてだ。闘牛の突進を匠にかわしていく。
そしてかわしながらだ。銀色に輝く剣を牛に突き立てていくのだ。
その度に歓声が起こる。それを見てだ。
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