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魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~

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ようこそ☆ロキのロキによるお客様のための遊戯城へ~Ⅸ~

 
前書き
????戦イメージBGM
英雄伝説 零の軌跡『Arrival Existence』
http://youtu.be/246HEYzSTXc 

 

†††Sideフェイト†††

なのは達が戻ってきた。なにもペナルティーを受けてる様子はない。クリア出来たんだ、よかった。でもかなり疲れてる様子。激しいお題だったみたい。なのは達を見ていると、私の視線になのは達は気付いて、手を振ってきた。手を振り返すと、疲れてる顔を笑顔に変えてまた手を振り返してきてくれた。

「見事お題をクリアできたようね。じゃあ次は、黄チーム・・・だよね?」

「あ、はい」

「貴女は・・・ルシルの彼女さんだね。どうぞ、幸運があらんことを」

シェフィリスさんからサイコロを受け取り、「ありがとうございます」ってお礼を言ってからサイコロを放り投げた。コロコロ転がって、数字の目を上にして止まる。

「16ね。じゃあ16進んでね」

「みんな、行くよ」

エリオとキャロ、シャマル先生とザフィーラ、そしてスバルとティアナに声を掛ける。全員で頷き合って、はやて達に「頑張って!」って見送られながら螺旋状のマス目の道を歩き上がっていく。目的の16マス目に向かう途中、11マス目に居るなのは達と合流。

「あ、気を付けてフェイトちゃん。アンスールが普通のお題でも出てくるから」

「え、そうなの? じゃあ疲れてる顔してるのって・・・」

“アンスール”の誰かと戦ったからなんだ。それなら疲れて当然かな。特にヴィータがうんざりしたように肩を落として「あたしら、シエルとカノンと戦って、それはもう酷い目に遭ったんだよ」って大きく溜息。シエルとカノンって、ルシルの実の妹と弟子だったよね・・・? ルシルをチラッと見ると、

「ヴィータとリエイスのユニゾン形態は、シエルを相手に時間切れで引き分け。カノンと戦ったなのはとヴィヴィオとアインハルトとコロナとリオは、ヴィヴィオ以外が撃墜。ヴィヴィオは一人カノンの懐に入り勝利を収めたという結果だ」

「す、すごい! カノンさんってすっごく強いんだよねっ?」

「あ、でも完全に勝ったわけじゃないんです。勝ちを譲ってもらったというか」

カノンさんに勝ったっていうヴィヴィオに、スバルが興奮。でもヴィヴィオはあまり嬉しそうじゃない。勝ちを譲ってもらった、っていうのが原因みたい。するとルシルが「カノンに気付かれずに背後を取った。それだけで十分誇れることだぞ」ってフォローを入れて、ヴィヴィオの頭を撫でる。

「ヴィータとリエイスも。時間切れとは言え、シエルを相手に粘り、負けなかった。なのはとコロナとリオとアインハルトも、ヴィヴィオの勝利へ繋いだ。すごい事だ」

「そうよね~。負けなかったって時点でもうすごい事よね」

シャマル先生もうんうん頷いて、シエルさんとの引き分け、カノンさんに勝利した青チームのみんなを労う。そこにティアナが「あの、ルシルさんは一体何を?」と訊いた。そういえば、ルシルだけ何もやってないよね、今の話だと。

「私か? 私はアリスと戦っていた。お題のクリア条件である魔道書の奪取。アリスが魔道書を持っていて、クリアするために一戦交えた」

「アリスさんって確か・・結界王・・? ルシルさんに初めて黒星をつけたっていう」

「まあな。だが今回は勝ったぞ。だからクリア出来たんだ」

キャロがおずおずと訊いて、ルシルは苦笑しながら応えた。たった一つのお題で三人のアンスール、か。私たちのお題でも複数のアンスールが出てきたとしたら・・・。ダメ。どんなお題の内容でも勝てる気がしない。特にフノスさんとイヴィリシリアさん、そしてステアさん。
フノスさんは、次元世界が創られた元凶“ラグナロク”を、ルシルの助力があったとはいえたった一人で撃滅、封印した大英雄。イヴィリシリアさんは、連合の中で最強の剣騎士と謳われたシャルに打ち勝った程の実力者。ステアさんは、セシリスさんと同じ炎熱系最強の術者で、策略においては最高の頭脳、創世結界も持ってる。

(フォルテシアさんとジークヘルグさんも途轍もない実力者だし)

それに、シェフィリスさん。氷雪系最強の魔術師。同じ氷雪系のヨツンヘイム術者なんて目じゃないほどの強大な・・・。陰鬱な空気を纏いながらなのは達と別れて、16マス目へと歩を進めて・・・到着。すると、

『天の山なるヒミンビョルグに招かれた客人たちよ・・・ぷふふ、ふふふ。・・・あー、残念。我が儘な女王さまのゲームを受けないといけなくなっちゃった。女王さまと楽しくゲームして、頑張って勝ってね♪ そしたらクリアよ♪』

ゼフィランサスさんのアナウンスが流れた。ヒミンビョルグ。女王さま。えっと、アンスールで、その単語が当てはまるのは・・・。そこにルシルが「イヴ義姉さ――イヴィリシリアだ! 風迅王イヴィリシリアが相手だ、フェイト!」って声を荒げて告げてきた。その直後に転送が始まる。視界が白に染まって、クリアになった時にはもう景色が違っていて。

「うわぁすごい・・・」

「どこかの教会かしら・・・?」

「天井が凄い高い・・・!」

キャロとシャマル先生、エリオが驚きの声を漏らす。私たちの居る場所。そこは大きな大きな白を基調とした空間。床にはアースガルド魔法陣とルーン文字がいくつも描かれたレッドカーペット。イメージ的には子供の頃にアリサに見せてもらった写真、カンタベリー大聖堂の身廊に近いかも。だからとても綺麗なところだ。

「え、えっと、お、オーッホッホッホッホッホッ! あ、よく来たな、妾の城ヒミンビョルグに。あー、歓迎しようぞ、魔導師たちよ」

たどたどしい、ものすごく演技臭い声がどこからともなく。身廊のずっと奥、アプス(身廊の奥、半球状に飛び出た空間だね)に大きな玉座があって、そこに座る一人の女性。
綺麗な銀色の長髪。髪型はルシルと同じインテークで、ストレートの後髪は首の辺りから左右にフワリと分かれてる。翡翠色の宝石のような瞳は、今は複雑な感情に満ちていて、どうやら演技を嫌々させられて葛藤してるみたい。格好はドレスじゃなくて同盟軍の制服の長衣(白)、青のロングプリーツスカート、茶色いブーツ。

「あの、演技とかしなくても・・・」

「・・・・そう。ありがとう、そう言ってくれると助かるわ」

私が気の毒に思ってそう言うと、イヴィリシリアさんは額に手をやって溜息。
そして改めて、

「ようこそ客人たち。私は風迅王イヴィリシリア・レアーナ・アースガルド。今回のお題・・・女王さまの我が儘なゲームに付き合う?を担当することになりました。悪いのだけど、貴方たちも我慢して付き合ってね・・・・はぁ」

自己紹介をして、最後にまた大きな溜息。すごい。何をするまでもなくイヴィリシリアさんはダウン寸前だ。でもこのままじゃ話は進まないし、閉じ込められたままだから、本題に入ってもらおうと思って声をかけようとしたとき、先にイヴィリシリアさんが私たちを見て告げる。

「あぁごめんなさいね。貴方たちも半ば巻き込まれている形なのよね。ではお互いのために、早速本題に入らせてもらおうかしら」

イヴィリシリアさんは玉座から立ち上がって、ブーツをゴツゴツ鳴らしてこちらに歩いてきた。その途中に、今回のお題の説明を始める。

「みなさんは、隠れ鬼、という遊びを御存じかしら?」

私立ちは顔を見合わせて、知らないという事で首を横に振る。イヴィリシリアさんはコクリと頷いて、「幼少の頃、私とゼフィ、ルシル、レン、フォルテ、シェフィ。それに使用人たちと遊んだゲームです」と懐かしそうに微笑んだ。

