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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百十八話 諮問委員会




宇宙歴 796年 3月 20日  ハイネセン  宇宙艦隊司令部  シドニー・シトレ



『やあシトレ、今話せるか?』
「残念だが忙しい。調査委員会からの報告書や各艦隊から決裁文書が山積みになっている。入院していた頃が懐かしいよ、レベロ。我が人生最良の日々だな、失われた黄金の日々だ」
レベロが頭をのけ反らせて笑い出した。

冗談を言ったつもりはないのだがな。今回のクーデターは軍だけではなく政財界にまで参加者が及んでいた。よって彼らを調べる調査委員会のメンバーは軍、法秩序委員会の合同チームになっている。かれらの罪状は国家反逆罪になるから裁くのは同盟議会という事になるだろう。おそらくは私も証言を求められるはず、面倒な事だ。

『では気分転換に私の話を聞くというのは如何だ?』
「気分転換? 転換になるのかな? まあ良いだろう。で、何の話だ?」
『パレードだの式典だのショーが終わってようやく最高評議会でも和平を検討するようになった』
「良い事だ、まじめに仕事に取り掛かったという事だろう」
『その通りだ』
レベロが頷いた。

『検討していく段階で直ぐ不都合に気付いた』
「ふむ、何かな?」
『驚くなよ、……外交を司る官庁、つまり外交委員会が存在しない』
「はあ?」
思わず声を上げ、そして失笑した。

『笑うな、シトレ。我々は本気で困っているんだ』
「そうは言ってもな、これまで帝国との間に外交など無かった。所轄官庁が無くても不思議じゃないさ。誰も困らない」
駄目だ、笑いが止まらない。レベロも笑い出した。
『戦争が続いたのはそれが無かった所為かもしれん。有れば仕事をしたとは思わないか』
「否定は出来んな」
一頻り二人で笑った。

自由惑星同盟が成立した時、いずれは帝国と接触する事が有ると当時の為政者達は考えた筈だ。戦争になると思っただろう、だが戦争を終結させるという事は考えなかったのだろうか? 彼らは国防委員会は創っても外交委員会は創らなかった。帝国と接触するのが何時になるかは誰も分からなかった。外交委員会など創っても開店休業状態になるだけだと思ったのかもしれない。同盟市民からは税金の無駄だと非難を浴びると思った可能性も有る。

しかし戦争が百五十年も続くと考えただろうか。もし百五十年続くと分かっていたらどうしただろう、それでも外交委員会を創らなかっただろうか? 仮定の話だが非難を浴びても外交委員会を創り存続させていたら同盟市民の頭には常に和平という文字が有った筈だ。和平は無理でも休戦を作り出す事は出来たかもしれない。

『これまでは良かった。しかし帝国との間に和平を結ぶ、それを恒久的なものにするのであれば所轄官庁は絶対に必要だ。金食い虫の役人が増えるのは面白く無いが所轄官庁が無いのは困る』
「まあ、そうだな」
新たな官庁が出来ればそれだけ金がかかる。財政委員長としては面白くないところだろう。しかしな、レベロ、問題は金をかけただけのリターンが有るかどうかだ。百五十年続いた戦争が終わるのなら、平和を維持できるのなら安いものだ。

「必要性は認める。しかしこれから創ると言っても時間がかかるだろう。和平問題は急ぐ必要がある。一時的に何処かの委員会に委託せざるを得ないと思うが?」
レベロが首を横に振った。
『事務方は何処も引き受けたがらない。皆自分のところの問題で手一杯なんだ。和平が結ばれれば国内開発に予算が充てられる。地域社会開発委員会、天然資源委員会、経済開発委員会は当然だが他の委員会も自分のところの予算取りで必死だよ』

「和平問題は同盟の安全保障に関わる問題だ、国防委員会に委託しては如何だ、嫌とは言えんだろう」
『無理だな、新任の委員長は自分のところの予算を守るのと軍の再編問題で手一杯だ。ネグロポンティと国防委員会にそんな余裕は無い』
「……」
沈黙する私にレベロがニヤッと笑った。

『国防費は大幅ダウンだぞ、シトレ。戦争が無くなれば武器弾薬の消費は減る、艦船の修理費も減るし損失艦の補充も減るから新造艦の建艦計画も見直しだ。手当も減るから人件費も削減出来るし、ああそれから負傷者が居ないから医薬品も減るな』
「おいおい」
止めようとしたが止まらない。

