魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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ANSURⅠ今ひとたび父は子供達と踊る~EgrḗgoroI ~
前書き
ルシリオンVS堕天使エグリゴリ戦イメージBGM
BAYONETTA『You May Call Me Father』
http://youtu.be/EqHwvFyF808
そこは戦場跡。ひどく焼け爛れた大地が広がり、元は船と思われるいくつもの巨大な鉄の塊が大地を穿ち焼いていた。そこはつい先ほどまで烈火の如き大規模な戦が行われていたと思われる。
そんな生命の無い戦場跡に、サファイアブルーの光が柱のように天より落ち来たる。蒼光の柱が消え失せ、蒼光が落ちていた場所に1人の男が佇んでいた。漆黒の神父服を着ており、裾には幾何学模様の金の刺繍や金の装飾が施されて、チャラチャラと音を出している。キャソックと同様に漆黒のフード付きの外套を羽織っていて、火の粉混じりの風にはためいている。
「この世界に、堕天使が居るのか・・・?」
天秤の狭間で揺れし者という二つ名を有する、4th・テスタメント・ルシリオンだ。彼は周囲を注意深く見回し、
「戦場か・・・。まさかエグリゴリの仕業か? いや、違うな。魔術特有の神秘は感じられない。だが魔力は感じられるな・・・・」
テスタメント・ルシリオンは鉄くずの1つに歩み寄り、攻撃されたことで大きく抉れている損壊部分を手でなぞる。自分と同じ魔術を扱う“堕天使エグリゴリ”の仕業でないことを確認し、しかし魔術発動に用いられる魔力という特別なエネルギーを感知できることに小首を傾げた。“エグリゴリ”と関係が本当にないのかを確認するため、テスタメント・ルシリオンは周囲にいくつも散乱している鉄くずの1つに歩み寄る。
(それにコレは飛行戦艦か。この世界の科学力はそれなりのようだな)
――我を運べ、汝の蒼翼――
ある程度周囲を確認した後、テスタメント・ルシリオンは背より蒼光で構成された12枚の剣翼を作り出し、黒々とした雲が渦巻く曇天へと上がった。まずは地形を確認。主戦場であろう焼け爛れた平原。平原の周囲には切り立つ山脈。山々のところどころに自然に出来たとは思えない大きく崩れた部分が多くある。
「戦で失った自然の姿か。やはりどの世界へ行っても人間は争いをやめないんだな」
テスタメント・ルシリオンは“霊長の審判者ユースティティア”の存在意義を思い出す。争いをやめない人類を切り捨て、巻き込まれる他の生命を守護する。それが世界の為、と。“界律の守護神テスタメント”の中にはその意思に賛同する者も居た。例として始原プリンキピウムだ。彼女もかつては“テスタメント”の一員だった。
それゆえに“テスタメント”用の武装・聖典――堕ちて穢れたということで偽典と呼ばれる――を手にしている。“テスタメント”がその在り方に疑問を持ち、人間に絶望を抱き、そんな人間を守って来た自分にすら絶望し、全てを諦めて“ユースティティア”へと堕ちた“テスタメント”は、“堕天した守護神フォーレン・ナンバー”と呼ばれる。そんな“テスタメント”の裏切り者“フォーレン・ナンバー”が生まれてしまうほどに、人間の業は深く、愚かだった。
「ん? なんだ・・・?」
テスタメント・ルシリオンは遠くで連続して起こる爆発に目を凝らす。戦闘が行われている事に違いなかった。空に何隻もの空中戦艦が浮かび、艦載砲で攻撃し合い、また地上でも人間が争っていた。それが判ったと同時に、この場から離れるために空を翔けようとしたところで、
――黒き影拳乱舞――
成人男性の身長くらいの大きさを有する、巨大な黒い影の拳が幾つも高速で飛んできた。テスタメント・ルシリオンの顔が驚愕に染まる。それはいきなりの奇襲を受けたからではない。放たれて来た攻撃は、テスタメント・ルシリオンの言う魔術であり、かつて彼がある者に教授したモノだからだ。
「レーゼフェア・・・!」
7つ目の黒い拳を避けきった後、テスタメント・ルシリオンはある一点を見詰める。
そこには、10代後半くらいの少女がひとり宙に佇んでいた。バイオレットのショートヘアはカチューシャを付けていることでインテーク化。クリムゾンの瞳は猫目で、口もどことなく猫口。ハイネックの黒セーターに白のロングコート、裾から覗くズボンも黒、そして茶色のブーツという格好だ。そして両腕には赤と黒、2色のゴツゴツとした籠手を装着している。
「魔道世界アースガルド・グラズヘイムのセインテスト王、ルシリオン・セインテスト・アースガルド・・・見ぃーっけ♪」
「・・・久しぶりだな、レーゼフェア。私が判らないか?」
テスタメント・ルシリオン――いや、ルシリオンは“テスタメント”としてではなく魔術師として、少女レーゼフェアに微笑みかけた。それはあまりにも優しい微笑。まるで父親が愛おしい子供に向けるようなものだ。
レーゼフェアの正体は、ルシリオンが長年追い続けていた“エグリゴリ”にして、彼の子供でもある“戦天使ヴァルキリー”の一機、レーゼフェア・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリアだ。だからこそ、ルシリオンの見せる微笑に親としての想いが入っていてもおかしくはない。
「僕の手柄だよ。力ある王はすべて排除排除、殲滅だっ♪」
「やはり・・・洗脳とノルニル・システムから切り離された障害で記憶デバイスがやられているのか」
ルシリオンの顔が悲しみで歪む。唇を強く噛んでしまっている事で血が一筋つぅーと流れる。拳はきつく握られ、ラピスラズリとルビーレッドのオッドアイはレーゼフェア一点に注がれている。涙は流すまいと肩を震わせ、今のルシリオンは痛々しいほどに小さく見えた。
「アンスールが1人、神器王ルシリオンを確認」
さらに別の声が曇天に響き渡る。ルシリオンはその声の主を見るまでもなく、声の主の名前を告げた。
「グランフェリア」
ルシリオンとレーゼフェアよりさらに上空に、グランフェリアは居た。20代前半くらいの女性だ。セミロングの金髪はテールアップ、スカイブルーの若干鋭い瞳。黒のブラウスに赤のネクタイ、白スーツ・スラックスに白ロングコートといった服装だ。手には、黄金に輝く槍を携えている。