「隠れ鬼とは、鬼ごっことかくれんぼ。二つのゲームを一緒にしたもの」

イヴィリシリアさんからルールの詳細が告げられる。
私たち黄チームは、ここレアーナ王城ヒミンビョルグの中央区をエリア(区画を分ける目印は扉の色で、中央区から別区に繋がる扉は全部赤らしい)として隠れる。鬼であるイヴィリシリアさんが私たちを捜索。私たち全員が捕まったらゲームオーバー。
普通のかくれんぼとの違いは、たとえ見つかっても逃げ切る事が出来ればアウトにならないということ。そして捕まった誰かを救う事も出来る。イヴィリシリアさんに一撃を与える、という方法でだ。それですでに捕まった仲間を一撃につき一人解放できる。
そして私たちの勝利条件は、三十分という制限時間を逃げ続ける。またはイヴィリシリアさんにだけ用意されるHPを0にする。随分と私たちに有利なルールだけど、そんな優位性を簡単に崩すのが“アンスール”って判っているから、誰も何も言わない。

「では今より三十分間。貴方たちが隠れる猶予を与えるから。どうぞここ玉座の間より出で、我が城を目で楽しみ、香りを鼻で楽しみながらお逃げください。あぁ最後にもう一度。くれぐれも別区画に行かれませんようお願いね」

背後にある大きな両扉が、ガタン、と音を立てて開いた。

†††Sideフェイト⇒スバル†††

玉座の間から出て、前と左右に伸びる豪勢な廊下を見る。あたしは「どうしますか?」ってフェイトさんとシャマル先生とザフィーラに訊く。あたしよりかは正しい道を示す事が出来るはずだから。

「かくれんぼでも鬼ごっこでも一人で行動した方が良い、と相場が決まっているが」

「問題は見つかった場合。隠れ鬼のルール。見つかっても捕まらなければセーフ。でも・・・」

「逃げきるための戦力を考えれば、一人でいるのは危険ということね」

ザフィーラとフェイトさんとシャマル先生が、そしてティアとエリオも「難しいですね」って考え込む。むぅ。見つかりさえしなければいいって事だけど。そう簡単に三十分も隠れきることが出来るとも思えない。だってここはイヴィリシリアさんの城なんだから。みんなで唸っていると、「こうしていてもダメですね。とりあえずどこかに隠れないと」ってティアが。

「そうね。・・・そうだ、三手に別れましょう」

「そうですね。さすがに全員が纏まっていると一網打尽にされてしまいます」

「じゃあチーム分けはどうします?」

シャマル先生のチーム分け案にフェイトさんが賛成。それにエリオがどういった風のメンバーに分けるか訊く。時間もかけるのもまずいっていう事でそう深く考えられずに決まった、あたしとティアとシャマル先生、フェイトさんエリオとキャロ、そして単独行動っていうザフィーラの3チーム。

「我の嗅覚を駆使すれば、イヴィリシリア殿から逃げ切れる可能性が高い。みなには悪いが、万が一の保険として我は単独で身を隠す事にしたい」

っていうのがザフィーラの考え。これにはフェイトさんもシャマル先生も、ティアやエリオにキャロも賛成。あ、もちろんあたしも賛成。少しでも多く勝算のある方法を取っておきたいし。たとえあたし達が全滅してもザフィーラ一人生き残ってくれれば勝ちになる。

「それじゃみんな。イヴィリシリアさんは一筋縄じゃいかない相手だけど、でも勝つよ」

「「「「はいっ!」」」」「ええ!」

こうしてあたし達は三手に分かれて、イヴィリシリアさんに見つからないように、そして捕まらないようにするために、身を隠す場所を捜すことになった。あたしとティアとシャマル先生は右へ。フェイトさんとエリオとキャロは左へ。ザフィーラは真っ直ぐ。ひとり玉座の間から大きく離れるために。

「にしてもあたし達ってツイてるのかツイてないのか微妙よね」

ティアが一つ一つの部屋と、見つかった場合の逃走経路を確認しながらそんな事をぼやいた。シャマル先生も「そうね~」って頷く。あたしは「どうゆうこと?」って訊き返す。

「イヴィリシリアさんは間違いなくアンスールの中でも最強クラスの魔術師。そんな人が相手っていうのがツイてない。でも、お題の内容は隠れ鬼。戦うんじゃなくて隠れて見つからないようにすること。戦いを回避できるっていうのがツイてる」

「ティアナの言う通りね。見つかりさえしなければ衝突することなくお題をクリアできる」

「そっか。ある意味ラッキーなお題ってことか」

納得。見つからないように隠れて、見つかっては逃げて隠れて。う~ん、大変なお題だなぁ。それからは無言で探索して、それぞれ自分の決めた部屋に隠れることになった。
ティアは三階の豪勢な部屋。たぶんイヴィリシリアさんの部屋だと思う。家族のみなさん、ルシルさん達アンスールの肖像画が壁にあったし。シャマル先生は四階。そこも豪勢だったけど使われている感じじゃなかった。家族の部屋かもしれない。そしてあたしは最上階の時計塔、その頂上。

「たぶん下から捜していくから、見つかるまで時間を稼げるはず・・・」

安直だけど、でも間違いないはずの考え。それに、ここ時計塔はかなりゴチャゴチャしてるんだし、そう簡単に見つかることはないはず。まぁ歯車や振り子の音がうるさいのがちょっと辛いけど・・・。見つかるよりはずっとマシだよね・・・。

†††Sideスバル⇒エリオ†††

フェイトさんとキャロと廊下を走って、部屋と逃走経路を確認していく。もし見つかって逃げる事があったら、迷わずにイヴィリシリアさんから逃げないと捕まってしまうから。それなのに、・・・こんなこと考えるのはダメだって思っているんだけど。でも、どうしても思い出してしまう。考えてしまう。
イヴィリシリアさんは、大戦時において陸戦最速の魔術師。ルシルさんとシャルさんの記憶の中で見た、シャルさんとイヴィリシリアさんの決闘、その結末を憶えていれば、見つかれば逃げることは絶対に出来ないって。

「うん。キャロとフリードはこの部屋の方が良いかな」

四階に着いて少し探索したあと、フェイトさんがある一室の扉を開けて室内を指差した。僕はキャロと顔を見合わせてから、キャロとフリードと一緒に室内を覗き込んだ。キャロが「わぁ❤」って喜色の声を漏らす。うん、女の子が好きそうな部屋だと思う。フェイトさんに続いて僕たちも部屋に入る。点けたシャンデリアの明かりの下、僕たちを迎えてくれたのは・・・。

「すごいぬいぐるみの数。子供部屋かなぁ・・・?」

室内中に溢れかえるぬいぐるみの数々。動物はもちろん人の姿をした物もある。

「・・・きっとイヴィリシリアさんが子供だった頃に使ってた部屋じゃないかな」

僕は壁に掛かった大きな肖像画を指差して言う。銀色の髪に翡翠色の瞳。背格好はキャロよりちょっと小さいくらいの女の子が、両親と思しき男の人と女の人の間にある大きな椅子に座ってる絵だ。イヴィリシリアさんって結構ファンシー好きなんだなぁ。イメージからして・・ううん。そう言うのは勝手にイメージで決めちゃダメだ。

「ぬいぐるみの中に隠れるのが良いかな。キャロの防護服の色なら紛れ込みやすいし、フリードも見方によってはぬいぐるみだし」

「それに四階なら捜索されるまで時間があるから余裕を持って隠れられる、ですね」

フェイトさんの告げた理由に僕がそう付け加える。きっと一階から捜して来るはずだ。隠れ鬼のエリアはヒミンビョルグ城の中央区だけ。だけど中央区だけって言っても十分に広大。全部の部屋を一つ一つシラミ潰しに捜すには骨が折れそう。だから上の階に行けば行くほど隠れきれる可能性が高い。

