魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Episode ZERO:
Vivere Est Militare
ANSUR0天秤の狭間で揺れし者~Starting the Last TestamenT~
前書き
界律の守護神テスタメントVS霊長の審判者ユースティティア戦イメージbgm
Xenosaga ツァラトゥストラはかく語りき『testament』
http://youtu.be/n0XJHerqA1U
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界律の守護神VS霊長の審判者
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無限に広がるは青く澄み渡る空。同様に広がるは生命の無い鉄錆色の荒野。地平線の彼方まで続く2つの領域。その天壌を翔けるのは、蒼と赤の2つの閃光。蒼い光の先を翔けるのは赤い光。軌道からして、蒼は赤を追いかけているようだ。
2つの光は空に2色の光の尾を残し、光の過ぎたところは幾何学模様の図形を描いている。とそこに、蒼の光が赤の光の追尾を止め、その場に停止。その直後、
――弓神の狩猟――
蒼の光から一条の蒼い光線が放たれる。その一条の光線は少し進んだ後、爆ぜて数百とも言える無数の光線となった。蒼い光線群は様々な軌道を取り、先を翔けている赤い光に殺到していく。赤い光は速度を緩めることなく、迫り来る光線群を避け続ける。
「ああもう! さっきからチマチマと面倒でうざったくてイライラする攻撃ばっかしてきてさぁ・・・ッ!」
蒼い閃光に追いかけられていた赤い光が急停止。赤い光が治まると、そこには10代前半くらいの少女が苛立った表情を浮かべていた。少女は自分を追いかけて来る光線群をチラリと見、「チッ」と舌打ち。小さくて可愛らしい白い両手を、お世辞にも大きいとは言えない胸の前で水を掬い上げるかのような形にする。その両手に溢れるのは水ではなく、赤い赤い光。少女は両手に溢れる赤い光を頭上へ向かって放物線上に放った。
――Qui parcit malis, nocet bonis/悪人を許す者は、善人に害を与える――
放たれた赤い閃光は曲線を描き、少女に迫ってくる蒼い光線群へ向かって行く。何度目か判らない閃光群同士の衝突。ガシャァンッ!とガラスが割れたかのような甲高い音が空に響き渡る。
「さっきからさぁ、殺る気のない干渉攻撃ばっかしてきて何のつもり!?」
先を翔けていた少女――テールアップにされている赤い髪、黄金に輝くツリ目。蒼いロングエプロンドレス。エプロンの腰紐を留めるのは大きなリボン。目立つ真っ赤なロリータシューズの足の甲で留めるストラップには薔薇を模った装飾が付いている――は先程から自分に攻撃を繰り返す者へと振り返り、人差し指をビシッと突きつける。
「あたしを馬鹿にしてんのっ!? この霊長の審判者のナンバーⅠたる始原プリンキピウムをさ! そうだって言うなら許さないんだからね天秤!」
プリンキピウムと名乗った少女は両手を腰に当て仁王立ちとなり、彼女から40mほど距離を開けた地点で佇む者へと怒鳴り散らす。プリンキピウムに怒鳴られた天秤と呼ばれた者は「勘違いをするな」と返し、左手に持つ2mほどの漆黒に輝くケルト十字を肩に担いだ。
「勘違い? 天秤、昔のあんたならもっとキレのある干渉攻撃を撃ってたじゃんっ」
「認めるのも癪だが、お前が強くなったんじゃないか? プリンキピウム」
天秤という者は、漆黒の神父服を着ており、裾には幾何学模様の金の刺繍や金の装飾が施されて、チャラチャラと音を出している。キャソックと同様に漆黒のフード付きの外套を羽織っていて、風が吹く度にはためいていた。
フードの奥にある顔は中性的な顔立ちをしていて、所見では性別を判断するのは難しいだろうが、声からして男であることが判る。切れ長の双眸は、右がラピスラズリ、左がルビーレッドというオッドアイ。彼の背には、サファイアブルーに光り輝く薄く細長いひし形の光翼が10枚あり、その10枚の光翼の間から12枚の蒼い光剣の剣翼が伸びている。
「・・・え? そうなのかな? ふ~ん。ならいいんだけど。そんじゃさっさと死んじゃってよ。あたしより弱いんだったらさっ!」
天秤という男とプリンキピウムという少女が再び睨みあい対峙する。天秤はケルト十字型の錫杖“第四聖典”の先端を向け、
――女神の陽光――
サファイアブルーに輝く火炎の砲撃を放った。対するプリンキピウムは、自らへと一直線に迫り来る炎熱砲撃ソールへと右掌を翳す。
――Adversa virtute repello/私は逆境を勇気によって跳ね返す――
プリンキピウムの前面に展開されたのは、干渉能力による不可視の障壁。干渉能力というのは、全ての物理現象に干渉する実数干渉と、理論などでは説明しえない幻想に干渉する虚数干渉の2つの総称だ。
天秤と呼ばれた男が放った炎熱砲撃は実数・虚数両方の干渉が付加されており、プリンキピウムはそれに対し、同様に実数・虚数両方の干渉防御を発動した。
その能力はまさしく神の奇跡。しかしその神の奇跡を2人の人間が扱った。いや、2人は正確には人間ではないのだ。確かに人間の姿をしているが。だがそれだけだ。人の姿をした何か。それが天秤とプリンキピウムだった。
「ほぉら、跳ね返しちゃうぞッ♪」
不可視の障壁に弾き返された砲撃ソールは、一直線に砲撃主である天秤へと返る。天秤は右手をソールへと翳す。するとソールは天秤の干渉能力によって、球体状の巨大な炎塊となった。すぐさま天秤は野球のバッターのように“第四聖典”を振りかぶり、炎塊となったソールへ向けて勢いよく振るった。衝突。炎塊は真っ直ぐプリンキピウムへと返って行った。