レーゼフェアと同じ元“ヴァルキリー”の一機で、現在は“エグリゴリ”であるグランフェリア・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリアだ。
「・・・・幸先が良いな。降臨直後で、お前たちを破壊出来るとは」
ルシリオンの姿が強烈なサファイアブルーの光に包まれ、一時的に消える。光が消え、次に姿を顕わした時、ルシリオンの衣服がガラリと変わっていた。
膝下まで伸びる詰襟の黒い長衣。前後共に燕尾となっている縁には幾何学模様の金の刺繍が彩られている。首を覆い隠す襟に隠れて見えないが、首には小さな南京錠の付いたチョーカー。黒長衣と同じ黒いインバネスコート。コートの背部には、4つのひし形が十字架を形作り、十字架の先端から剣が伸びて、四方の剣を繋げるように三重の円、アースガルド魔法陣という紋章が描かれている。ボトムスも黒のズボン。黒の編み上げブーツとなっている。
「アンスールが神器王ルシリオン・セインテスト・アースガルド、行くぞっ」
その服こそが、ルシリオンが人間だった頃に身に纏っていた魔術師戦闘用の衣装・戦闘甲冑だ。何故キャソックではなく戦闘甲冑なのかというと、契約執行時以外、“テスタメント”の能力・干渉は一切使えなくなるからだ。
神の奇蹟たる干渉能力。それはあまりにも強力で、世界のバランスを大きく狂わせる。ゆえに“テスタメント”であろうと、契約執行時以外は干渉能力は封印される。だからルシリオンは、彼本来の魔術師としての姿へと変身した。
「にゃは。神器王が闘る気みたいだよ。僕とグランフェリアでぶっ殺しちゃうぞ❤」
レーゼフェアの猫口がさらに猫っぽく歪む。細められた目もまた然り。グランフェリアは黄金の槍をバトンのように回転させた後、穂先をルシリオンへと向けるように構えた。
VS◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦
其は堕ちた戦天使エグリゴリ
◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦VS
グランフェリアが「轟き唸れ、雷界幻矛」と、“天槍・雷界幻矛”を軽く薙ぐ。“雷界幻矛”が通過した場所に、琥珀色の雷光で構成された槍が12本生み出された。グランフェリアは12本の雷槍の石突を“雷界幻矛”で打ち払い、超高速でルシリオンへと放った。
――雷槍連穿衝・壱式――
放電しながら空を切って飛ぶ12の雷槍。ルシリオンは防御ではなく回避を選択し、大きくその場から離れる。そこでレーゼフェアが動きを見せる。「逃げちゃダーメ」と笑いながら、ルシリオンの頭上に高速移動。
――闇の女王の鉄拳――
振り下ろされた右拳より放たれる、先程の攻撃よりさらに巨大な影の拳による打ち下ろし。ルシリオンはさらに回避。回避の途中、ルシリオンは自身の周囲に蒼光に光り輝くアースガルド魔法陣を7つ展開。ルシリオンに接近していたレーゼフェアとグランフェリアがハッとして、すぐさま距離を取ろうと反転。それとほぼ同時にルシリオンが「七天粛清!」と指を鳴らし号令を下した。
――轟き響け、汝の雷光――
――凍て砕け、汝の氷槍――
――燃え焼け、汝の火拳――
――削り抉れ、汝の裂風――
――煌き示せ、汝の閃輝――
――呑み食せ、汝の夜影――
――穿ち流せ、汝の水瀑――
7つの魔法陣より放たれる7条の砲撃。レーゼフェアには、雷光、吹雪、火炎の砲撃を放ち、グランフェリアには竜巻、閃光、闇、水の砲撃を放った。
レーゼフェアは「ひゃあっ?」と体を捻ってギリギリで回避し、グランフェリアは黙々と雷光を纏う“雷界幻矛”を振るって、砲撃の軌道を強引に変更した。ルシリオンの攻撃はまだ終わらない。弓の弦を引く構えを取ると、蒼光の弓と槍の如き長さの矢が出現。
――弓神の狩猟――
矢を放つ。矢は少し進んだ後、無数の光線となってレーゼフェアとグランフェリアに襲いかかる。レーゼフェアは「行くよっ、聖狩手甲エオフェフ」と告げ、両拳を打ち合わせて迎撃に移行。グランフェリアもまた「行きましょう。雷界幻矛」と告げ、穂先に琥珀色の雷光を纏わせ迎撃開始。ルシリオンはさらにウルを発動するために弦を引き絞ろうとしたとき、
(なんだ・・・!?)
彼の視界にノイズが走った。それに、上手く魔力を練れなくなった。魔術師の体内に在る魔力を生成・供給するための器官“魔力炉”に異常が出たかと考えたルシリオンだが、もう1つの理由に行き当たった。
(上級術式が界律に制限されたか・・・?)
ルシリオンの有する、彼独自に組み上げた固有魔術の下級・中級・上級術式の内、上級はあまりにも強力ゆえ、“界律”によって使用が制限される場合もある。だがすぐにその異常が治ったことで、上級術式使用に制限が掛からなかった事を察する。ルシリオンは上級術式に制限を掛けなかったこの世界の意思“界律”に心底感謝した。“エグリゴリ”を相手にして、中級術式だけでは心許ないからだ。
――雷槍連穿衝・弐式――
――黒く染めたる凶珠――
「く・・・っ!」
思考を中断せざるを得ない状況となる。もはや砲撃と化している雷槍が22。闇黒の球体状の魔力弾が48。それらがルシリオンを包囲するように飛来してきた。
――護り給え、汝の万盾――
ルシリオンの全周囲に小さな円い蒼光の盾が無数に展開され、それらが重なり合わさることで巨大な球状の障壁となった。次々とケムエルへと着弾していく容赦のない攻撃。しかしケムエルを突破できず、打ち止めとなった。ルシリオンはケムエル内で、新たな別の上級攻性術式を組み上げていたところに、
「退け、レーゼフェア、グランフェリア」
男の声が曇天から静かに流れた。レーゼフェアとグランフェリアの名が告げられたと同時に、呼ばれた二機はルシリオンから距離を開けた。
――轟破焔壊槌――
真っ赤な炎を噴き上げ纏うハンマーが空を覆う雲を突き破って飛来してきた。ルシリオンの目が見開かれる。すぐさまケムエルを解除し、その場から離脱するための飛行。そして左手に“神槍グングニル”を具現させる。ルシリオンは追尾してくる炎の塊であるハンマーを“グングニル”で弾き返し、間髪いれずに新たな魔術を発動する。ルシリオンの両サイドに現れる直径10mほどの蒼光の円環。
――屈服させよ、汝の恐怖――
円環より出現するのは、左右一対の銀の巨腕。レンガ造りを示す様な線が所狭しと走っている。