「じゃあわたしとフリードはここに隠れるね」

キャロとはここで一旦お別れだ。明かりを消した部屋を後にして、僕とフェイトさんは別の隠れる部屋を捜す。そして残り時間も少なくなってきたところで決まった、僕が隠れる場所。四階の上、最上階。そこには四つの階段があって、時計塔・尖塔に続いているのが判った。
僕はその内の一つの階段。尖塔へ上がるための階段を上がって、尖塔の頂上の物置の様な場所に隠れることになった。そしてフェイトさんはと言うと、

「ど、どういうつもりなんですかフェイトさん!?」

「どういうって・・・。私は二階に隠れる。で、見つかったら可能な限りイヴィリシリアさんを引き付けて時間を稼ぐ。あとはみんなが頑張ってくれれば勝てる・・・ってゆう風に考えたんだけど・・・」

「そんな自分だけが犠牲になる精神、誰も喜びませんよ!」

と言う事で僕は怒ってる。イヴィリシリアさんはシャルさんより強い。そしてフェイトさんは、シャルさんより・・・弱い。いくらアンスールが僕たちに合わせて実力に制限を受けているからって。フェイトさんがイヴィリシリアさんを少しでも抑えるなんてことが出来るわけが・・・。

「誰も犠牲になろうなんて思ってないんだけど・・・。でも、うん。そんな風に捉えられたんなら謝るよ、エリオ。ごめん。もちろん私だって見つかるつもりないよ。それに簡単に捕まるつもりも負けるつもりもない」

フェイトさんの真剣な表情。たぶんフェイトさんは有言実行するつもりなんだ。こうなったフェイトさんはもう言葉を曲げない。僕が折れるしか・・・。

「私は大丈夫、無茶なんてしないから。ほら、エリオも早く隠れて」

「・・・絶対に無茶はしないでくださいね」

「うん、約束するから」

フェイトさんはニコって笑って張り去っていった。約束、か。だったら安心できるかな。フェイトさんは約束は絶対に破らないから。僕は尖塔へと続く階段を上り、尖塔内部の螺旋階段をさらに上がって頂上の一室、物が多く置かれた一帯に身を隠した。それから数分経って、

『時間です。ではこれより三十分。隠れ鬼を行います。みなさま、どうぞ息を潜め隠れ続けてください。隠れ鬼・・・スタートです』

陸戦最速にして風嵐系最強の魔術師、イヴィリシリアさんとのゲームが始まった。

◦―◦―◦―◦―◦―◦

ヒミンビョルグ城の玉座の間の奥、玉座に腰かけていたレアーナ女王イヴィリシリアが立つ。右手より溢れ出るライムグリーンに輝く魔力が次第に剣の形を取っていく。細く綺麗な右手に収まる一振りの大剣が出現。“神剣ホヴズ”と銘を打たれた神器。“神槍グングニル”や“神剣グラム”と同様、クリスタルのような両刃の刀身を持ち、いくつものライムグリーンの光球と渦巻く風を纏っている。

「三十分・・・。どうしようかしら。すぐに終わってしまうわ」

イヴィリシリアが玉座の間より出、頬の左手を添えてまず最初にそう漏らした。あらゆる風を支配する風迅王。移動においては風を操作し永続的に最高速で動ける。ゆえにどれだけ広いヒミンビョルグ城の中央区であろうとすぐに全室回れる。

「瞬風」

イヴィリシリアが一言。彼女がフワリと風の力で2cm程浮く。それはまるでルシリオンの純陸戦形態・疾駆せし(コード)汝の瞬風(ヤエル)に似ていた。いや、ルシリオンのヤエルが、イヴィリシリアの瞬風に似ているのだ。それは当然の事。ヤエルは元々イヴィリシリアより授かった術式なのだから。

「やっぱり少しは手を抜いた方がいいのかしら・・・?」

「ダーメ。やるからには本気でやってよ? イヴ」

イヴィリシリアの背後に一瞬だけ銀色の閃光が弾け、そこには先程までは誰も居なかった一人の女性が佇んでいた。アースガルド王族特有の銀髪は膝裏まであるロングストレート。そしてセインテスト王家特有のルビーレッドとラピスラズリのオッドアイ。足首まであるロングファーコートを着ていて、生地や毛皮の配色からしてまるでサンタクロース。
コートは腹部から前を閉じておらず、黒のタイトスカートと黒タイツを晒している。茶色い編み上げのロングブーツをゴツゴツ鳴らし、イヴィリシリアへと歩み寄っていく女性、ルシリオンとシエルの実姉ゼフィランサスだ。

「ゼフィ。・・はぁ。あなたね、妙なお題を考えて配置しているのは・・・?」

「まぁね。スンベルを起動させたマスターから全権管理を一任されているのだし。お題は、マスターの記憶から抽出したのを適当にアレンジしたんだけど・・・ダメ?」

ゼフィランサスは自分の口元で合掌して首を傾げる。男ならそんなゼフィランサスの仕草に一発でノックアウトだろう。イヴィリシリアは大してリアクションもせずに流して「もう少しまともなお題を出してあげなさいよ」と呆れる。それに対してゼフィランサスは「もう遅いよ。お題内容の変更は無理だもん」と笑う。

「そんなことより話を戻させてもらうけど、相手役は本気でルシル達とやってって話。それがマスターの意思であり、マスターの代理人を務める私の意思。これ、命令ね」

イヴィリシリアの額をツンツンと突きつつ、ゼフィランサスはそう告げた。

「はぁ。了解したわ。あーそうだ。外界(そと)での問題はもう終わりそうなの?」

「うん。マスターからある程度状況が流れてくるから判る。もう少しで終戦ね」

「そう。ならこのスンベルでの遊戯も終わりね。まぁ私としてはルシルが元気そうにやっているのを見れただけでも十分だけど」

イヴィリシリアはくるりと踵を返し、スンベル全権管理者ゼフィランサスに背を向ける。

「ゼフィ。最後は、シェフィとルシルを二人だけにさせなさい。それくらいの職権乱用は構わないでしょ?」

イヴィリシリアはそう告げ、ゼフィランサスからの返事を聞くこともなく廊下を滑るようにして移動を開始、ゼフィランサスの視界から瞬く間に消え去った。去っていった幼馴染の後ろ姿をずっと見詰めていたゼフィランサスは、

「そうだね。それも、いいかもね」

そう呟き、出現した時と同じように銀の閃光が弾けた後に忽然と姿を消していた。

◦―◦―◦―◦―◦―◦

イヴィリシリアは廊下を高速で移動し、いくつもの扉を素通りしていく。フェイトたち黄チームを捜索するという事を忘れてしまっているかのような見事な素通りっぷりだった。

「さすがに一階には居ないわよね? でも裏をかこうとしているかもしれないし、二階へ上がる前に念のために探索しておこうかしら」

ボソッと漏らし、緩慢な動きでゆっくりと停止、その場で浮遊。目をスッと瞑り、“神剣ホヴズ”を持っていない左手を持ち上げ、「風査」と告げる。微風の流れが生まれ、イヴィリシリアの居る場所へと集束していく。
イヴィリシリアの下に集う微風によって揺れる美しい銀の前髪の毛先を弄り、彼女は確信に満ちた声色で「一階には居ないと再確認」と告げた。再び滑るように移動し、豪奢な階段ホールに到着。足をつけることなく階段を上り、二階へ到着。

「風査」

イヴィリシリアは目を瞑り、先程と同じ術式名を再び告げる。彼女の下へと集う微風。イヴィリシリアの肩がピクリと僅かに跳ねる。ゆっくりとまぶたを開けられ、エメラルドグリーンの双眸に鋭い光が宿る。

(二階に一人居るわね。おそらくシェフィに似た、ルシルの新しい恋人という・・・フェイト・・・)

イヴィリシリアは確信に満ちた表情。風査という術式からの判断だ。風査とは、屋内においては抜群の効果を発揮する探査術式だ。屋内に満ちている大気を操作し己に集束させ、風が運んできた匂い、あるべきではないイレギュラーな魔力を感知、そこから異物がどこに居るかなどを判別する。
イヴィリシリアは一階やここ二階でも大気を集束させ、ヒミンビョルグ城に在ってはおかしな匂いと魔力を感知した。フェイトは気付いているだろうか。自分が隠れている部屋に僅かな風の流れが生まれていた事を。