「面白いじゃんっ♪」
プリンキピウムの右手に赤い光が溢れて、すぐにある形へと集束する。赤い光は2m近い真紅のカンタベリー十字型の錫杖となった。プリンキピウムは天秤と同じようにカンタベリー十字を振りかぶり、炎塊を打ち返そうとした。
「爆殺粛清」
しかしその前に天秤がボソッと告げる。プリンキピウム間近まで接近していた炎塊が突如大爆発を起こし、爆炎がプリンキピウムを呑みこんだ。当然爆発にも干渉能力が付加されており、プリンキピウムにダメージが通る。だが、天秤はそれだけで良しとはしなかった。彼女の実力の高さを知っているからだ。彼は畳みかけることの出来る今を好機とし、
「我が手に携えしは確かなる幻想」
呪文と思しき詩を詠唱。すると彼の周囲に、武器らしきものが突然いくつも現れる。それは、30cm程度の黄金の柄の上下に刃渡り1mはあろうアクアマリンのような宝石の穂を持つ槍だった。
「目醒めよ、神槍グングニル・・・!」
天秤はさらに言葉を紡ぐ。20と存在するまったく同じ形の槍――“神槍グングニル”という銘の武器の“力”を解放した。穂にうっすら刻まれているルーン文字と呼ばれるいくつもの文字が輝きだす。そして爆発もようやく治まり黒煙となっているその場より、
「痛ったいなぁ・・・・天秤」
プリンキピウムの不機嫌そうな声が漏れて来る。天秤は「やはりな」と嘆息。しかし天秤はそれに慌てることなく、パチンと指を鳴らした。
――最高神の神槍――
20の“グングニル”が一斉に黒煙へと突撃していく。黒煙より姿を露わしたプリンキピウムが“グングニル”の接近に気付いた。彼女はカンタベリー十字を振るって、
――Adversa virtute repello/私は逆境を勇気によって跳ね返す――
全方位に干渉防御を展開する。また防御できると思っていたプリンキピウムだった。だがその考えは甘かった。20の“グングニル”は干渉防御に弾かれることなく、不可視の障壁を突破しようと突き刺さる。プリンキピウムの表情が驚愕に染まる。彼女は自分の干渉防御に絶対の自信があったのだ。
「私が人間だった頃より共に歩んできたグングニルと魔術だ。そこに守護神の干渉能力を付加した。そう易々と防ぐことはできないぞ」
天秤が誇らしげに言う。人間だった頃より。つまり彼は自分が人間でない事をハッキリと告げた。しかし天秤とプリンキピウムの間に、そのような事実など無意味だ。
「人間の創った魔術如きが、最上位存在である霊長の審判者のあたしを傷つける?」
「元人間である私も、今は貴様と同じ最上位存在である界律の守護神だぞ? 人間の創った魔術とはいえ、干渉付加有りだ。貴様にでも十分通用する。さぁ覚悟しろ、プリンキピウム。その体に風穴を開けてやる」
プリンキピウムの言った“霊長の審判者”。それは正しくあらゆる存在の上位に位置することに変わりはない。天秤の言った“界律の守護神”もまた同様に、あらゆる存在の上位に位置づけられる。
“界律の守護神テスタメント”。
あらゆる次元に存在する無数の世界、その意思たる“界律”からの助力要請で、その“界律”へと召喚され、召喚された理由である契約を執行する抑止力。霊格に関しては神霊クラスと同等。神殺しの契約内容によってはそれすら上回る。
喚ばれた世界に住まう存在とは一切関わらず、契約を執行するのが普通となる。契約内容によっては、世界や人類、文明などを滅亡させる場合もあるが、それは“界律”によって望まれた結果ゆえ、正否はともかくとして“守る”という理由あるものだ。だが・・・
「ぷふっ、調子に乗ってんの天秤? このくらいで? あはっ♪ 人間は一匹残らず殺し、文明など残さないっ。だから、あんたの魔術も抹消対象っ! つまり魔術なんかであたしを傷つけることなんて許さないんだからっ!」
“霊長の審判者ユースティティア”。
名の通り霊長――人類に対して審判を行い、結果如何に関わらず一方的に殲滅しようと言う概念存在。
その理由は、人間が存在するだけで苛立たしいから、だ。しかしその理由には実は意味が存在している。
それは人類の在り方だ。人類は人間同士で奪い、争い、殺し合うという愚行を飽くことなく続ける。その愚行が人類だけの範囲に留まれば、彼女ら“霊長の審判者ユースティティア”も文句はない。
しかしその愚行が他の生命、果てには世界の滅亡までに行き着いてしまう事が多々ある。それを許せないのが“霊長の審判者ユースティティア”だ。ゆえに他の生命に影響が出る前に、人類の勝手で世界が滅ぶ前に、という考えの末に人類を一方的に殲滅する。
片や世界も人類も他の生命も、守りもすれば守るために滅ぼしもする“界律の守護神テスタメント”。
片や世界と他の生命のためにという理由で人類のみを滅ぼすだけの“霊長の審判者ユースティティア”。
どちらが正しくて、どちらが間違っているのか。話し合いなどという机上の戦争はすでに終わっている。その2つの概念存在は、ただお互いの目的のために衝突を何度も繰り返す。もうそれしか道を知らないから。それ以前にその道しか無いからだ。
「許可は下りている。貴様たちはまた人類を滅ぼしたな。その世界の人口は約140億。だったのに一人として生存者がいない。よくもまぁ派手にやってくれたな。だからこそこうして、その世界の意思・界律の契約によって、我々テスタメント四柱が召喚された。契約内容は、ユースティティア・ナンバーⅠ始原プリンキピウム。貴様を筆頭とした、断罪ダムナティオ、真実ウェーリタース、恩寵グラーティアの計4体の抹消だ」
「うっっざぁ~い。あたし達ぃ、その世界のために人間を殺しただけなのにさ。その世界の人間、もうちょっと放っておくと世界大戦おっ始めるとこだったんだよ? そうなったら、犬さんや猫さん、鳥さんや魚さん、虫さんやお花さん、色んな命も死んじゃってた。世界だって無傷で済まない。そうなる前に人間を殺し尽くした。悪い事じゃないじゃん」