『アルテミスの首飾りが無くなったのも大きい。あれの維持費がゼロだからな。年に二回のメンテナンスと運用訓練、馬鹿にならん。一回も役に立たなかったな、建設費を入れればどれだけ無駄になったか……』
「ヴァレンシュタインが言っていたよ。あれが無ければ主戦派は暴発しなかった可能性もある。ハイネセン防衛には役立たなかったが全くの無駄と考える事も無いだろうと」
『気休めにもならんな』
レベロがフンと鼻を鳴らした。

『そんなわけでな、各委員会には和平問題を扱う余裕は無い。今は五月迄の暫定予算を議会に提出しているがこいつは問題無く承認されるだろう。問題はその後だ、五月迄には本予算を編成するが何処も皆予算獲得のために血眼になるぞ。まあ財政委員会ではある程度の試案は出来ている。それと突き合わせて予算の編成になるが戦争みたいな騒ぎになるだろう。場合によってはもう一カ月暫定予算を組む事になるかもしれない』

戦争か、確かにそうだな。どこの委員会も予算は欲しい。これまでは戦争の所為で軍が優先されていた。それが無くなるとなればこれまで抑えられていた分だけ予算を要求するだろう。軍にとっては冬の到来だが已むを得ない事ではある。戦死者が出ないだけましと思うしかない。

「それで和平問題はどうする? 何処も引き受けないとなるとトリューニヒト議長に預けるのが良いような気もするが」
『その事は我々も考えたんだが……』
歯切れが悪い、レベロは顔を顰めている。
「拙いのか?」
『拙い事になりつつある、議会が動いているんだ。トリューニヒトも頭を抱えている』
議会? 同盟議会が動いている? どういうことだ?

『議会の一部に和平問題を検討しようという動きが有る。具体的には外交審議部会を立ち上げそこで和平問題を検討して政府に意見を提案しようとしている』
「……和平交渉に絡みたいという事か、意見を吸い上げるという意味では悪い事じゃないと思うが。議会に対してガス抜きにもなるだろう」
レベロが肩を竦めた。
『それならいいんだがな』
「違うのか」
私の問いかけに渋い表情で頷いた。

『連中の狙いは人気取りさ。主戦論が同盟市民に受け入れられなくなったとみて和平論でポイントを上げようとしている。連中の考える和平論がどんなものか分かるか?』
「いや、想像が付かんな」
レベロがフンと鼻を鳴らした。

『主だったところではイゼルローン要塞の明け渡し、フェザーンの割譲、立憲君主制への移行だな。到底ガス抜きとは言えん』
溜息が出た。主だったところというからには細かい要求はもっとあるのだろう。なるほど、主戦論が力を失った以上別なスローガンが要るという事か。それが少しでも帝国から利を得たい、利を得るべきだ……。

「無理だな、帝国が受け入れるはずが無い。一体何を考えているのか」
『何も考えてはいないさ。ただ騒いで目立ちたいだけだ。同盟市民に耳触りの良い事を言ってな』
「……」
『トリューニヒトに和平問題を預ければ連中は猪みたいにトリューニヒトに突っかかるだろう。言葉尻を捕えて騒ぎまくるのは目に見えている。クレーマーと同じだよ。各委員会が引き受けないのにはそれもあるんだ。面倒事はご免だというわけさ』
「ではどうする?」
レベロが口元に笑みを浮かべた。

『最高評議会直属の諮問機関を作ろうと思っている』
「そこで和平問題を検討させると?」
『そうだ。そして諮問機関の責任者には政府の討議に加わり議長の楯になってもらう』
「つまり外交委員会の代わりか」
『それだけとは言えない』

『諮問機関には和平問題だけではなく様々な問題を検討させようと思っている』
「様々というと?」
『和平が実現すれば同盟は大きく変わる。政治、経済、軍、社会、様々な分野に影響が及ぶだろう。それを検討させ政府に助言させる』
「常設の組織にするというのか」
レベロが頷いた。

『名称は最高評議会諮問委員会。メンバーは各委員会から一名、書記局から一名。それとは別に軍から一名、委員長は最高評議会が選出する』
「……」
『委員長は最高評議会に常時出席する。発言権は有るが議決権は無い。あくまでアドバイザーとして最高評議会に参加する』
……なるほど、そういう事か。政治家というのは喰えない連中だな。

「これから先色んな問題が出るだろうな。諮問委員会からの提言という形で政府が直接言い難い事を言わせるのか。議長の楯じゃないだろう、政府の楯だろう」
『まあそういう部分もあるかもしれない』
ホアンじゃないんだ、惚けるのは下手だな。