(ルシルの現パートナーを務める娘・・・。どれだけの腕か見せてもらおうかしら)

イヴィリシリアは移動を開始。一直線にフェイトの隠れている部屋を目指す。アースガルドの紋様が刺繍されたレッドカーペットの上を音もなく高速で駆け抜け、とある扉の前に来て停止。ヒミンビョルグ城の中央区は、レアーナ王家や他の三王家の客人を宿泊させるゲストルームが密集している。
イヴィリシリアが止まった一室もまたゲストルームで、ルシリオンがよく使った部屋だった。彼女は今度は心の内で風査と告げ、目の前の扉の中から風を集め・・・確信した。

(間違いなく居るわ)

金のドアノブに左手を掛ける。音を立てないよう細心の注意を払い、扉をゆっくりと開けた。天蓋付きのベッド。クローゼットにデスクなどの家具の数々。イヴィリシリアはぐるりと室内を見回し、風査を使わずに目視と、直感という名の気配察知能力からフェイトの隠れている場所を捜し出そうと動いた。

†††Sideフェイト†††

うそ。こんなに早く私が隠れている部屋を捜し出すなんて。扉の向こう側からガタガタと物音がして、私は息と気配を全力で殺してさらに蹲る。私が居るのは部屋の奥の扉、シャワールームの脱衣所の天井近くに設置された収納ラックの中。
一応私はシャワールームと脱衣場を隔てるカーテンの替えに包まっている。だけど、こんな短時間で私の隠れている部屋を当てたということからして、発見される可能性が高い。

(魔術を使ったのかな・・・? やっぱりそうだよね)

魔術は使わないて言っていなかったし。でも少しは加減が欲しかったかも。隣室から音がしなくなって、シャワールームの扉が開けられた。心臓が跳ねる。カーテンが開かれる音がした。すごいドキドキする。もちろん楽しいからじゃない。
とそこに私の隠れている収納ラックがガチャッと開かれた。うわぁ、背中にピリピリ視線を感じるよぉ(涙)。見つかりませんように、ってひたすら祈る。祈りが通じたのかラックの扉がまた閉じられた。心の中で思いっきり安堵の溜息をついた瞬間、

「見つけましたっ」

「っ!?」

勢いよく扉が開かれた。ハッキリと、見つけた、なんて言われたらもう隠れ通すのは無理。でも、魔法を使ってもいいのかなぁ・・・? きっといいんだよね。一撃与えてもいいってルールもあることだし。

「どうぞ魔法を。すぐに捕まえるのもつまらないから」

イヴィリシリアさんにそう言われたら・・・うん、じゃあ作戦通りに。「ここで足止めさせてもらいます」って告げ、カーテンに包まったままラックから降りる。


VS―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦✛
其はアンスールが風迅王イヴィリシリア
✛◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦VS


“バルディッシュ”をハーケンフォームで起動させて・・・、包まっていたカーテンをバッと剥いでイヴィリシリアさんへと放り投げる。視界潰しと身動き制限。かなり汚い手だけど、これくらいしないと初手を決める事が出来ない。

「ズルい手でごめんなさい!」

――ハーケンスラッシュ――

カーテンを頭から被ったイヴィリシリアさんに謝りながら、それでも容赦なく斬撃を放った。シャワールームは広くて(さすがお城)、ある程度“バルディッシュ”を振り回してもまだ余裕があるから、結構遠心力ありの一撃。“バルディッシュ”の電撃の刃(ハーケン)は一直線にイヴィリシリアさんへと向かって、

「こういう手による奇襲が成功して被害を受ける。それで初めてズルい手だと考えているから、気にしないでいいわ」

そう言って、手にしていた剣で私の一撃を受け止めた。目に見えていないはずなのに的確な防御。それにいつの間に斬ったのか、カーテンを細切れにしていた。私とイヴィリシリアさんの間に舞うカーテンの破片。そして私の喉元に突きつけられたルシルの“グングニル”のようなクリスタルの剣。

「このまま大人しく捕まる? それとも足掻く? どちらでもどうぞ、魔導師」

「もちろん諦めずに足掻くつもりです・・・!」

――プラズマランサー――

イヴィリシリアさんへ至近距離からのランサーを八基射出。バックステップで回避して行って、壁に背をぶつけようとしたところに再びランサーを四基射出。イヴィリシリアさんは、剣を片手でクルクル回してランサーを弾き飛ばした。私の有する射撃魔法の中で最速のランサーではもうダメージを与える事が出来ないと見ていい。

「今度はこちらのターンという事でいいのかしら?」

――烈風――

剣を掬い上げるように振り上げて生み出された風。帯状の風の円環がいくつも合わさって球体を形作った暴風だ。

――ブリッツアクション――

床を壁を天井をと蹴って暴風から逃げる。暴風がシャワールームの壁に当たって・・・爆風となって壁を根こそぎ粉砕した。ええーーっ? 本当に今さらだけど、戦闘になったら城を壊すことに・・・。床に着地して、イヴィリシリアさんを見る。イヴィリシリアさんは「まぁ現実ではないのだし」って若干目を泳がせながら言った。あ、やっぱりあまり良くないんだ、壊すの。

「ええ、そうです。こんなのは被害の内に入りません」

イヴィリシリアさんが少し体を沈めて、剣を脇に構えた。直感が働く。突っ込んで来ると。そして私の直感は当たった。

――疾風――

イヴィリシリアさんの姿を完全に見失ってしまう。ふと左頬を撫でる微かな風。咄嗟に左側に“バルディッシュ”を立てて柄を盾とした。その直後にガキィィンと衝突音。すぐそこにイヴィリシリアさんが居た。押し負けてなるもんかって思いで“バルディッシュ”を握る両手に力を込める。

「その細腕でよく耐えられるものね」

「イヴィリシリアさんこそ細くて綺麗な腕、それに手も・・・!」

“バルディッシュ”をぐるりと回してイヴィリシリアさんの剣を捌く。だけど体勢を崩せない。逆に捌いた私の方が体勢を崩された。すぐさま鋭い一閃が横薙ぎに走ってくる。体勢を直そうとはせずにそのまま倒れ込むように体を前へと沈める。

――プラズマバレット――

ランサーに比べて威力も速度も劣るバレットだけど、誘導制御が出来る分、対象を包囲しやすい。床に左手をついて前転、バレット十三基をイヴィリシリアさんへと発射。

――風陣――

イヴィリシリアさんが床に剣を突き立てて、暴風の壁を創りだした。ルシルの竜巻型の防御結界ラシエルみたいな感じ。バレットは暴風の壁に無力化。私も風圧でシャワールームから吹き飛ばされて、ベッドの上にボヨンと落ちる。暴風の壁が治まる。だけどそこに居るはずのイヴィリシリアさんが・・・居ない!?

――疾風――

フワッと微かな風が背後から吹いてきた。背後に回り込まれたと思ってすぐさま前へ跳んで逃げる。4mと前に移動してベッドへと振り返る。そこには剣を思いっきり振り払った状態で佇んでいるイヴィリシリアさんが。あの一瞬で距離を詰めてくる(割に判りやすい。きっと力が制限されてるからだと思う)攻撃が連続で使えるのか・・・ここで確かめる!