プリンキピウムは頬を膨らませる。自分たちは間違っていないと。殺されるような事を仕出かそうとしていた人類の方が悪いのだと。天秤は「結果を早急に導き過ぎだ」と大きく溜息を吐き、20の“グングニル”の突撃力を増加すると、徐々にプリンキピウムの干渉防御を侵食していく。
「うざいうざいうざい・・・うざいんだよっ!」
「我、界律の守護神が一柱、天秤の狭間で揺れし者4th・テスタメント・ルシリオン。我が御名と権限において、始原プリンキピウムへの断罪をここに執行する」
天秤――黒き第四の力に座す4th・テスタメント・ルシリオンは、左手に携えている“第四聖典”の投擲体勢に入った。プリンキピウムも干渉防御の中で、手にする真紅のカンタベリー十字を水平に構えた。
――Divide et impera/分割して統治せよ――
――汝よ敬え、汝よ崇めよ、汝よ称えよ、汝よ祈りて、ただ跪け――
テスタメント・ルシリオンが“第四聖典”を投擲。漆黒の光の尾を引いた“第四聖典”がプリンキピウムの干渉防御に着弾。不可視だった干渉防御に揺らぎが生まれ、可視化する。役目を終えた“第四聖典”が手元に戻ってくる。その直後、20の“グングニル”はプリンキピウムの干渉防御を突破し、プリンキピウムの矮躯を蹂躙した。
首から下に無傷なところはなく、だが貫かれた傷口より漏れるのは血液ではない。虹色の光の粒子だ。傷口より光粒子が漏れだすたびにプリンキピウムの輪郭が徐々に崩れていく。“グングニル”が貫いている傷口から多くの光粒子が解離していき、崩壊が始まっていく。プリンキピウムの終焉だ。
「・・・・こんな芝居などする必要は無いぞ、プリンキピウム」
しかしテスタメント・ルシリオンはそう言い、崩れていくプリンキピウムとは別のところに視線を移す。それに対し何の反応もないまま、“グングニル”で貫かれていたプリンキピウムが完全に崩壊、消滅する。貫いていたモノを失った“グングニル”はすべてテスタメント・ルシリオンの周囲へと戻り、蒼い魔力となって大気に霧散していった。
「干渉能力で創られた贋物というくらい判断が付いている。テスタメントもユースティティアもよく使う手だ。私もかつての契約で使ったことがある」
するとどこからともなく「やっぱり騙されてくんないか」という、プリンキピウムの声が空に響き渡る。
そう、テスタメント・ルシリオンの言う通りプリンキピウムは生き伸びていた。
干渉能力はまさに神の奇蹟。自我を持った分身を創る事も容易い。プリンキピウムは“グングニル”に貫かれる直前、自分に重なるように分身を創りだし、“グングニル”の着弾0,000000000001秒前という時間の中で次元の狭間である位相空間へ転移し、直撃を避けていた。
「油断していたところで、この第七偽典で消し飛ばしちゃおうと思ったんだけど」
「ユースティティアを相手に油断などするものか。特に貴様に対してはなプリンキピウム」
姿を再び現した始原プリンキピウムは真紅のカンタベリー十字“第七偽典”を構え、天秤の狭間で揺れし者4th・テスタメント・ルシリオンもまた漆黒のケルト十字“第四聖典”を構えた。
「それじゃあ第二ラウンド――」
――Memento mori/死を記憶せよ――
「――始めッ♪」
プリンキピウムが“第七偽典”を薙ぐと、それは綺麗な真紅の干渉砲撃を扇状に44条と放つ。砲撃群は曲線を描き、テスタメント・ルシリオンへと殺到しようと軌道を変える。
――軍神の戦禍――
対するテスタメント・ルシリオンは、自分の周囲に千は超える剣・槍・鎌・斧などと言った武器を展開。そのどれもが強大な“力”を有しており、そこに干渉能力を付加することでさらに威力を高めてある。それらが一斉に、
「蹂躙粛清!」
テスタメント・ルシリオンの号令に従い射出された。
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天秤の狭間で揺れし者4th・テスタメント・ルシリオンと始原プリンキピウムの戦場より遠く離れた場所。そこは海上だ。とは言っても誰もが知る澄み渡る青ではなく、泥や廃棄物で汚れてしまっていて透明度など無い。
「ギャハッ! オラオラオラッ、とっとと逃げねぇと喰われちまうぜッ!」
品の欠片もない笑い声を上げているのは、黄金のキャソックとフード付きの外套姿の男だ。フードから覗く顔はなかなかの美青年だ。しかし表情は酷い。狂喜に目を見開き、口を三日月形に歪めている。右手に携えているのは、2mくらいの黄金のロレーヌ十字架。
その全てが黄金一色の男の周囲に浮かぶ波紋が七つ。波紋より七頭の龍が突き出していた。七頭の龍は巨大で、胴周りは約900m強。それらの龍の胴は全体でもないというのに、その長さは2kmはある。
「くっ、さすがは死と絶望に微笑む者か・・・!」
その7頭の龍が大きく開けた口より逃げるのは、これまた竜だ。
2対の翼を生やしたどす黒い血の色をした竜だ。鋭角な頭、2つの鋭い瞳はサファイアのように蒼く、並ぶ牙は水晶のような美しさがある。背には牙と同じ水晶のような尖塔がいくつも並び、背ビレであるソレはまるで山脈のようだ。全長は1.5km強。翼を広げての全幅は2kmほどの大きさだ。大きく翼を羽ばたかせ、迫りくる七頭の牙から逃れようと曇天を翔け回る。
「そうともっ。さっさとその汚らしい血色の身体に刻み込めよっダムナティオよぉっ! 死と絶望に微笑む者2nd・テスタメント・ティネウルヌスの名をッ!」
テスタメント・ティネウルヌスは高笑いし、自らの使い魔である龍に喰われようとしている血色の竜・断罪の意を持つダムナティオを舐めまわすように見る。ダムナティオはテスタメント・ティネウルヌスの通り名「“嘲笑”風情が!」と怒りの咆哮を上げる。
「我は霊長の審判者がナンバーⅩ断罪ダムナティオ! そう易々と狩れると思うなッ!」