「しかし常設ともなれば議会の承認が必要だろう、大丈夫なのか?」
『それは何とかなる。議会も和平が結ばれれば世の中が大きく変わる事は理解している。諮問委員会の必要性を訴えれば反対はし難い。下手に反対して社会が混乱した場合、議会の非協力的な態度が混乱を招いた等と非難されたくは無い筈だ』
なるほど、諮問委員会を創らせておいて失敗が有れば政府を非難する、そんなところか。安全な場所からチクチク刺して楽しむという奴だ。非難はしても責任は取らない……。

「一つ気になる事が有る」
『何かな』
「発言権は有っても議決権は無いと言ったな。それでは諮問委員会からの提言が無責任なものにならないか? どうせなら議決権も与えて責任を負わせた方が良いと思うが」
『……なるほど、一理あるな。こちらは議決権が無い方が議会に説明しやすいと思ったんだが……、そこは検討してみよう』
レベロがウンウンと頷いた。

「まあ上手くやってくれとしか言いようがないな」
国防費は予算削減か、分かっていた事だが頭の痛い事だ。煩く騒ぐ連中が居る事だろう。主戦派を潰しておいて正解だな。
『それでだ、シトレ。委員長にはヴァレンシュタインをと考えているんだが君は如何思う?』
唸り声が出ていた。

「彼は亡命者だぞ。和平問題を扱わせるのは難しいだろう。それに歳が若すぎる」
何かにつけて議会の馬鹿共から亡命者だから帝国に甘い、若いから未熟だと非難が出るに違いない。
『しかし彼以上の適任者が居ると思うか? 和平を実現するためには帝国と同盟の内情を知っている人間が必要だ』

「それはそうだが……、レベロ、ヴァレンシュタインを委員長にというのは君だけの意見なのか?」
レベロが首を横に振った。
『いや、最高評議会の総意だ。君が如何思うか聞きたいと皆が言っている。付き合いは一番長いからな』
また唸り声が出た。長いからと言って心を許しているとは限らないんだが……。

『和平を結ぶとなればレムシャイド伯と下交渉を行う事になる。伯爵に話したのだが妙な人間と交渉するよりはヴァレンシュタインの方が有り難いと言っていた。手強いが交渉の出来る相手だとね』
「なるほど」
レムシャイド伯が恐れるのは交渉の出来ない相手、つまり頑迷な教条主義者、或いは世論に押されて自分の意志で判断出来ない人物だろう。議会の馬鹿共など論外だな。

「確かに適任かもしれない。しかしな、本人は嫌がるぞ、政治に関わりたいとは思っていないからな。“ここまで来たんだ、後は自分達でやれ”、そう言いかねん男だ」
レベロが失笑した。
『確かにそうかもしれない。しかし最高評議会としては彼をこちら側に取り込みたいと思っているんだ。分かるだろう?』
「……」

『皆が彼の力量を認めている、そして懼れている。彼を敵に回したくないんだよ』
「穏やかじゃないな、敵に回すとは」
私が笑ってもレベロは笑わなかった。
『二個艦隊で早期にハイネセンを解放したのは正解だった。制圧戦に参加したのもね。あれのおかげで我々の政治的基盤は盤石といって良い。彼が単なる軍人じゃない、政治センスの豊かな政略家、戦略家だという事は皆が理解している』
「……」

『シトレ、議会内に彼を利用しようとしている勢力が有る』
「……まさか」
『利用しやすいんだ、英雄というのは。連中だけじゃない、他にも彼を利用しようとする者は多いだろう。妙な事になる前にこちら側に彼を取り込みたい、彼を守ることにもなる』
何時の間のか小声で話していた。

取り込みたい、守ることにもなる。嘘ではないだろう、かつて私も同じ事を考えたのだ。帝国に戻す事は出来なかった、殺すには惜しかった。同盟に取り込み活かす事で彼を守ろうとした……。代議員だけじゃない、彼らにもヴァレンシュタインを利用したいという思いはあるとみてよい。やっている事は皆同じだ。だが彼の力量を知っているだけ議員達よりレベロ達の方がましではある。彼の力を国家のために利用するだろう。

「そっとしておくというのは無理なのだろうな」
レベロが首を横に振った。
『無理だ、悪い事に彼は若い。利用し易いと思われがちだ』
「……反対はしない、但し彼の説得はそちらでやってくれ」
『そう言わずに手伝ってくれ、いつもの家で、な、頼むよ』
情けない顔をするな、レベロ。溜息が出た。



 
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