――プラズマランサー――

「ファイア!」

イヴィリシリアさんの足元に三基、左右に二基ずつ、頭上に二基、計九基。イヴィリシリアさんは「風陣」って左手を床についた。そして巻き起こる暴風の壁。ランサーが全基弾き飛ばされた。そしてベッドはバラバラに粉砕された。勿体ない。
ベッドだった物の破片が室内に舞う中、「ターン!」と弾かれたランサーを再射出。弾かれては「ターン!」と再射出を繰り返しつつ、並行して別の魔法をスタンバイ。“バルディッシュ”のカートリッジを三発ロード。左手の平を暴風の壁に翳す。

「トライデント・・・スマッシャァァーーーッッ!!」

心の中で部屋を壊す事について全力で謝りながら最大威力の砲撃を放つ。一直線に砲撃は進んで衝突、一瞬の閃光が爆ぜ、遅れて爆風が室内に満ち溢れる。粉塵から逃れるために廊下に出て、イヴィリシリアさんが出て来るのを待つ。全力の砲撃だったけど、防御結界に撃ち込んだんだから決まったとは思えない。

「けほっけほっ。大人しそうな顔をしていても結構遠慮がないのね、あなた。けほっ」

「本当にごめんなさい」

砂塵に咽ながら出て来たイヴィリシリアさんに頭を下げて謝る。でもほとんどダメージが入ってなかったなぁ。クリーンヒットさせないとやっぱダメか。頭を上げるとイヴィリシリアさんと視線が交差する。イヴィリシリアさんはパンパンと服を叩いて「あーあ。この部屋、ルシルのだったのに」ってボロボロになった部屋を見た。

「え・・・!」

「はい、隙あり」

「しま・・・っ!」

ルシルの名前を使われて隙を作られて、背後へ回り込まれた事に反応が遅れた。すでに攻撃に入ってるイヴィリシリアさんから逃げ切るのは無理だから、

――ディフェンサー・プラス――

背後に一点集中のバリアを展開。遅れて振り返る。ディフェンサーはイヴィリシリアさんの一撃をちゃんと防いでくれていた。イヴィリシリアさんの「はい、隙あり」って声がなかったら危なかった。

「あ、惜しい」

「プラズマバレット・・・、ファイア!」

バリアの向こう側に居るイヴィリシリアさんへとバレット九基射出。イヴィリシリアさんはバリアを貫こうとしていたのを切り上げて、バレットから逃げようと離脱。バレットを操作して追い縋らせる。暴風の壁を作る隙を与えない。逃げ続けるか別の手段で防御か迎撃するか。
イヴィリシリアさんの手の内を出来るだけ晒させて、その手を封じる手段を考える。そう、私はイヴィリシリアさんを封殺するつもりだ。まぁイヴィリシリアさんが本来の力を出せるならそんな無謀なこと出来ないけど、今みたいに私たちのレベルに合わせて力が制限されているなら、きっと出来るはず。

「逃げきるのは簡単だけど、それじゃあつまらないわよね。ふふ、受けて立つ!」

――旋風――

振り向きざまに剣を振るって生み出したのは風の円盤、数は十。風の円盤は誘導操作が出来るようで、バレットの射線上へと移動してバレット全弾と衝突。バレットが真っ二つにされて消滅。円盤はそのまま私へと迫ってきた。ならこっちも同効果の魔法を使わせてもらおう。“バルディッシュ”を横一閃。

――ハーケンセイバー――

“バルディッシュ”本体から離れて高速回転しながら飛んで行く電撃の刃(ハーケン)。私のハーケンセイバーとイヴィリシリアさんの風の円盤。切断力はどっちが上か勝負。ハーケンセイバーがまず一つ目の風の円盤と衝突。ちょっと拮抗したあと円盤を切り裂いてそのまま二つ目、三つ目、四つ目と衝突していく。これはまずい。数は向こうの方が上だから、衝突するたびに威力も回転速度も落ちていく。

「それなら何発でも・・・!」

――ハーケンセイバー×3――

“バルディッシュ”を振るって、ハーケンを撃ち出す。一発目のハーケンが五つ目の円盤によって消滅、五つ目の円盤が二発目のハーケンと衝突して消滅。このまま何事も無ければハーケン二発が届く。だけどそんなに甘くない。イヴィリシリアさんは剣を槍のように構えていて、

「槍嵐」

と告げて剣を突き出した。ドリルのような竜巻の槍が三つ。これはルシルのザキエルの本数増加バージョン? 三つの竜巻の槍が螺旋を描いて円盤を巻き込み、ハーケンを弾き飛ばして迫ってくる。

「受けるのも防ぐのも無理かも。ううん、無理」

そう判断して踵を返す。逃げた直後に一つ目の槍が壁に突っ込んで、壁を穿って粉砕、外へ飛んで行った。残り二つからブリッツアクション連発で逃げつつ、新しい隠れ場所を探す。そして二つ目が床に墜落。床を抉り粉砕してそのまま階下へ突き進んでいった。

(コントロールが難しいのかな・・・・?)

そもそも幅が4mはある廊下と言っても限度があるよ、あの風の槍の魔術。それなりに大きな三つの槍が螺旋を描くから廊下にいっぱいいっぱい。少しでも軌道がズレれば壁や床に突っ込んでもしょうがない。けどそのおかげで残り一つ。その残り一つも壁を突き破って外へ。今の私はツイてるかもしれない。

(えっと、この先が・・・)

ヒミンビョルグ城のマップを顔の左側面に展開。少し行った先に階段ホールがある。階下に行くか階上か、または二階に留まるか。三択だ。問題はイヴィリシリアさんがどう動くか。私に標的を絞ったままついて来るか。それとも諦めて階上に向かうか。そうなったら意味がない。ということは、

「このまま二階で頑張るしかない、かな」

――神風――

鬼ごっこ継続を決めてすぐ。後方から前方へと駆け抜ける強烈な突風。前髪や後髪、マントが強くはためいて、一時的に視界が潰される。そこに、全身に悪寒が奔った。急停止。すぐさましゃがみ込んだ。頭上に何かが通過した気配。

「素晴らしい気配察知能力ね、あなた」

背後から聞こえてきたイヴィリシリアさんの驚嘆の声。前方に跳んで距離を開ける。振り向きざまに“バルディッシュ”を一閃。だけどそこにイヴィリシリアさんは居なくて。あれ? そう思った一瞬が最大の隙になっていた。

「王手」

背後から伸びる剣が私の首筋に当てられた。一瞬でまた背後に回られた? そんな気配なんて一切なかったのに。そんな疑問が顔に出たのか、イヴィリシリアさんは「どうしてか知りたい?」って訊いてきた。この質疑応答・・・時間稼ぎに使える。そう思って「はい」って答える。

「じゃあ何から聞く?」

「い、一番最初の突然の突風を」

「神風の事ね。あれは高速移動の術式よ。あなたが使った移動系魔法のような、ね。私自身を風とし、中距離を高速移動することが出来る。それであなたを追い抜いたわけ」

それからイヴィリシリアさんは「屋内だと発動したのがよく判るでしょ」って同意を求めてきた。確かにすごい突風だったから、二度目からは察知できる。屋外だとそういった突風が起こっても不思議じゃない。うん、と頷いていると、「他には?」って訊いてきて、この最悪の状況を作ることになってしまった原因を知ることにした。

「いつの間にまた私の前に移動したんですか?」

「あぁ最後のね。私は始めからあなたの前に居た、ということよ」

「え? だって声が後ろから・・・?」

「風嵐系はね、無属性音波系と紙一重なのよ。魔力で私の声を壁を使って反響させ、あたかもあなたの背後に居ると誤認させた。見事あなたは引っかかり、背後に私が居るものだと思い、私の待ち構える前方へ移動――」

「そうとは知らず、私はイヴィリシリアさんに背を向けた」

「そういうこと」

やられた。声を武器にしてくるなんて思いもしなかった。私は観念して“バルディッシュ”を待機モードに戻した。

「まず一人を確保っと」

こうして私が最初に捕まった捕虜一号になった。

†††Sideフェイト⇒ティアナ†††

ゲームが始まってから九分が経った。階下から聞こえ伝わって来ていたとんでもない爆発音や振動がパタリと止んだ。誰かがイヴィリシリアさんに見つかって、戦って、おそらく負けて捕まった――んだと思う。一体誰が? 戦闘時間の長さから言って、考えたくないけどフェイトさん辺り。フェイトさんだったら、残るあたし達の誰が戦ってもイヴィリシリアさんに勝てないという事だ。そこにアナウンスが流れた。

『こちらイヴィリシリア。あなたたち黄チームのリーダーを二階で確保。残り六人』

『ごめん、みんな。捕まっちゃった』

アナウンスはそれだけ。でも十分に伝わった。最悪な状況だって。フェイトさんだって端から戦おうって思ってなかったはず。逃げるために戦って、負けた。実力云々もあるけど。それ以上にフェイトさんが逃げきれない相手だっていうのが最悪だわ。あたしたち黄チームの中じゃフェイトさんが最速。そのフェイトさんが逃げきれない。つまり見つかった時点でアウトだっていうこと。