――Qui parcit malis, nocet bonis/悪人を許す者は、善人に害を与える――
水晶の尖塔群という背ビレから発射される白い光弾。その数は無数。それらが7頭の龍へと殺到していき着弾、白い爆光が空を染め上げる。ダムナティオは急反転し、なおも治まらない爆光へと大きく口を開く。口内にあるすべての牙が輝きだし、口内の中央に白い光球が発生。
――Memento mori/死を記憶せよ――
放たれる白い火炎砲撃。爆光が爆炎に塗り替わる。ダムナティオはさらに火炎砲撃を撃ち込む。もう一度大きな爆発が起きる。
「ハハ、ハハハハハ。燃えろ、燃え尽きてしまえ」
黒煙の下から、火炎砲撃の直撃を受け炭化してしまっている龍が海面へと落下していく。だが、「惜しかったなぁぁっ!」とテスタメント・ティネウルヌスの狂喜の叫びがこだまする。黒煙の中から2頭の龍が突き出してきた。しかし無傷ではなく、所々が崩れている。それでもダムナティオを喰い殺そうと牙を光らせる。
「死に体ごときが我を捉えられるものか」
――Qui parcit malis, nocet bonis/悪人を許す者は、善人に害を与える――
背ビレから無数の光弾が再び発射され、迫る2頭の龍を迎撃。2頭の龍はダメージを物ともせずに突っ込んでくるが、やはりすでに瀕死だったゆえ、苦痛の悲鳴を上げながら落下していく。曇天の下、テスタメント・ティネウルヌスと断罪ダムナティオのみでの対峙。
「チッ。もっと根性見せろよな。俺の使い魔ならよ」
「責めてやるな嘲笑。霊長の審判者たる我を相手にただの龍属なりに頑張ったのだ。褒めこそすれ責めるのはお門違いというものだ」
ダムナティオが先程まで自分を喰い殺そうとしていた龍に称賛を贈る。結果は見えていた。ただの龍と竜の姿をしているだけの最高位の概念。それゆえにどれだけ追い回されようとも結果的に負けるなどとは考えていなかった。
「フンッ。そうだな。確かに責めるのは間違いだな。何せ――」
ダムナティオはテスタメント・ティネウルヌスの凶悪な笑みを見、すぐさまその場から離れようとした。だが全てが遅かった。何も無い虚空に4つの波紋が生まれる。3つは先程までの七頭の龍と同じ大きさ。しかし残り1つの波紋は違った。巨大過ぎる。他3つの波紋の倍はあるだろう。4つの波紋より出でるのはやはり龍。
「――こうしてお前を喰い殺すことが出来るマザーを召喚できるんだからな」
「ぐぉっ!」
3頭の龍がダムナティオの左右の翼と尻尾に齧り付く。咬まれた部分より虹色の光粒子が血飛沫のように漏れだす。龍はそのまま口の開閉を繰り返し、ダムナティオを噛み続ける。ダムナティオも「放せッ!」ともがくが、がっちり噛みつかれていて抜け出さない。ブチブチグシャッと音を立て、右の巨翼が噛みちぎられ、光粒子となって霧散する。
「あーあ。急がねぇから食いちぎられたぜ、オイ」
「貴様・・・!」
――Noli me tangere/私に触れるな――
ダムナティオの背ビレである水晶群が勢いよくミサイルのように発射される。それらが3頭の龍の胴体を貫いていく。3頭の龍は苦痛に絶叫し、血反吐を吐きながら悶え苦しむ。ダムナティオは笑い声を上げ、離脱を試みた。しかし先程の攻撃が自らの首を絞めるとは思ってもいなかった。最後の一頭、龍たちの母龍の、もう治まることのない怒りを買ってしまっていた。
「あばよダムナティオ。お前の負けだ」
そしてそれこそが、テスタメント・ティネウルヌスの狙いだった。龍の女王たる者の怒り。その“力”は今の弱まっているダムナティオとほぼ同等。それゆえに“ユースティティア”であるダムナティオに致命傷を与えることが可能。
「ぐぉあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!」
だからこそ、ダムナティオが龍の女王に噛みつかれ、下半身を一噛みの下に失った。反撃に転ずることも許されず、ダムナティオは龍の女王に丸呑みされて、粉砕された。ダムナティオの断罪を終え、テスタメント・ティネウルヌスは龍たちの召喚を解く。
「2nd・テスタメント・ティネウルヌス、契約をそつなく執行完了っと」
曇天に1人残された彼は、首をコキコキ鳴らしつつそう告げ、その姿を消した。
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文明の名残、廃れた建造物群が地上に広がる空にてぶつかり合う真紅と緑色、2色の光。衝突しては離れてまたぶつかり合い、すぐに離れてはまたぶつかり合うというのを繰り返している。
「相変わらずやるじゃんっ、ウェーリタースの概念は♪」
「あなたも実にお強い。7th・テスタメント・ルフィスエル」
真紅。ルフィスエルという名の少女だ。150cm前半程の身長。雪のように白い肌。ルビーのような紅の瞳。空色のショートヘア。真紅のキャソックとフード付きの外套を着用し、右手に真紅のカンタベリー十字型の錫杖“第七聖典”を携えている。
緑色。“真実ウェーリタース”と呼ばれた青年。180cm程の身長。黄色い肌。ガラスのように透き通った黒色の瞳。サラサラな黒髪。ハンターグリーンの軍服。古びた階級章からして中尉だ。
――Ut radios edit rutilo/光を発するごとく――
ウェーリタースが左腕をテスタメント・ルフィスエルへと伸ばすと、彼の左腕の周囲に緑色の光の筒が18と発生。それが勢いよく回転し始め、ガトリング砲の如く18の筒の先端より無数の弾丸が高速発射された。弾丸全てが虚数干渉で構成されている。ゆえに直撃は致命だ。テスタメント・ルフィスエルは位相転移で回避しつつ、30階建ての廃墟ビルへと飛翔。
「どっっっせぇぇーーーーーいっ!」