右の巨腕は空へ向かって振るわれ、左の巨腕は追撃に迫って来ていたレーゼフェアとグランフェリアを払い落そうとするように高速で薙ぎ払われる。薙ぎ払いの直撃を受けたレーゼフェアとグランフェリアは高速で吹き飛ばされた。
ハンマーを放って来た男は、イロウエルの一撃を受ける前にすでにその場から離脱していた。消えたイロウエルによって雲海に穴が開き、その穴から降り注ぐ太陽光の柱の中にその男は居た。
「久しいな、バンへルド。やはりお前も父親の事を忘れてしまったか・・・?」
バンへルドと呼ばれた男。30代前半くらいの外見で、ワインレッドのセミロングの髪はオールバッグ。赤のワイシャツ・スラックス、白のロングコートといった格好だ。
右手には、先程ルシリオンに投擲されたT字型のハンマーが握られていた。幾何学模様の刻印が施された鋼色の柄は短く、手の平に収まるほど。柄に比べて銀色のハンマーヘッドは大きく、両サイドに有る鉄球の如きヘッドにはいくつも穴が開き、それらを繋ぐブリッジにも穴が開いている。
「憶えている。我らが存在意義、力ある王の殲滅、その最後のターゲット」
「そうだよな。憶えているわけないよな。解っていたが・・・」
ボソッと呟き、ルシリオンはバンへルドにも戦意をぶつける。洗脳されてしまった愛おしい子供達を救うためには、すでに完全破壊しか手段が無いから。一対三の戦況。しかし、現在も活動している“エグリゴリ”は全部で七機。ルシリオンは思い出す。テスタメント・マリアが言っていた言葉を。
――ルシリオン様が使う魔法陣と同じモノを扱う男性が――
今ルシリオンの目の前に居る唯一の男であるバンへルド・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア。彼の扱う魔法陣は、ルシリオンの使うアースガルド魔法陣とは違うものだ。それゆえにルシリオンはこの戦場へと残りの“エグリゴリ”が集まっているだろうと判断。そうなれば、ルシリオンの勝利は遠のくことになる。だからこそ彼は、
――瞬神の飛翔――
最も得意とする高速空中戦を行うために空戦形態となる。12枚の剣翼が背より離れ、その剣翼を1枚1枚挟みこむようにして薄く細長いひし形の蒼翼が10枚現れた。
「神器王ルシリオンの空戦形態コード・ヘルモーズを確認」
「ヤバいね。それじゃあ僕たちも」
「高貴なる堕天翼、発動する」
バンへルドとレーゼフェアとグランフェリアに変化が現れた。三機の背より、孔雀の尾羽ような翼が放射状に20枚と生えた。それは何と神々しい姿か。それぞれの魔力によって構成されているため、レーゼフェアはアザレアピンク、グランフェリアは琥珀色、バンへルドは真っ赤な翼だ。
それを見たルシリオンが「なんだソレは・・・!?」と、驚愕に目を見開いた。彼が“エグリゴリ”――元は“ヴァルキリー”――にプログラミングした魔術の中に、そのような術式は無かったからだ。
「自ら追加した魔術というわけか」
「・・・行くぞ」
――焔雨――
バンへルドは前面に発生させた炎塊を“ケンテュール”で打ち、炎塊を無数の炎の弾丸としてルシリオンへ放った。だが今のルシリオンはヘルモーズを発動している。その場から消えるように回避。
レーゼフェアとグランフェリアが靡く翼を背にし、ルシリオンを追いかける。しかし追いつけない。ルシリオンは過去・現在、どの世界においても、揺るぎ無き空戦の覇者。空戦で戦う以上、ルシリオンに敗北は無い――はずだった。三機を迎撃するために上級術式を組み始めた瞬間、
(ぅぐ・・・一体何が・・・!?)
また視界にノイズが入る。それだけでなく強烈な頭痛、それに胸に鈍痛。明らかに異常。揺れる視界。迫るレーゼフェアとグランフェリア。ルリシオンは今自分の身に起きている異常を無視し、
――復讐神の必滅――
蒼光の砲撃を6条と放つ。ヴァーリは、術者に対して攻撃を加えてきた者を永続的に追尾するカウンター砲撃だ。強力な砲撃が迫り、回避に移る三機をヴァーリは曲線を描き追尾する。
「我が手に携えしは確かなる幻想」
ルシリオンが詠唱。未だに治まらない頭と胸の痛み、視界不良。それでもなおルシリオンは術式を組み上げる。
――凶竜の殲牙――
ルシリオンの頭上に無数の武器が出現し、それらが竜を形作っていく。その武器は、神器、と呼ばれる特別な“力”を有するモノだ。神や精霊に創造された神造兵装、魔物に創造された魔造兵装、魔術師によって創造された概念兵装を総称して、神器と言う。
その神器で構成されたニーズホッグは3頭。ルシリオンが「喰殺粛清!」と号令を下すと、ニーズホッグは“エグリゴリ”三機に向かって突撃して行った。さらに魔術を発動させようとして、
「あぐ・・・っ!」
今まで以上にひどい頭痛がルシリオンを襲った。強烈すぎる痛みで涙が溢れていく。理由のハッキリしない異常。
しかしここでルシリオンはある事に原因があるのでは?と、1つの推測を立てた。
(まさか、魔力消費が大きい魔術を使うと起こる・・・?)
それが正解ならば、ルシリオンにとっては最悪な事態だ。
魔術師には魔力量やその運営力を数値化して表したランクがある。C、B、A、AA、AAA、S、SS、SSS、X、XX、XXXとある。XXXが最高となるが、中にはそれを超える魔力を保有する者もいる。その者には人間の極限を超えた無限の魔力を持つ者として、EXランクが与えられる。
ルシリオンがそのEXランクだ。だから自然と魔術発動に必要な魔力量が多くなる。魔力を抑えても魔術は発動出来るが、その分威力や効果が薄まるのは必然の事。その抑えられた魔術の効果で、“エグリゴリ”を斃すことが出来るかというと、五分五分としか言えなかった。
(それがどうした。今目の前に、永きに亘って洗脳され狂い続けた子供たちが居るんだ。ここで救えずして、何が父親だ! シェフィとの約束を果たす時だっ、気合いを入れろッ!)
――傷つきし者に、汝の癒しを――
ルシリオンは三機の動きに細心の注意を払いながら治癒術式ラファエルを発動する。と、幾分か痛みが和らいだ。戦意を保つためにもルシリオンは誓いを胸に抱く。シェフィ。シェフィリス・クレスケンス・ニヴルヘイムという女性との誓い。共に“ヴァルキリー”を創造した、“ヴァルキリー”にとっては母親であり、ルシリオンにとっては最愛の恋人だった女性。
――ルシル、生きて――
――それとお願い。哀れなあの子たちを見捨てないで、助けてあげて――
(ああ、生きるとも。助けるとも。シェフィ、もうすぐで私たちの旅も終わりだ!)