「あたしの幻術はどうなんだろ・・・?」

大戦中には、幻影魔術においては最高位の夢幻王プリムスっていう子供が居た。最強の幻術の使い手とも戦った(はずの)イヴィリシリアさん。だからあたしの幻術なんて簡単に見破られる可能性がある。っていうか高い。大きく溜息を吐いていたら、部屋の扉を開ける音がした。

(大丈夫。きっと大丈夫。信じれば救われる)

何度もそう唱える。今のあたしはオプティック・ハイドで姿を消してるし、フェイク・シルエットで偽者を二体用意。この部屋のベッド下とクローゼットの中に隠れさせている。そっちに引っかかってくれれば・・・まだ勝算はある。自分の幻術を信じる。今はそれしかない。お願いだから引っかかって。

「見つけた。・・・って、あれ? 幻影!?」

クローゼットを開ける音の後、イヴィリシリアさんの驚きの声が聞こえてきた。やった! あたしの幻術がイヴィリシリアさんにも通用してる。っと、気配を悟られるような言動は厳禁。もちろん最初から視線だって向けてない。視線を感じて居場所を当てられる可能性もあるから。

「驚いた。幻影術者が居るのね。しかもかなり精密な。すごいのね、魔法での幻術も」

イヴィリシリアさんの声には驚嘆と喜色が見える。あたし、結構すごい。ルシルさん以外のアンスールから幻術を褒められた。どうしよう、すごい嬉しい。真の英雄の一人が認めてくれてる。嬉しさのあまり「くっ」って笑い声が漏れた。ドキッとする。そして自分を呪う。どうか聞こえていませんように。でもその願いは容易く砕け散った。

「見つけた」

あたしが隠れていたのはシャンデリアの上。その声に反応して下を見てみれば、イヴィリシリアさんと目が合った。

(バレた! どうする!?)

イヴィリシリアさんの翡翠色の瞳から目を離せない。それとも攻撃? あ、そうか。フェイトさんを助ける方法がある。見つかったんならここで捨て身の一撃を与えるっていうのも悪くない。それでフェイトさんを解放できるんだから。よ、よし。やってやるわ、やってやるわよ。

「・・・む、ハズレみたいね。この部屋には居ないっと」

意気込んでいたら、イヴィリシリアさんがフッと視線を逸らして、部屋から出ていった。鎌を掛けられてたんだ、あたし。あ、あああ危なかったぁ~~~~(涙)。安堵の溜息と一緒にポロリと涙が。こ、怖かった。これ、このゲームは寿命が縮むわ。涙を拭って、バクバクうるさい心臓を落ち着かせようとしていたら、フッと風が頬を撫でた。

(窓は、開いてないわね。気の所為・・・?)

とそこにまた扉が開いて、イヴィリシリアさんが入ってきた。また心臓が早鐘を打つ。息も気配も殺して、視線もイヴィリシリアさんから外す。

「やっぱり、シャンデリアの上に居たのね」

十秒とせずにハッキリと告げられた。視線を下へ。イヴィリシリアさんとまた目が合った。でも今度は視線が外れない。姿の見えないあたしがシャンデリアの上に居るって確信して見ている。幻術を解く。これ以上は無駄に魔力を消費するだけだから。

「あなた、すごいのね。最初はまんまと騙されたわ」

「お褒めに与り光栄です、イヴィリシリアさん」

右手の“クロスミラージュ”はそのままで、左手に持つ“クロスミラージュ”だけをダガーモードへ。イヴィリシリアさんも右手に持ってる宝石のような綺麗な剣を少し持ち上げた。真正面から戦って勝てないのは百も承知。だから搦め手を使わせてもらう。
ダガーを横薙ぎ。ガキン、と斬ったのはシャンデリアを天井に釣っている鎖。当然シャンデリアは落下する。あたし諸共、だ。イヴィリシリアさんが目を見張ったのが判った。とりあえずごめんなさい。床に落ちる直前にジャンプ。そして床にシャンデリアが落下、ガラスや金属が壊れて周囲に散乱する。

(今だ!)

――フェイク・シルエット――

イヴィリシリアさんが目を破片から庇うために剣を翳した。視界封じに成功したことで、あたしは自分の分身を十体創り出す。キャロのブーストが無いとこれが限界。そして本物のあたし、そして偽者一体を残して残りが一斉に部屋から飛び出て一目散に逃走開始。偽者をベッド下へ跳び込ませて、

「面白い事をしてくれる娘じゃない。で、あなたは本物? それとも偽者?」

あたしは無言で突っ立ったまま笑みを見せる。内心冷や汗ダラダラ。フェイク・シルエット発動中、あたしは動けない。だからこんな演技をする事に。でもうまく行けばやり過ごせるし、奇襲が成功するかもしれない。ハイリスク・ハイリターン。フェイトさんを解放するためだ。恐怖に打ち勝つ。

「どっちかしら・・・ん? なに? レーザーポインター・・・?」

イヴィリシリアさんは自分の右頬に照準を合わせている赤い光に気付く。シルエットの一体を呼び戻して狙いを付けさせたものだ。

「さすがに本物だけ居残るなんて有り得ないわよね・・・!」

踵を返して、偽者へと一足跳びで最接近、剣を振るって斬り裂いた。消滅するシルエット。そのタイミングに合わせてあたしは姿を消すオプティック・ハイドを発動。

「さっきの娘はどこに・・・? また透明になって姿を晦ませているのかしら」

その通りです。イヴィリシリアさんはあたしを捜して室内を歩き回る。ここで先にベッド下に潜ませていたシルエットを動かす。ベッド下から飛び出させた。イヴィリシリアさんをこの部屋から遠ざけるために。作戦通りに「待ちなさい!」ってシルエットを追いかけて部屋を出て行った。少ししてから全ての魔法を解除して、ベッド下へと潜り込む。

(イヴィリシリアさんはおそらく戻ってくる)

あたしを諦めて別の誰かを捜しに行くかもしれないのに、何故かそう思う。なんていうかイヴィリシリアさんは律義な性格そうだし、一度狙いを定めたらとことん拘るような。ベッド下でクロスファイアのスフィアを八基スタンバイ。いつでも射出できるようにしておく。フワッと頬を撫でる風に気付く。まただ。

(さっきも窓も開いてないのに風が吹いて・・・まさか!)

ある推測に行きついた。イヴィリシリアさんは風を操る魔術師の頂点。この微かな風で、あたし達の居場所を探っているんだとしたら・・・。どの部屋に隠れているのかが判るんだったら、イヴィリシリアさんに不利な隠れ鬼のルールにも納得がいく。
三十分で見つける事もきっと可能だ。あたしの推測は正しかったようで、イヴィリシリアさんが戻ってきて室内の捜索を再開。そしてベッドの前で立ち止まって、片膝と左手をついた。ベッド下を覗き込むつもりだ。ゆっくりと体を折って目線をベッド下へ。

「っ!」

「シューット!」

目が合ったと同時にクロスファイアをイヴィリシリアさん目掛けて射出。この距離、そしてその体勢。避けきるのは難しいはず。でも甘かった。強烈な風が吹いた。あたしを覆い隠していたベッドが吹っ飛ぶ。あたしも床を這うような爆風によって無理矢理立たされてしまった。クロスファイアはもうどこにもない。対処された。

「本物とご対面ね・・・!」

振るわれる鋭い一閃。解除していたダガーモードを再発動。イヴィリシリアさんの斬撃を受け止めきれるなんてもちろん思ってない。少しでも至近距離でこの一撃を与えるために。左手の“クロスミラージュ”の銃口をイヴィリシリアさんの胸へと向け、

――シュートバレット――

圧縮魔力を弾丸状に形成して、加速して撃ち出す射撃魔法を放つ。当たる。そう思った時には既にイヴィリシリアさんの姿はどこにもなくて。確かに目の前に居て、しっかり目で見ていたのに、完全に見失った。ううん、一度だけ視界を閉じた。そう、まばたきの時に。