そして携える“第七聖典”を廃墟ビルの外壁に突き刺し、廃墟ビルを地面より引っこ抜く。そのまま「うぉぉおおおりゃぁぁあーーーーーッ!」とブン回し、ウェーリタースへと廃墟ビルを放り投げる。廃墟ビル全体に干渉能力が付加されているため、ウェーリタースでも直撃は避けたい。
しかし何を思ったのかウェーリタースはその場から動かず、ミサイルのように突っ込んでくる廃墟ビルを見据えたまま。両手を組み、身体を捩じり振りかぶる。そして迫ってきた廃墟ビルへと全力スイングでの両拳を打ち込んだ。ドガンッ!と轟音。ウェーリタースは真っ向からの破壊を選んだのか? 違う。
「わぁお、返ってきたっ!」
そう、弾き返したのだ。テスタメント・ルフィスエルへと返っていく廃墟ビル。しかも今度はミサイルのようではなくブーメランのように旋回しながらだ。ウェーリタースの両腕にそれぞれ18、計36の砲門を持つガトリング砲が創りだされる。
テスタメント・ルフィスエルの離脱後に撃墜するために待ち構えるのだ。だが彼女は回避に移らなかった。表情は満面の笑み。楽しくてしょうがないと言った風。
「ならお返しだッ♪」
振りかぶった“第七聖典”をフルスイング。突っ込んできた廃墟ビルに打ち込む。さらに回転を加えられた廃墟ビルがウェーリタースへと戻っていく。
テスタメント・ルフィスエルは「逃げるなよッ!」と挑発。彼は「くだらないです」と鼻で笑ったが逃げることなく、迫って来ていた廃墟ビルに蹴りを入れた。再度彼女へと戻っていく廃墟ビル。互いの干渉能力が拮抗しているからこそ出来るゲームだ。
少しでも干渉能力が負ければ、返すことが出来ずに直撃、大ダメージを受けてしまい、最悪消滅する。ちょっとした綱渡りだ。だがウェーリタースはもう付き合うつもりはない。戻っていった廃墟ビルを追う。いつでも攻撃が出来る体勢を整えたままで。
「面白いじゃんッ❤ どこまで続けられるか勝負だよッ♪」
テスタメント・ルフィスエルが廃墟ビルを打ち返そうと“第七聖典”を振りかぶる。彼女の視界いっぱいには高速回転して迫る廃墟ビルのみ。ウェーリタースは見えていない。彼が奇襲を狙っている事を知らずにフルスイングを実行。“第七聖典”が廃墟ビルにヒット。その瞬間、廃墟ビルが崩壊する。ウェーリタースのゼロ距離干渉攻撃によって破壊されたのだ。
「わっぷ!?」
いきなりの事態と膨大な砂埃や瓦礫の所為でテスタメント・ルフィスエルが僅かに動きを止める。砂埃と瓦礫で視界が潰されてしまう。彼女は位相転移でこの場からの離脱を選択。
しかしその前に、
「遊びが過ぎましたね、抹殺者」
テスタメント・ルフィスエルの目の前に現れたウェーリタース。彼は左腕で“第七聖典”を持つ彼女の右手首を掴み、右腕は彼女の腹にピッタリ付けられている。彼の両腕にあるガトリング砲が発光する。
――Ut radios edit rutilo/光を発するごとく――
直後に放たれる弾丸。ほぼゼロ距離だ。ウェーリタースの左腕のガトリング砲がテスタメント・ルフィスエルの右腕を強襲。そして右腕のガトリング砲は、彼女の腹部に押さえ付けられているようにしてある。
干渉防御が施されているとはいえゼロ距離だ。耐えきれるものではない。だからこそ待っている結果はただ1つ。ガシャァンとガラスが割れたような音。彼女の右の前腕が粉砕されてしまう。破壊面から漏れる虹色の光粒子。腹部はまだ耐えているが、いつ防御が貫かれるか判らない。
「こんの・・・!」
ここで初めてテスタメント・ルフィスエルの表情が笑みから別のものに変わった。怒りではなく焦りだ。負けるという焦りではなく、僅かでも遅れを取ってしまったことへの焦り。彼女は“界律の守護神”の真紅の第七の玉座に座する、上位なる神の抹殺者7th・テスタメント・ルフィスエル。お調子者だが、“テスタメント”としてのある程度プライドがある。それが穢されようとした。
「じゃあ遊びはもういいや」
そうボソッと漏らす。それはウェーリタースにも届き、彼は空いた左腕のガトリング砲をテスタメント・ルフィスエルの頭に向けつつ「なに?」と訊き返す。そこで撃っておけば良かった。
――滅せ滅せ傲慢なる神を。滅せ滅せ愚昧なる神を。滅せ滅せ価値無き神を――
砕かれた右腕と共に地上へ落下していた真紅のカンタベリー十字“第七聖典”が紅の光の尾を引きながら高速で戻ってきた。そのままウェーリタースの両腕を粉砕。間髪いれずにテスタメント・ルフィスエルは彼に全力の蹴りを入れ、間合いを開けさせる。
――Potentia sanat/力は療す――
よろめきながらもウェーリタースは両腕を再生する。それよりも早くテスタメント・ルフィスエルの右腕が再生し終えていた。その僅かな差を見逃さないテスタメント・ルフィスエル。彼女は手にした“第七聖典”でウェーリタースを殴打。殴打されたウェーリタースは「うごぉっ」と苦悶の呻き声を漏らし、大きく吹き飛ぶ。
――位相空間転移――
テスタメント・ルフィスエルの体がその場から忽然と消える。位相空間へと入り込み、吹き飛ばされているウェーリタースの向かう先に再出現して先回り。振りかぶっていた“第七聖典”をフルスイング。ウェーリタースは咄嗟に干渉防御で全身をコーティング。
その直後にヒット。ウェーリタースは干渉防御ごとまた吹き飛ばされた。テスタメント・ルフィスエルが位相空間転移で一瞬で先回り。しかしただ打たれるつもりもないウェーリタースも位相空間転移を実行。
――Ut radios edit rutilo/光を発するごとく――
――干渉砲撃――
そこから始まる位相空間転移からの奇襲攻撃の連続。互いの背後を取ろうと転移を繰り返し、運良く背後を取って攻撃を行うが、着弾させる前に転移で回避。
それを何十と繰り返したのち、終わりは突然訪れた。テスタメント・ルフィスエルが位相空間より現実空間へと再出現。0,000001秒遅れで彼女の背後に再出現したウェーリタース。
((勝った!))