ヴァーリとニーズホッグをやり過ごした三機に向け、ルシリオンは魔術を組み上げる。
――軍神の戦禍――
無数の神器が曇天の下、縦横無尽に展開される。ルシリオンが指を鳴らし「蹂躙粛清」と号令をかけると、一斉に“エグリゴリ”三機に突撃していく。それぞれ翼を翻して高速で回避し続ける三機は、
――猛炎放出――
――黒き影拳乱舞――
――雷槍迅穿衝――
烈火の砲撃、幾つもの影の拳、雷光の砲撃をルシリオンへ向けて放つ。ルシリオンは3条の砲撃に向かって、対魔力の効果を有する3つの神器を射出、三機の攻撃を迎撃、消滅させた。結局、三機は攻勢に出るのを諦め、雨あられと降り注ぐ武器群の回避に専念しだす。
――集雷法――
レーゼフェアとバンへルドがグランフェリアを庇うような位置取りをし、迫りくる神器を迎撃。護られるグランフェリアが“雷界幻矛”を高く掲げると、空より雷が落ち、“雷界幻矛”に集束。ルシリオンの表情が焦りに染まる。すぐさま妨害しようと上級術式を・・・・
「あぐっ!?」
ラファエルで抑えていた頭痛が再起。今度は胸の痛みも異常に強くなった。あまりの激痛に、左手に携えていた“グングニル”を手放し頭を押さえ、右手は胸をギュッと鷲掴む。それでも必死に魔術を組み上げようとするが、激痛がそれを妨害する。ルシリオンはグランフェリアの術式発動の妨害を諦めた。
――神雷槍――
完全な雷となり、周囲に莫大な雷撃を放ち続ける“雷界幻矛”が投擲された。ルシリオンは待機している神器のいくつかを射出し迎撃、“雷界幻矛”の速度と威力を減衰させていく。9つの目に神器が“雷界幻矛”の勢いを完全に殺し、弾き飛ばした。
「お? どうしたの神器王? 頭とお胸が痛い痛い?」
レーゼフェアがルシリオンの異常に気付き、高速で接近してきた。残り少なくなっていた神器を射出。避けるレーゼフェアは両腕の籠手、“聖狩手甲エオフェフ”と両脚に影を纏わせ、
「今がチャンスだって言うのは僕でも判るよっ」
――凶つ連蹴拳――
振るわれる右拳打。ルシリオンは痛みを必死に堪え、左裏拳で捌く。間髪いれずに振るわれる拳打と蹴打の連撃。ルシリオンも何とか捌き続け、「近接格闘が苦手なのは過去の情報だ」と、再具現させた“グングニル”を右手に取り、レーゼフェアを斬り付けようと振るう。だが・・・
「ふむ。理由は判らないが、神器王は何かしらの問題を体に抱えているようだな」
――轟破焔壊槌――
バンへルドが翼を翻しながら、レーゼフェアの連撃を捌いているルシリオンの背後へ回った。携える“ケンテュール”のヘッドの穴という穴から炎が噴き上がり、“ケンテュール”は炎塊と化していく。ルシリオンは背後を見ることもなく、
――女神の護盾――
蒼く円い盾を展開。円の中に女神の祈る姿が描かれた軽く芸術的な盾だ。“ケンテュール”が盾と衝突。ルシリオン、バンへルド、レーゼフェアを覆うほどの爆炎が起こる。爆炎の中から飛び出してきたのは、無傷のルシリオンとバンへルド。レーゼフェアが遅れて黒煙からヨロヨロと出てきた。体中が煤で汚れ、「けほけほっ」と咽ている。
「こんのおバカヤロぉぉーーーーーッ!」
曇天を翔け回るルシリオンを追いかけるバンへルドに向け、レーゼフェアは怒りの咆哮を上げた。グランフェリアが「行くわよ、レーゼフェア」と彼女の肩を叩き、バンへルドの補助へ向かう。レーゼフェアも「あとでバンへルドを一発殴る」と拳を打ち合わせ、翼をはためかせて追撃を開始した。そんなレーゼフェアの昔と変わらない様子に微苦笑しているルシリオンはただひたすら空を翔け、痛みが治まるのを待つ。
(これ以上のエグリゴリが集合する前に決めなければ・・・負ける!)
ルシリオンの恐れる増援。しかし待ち望んでいる相手が来ることを望む。洗脳される以前の“戦天使ヴァルキリー”においても洗脳後の“堕天使エグリゴリ”においても最強であるガーデンベルグ・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア。
そして、ルシリオンが“界律の守護神テスタメント”にならざるを得ない理由を作り出した男。ガーデンベルグを破壊することで、ルシリオンは“テスタメント”より解放される。1万年以上という永きに亘り、苦痛ばかりの契約を執行してきたルシリオンの絶対唯一の願い。
(なんだ?)
ルシリオンに追翔していたバンへルドが急速反転、レーゼフェアとグランフェリアも急停止した後、反転。その直後、巨大な雪だるまが何百と雲海を突き破って落ちてきた。
――雪人降臨祭――
三機が離れた理由がそれだった。ルシリオンは痛む頭と胸に顔を苦痛に歪めつつ、飛行速度を上昇。しかしあまりに巨体ゆえに、雪だるま群が次々とルシリオンを掠っていく。そしてついに雪だるまの一つがルシリオンを直撃。ルシリオンは成す術なく地面へと落下、ズンッと叩きつけられた。
◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦
レーゼフェアは雪だるま一面となった戦場跡を見下ろした後、「おおー、リアンシェルトが決めちゃったよ」と雪だるま群を放った主を見上げる。
「別に、嬉しくなんてない」
髪はシアンブルーのインテーク、背中まで伸びる髪は毛先が外へ向かってカールしていて、頭頂部から1本の髪(俗に言うアホ毛)が伸びている。純白のフリルの付いたハイネックのロングワンピース。胸元にはサファイアのブローチ。その上から青のクロークを羽織っている少女、リアンシェルト・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリアが無表情で呟いた。背より生えるスノーホワイトのエラトマ・エギエネスの1枚を手に取り、そっと撫でる。
「これで決まったとは思わない方が良いわ、リアンシェルト。シュヴァリエル、フェイヨルツェン。今の内にトドメを刺す」
「哀れなものだよな。魔道王フノスと白焔の花嫁ステアと並ぶ最強の魔術師が地に平伏してる」
オリエンタルブルーのツンツン頭、ワインレッドの鋭い双眸。前開き黒ハイネックタンクトップ・レザーパンツ・白のロングコート、ハンターグリーンのエラトマ・エギエネスという格好の20代半ばくらいの青年、シュヴァリエル・ヘルヴォル・ヴァルキュリアが小さく唸る。2m30cmほどの翡翠色の大剣を肩に担ぎ、トントンと肩を叩いている。
「これもまた1つの運命だとしたら、わたくし達は残酷な渦に呑まれてますね」
チェスナットブラウンのセミロング、ブロンズレッドの柔和な瞳。赤紫のブラウスに黒のベスト、黒ネクタイ、黒のプリーツスカート姿で、アップルグリーンのエラトマ・エギエネスという、20代前半くらいの女性、フィヨルツェン・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア。金銀の装飾が施された2mほどの白銀の弓を携えている。
「ガーデンベルグは?」
「もうすぐで合流出来るはずだ。あの子を連れて、ここにな」
レーゼフェアに答えるシュヴァリエル。しばらくの沈黙。その沈黙を破ったのはグランフェリアで、「それではその前に任務を遂行するわ」と真下を見下ろす。グランフェリアの視線の先には、雪だるまの押し潰されたままのルシリオン。