「王手」

背後から剣が伸びてきて、首筋に刃を当てられた。あたしは降参の意を示すために“クロスミラージュ”を待機モードにして、背後に居るイヴィリシリアさんへと差し出す。

「結構。武装解除はしなくていいわ。ただ大人しく捕まってくれるだけで」

こうしてあたしは二人目の捕虜として捕まった。

◦―◦―◦―◦―◦―◦

「こちらイヴィリシリア。あなたたち黄チームの幻影術師を三階で確保。残り五人」

フェイトに続いてティアナを捕まえ、玉座の間に閉じ込め終えたイヴィリシリアの顔に焦りが滲みでる。十五分で二人。残り五人を十五分で捕まえなければならない。間に合うわけがない、と。

「思っていた以上に手強かったわね~」

フェイトとティアナに苦戦したことを素直に認め、純粋に二人の強さを称賛していた。

――瞬風――

フワリと体を浮かせ、高速で階段ホールへ向かい、到着。そして階段を高速で上って行き、四階に到着したイヴィリシリアは早速魔術を発動する。

――風査――

四階全ての部屋より風を集め、どの部屋に黄チームのメンバーが隠れているのかを探査。閉じていたまぶたを開き、「三人か」と呟いた。四階に三人隠れているのを確認したイヴィリシリアは、現在地から一番近い両親の部屋を目指した。

†††Sideシャマル†††

ゲーム開始から十五分が経過した。下の階から轟いていた音も揺れも無くなって。テスタロッサちゃんの時と同じ。三階にはティアナが隠れていたから、もしかしたらティアナが戦っていたのかも。

『こちらイヴィリシリア。あなたたち黄チームの幻影術師を三階で確保。残り五人』

「幻影術師・・・、ティアナ・・・」

私たち黄チームの中で幻術を使うと言ったらティアナだけ。途切れ途切れの戦闘音からして、テスタロッサちゃんのように戦い続けだったというわけじゃないみたい。つまり、見つかっては逃げて隠れて、また見つかっては逃げて隠れて、を繰り返したということよね・・・?
たぶん幻術を駆使したからこそ、逃げる事が出来たんじゃないかって思う。

「けど、それだけの事をやっても逃げ切る事が出来なかった・・・」

解ってはいた事だけれど、やっぱりアンスールは一筋縄じゃいかないのね。ちょっと諦めモードに入ってしまって、ダメダメ、って頭を振る。はやてちゃん達もなのはちゃん達も頑張ってお題をクリアしたんだから。それに制限時間も残り半分。イヴィリシリアさんは十五分で二人しか見つけて捕まえられなかった。このまま行けば間違いなく私たちの勝ち。うん、勝てる。

「???」

勝てる可能性に気付いたことで意気込んでいるところに、前髪がフワリと揺れた。キョロキョロ室内を見回す。窓も扉も開いていないのに・・・風・・・?
気の所為と片付けるには不自然。風。それはイヴィリシリアさんを最強たらしめる属性。とそこに、この部屋の扉を開ける音が。入ってきたのはイヴィリシリアさん。室内を軽く見回していて、クローゼットやベッドの中に下、シャンデリアの上を覗き込んでいる。

(そう言えば、この隠し部屋の事・・・やっぱり知ってるわよね・・・?)

運良く見つける事の出来た隠し部屋に隠れている私。家族の肖像画をいじっていたらスライド。隠し部屋が出てきて、すごく楽しくなってつい中に隠れてしまったのよね~。描かれていた仔猫の目に穴が開いていて、そこから室内の様子を見る事が出来る。今もその穴から室内を捜索しているイヴィリシリアさんを見詰める。

「さっきから視線は感じるんだけれど・・・・見つからないわね」

その呟きに、急いで穴から覗くのをやめる。だけどそれは失敗で、「あ、パッタリやんだ。居るわね、確実に」ってさらに注意深く捜索し始めた。そして、「あーそう言えば、父様と母様の部屋には隠し部屋があったわね・・・」って肖像画に近づいてくる気配。頭を抱えて蹲る。最悪な結末にまっしぐら。

(こうなったら・・・!)

肖像画の裏に立って、迎撃態勢に入る。接敵と同時に攻撃。テスタロッサちゃんとティアナを解放するために決めないと・・・。“クラールヴィント”をペンダルフォルムにする。肖像画がゆっくりとスライドして行って・・・。

(今ッ!)

両手の指輪から伸びる魔力紐の先端にあるクリスタル四つを、肖像画のスライド途中だったイヴィリシリアさんに向かわせる。ジャストタイミング。だったけど、ペンデュラムが当たる直前、イヴィリシリアさんの姿がかき消えた。大きく後退していて、セインテスト君の“グングニル”のようなクリスタルの刀身を持つ剣でペンデュラムを弾いた。

「よく隠し部屋を見つけたものね」

「運が良かったんですよ。結局は見つかってしまいましたけど」

――風の足枷――

前方に小型の竜巻を三つ発生させる。風の足枷を見たイヴィリシリアさんが「ほう。風嵐系最強たる私に対して風の魔法」って口の端を歪めた。

(こ、こここ怖い。ど、どうしよう。怒らせちゃったのかしら・・・?)

「魔法の中には風嵐系の属性が無いと聞いていたから。ちょっと嬉しい」

か、かかかか可愛い❤ イヴィリシリアさんの笑顔って綺麗じゃなくて可愛い♪
でもすぐに「ではどこまで私について来られるか、見せてちょうだい」と言って、刀身に風を纏わせた剣を☓十字斬り。

――旋刃――

放たれる真空の☓十字斬。フライハイトちゃんの真空刃みたい。イヴィリシリアさんに向かって行っていた風の足枷が切断される。切断力は高いのは判ったわ。それだったら・・・

――風の護盾――

渦状の盾を前方に展開。攻撃を防ぎきる事に成功。うん、突破されることなく防ぐ事が出来たわ。私の防御力は、イヴィリシリアさんの攻撃力に負けていない。それが判ったのが良かった。

「それなら直接斬るまでの事・・・!」

――疾風――

イヴィリシリアさんの姿がかき消える。風の護盾の前に、もう一度小型の竜巻、風の足枷を三つ発生させる。私から攻勢に出るのは自滅行為。私は補助型。だから待ち構えるしかない。イヴィリシリアさんがただ攻防一体の足枷と語盾に突っ込んで来るのを、ただひたすら。

「この程度の風、そよ風にも満たないわっ!」

姿を現したのは護盾のすぐ前。イヴィリシリアさんの背後に在る足枷が全て横一線に断ち切られていて消滅していく。そしてイヴィリシリアさんはすでに剣を薙ぐ体勢に入っていた。バックステップで護盾から離れる。防御力に自信はあるけれど、もし斬られた時のために。
目にも留まらない鋭い一閃。ベッドルームと隠し部屋を隔てる壁が横一文字に切断される。それでも護盾を斬る事は出来ていなかった。驚愕しているイヴィリシリアさんと目が合う。このチャンスを逃すわけにはいかない。

――荒ぶる嵐――

風の砲撃を護盾もろとも、驚いて硬直しているイヴィリシリアさんへと撃つ。

――風鱗(フウリン)――

やった!? 間違いなく避けきれなかったはず。現にイヴィリシリアさんが隠し部屋の反対側の壁際に居るんだから。でも、ダメージが入った様子はない。あの状況で完全に防がれた、という事ね。良く見れば、刀身にライムグリーンに煌く魔力が鱗のように折り重なって盾のようになってる。

「今のは結構危なかったわ。焦って防性術式を使ったくらい」

イヴィリシリアさんは鱗の盾を解除して剣を構える。今のチャンスを活かせなかったのは大きな痛手だわ。でも、ジリジリと少しずつ距離を詰めて来ようとしているイヴィリシリアさんに、私はこのお題のクリアを確信した。
私一人にもう五分を費やしてる。ここで私が捕まったとしても、ザフィーラ、それに速さに定評のあるスバルとエリオが居る。あとキャロも。ただ見つかったら即アウトな気がするけれど。このまま粘って粘って、時間いっぱいにまで粘り切ってみせる。

「時間もそう残っていないから。早々に捕まえさせてもらうわ」

――疾風――

イヴィリシリアさんの姿がかき消える。テスタロッサちゃんやエリオのブリッツアクションやフライハイトちゃんの閃駆とは違う高速移動術。イヴィリシリアさんのは姿を消している時間が長い。だから次に姿を現すまでの時間で精神が擦り切れそう。左の後ろ髪がフワッと揺れるのを感じた。・・・来る! タイミングを合わせて、イヴィリシリアさんを引っ掛ける魔法を・・・!