互いに思うことはその一言。特にウェーリタースの思いが強い。それも当然のこと。何せジャストタイミングでテスタメント・ルフィスエルの背後に再出現出来たのだから。だが彼は気付くのが遅れた。テスタメント・ルフィスエルの右手に“第七聖典”が無い事に。
「ぐあっ!?」
ウェーリタースが呻き声を上げながら勢いよく反り返る。彼の腹から突き出ているのは真紅の杭・・・ではない。“第七聖典”の一角だ。それはテスタメント・ルフィスエルの策が見事に成功した瞬間だった。すべては彼女のシナリオ通り。わざとウェーリタースに背後を取らせたのだ。勝ったという思わせて余裕を持たし、その隙に遅れて再出現させた“第七聖典”でトドメを刺す。
「うぐ・・・おのれ・・・!」
ウェーリタースが自分を貫いている“第七聖典”を抜こうと両手で掴む。そこに「もう手遅れだよ」とウェーリタースの背後に位相空間転移したテスタメント・ルフィスエルが笑みを浮かべながら“第七聖典”に触れる。
――滅せ滅せ傲慢なる神を。滅せ滅せ愚昧なる神を。滅せ滅せ価値無き神を――
テスタメント・ルフィスエルの干渉能力が解放される。外からの干渉攻撃ならまだ防御が出来るウェーリタース。しかし今彼を貫いている“第七聖典”を通じて内部を直接攻撃されては一溜まりもない。位相空間転移で逃れようと思っても、実行できるほどの余力が無い。
「バイバイ、ウェーリタース」
「っ・・・ルフィスエ――」
テスタメント・ルフィスエルの名前を最後まで口にすることが出来ず、ウェーリタースは体の内部から崩壊し、ガシャン!と弾け飛んだ。
「よっし。7th・テスタメント・ルフィスエル。契約執行完了っ♪」
そう陽気な声で告げた後、テスタメント・ルフィスエルがすぅっと消えていった。
◦―◦―◦―◦―◦―◦
――イスクゥプリエーニイ――
雪が舞い降る雪原。地面より干渉能力が付加された光柱が何度も噴き上がり、雪原を這うように移動している巨大な白い狼を呑み込もうと大気を震わせる。
「クフフ。大人しくしてちょうだいグラーティア。楽に逝かせてあげるからさ」
一面銀世界の白の領域に響き渡る女性の声。
恩寵グラーティアと呼ばれた体長100m程の白き巨狼が雪の丘に紛れるように身を隠す。グラーティアの四肢の付け根にある4つの人面の目が開き、ルビーのように赤い瞳が敵の姿を確認しようとキョロキョロ動く。
警戒の最中、グラーティアが「我らは世界のために人類を狩る。それの何が悪い」と苛立たしげに語る。世界か人類か。それを天秤にかけ、選んだのが世界の存続。それが間違いではないと。グラーティアの言葉に対し、「気持ちは解らないわけでもないけど」と返す女性。攻撃も止んで静まり返る銀世界。その真白の世界に、声の主である女性がスッと姿を現れる。
「解るのなら見逃してもらいたいものだな、3rd・テスタメント・グロリア」
その女性――3rd・テスタメント・グロリアも雪と同じ白一色だ。
純白のキャソックにフード付きの外套という出で立ち。フードの奥にある顔も雪のように白く、黄金の瞳はまるっとしていて、優しい顔立ち。オレンジ色のセミロングヘアが白一色の中で際立っている。そして右手には2m近い純白のバートシス十字型の錫杖“第三聖典”。
「クフフ。残念。見逃さずに断罪しろっていうのが、今回のアタシ達の契約だから」
テスタメント・グロリアがキョロキョロと周囲を見回し、グラーティアの姿を捜す。互いに白一色の姿なため、雪が降り積もってしまっているこの銀世界では視認し辛い。ゆえに取る手段はたった1つのみ。
――ズィムリアー・アビタヴァーンナヤ――
――Audi tellus/聞け、大地よ――
地面が大爆発を起こす。実数干渉で地面を破壊し、ダメージを与えるために瓦礫に虚数干渉を付加している。雪が粉塵となり大気に満ち、1m先も見えないほどに視界が潰れる。どこにいるのか判らないのなら、周囲一帯を破壊してしまえば良い。そうすればピンポイントで相手を狙う必要もない。
それがテスタメント・グロリアの作戦だった。しかしこれにはデメリットがある。これで決着しなければ、さらに視界不良となって互いの位置が判らなくなる。が、それはテスタメント・グロリアに限ってだけのこと。
(このまま食い千切ってくれるわ・・・!)
グラーティアが動く。位相空間へと入り込み、テスタメント・グロリアの足元の座標へと進む。位相空間から現実世界への再出現に要する時間は約0,00000001秒。大きな口を開け、テスタメント・グロリアの足元より出でる。テスタメント・グロリアの表情が驚きに染まる。その瞬間、
――In me transierunt/我によりて死する者は――
グラーティアに呑み込まれた。ひと思いにパクっと丸のみだった。何故グラーティアはテスタメント・グロリアの居場所が判ったのか。それはグラーティアの姿に関係している。狼だ。当然嗅覚に優れている。
グラーティアはテスタメント・グロリアと同じように地面を爆破した。だがそれは彼女のように敵を斃すためではなく、視界封じのためだ。これで決着かと思われた。しかし、
「よっこらしょ」
グラーティアの口が大きく開かれる。もちろんグラーティアの意思ではない。テスタメント・グロリアを護るように展開された球状の干渉防御結界。グラーティアは力を入れ、干渉防御ごとテスタメント・グロリアを噛み殺そうとするが、干渉が付加された牙でもなかなか突破できない。
「祈れ祈れ、逝き先が楽園であれと。願え願え、苦無く逝けるようにと」
テスタメント・グロリアは手にしている“第三聖典”を胸の前に掲げた。グラーティアの全身に悪寒が奔った。どうにかしようと首を大きく振り回す。しかし結界にがっちり牙が食い込んでいる所為で吐けない。
それだけではない。結界が徐々に大きくなっていっている。グラーティアはこの後に待ち構える結末を思い、顎に力を込め破壊に全力を注ぎ始める。テスタメント・グロリアの結界が歪み始める。
「クフフ。結構結構。もうしばらく頑張れば、口が裂けて真っ二つなんて結末は防げるかもね♪」
ここでテスタメント・グロリアが結界からすり抜け出てきた。彼女は「悔い改めよ♪」と歌うように言いながら、グラーティアの四肢の付け根にある人面を“第三聖典”で破壊した。グラーティアが声にならぬ悲鳴を上げ、立っていられなくなったのかその場に伏せてしまった。