――神雷槍――
グランフェリアの“雷界幻矛”が琥珀色の雷槍と化す。
――轟破焔壊槌――
バンへルドの“ケンテュール”が炎を噴き上げ、火炎の槌と化す。
――黒き閃光放つ凶拳――
レーゼフェアは、前面に発生させた闇の球体を殴る体勢になる。
「参りましょう、ハガウル」
――掃討猟犬――
フィヨルツェンが“天弓ハガウル”を構えると、アップルグリーンに輝く風の矢が現れた。
「いくぜ、メネス」
――剱乱舞刀――
シュヴァリエルは“極剣メネス”を上段に構え、刀身に旋風を発生させた。最後にリアンシェルト。しかしリアンシェルトは黙したままで、新たな魔術を発動しようとしない。他の“エグリゴリ”の視線が集まるも、リアンシェルトは無視。痺れを切らしたグランフェリアが「リアンシェルトはキオナンソロポスの維持を」と指示。それでリアンシェルトはようやく「判った」と頷いた。
「・・・ガーデンベルグ達が合流する前に終わらせる。各機、攻撃開始」
グランフェリアの指示の下、彼女の雷槍、バンへルドの炎槌、レーゼフェアの砲撃、フィヨルツェンの風で構成された幾つもの蛇、シュヴァリエルの幾つもの真空の刃が、一斉にルシリオンを押し潰す雪だるまへ向かう。
◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦
雪だるまの下敷きになっているルシリオンの目がカッと開く。
――邪神の狂炎――
ルシリオンの四肢に、紅蓮の劫火で構成された焔の腕と脚、背に業火の翼が展開される。両腕両脚共に1mほどあり、ルシリオンを押し潰す雪だるまが一気に溶けていく。ルシリオンは立ち上がり、両腕を振るって周囲の雪だるまを一掃する。焔腕を振るう度にルシリオンの顔が苦痛に歪み、血涙を流し始めた。
――神雷槍――
――轟破焔壊槌――
――黒き閃光放つ凶拳――
――掃討せし猟蛇――
――剱乱舞刀――
“エグリゴリ”五機の魔術が迫っている事に気付いたルシリオンが迎撃態勢に入った。その直後に「ごふっ?」と吐血。フラついてしまい、防御ないし回避することが遅れたのがルシリオンの最大のミスとなった。
最初にグランフェリアの雷槍がルシリオンの右の炎脚を粉砕、放電し、彼を感電させた。声にならない悲鳴を上げるルシリオンに次々と猛威を振るう“エグリゴリ”の魔術。炎槌がルシリオンの左の焔腕を粉砕、爆発を起こし、彼を吹き飛ばす。
地面を転がるルシリオンにレーゼフェアの砲撃が直撃。続けてシュヴァリエルの真空の刃、フィヨルツェンの風の蛇がルシリオンに殺到していく。それを見下ろす“エグリゴリ”達。リアンシェルトだけは目を逸らし、ルシリオンを視界に収めないようにしていた。
(ま・・ずい・・・・意識が・・・もう・・・)
黒煙の中、ルシリオンは揺らぐ意識を必死に保とうとしていた。治癒術式のラファエルを発動しようとしても、なかなか上手く発動できない。それにロキもヘルモーズもダメージ過多で解除され、戦闘甲冑のコートもボロボロで原形を留めていない。
それでも意識を繋ぎとめ、ルシリオンは必死に両手をつき上半身を起こす。ガクガク震える足で立ち上がり、もう一度具現した“グングニル”を支えとして真っ直ぐ空を見上げる。孔雀の尾羽の様な翼エラトマ・エギエネスを放射状に展開している“エグリゴリ”六機が、地に立つルシリオンを見下ろしていた。
「はぁはぁはぁ・・・ふぅ、傷つきし者に、汝の癒しを」
無理やり息を整え、治癒術式ラファエルをなんとか発動させ、ダメージの回復を行う。しかしそれを黙って見ているわけではない“エグリゴリ”。真っ先に動いたのはシュヴァリエルとレーゼフェアの二機だ。地面スレスレまで降下した二機は、そのままルシリオンへと最接近。
――純陸戦形態・疾駆せし、汝の瞬風――
ルシリオンの背中から、蒼く輝く魔力の剣翼が生えた。通常の剣翼アンピエルは1m程だが、ヤエルは30cm程で、数も12枚ではなく半分の6枚。ルシリオンの体が数cmと浮き、激しい頭痛と胸の痛みを堪え“グングニル”を振るって蒼光の魔力斬撃を飛ばす。シュヴァリエルとレーゼフェアの二機は各々の神器で粉砕、そのまま飛行を続行する。
「破ッ!」
シュヴァリエルの振り下ろしを半身ズラして回避。それはさながらスケートをしているかのように滑らかな動きだ。それがヤエルの効果だ。体を浮かせ、足元の摩擦を失くすことで陸戦での高速移動が出来る、というものだ。
「そーれっ♪」
レーゼフェアの拳打を“グングニル”でいなし、シュヴァリエルの刺突を体を回転することで避け、そのまま遠心力いっぱいの“グングニル”を見舞う。その間にもラファエルを繰り返し発動し、回復を行う。ルシリオンは二機の連携の取れた猛攻を捌き続けたが、残念ながら敵はその二機だけではない。
――雷槍連穿衝・壱式――
シュヴァリエルを弾き飛ばした直後、グランフェリアの雷槍が18と降り注いできた。ルシリオンが地を滑るように避ける。しかし避けた場所に、
――粉砕せし風爆――
圧縮された風の矢8本が着弾。爆発的な突風が発生し、宙に浮くルシリオンを強制的に後退させた。
――猛炎放出――
それと同時にルシリオンを襲うバンへルドの炎熱砲撃。炎熱砲撃がルシリオンに直撃し、爆発を起こした。だがルシリオンは倒れなかった。爆炎を突き破って現れ、最接近して来ていたレーゼフェアにカウンターの斬撃を食らわせる。「にょわぁっ」と錐揉みしながら吹っ飛ぶレーゼフェアに、
――無慈悲たれ、汝の聖火――
蒼炎で構成された大蛇プシエルを追撃させた。レーゼフェアは体勢を整える前にプシエルに丸呑みされる。
「おおおおらぁぁあああああああああッ!!」
その直後に戻って来ていたシュヴァリエルによる薙ぎ払いによる斬撃。ルシリオンはグッとしゃがみ込み避け、立ち上がりの勢いを上乗せした斬撃を放つ。だがシュヴァリエルにあと少しで当たるというところで、
「とおりゃぁぁあああああああッ!」
――闇の女王の鉄拳――
プシエルが巨大な影の拳によって粉砕され、そのままルシリオンへと襲いかかる。ルシリオンは攻撃を中断。その場から高速離脱。もちろん上手くいくわけにもいかず。
「私も参加させてもらおうかしら」
グランフェリアが地上に降り立ち、琥珀色の雷光を纏う“雷界幻矛”の刺突を放ってきた。“グングニル”で軌道を逸らした直後、レーゼフェアの別の巨影拳がルシリオンを直撃。先程のレーゼフェアと同様、錐揉みしながら吹っ飛されてしまう。頭やら鼻やら口やらと血を流し、意識も少し揺らいだが、それでも戦意は衰えない。ルシリオンは体勢を無理に整える事もせず、
――殲滅せよ、汝の軍勢――
炎熱、氷雪、閃光、闇黒、風嵐、雷撃、という様々な属性の魔力槍を1020本展開。頭痛が起きる。ここでルシリオンはある線引きが出来る事に気が付いた。
(SSSランクの魔力では起きず、Xランクからあの痛みが起こるのか)
治癒術式ラファエルや炎蛇プシエルの使用した魔力量はSSSランクだった。そして槍群カマエルはXランクを要し、それで頭痛が起きた。それはつまりその一点にだけ気を使えば、酷い頭痛や胸の痛みが起きないということだ。が、
(SSSランクを最高として、エグリゴリに勝てるわけがないッ!)