「今っ!」

――旅の鏡――

イヴィリシリアさんが出現するのに合わせて(100%勘だけど)旅の鏡を発動。でも勘を信じて良かった。剣を全力で振り抜いて硬直しているイヴィリシリアさんの真後ろに転移成功。今さらながらに「な・・・っ!?」って驚きの声を上げるイヴィリシリアさんの背後へ、

「ペンダルシュラーク!」

両手のペンデュラム四つを向け放った。最初の一発は当てることに成功。残り三発は、姿をかき消すことで回避された。欲を言えば二発当てたかった。そうすればテスタロッサちゃんとティアナの二人を一度に解放出来たのに。

――旅の鏡――

反撃を受けないようにもう一度転移して廊下に出る。あとは全力で走る。さっきまで居た部屋から「やってくれるっ!」って怒声が。ヒィー! 今捕まると何をされるか判らないから、もう一度旅の鏡で一階へと転移した。

◦―◦―◦―◦―◦―◦

イヴィリシリアはシャマルを追いかけることなく両親の部屋に一人佇み、自らの不甲斐無さに怒りを見せていた。“神剣ホヴズ”を床に突き刺し、柄尻に額をゴツンと当てて。

「ただ逃げられるならまだいいとして、まさか一撃貰うなんて・・・!」

イヴィリシリアは、いや、魔術師なら誰もが動きを止めざるを得なかった。シャマルの転移魔法・旅の鏡。魔術師には出来ない――出来る者も居たかもしれないが基本は出来ない――個人転移。
大戦時、個人で転移することは難しい術式だった。わざわざ転移門と呼ばれる大掛かりな儀式魔術でのみ転移を行っていたのだ。ゆえにシャマルの様な個人で、しかも高速での転移術式に、魔術師のイヴィリシリアは遅れを取るしかなかった。

「こちらイヴィリシリアです。捕虜となっている二人のどちらか一人を解放します。二人で相談し、決まった時点で再度隠れてください」

穏やかな声でヒミンビョルグ城中央区にそう声を流すイヴィリシリアだったが、額には青筋、こめかみもピクピクと動いている。よほど悔しかったようだ。シャマルの攻撃を喰らったことが。

「はぁ。雷撃術師と幻影術師。どちらが解放されても厄介だわ」

あらゆる面で制限されてしまっているイヴィリシリア。速度面ではフェイトとほぼ互角。ティアナには幻術を駆使され時間稼ぎをされた。その二人のどちらかともう一度相対して捕まえ直し、自分に一撃入れたシャマルを捕まえ、そしてまだ見ぬスバル、エリオ、キャロ、ザフィーラを捜索し、戦い、捕まえなければならない。それを残り僅かな時間で全てこなさなければならない。

「・・・こうなれば真技で一気に・・・。って何を馬鹿な事を考えているの私は」

少しでも真技を使おうとした事に自己嫌悪に陥り、“ホヴズ”の柄尻にゴツンゴツンと額を打ち続ける。イヴィリシリアの真技、天地刃巻(てんちじんけん)天壌裂破(てんじょうれっぱ)は広域天壌殲滅攻性術式だ。
使えば今隠れている黄チームメンバーを見つけることは出来るだろう。もちろん中央区を根こそぎ吹き飛ばすことで、だ。しかしそれでは隠れ鬼として成立しない。だから使わない使えない。

「・・・はぁ。やれるところまでやりますか」

額を打ち付けるのを止め、“ホヴズ”を床から抜いて肩に担ぐ。踵を返し部屋を出、「風査」と告げて探査術式を発動。

「反応は二つか。さっきの娘はもういいわ。他の二人に標的を変えよう」

シャマルがこの階に居ないと判ると、イヴィリシリアはもう色々と諦めた。このお題は自分の負けだと。だからこそ

――瞬風――

「せめて今度はどんな魔法が見れるのか楽しみたいわね♪」

先程までの鬱屈はどこへやら。そんな期待を抱きながらイヴィリシリアは廊下を翔ける。

†††Sideルシル†††

少し先のマスが白く光る。フェイトたち黄チームが戻ってくるようだ。光も治まると、そこにはフェイト達が疲れた顔をして佇んでいた。シャマルだけはニコニコと満足そうな顔だが。ふふ、フェイト達はイヴ義姉様に揉まれたな。

「フェイトママ~~!」

ヴィヴィオが両手を大きく振ってフェイトを呼ぶ。フェイトは「ヴィ~ヴィ~オ~~」と力なく手を振り返してきた。

「フェイトお母様もそうですが、皆さん疲れていますね」

「ルシルさん。イヴィリシリアさんって強いんですか?」

「ああ、強いぞ。陸戦最速で、風嵐系という風の属性最強だからな。君たちが戦ったカノンですら手も足も出ないような相手だ。ちなみに私も陸戦では勝ったことがないし、シエルも勝率は三割を切る」

コロナにそう答えると、カノンと激戦を繰り広げて負けたヴィヴィオ達が苦そうな表情を見せてきた。ヴィータも「そういやフライハイトの奴も大戦ん時に負けてたな」と戦慄し、リエイスも「確か真技が強烈だったな」と苦笑いだ。リエイスの言う通りだ。イヴ義姉様の真技は強烈だ。

「フェイトちゃん。お題の方はどうだったのー?」

なのはが心配そうに訊ねると、フェイト達は親指をグッと立ててニコッと笑った。そうか。イヴ義姉様を相手にクリアをもぎ取ったか。さすがだな。内容を聞けば、懐かしき隠れ鬼をイヴ義姉様とやったそうだ。にしてもフェイト達に不利なお題だ。
最初はフェイトとティアナが捕まり、シャマルがフェイトを解放に成功。それはつまりイヴ義姉様に一撃与えたという事だ。だからあんなに機嫌が良いんだな。だが優勢もそこまでだった。残り僅かな時間でフェイトとスバル以外が捕まったそうだ。しかし二人の頑張りのおかげでザフィーラとシャマルを解放。
そこからはシャマルを逃げに徹しさせ、フェイトとスバルとザフィーラがイヴ義姉様と全力戦闘、時間切れにまで持ちこたえた、というのが結末だった。

「順調だな」

私たち青チームに続いてフェイトたち黄チームも見事にお題をクリアした。さぁはやて。君たち赤チームも私たちに続いてクリアをしてくれ。




†◦―◦―◦↓レヴィルーのコーナー↓◦―◦―◦†


レヴィ
「今回も始まったレヴィルーのコーナー♪」

ルーテシア
「あれ? 出番が一切なかったのに随分と機嫌が良いんだね」

レヴィ
「何か色々と吹っ切れた。もういいや、って感じ?」

ルーテシア
「わたしとしても毎回暴走するようなレヴィの相手をするのはちょっとだし」

レヴィ
「あっはっはっ。だからもう流れに身を任せようと思ったり」

ルーテシア
「(達観しちゃったわけか)なるほどね。さて、今回は、風嵐系最強の剣士イヴィリシリアさんが登場したわけなんだけど」

レヴィ
「強かったねぇ、やっぱり。最後の方は省かれていたけど、解放されちゃったメンバーも含め、最終的に黄チームを半壊させたもん」

ルーテシア
「プレンセレリウスさんを相手にしたわたし達は幸か不幸か。よく判んないなぁ」

レヴィ
「絶対不幸だよorz」

ルーテシア
「ほら、落ち込まないで。えっと、それじゃあ今回はここまでっ」

レヴィ
「さっきのお題、無かった事になんないかな~」



 
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