「クフフ。さよならグラーティア」
テスタメント・グロリアはグラーティアの首根っこに跨り、体いっぱいを使って頭を掴み一気に捻った。ボギッ!と嫌な音が響く。首をへし折った音だ。本来は下に位置する顎が空に向いている。180度捻られたグラーティアの頭部。テスタメント・グロリアはトドメを言わんばかりに“第三聖典”をグラーティアの首に振り下ろし、頭部と胴体を分断した。恩寵グラーティアの最期だ。無数の虹色の光粒子となり、グラーティアは消滅した。
「クフフ。契約執行完り――っとその前に、ルシリオンは大丈夫かな?」
テスタメント・グロリアはテスタメント・ルシリオンを心配し、位相空間転移で彼のとプリンキピウムの戦場へと向かった。
◦―◦―◦―◦―◦―◦
荒野に片膝をついている4th・テスタメント・ルシリオン。
漆黒の外套は見るも無残に破れ、すでに外套としての機能を果たしていない。外套のフードが脱げて、テスタメント・ルシリオンの顔をさらけ出している。それは綺麗な銀髪だ。膝裏まで伸びている銀の長髪が風で踊っている。
「はぁはぁはぁ、ここまで弱まってしまっているのか私は・・・!」
漆黒のケルト十字“第四聖典”を支えに倒れこまないようにして、悔しげに顔を歪ませている。そんなテスタメント・ルシリオンを空から見下ろす始原プリンキピウム。彼女もまたテールアップだった赤い髪が解けていたり、エプロンドレスの所々が破れて柔らかそうな素肌を晒していたりとボロボロだが、まだまだ余力を残しているようだ。
「確認したよ。天秤はやっぱり弱くなってる。そりゃそうよね。時間的概念で言えば約1万8千年。そんな長期に亘ってテスタメントをやってんだもん。人間の精神が良く保ってるよ。人間の魂ですらそこまで保たないのにさ」
プリンキピウムが拍手する。称賛と馬鹿にしているのと半分の思いで。テスタメント・ルシリオンは両足に力を込め立ち上がり、プリンキピウムを睨みつける。黒き第四の座。それは“テスタメント”最強の証だ。いや今では、だった、が正しい。確かにテスタメント・ルシリオンは最強だった。しかしそれも過去のこと。
「まだ終わってないぞプリンキピウム。私は・・・私はまだ・・・戦えるッ!」
――光神の調停――
地上のテスタメント・ルシリオンと天上のプリンキピウムの間に発生する蒼い光球。その光球を中心として2点で組み合わさり球体状となっている7つの円環が現れ、回転し始める。光球が徐々に大きくなっていき、円環の回転速度も上がっていく。ここでプリンキピウムが動く。真紅のカンタベリー十字“第七偽典”を振りかざし、光球と円環の破壊を行うために。
しかし、
「殲滅粛清!!」
テスタメント・ルシリオンの号令と同時に、直径10m程となった光球より全方位へと向けて特大砲撃が放たれ始めた。あらゆる方向へ断続的に放たれ続ける蒼の砲撃。まさに無差別な攻撃だ。プリンキピウムは接近を断念。位相空間転移も考えたが、再出現の際に運悪く射線上に出る可能性があるからだ。
地面に着弾した砲撃は、巨大なドーム状の衝撃波となって地上を蹂躙していく。テスタメント・ルシリオンは位相空間転移を実行。手を拱いているプリンキピウムの頭上へと移動した。再出現したと同時に“第四聖典”を振り下ろす。が、
「そんなフラフラで接近戦って馬鹿じゃないの?」
プリンキピウムが頭上に“第七偽典”を水平に掲げ、“第四聖典”の一撃を受け止めた。そこからは一瞬。“第四聖典”を捌いたプリンキピウムは、体勢を崩したテスタメント・ルシリオンを殴打。“第七偽典”は彼の脇腹をごっそり抉って粉砕。抉られた部分より虹色の光粒子が血飛沫のように解離していく。プリンキピウムはトドメを刺すために“第七偽典”を振りかぶる。
「ほら、こんなにアッサリと決ま――ほぇ?」
――クリシシエーニイ――
しかしその時、プリンキピウムを薙ぎ払うかのように発生した光の鞭。プリンキピウムは直撃を受け、右肩から左腰に掛けてバッサリと裂かれた。
「クフフ、ストップストップ。それ以上は許さないよ」
テスタメント・ルシリオンを抱え支えるように姿を露わしたテスタメント・グロリア。小声で「もう大丈夫よ」とテスタメント・ルシリオンに微笑みかける。そして傷口を押さえて崩壊の進行を抑えているプリンキピウムに“第三聖典”を突きつける。
「もう感知してると思うけど、残っているのはあなただけだよプリンキピウム」
「ぅぐ・・・。星狩りが出てきた時点である程度予測がついてた。あーあ、テルミナスやフォルトゥーナ辺りに怒られそうだなぁ、今帰ったら」
負ったダメージを瞬時に回復し、プリンキピウムがやれやれと言った風に肩をすくめる。
「だったら帰らなきゃ良いじゃない。クフフ、ここで死んじゃえば良い」
――ピルヴァロードヌイー・グリエーフ――
――Angelus iustissime, ora pro nobis/いと正義なる天使アンジェラス、我らの為に祈り給え――
二柱と一体の間で炸裂する強大な干渉攻撃。空を染め上げる強烈な閃光。プリンキピウムはそれを隠れ蓑として位相空間転移、離脱を図った。テスタメント・グロリアはそれを察知し、干渉攻撃を撃ち込むが手遅れだった。閃光が治まった時、そこにプリンキピウムの姿は無かった。
「すまないグロリア。私がもう少し粘っていれば――」
「クフフ。気にしない気にしない。困った時は助け合い♪ それが人間のルールなんでしょ? だったらもっと頼ってちょうだい」
テスタメント・グロリアはテスタメント・ルシリオンの唇に人差し指を押しあて、彼の謝罪を黙らせる。ニコニコ笑顔を振りまいて「ほら、契約執行完了だよ」と言って、その姿を消した。テスタメント・ルシリオンもまた「感謝する。契約執行完了」とボソッと告げて、その姿を消した。
◦―◦―◦―◦―◦―◦
全てが白に染まる広さも何も判らない空間。
ただその空間にあるのは、淡く碧く輝いている直系5m近い光球と、その光球を囲むようにして存在している11の玉座。
玉座1つ1つで色が違い、背もたれの上にそびえ立っている十字架の形も様々だ。
そしてその玉座に座っている11の人影も、それぞれ色違いの外套を羽織っている。
ここは“神意の玉座”――またの名を“遥かに貴き至高の座”――と呼ばれる最高位次元。