“エグリゴリ”が扱っている魔力量は現在のところ最大XXランク。2ランクも上で、しかも戦力の数で圧倒的に負けている。とはいえルシリオンにも戦力――援軍を増やすことの出来る魔術がある。
だが“エグリゴリ”と対等に渡り合える援軍を用意するなら、ルシリオンはXXXランクの魔力を使用しなければならない。上級術式発動に使用するXXランクで強烈な頭痛やら胸の痛みを起こす。ならそれ以上のXXXランクの魔力を使えばどうなるか。下手をすれば援軍を用意する前に自滅するかもしれない。
「(それだけはまずいよな)蹂躙粛清!」
ルシリオンはこのまま単独での戦闘続行を決断。号令を下し、カマエルを一斉に“エグリゴリ”に向かって降り注がせた。カマエルの対処に追われることになった“エグリゴリ”に向け、
「第二波・・・装填・・・!」
さらに999本のカマエルを発動。ルシリオンに頭痛が襲いかかる。「うぐ」と呻き声を漏らしながらも「蹂躙粛清!」と号令を下した。降り注ぐ槍群。迎撃を続ける“エグリゴリ”。幾つかの槍が“エグリゴリ”に着弾するが、致命的なダメージを与えらていない。
「やはり、ぅく、Xランク程度ではダメか」
致死ダメージにならないと判った“エグリゴリ”が一斉に攻勢に転じる。それぞれ防性術式を発動し、カマエルを防御しながらルシリオンへ接近してくる。ルシリオンは覚悟を決めた。どれだけの苦痛が襲うか判らないが、XXXランクの魔力を使ってやろうと。
「はぁああああああッ!」
――崩山裂衝――
シュヴァリエルによる粉砕力の高い竜巻を纏わせた“メネス”の刺突。紙一重で避ける事も出来ないその攻撃に、ルシリオンはあろうことか前進。殺傷効果範囲ギリギリ外を通り、シュヴァリエルの懐深くに入りこんだ。
――破り開け、汝の破紋――
防性術式破壊のメファシエルを付加した拳打を打ち込む。ガシャァンと音を立てて、シュヴァリエルを守っていた不可視の魔力障壁が破壊。ルシリオンは間髪いれずに、
――燃え焼け、汝の火拳――
ゼロ距離で炎熱砲撃セラティエルを撃ち込んだ。至近距離で爆発が起き、両者ともに大きく後方に吹き飛んだ。シュヴァリエルは背から地面に落下、バウンドを数回し終えた後に四肢をついて着地。ルシリオンは少し危なげだったが、なんとか体勢を整えるのに成功したその時、
――影渡り――
「――からの、鉄拳制裁♪」
「ぐっ!?」
ルシリオンの足元の影から突如出てきたレーゼフェアによる奇襲攻撃。顎に強烈なアッパーカットを喰らったルシリオンが空高く舞う。レーゼフェアはまた影に侵入し、これから起こる事態から避難。ルシリオンの頭上に到着したバンへルド。振り上げられたのは轟々と燃える“ケンテュール”。
「燃えろ」
――轟破焔壊槌――
ルシリオンに振り下ろされた炎槌。ルシリオンは咄嗟に魔力障壁を展開。衝突。ルシリオンを襲う大爆発。バンへルドは爆風に乗って空高く飛び、ルシリオンは地面に叩きつけられた。そこに追撃。グランフェリアの雷槍とフィヨルツェンの風矢。爆炎と黒煙でルシリオンの姿を確認出来ないと言うのに、ピンポイントで彼の両肩を貫いた。シュヴァリエルが“メネス”を振るって突風を起こし、黒煙を綺麗に払う。
「まだやる気なんだ、さっすが神器王ルシリオン」
片膝立ちをしたルシリオンがそこに居た。両肩を貫いていた雷槍と風矢は、ルシリオンによって粉砕され今は無い。ルシリオンの戦意漲る双眸に睨まれたリアンシェルトを除く“エグリゴリ”達が臨戦態勢に入る。
「退くことを知らないのは騎士と同じ、か」
「騎士と数千年と過ごしたからな。それ以前に、お前たちを前にして退くという選択肢など・・・・私には無い!」
――瞬神の飛翔――
ルシリオンの背に剣翼12枚とひし形10枚の計22枚の蒼翼が再展開された。“エグリゴリ”達の翼エラトマ・エギエネスが風に揺れる。そのまま膠着状態が続く。ポツポツと空より滴が落ちてくる。雨が降り始めた。ルシリオンの表情に笑みが浮かぶ。
雨。それはルシリオンに味方する天候だからだ。ルシリオンの足元に、サファイアブルーに輝くアースガルド魔法陣が展開される。雨粒が一斉に地に落ちることなく止まる。ルシリオンが雨を――正確には水を――操作している。
――研ぎ澄ませ、汝の聖雨――
無数の雨粒が槍となった。完全に包囲された“エグリゴリ”だが、全機の表情には余裕がある。それを訝しんだルシリオン。その余裕の答えが、ルシリオンの背後にあった。背後に気配を感じたことでルシリオンは振り返った。そして、背後に居た男を見て、目を限界にまで見開いた。
「・・・・ガーデンベルグ!!」
銀の髪、アップルグリーンの瞳、ルシリオンの戦闘甲冑と同じデザインの黒の長衣・スラックスに灰色のロングコート姿といった、20代前半くらいの青年だ。そして背には、ルシリオンの剣翼アンピエルと同じ翼が8枚、色は真っ白が展開されていた。
右手に携えるのは深紅の大剣。銘を魔造兵装第二位“呪神剣ユルソーン”。ありとあらゆる呪いを内包した、最凶の神器だ。ガーデンベルグの足元には白く光り輝くアースガルド魔法陣。テスタメント・マリアが見かけた者こそ、このガーデンベルグ・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリアだった。
「ガーデンベル――」
ルシリオンが神造兵装第一位“神槍グングニル”を振るう。
「――がはあっ!」
しかしガーデンベルグに頭を鷲掴みにされ、ルシリオンは地面へと顔面から叩きつけられた。上半身を起こす前に蹴りを入れられ、強制的に起き上がらされる。
「ふっ・・・!」
「うぐ・・・!」
ガーデンベルグの後ろ回し蹴りを両腕をクロスさせることで防御したルシリオンだが、宙空に居たために受けた衝撃のまま後方へ蹴り飛ばされた。ガーデンベルグは“ユルソーン”を脇に構え、高速でルシリオンに突撃する。ルシリオンが体勢を整える前に一撃を入れようと“ユルソーン”の刀身に純白の雷光を迸らせた。
――雷霆・斬烈閃――
それはさながら雷光の羽根。ガーデンベルグはそれを一気に薙ぐ。対するルシリオンは体勢を整えることが出来ないまま、
――殲滅せよ、汝の軍勢――
炎熱と閃光の魔力槍を22本と展開、射出し、“ユルソーン”を迎え撃つ。ガーデンベルグは雷槍と光槍の迎撃のために、雷光纏う“ユルソーン”を振るい、カマエルを破砕していく。ルシリオンはその間に体勢を整え、
――削り抉れ、汝の裂風――
螺旋を描き放たれる削岩機のような竜巻の砲撃を放つ。カマエルの迎撃を終えた直後のガーデンベルグに回避出来る余裕はなく直撃。ザキエルは銘の通り、触れたモノを削り、抉り、潰すことが出来るだけの風圧を持った竜巻だ。それゆえに直撃したガーデンベルグも大ダメージを負うはずだった。
「あまりに穏やか過ぎて、そよ風と思ったよ」
ザキエルを、魔力を纏わせた拳打で消滅させ、そのままルシリオンへと翔けた。振るわれる“ユルソーン”。狙いはルシリオンの腹部。受ければ上下に分断されるだろう。
――護り給え、汝の万盾――
ルシリオンは咄嗟に無数の小さな円盾ケムエルを発動し、防御態勢に入った。ケムエルに“ユルソーン”が触れる。と、盾としての役割を果たすことなく一瞬で寸断され、ケムエルは砕け散った。切り返しによる斬撃がルシリオンを襲う。しかしその前に、
「衝殺粛清!」
待機していた無数の水槍が一斉にガーデンベルグを全方位から襲撃。
――氷装甲冑――
ガーデンベルグの全身を覆う冷気が、迫り来る水槍をすべて凍結粉砕。
――咲き乱れし、汝の散火――
続けてルシリオンが放つのは蒼炎の魔力弾。数は12。「爆散粛清!」と告げ、マルキダエルが一斉にガーデンベルグの至近距離で爆発を起こしていく。
――炎装甲冑――
マルキダエル以上の爆炎がガーデンベルグを覆い、マルキダエルを無力化。ルシリオンは真っ向から迎え撃つつもりなのか“グングニル”を構える。ガーデンベルグも応えるように“ユルソーン”を脇に構え、
「「おおおおおおおおおおおおおッ!!」」
互いが間合いに入ったと同時にそれぞれ得物を振るい、連撃を放ち続ける。“エグリゴリ”という観客の中で、かつての英雄とその息子が円舞を踊る。それは美しい円舞。互いの翼より生まれ出る白と蒼の魔力羽根が舞い、1人と一機の円舞をより幻想的にする。しかし事実は殺し合いだ。そしてルシリオンにとっての真実は救出。洗脳を解き、元の“ヴァルキリー”へと戻すことが出来ないため、完全破壊することでしか救えない。
「(だから、私は・・・)お前たちを・・・ここで救うんだッ!」
“ユルソーン”を捌いて弾き飛ばし、無手となったガーデンベルグに肉薄。ガーデンベルグの両手に白い魔力剣が創られ、ルシリオンの迎撃に移る。と思いきや、空に上がって“グングニル”の斬撃をやり過ごした。ルシリオンも続いて空に上がろうとする。しかし、服を引っ張られ妨害された。
「しま・・・っ!」
己の不覚を呪った。ガーデンベルグに集中し過ぎて、他の“エグリゴリ”の接近に気付かなかった。他の理由として、ガーデンベルグとの闘いに他の“エグリゴリ”は今まで干渉しなかった、という油断もあった。振り向きざまに一撃を入れようとするルシリオンが背後に振り向き、自分の服を引っ張った“エグリゴリ”の顔を見て思わず“グングニル”を寸でで止めた。
「・・・・・誰だ、お前?」
†††Side????†††
私の服を引っ張っていたのは、12~13歳ほどのあどけない少女だ。藍紫色のセミロングの髪は少しウェーブが掛かり、柔和な双眸は赤紫色。水色のイブニングドレスは、子供に似つかわしくない程に装飾が無い。
「・・・・・誰だ、お前?」
私とシェフィによって創り出された千機の“戦天使ヴァルキリー”の中に、私へ笑顔を向けている少女は居ない。だから無意識にそう問うていた。馬鹿か私は。この少女は敵に決まっている。ガーデンベルグ達と同じ孔雀の尾羽の様な翼(色はオレンジ。それがこの少女の魔力光だろう)を展開しているんだから。
「わたし、ミュール・エグリゴリ。よろしく、神器王のお兄ちゃん」
ミュール・エグリゴリ。信じたくはないが、この子も“堕天使エグリゴリ”らしい。最悪の事態が起きているのかもしれない。ガーデンベルグ達が、新たな“エグリゴリ”を創り出しているという・・・。自分たちを形作っているシステムやプログラムくらいは把握出来るだろう。あとは設備や材料となるが、どこで調達したのやら。
「ならば私の敵だな。さらばだ、ミュール」
ミュールの手を払いのけ、“グングニル”を穂先を向ける。私とシェフィの最高の子供たちである“ヴァルキリー”には遠く及ばない戦力に違いない、ガーデンベルグ達の創った“エグリゴリ”など。
「うん、バイバイ、お兄ちゃん♪」
“グングニル”の刺突を放ったとほぼ同時、ミュールの全身から発光。視界がオレンジ色一色になるが、気配はそのまま。なら、このまま貫いてくれる。だが空を切った。この光に感覚が惑わされてしまっている。
(何故反撃してこない? それにガーデンベルグ達も)
絶好の機会だろう、今は。それなのに攻勢に打って出ない“エグリゴリ”。ならこちらから仕掛けさせてもらうまでだ。頭痛を覚悟で発動させるのは、
――光神の調停――
全方位無差別砲撃の上級術式バルドル。使用魔力はXXランク。覚悟していた頭痛が来た。これを耐えさえすれば・・・・
「あ? ぐっ・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」
頭痛よりさらに強烈な胸の痛みに、私は叫ばずにはいられなかった。痛みを生んでいるのは、魔術師にとって最も重要な器官“魔力炉”だ。その場で両膝をついて蹲る。溢れて止まらない涙に視界がぼやける。
(なんだこれは・・・!?)
わけが判らない。“界律”からのペナルティーではないのは確かだ。さらに視界にノイズが走る。そんな中、脳裏に浮かんでくるのは・・・
――よぉ、ルシル。お前も昼、食ってくか――
(比泉・・・秋名・・・)
――ツンツンデレツンデレツンツン♪ ほら、ルシルも歌ってよ――
(槍桜・・・ヒメ・・・)
――ルシルさん、お疲れ~――
(五十音・・・ことは・・・)
――あ、ルシルさん。いらっしゃい――
(七海・・・アオ・・・)
――ルシリオンさん。たまにはノーと断った方が良いかと――
(岸・・・恭助・・・)
かつての契約先の世界で出逢った仲間たちの笑みと声。どうしてこんな時に、アイツらの事が脳裏に浮かぶんだ。私に笑いかけてくれる秋名たちの姿がブレる。消える? やめろ。何が? 判らない。
――・・・ルシ・・・花見・・・楽し・・・一緒に・・・――
(秋名・・・!)