あらゆる世界の意思“界律”が交差する、全てが在って、全てを識る究極の根源だ。
「お疲れ様です、ルシリオン様」
「マリア・・・、ああ、ありがとう」
漆黒の玉座に座している4th・テスタメント・ルシリオンに労いの言葉を贈るのは、桃花色の玉座に座している少女。
名をマリア。5th・テスタメント・マリアだ。桃花色のキャソックとフード付きの外套姿。10代前半の幼さの顔立ち。金糸のような髪、アメジストの様な艶のある紫色の穏やかな瞳。玉座の背もたれに掲げられているのはラテン十字“第五聖典”だ。
「やはり限界が近いのでしょうか?」
テスタメント・マリアはテスタメント・ルシリオンの辛そうな顔を見て、彼の現状を察してそう尋ねる。
「おそらく。先程の契約で、分身体はプリンキピウムに負けた。かつてなら勝てていた相手だ。しかし今回は・・・。どうやら本体の終焉が近いようだ」
テスタメント・ルシリオンは左手を額にやり弱音を吐いた。しかしすぐさま「弱音など私らしくないな」と微苦笑。しかし参っているのには違いない。
「マリア。君の調子はどうだ? 私と同様、魂ではなく精神だ。すでに崩壊の兆しが見えていてもおかしくない」
「私ですか? 私はルシリオン様のように酷い契約は受けていませんから。まだ余裕がありますよ」
テスタメント・ルシリオンを安心させようと、テスタメント・マリアが笑顔を浮かべる。テスタメント・マリアの偽り無い笑顔に、「そうか」と安堵の息を吐く。
“界律の守護神テスタメント”。そのメンバーは基本あらゆる次元と世界の神や精霊、天使。もしくはそれに並ぶ悪魔や魔人の魂だ。
死後に“神意の玉座”の意思によって選定され、“テスタメント”に迎え入れられるのだが、ごく稀に人間の魂も選定される。しかし人間の魂は脆く、時間という概念から切り離された“テスタメント”であっても魂に老いが来る。魂が限界に達し崩壊すれば、輪廻転生が行えずに永遠の無を彷徨うことになる。
「すまないな、ここまで付き合わせてしまって」
「いいえ。テスタメントになったのは私の意思。ですから気に病まないでください」
そうなる前に“神意の玉座”より魂が解放され、来世を迎えるために輪廻転生を行う。それが普通だ。しかしテスタメント・ルシリオンとテスタメント・マリアは例外中の例外だ。メンバーはまず死後に“テスタメント”となる。だがこの二柱はまだ死んでいない。
存命中に“テスタメント”になったのだ。だからここ“神意の玉座”に在る二柱は、魂よりさらに脆い精神である。それゆえに現在の二柱は崩壊に近い危うい存在なのだ。テスタメント・ルシリオンの弱体化もそこに起因している。
「あ、これって・・・・『あの、ルシリオン様』」
『リンク? どうかしたか?』
テスタメント・マリアからの突然のリンク――“テスタメント”間用の念話――に、テスタメント・ルシリオンは訝しんだ。契約執行中でならリンクが送られて来てもおかしくはないが、“神意の玉座”でリンクはまず送らない。何せ目の前に居るのだから、リンクではなく口で話せばいい。わざわざリンクで話すということは、他者に聞かれたくない内容だということだ。
『ルシリオン様がテスタメントをやっているのは、堕天使エグリゴリという連中の所為でしたよね?』
『・・・・ああ。そうだ』
テスタメント・ルシリオンの表情から温かみが消える。代わりに浮かんだのは悲嘆、焦思などと言った沈んだものだ。テスタメント・マリアも釣られ表情に暗い陰を落としたが、気を取り直して告げる。
『分身体の契約先の世界に、ルシリオン様が使う魔法陣と同じモノを扱う男性が――』
「本当かっ!?」
大声を上げ、勢いよく立ち上がるテスタメント・ルシリオンに視線が集中する。テスタメント・マリアと一部を除く他“テスタメント”の疑問に満ちた視線が集まるが、彼は気にも留めず彼女へと詰め寄っていく。
「どこだっ! 教えてくれマリア!」
テスタメント・マリアの細い肩に両手を置いて問い質す。テスタメント・グロリアが「ちょっとルシリオン!」と止めに入った。それでもテスタメント・ルシリオンは「頼むマリア!」と懇願する。
「落ち着いてくださいルシリオン様。私が召喚しますから」
“界律”からの契約が無い場合、その“界律”に召喚されている“テスタメント”によって召喚という術がある。それを聞き、テスタメント・ルシリオンはようやく手を離し、「ありがとう、マリア。恩に着る」と深々と頭を下げた。
「いいえ。私にも関係することですから」
「結局はどういうこと?」
話が見えず、そう小首を傾げるテスタメント・グロリアに、テスタメント・ルシリオンとテスタメント・マリアは「秘密だ」「秘密です」と答えた。テスタメント・ルシリオンとテスタメント・マリアの“テスタメント”脱退が係っている話だ。
上位の“霊長の審判者ユースティティア”に後れを取るとはいえ、通常の契約であるなら何も問題ない二柱。それが一度に抜ける。それを“神意の玉座”が黙って見過ごすわけもなく。何かしらの妨害があると見た二柱。だからテスタメント・マリアはリンクを使ったのだ。
「ではルシリオン様。愚者と賢者は紙一重5th・テスタメント・マリアが、天秤の狭間で揺れし者4th・テスタメント・ルシリオンを召喚します」
テスタメント・マリアが告げる。玉座に戻ったテスタメント・ルシリオンが息を吐き、「召喚を承認」と目を閉じる。彼の意識の欠片と分身体が玉座より解離、テスタメント・マリアの導きの下、召喚先の世界へと送られた。
こうして始まる、4th・テスタメント・ルシリオンの最後の契約。
彼を待ち構えているのは悲劇と絶望のみか。それとも・・・・
後書き
この小説はルシリオンが主役です。前作はシャルロッテでしたが。
そんな主役ルシリオンさんの真実の側面の一つ目を今話にしました。『界律の守護神テスタメント』ですね。
そして次回は、彼のもう一つの側面である『魔術師ルシリオン』を紹介します。
そこから本編へと入っていきます。前作からの方には今さらかと思いますが、やはり新規作品ということで、主役ルシリオンの事を書きたく思いまして。
それでは、ようやく?始まったANSURの最終章『堕天使戦争完結編』
次回もお越しいただけることを切に願って。
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