かつての友が霞んでいく。ヒメも。ことはも。アオも。恭助も。その世界で出逢った他のみんなも。
まず最初に恭助が消えた。何か大事なものを失ったようで・・・。
「恭助!!・・・・・・って・・・誰だ?」
恭助? 誰だソレは。違う。恭助は友達だ。友達? 誰が? 何を馬鹿なことを。恭助だよ。いや、だから恭助って誰だ?
「なん・・だよ・・・これ・・・」
いっつもラーメンばかり食べている腹ペコ町長のヒメも・・・消えた。
「ヒメって誰だ? 違う! 違う違う違う違う!」
消えていく。大切な思い出が。私を支えてくれていた仲間の声が、笑みが、全部! このはって誰だ? アオって誰だ? 秋名って・・・・
――・・・・・・・・・・・――
「誰だ?・・・・・・消える、消えていく。なんだよ、何なんだこれはっ! 消えるなよ。何か大切な思い出があったのは憶えているんだ。だから消えるな。消えるなって。思い出せないけど、大事な誰かとの大切な・・・・っ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
何か大切な思い出を失った。それは私を構成する何か。判る。もう二度と取り戻せない、二度と得る事も出来ない物を失ったのだと。だから・・・・無様にも叫ぶしかなかった。狂ってしまいそうだったから。
――炎焼・斬烈閃――
――神雷槍――
――轟破焔壊槌――
――黒き閃光放つ凶拳――
――轟風暴波――
――嵐槍百花――
――輝きたる音軍――
◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦
「っ!?」
とある少女が突如何かを感じ取ったかのようにハッとして空を見上げる。綺麗なブロンドヘアはシニヨン、紅と翠のオッドアイ。顔立ちは幼い。ビスチェのドレスを着ていて、その物腰は気品が溢れている事から高貴な身分だろう。しかしその少女の体躯とドレスには全くそぐわないガントレットが両上腕部にまで装着されていた。
「今、なにか・・・?」
少女は遠く広がる空の向こうを見上げたまま動かない。そんな少女へと歩み寄っていく一人の青年。碧銀の髪、青紫と瑠璃のオッドアイ。少女に向けている表情は優しさ一色。そして彼もまた両腕にガントレットを装着している。
「どうかしましたか? オリヴィエ」
「なにか・・・上手く言えないのですが、とても悲しい思いを感じたような・・・?」
青年にオリヴィエと呼ばれた少女は影を落とした表情で答えた。
「・・・・またどこかで戦があったのでしょう。これ以上の悲しみを生まないためにも、この戦乱の時代を終わらせなければ」
「きっと、クラウスになら出来ます」
オリヴィエもまた声をかけて来た青年クラウスに微かながらも笑みを向ける。オリヴィエとクラウス。後の世に“聖王女オリヴィエ”と“シュトゥラの覇王”と語り継がれる二人を包むのは、この戦乱の時代の中でも温かなもので・・・。
ここは騎士の世界ベルカ。時代は常にどこかで戦の起こる戦乱期。諸王時代とも呼ばれるこの戦乱期に、現在よりさらに遥かに古き時代の王ルシリオンが降り立った。
◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦
――シュトゥラ/ラキシュ領――
シュトゥラと隣国イリュリアの国境近くのラキシュ領にある山林の中、1人の少女が山菜採りに来ていた。
茶色い長髪はポニーテール。青い瞳。白い肌ゆえに、頬が桜色に染まっているのが目立つ。三角頭巾にエプロン、カットソーにロングスカートという格好だ。早い喩えが田舎の町娘。
「うん、今日もなかなかの量ね。今夜はご馳走かな♪」
採れた山菜を見てニヤニヤする少女。少女は籠を背負い、彼女の住んでいる街へ帰るために山道を往く。その帰路の途中、少女は帰りついでに山菜を見落としていないかキョロキョロと辺りを見回している。と、山林の奥で何かが光っているのを見た。最初は警戒して動かず近づかず。何も変化が起きないのを時間をかけて確認した少女は、音を立てず、息を殺してそろりそろりと歩み寄っていく。
「・・・・・・っ!!」
そして見た。長い銀髪に覆われているような女性が倒れているのを。気を失っているのか、もしくは死んでいるのか指一本と動かしていない。
「まさか・・・死んで・・・!?」
少女の顔が青褪める。全身が恐怖に震えだし、腰が抜けそうになる。それでも少女は女性へと近づいて行く。前髪で顔が隠れてしまっている女性の前で両膝をつき、震える手でそっと女性の顔に触れる。
「温かい! 生きてる! 大丈夫ですか!?」
女性が生きている事が判り、少女は声をかけ続ける。声をかけ続けている間、どうしてこのような山林の中で気を失って倒れているのかと考える。病気か。それにしてはボロボロな服を着ている。そこから少女が行き着いたのは、
「何かに襲われた・・・?」
呼び掛けを止め、少女は周囲をぐるりと見回した。獣か。それとも人間にか。今は戦乱の時代。平気で人が死んでいく時代だ。兵に襲われ、ここまで逃げてきたが力尽きて気を失った。そう考える少女。
「綺麗な人だし、襲われて当たり前のような・・・」
土で汚れてもなおサラサラな銀の長髪。前髪を指先でズラし、顔のつくりが整っているのを見る。そこで少女はあることに気付き、「男!?」と叫んだ。
「えっ、うそっ! のど仏がある・・・胸は・・・無い。やっぱり男だっ。こんなに美人なのに男! うわぁ~ん、女としてなんか悔しい!」
女性と思っていた人は実は男性。しかも異性から見て悔しいほどの美貌を持っていた。少女は世の理不尽を呪って叫んだ。そこで男が「うっ」と呻き、少女は冷静になる。
「こんなことしてる場合じゃないっ。街に連れてってカール先生に診せないと!」
少女は街まで戻って助けを呼びに行こうか迷ったが、呼びに戻っている間に男に何かあってはまずいと判断し、
「よっと・・・、あれ? 以外と軽いんだ・・・」
男を背負い、一歩一歩転ばないように注意しつつも確実に山道を降りて行った。
後書き
おはようございます、こんにちは、こんばんは。
今話の終盤を読んで下さったことで判ったかと思いますが、Episode ZERO:Vivere Est Militare/ウィウェーレ・エスト・ミリターレ(生きる事は戦う事だ、という意)は古代ベルカ時代のお話となります。
もちろんメインタイトルに『リリカルなのは』と出ているので、なのは達も出ますよ。
今後のエピソードのために古代ベルカ時代の話が必要だったので、遠回りになりますが投稿する次第です。
それでは次回もお越しいただけることを願い、これにて失礼します。
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