打球は快音響かせて
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高校2年
第三十三話 えげつない
前書き
梶井元次郎 捕手 右投左打 178cm73kg
出身 水面北ボーイズ
宮園と中学時代に鎬を削ったライバル。どちらかと言えば理屈っぽい宮園と違い、寡黙。口数が少ない分だけ捕手として周りを引っ張る力には欠けるが、その強打は相当なレベル。
浦田遼 投手 右投左打 183cm73kg
出身・徳実グリーンズ
創部100周年を甲子園で飾る為の、水面商学館の切り札。中学時代にはナショナルチーム入りしていた、球威制球変化球とも抜群の天才投手。軟派で、飄々としている少年。
第三十三話
「今日は決勝だ。」
浅海が円陣の中で神妙な顔をしながら口を開く。三龍ナインは口をキッと引き結んでその話を聞く。
「トーナメント戦で、負ける事なく大会を終えられるのはたった一校。もちろん、優勝校の事だ。優勝。それは格別だ。極端に言えば、一度負けるという意味では初戦負けも準優勝も変わらない。たった一校だけが負けない。その一校に、君達はなりたいか?」
「「「ハイ!!」」」
力強く返事をする三龍ナイン。
浅海もその返事を見て、更に声を張り上げる。
「既に州大会が決まっているだとか、そんな事は関係ない!勝つぞ!狙うは優勝だ!」
「「「おおおおおお!!」」」
三龍ナインが意気を上げた。
スタメン
三龍
4渡辺 右投右打
6枡田 右投左打
8鷹合 右投左打
7太田 右投右打
5飾磨 右投右打
2宮園 右投右打
1越戸 右投左打
3安曇野 左投左打
9剣持 右投右打
水面商学館
1三田 右投右打
4楓山 右投右打
2梶井 右投右打
9赤石 左投左打
3浦田 右投左打
8内田 右投左打
7森 右投右打
6室尾 右投左打
5蕨 右投左打
ーーーーーーーーーーーーーー
「三田く〜ん、調子どうよ〜?」
「まぁまぁやないですかァ?打順も1番なのはしんどいっすけどね」
浦田が、ブルペンで投げ込む今日の先発・1年生の三田に声をかける。2人ともよく似ている。同じように雰囲気がチャラい上、2人とも1年の春から試合に出ている実力者だ。
「いや、それにしても可愛いな〜。」
浦田は三龍ベンチの浅海を目を凝らして見る。色白の肌が少しだけ小麦色に焼けているが、まだ張りも艶もある。ポニーテールが似合うのは浦田の好みである。
「浦田さん、あれ言うて二十歳半ば越してますよ?浦田さんて年増が好きなんすか?」
「逆に聞くけど可愛い年増とブスなJK、三田はどっちとるんね?」
「まーたそんな極端な事言いますー?もちろん俺は可愛い年増よりブスなJKより可愛いJKっすよ〜」
「分かっとらんな〜お前〜。大人相手やと甘えさしてもらえるんに〜」
2人が談笑してるしてる間、捕手の梶井は放っておかれる。試合前にも関わらず相手の監督の容姿を品定めしている姿に、梶井は大きくため息をついた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
カーン!
「いぃよっしゃァーー!センター前ぇえええ!」
一回の表、三龍の攻撃。
トップの渡辺が倒れた後、2番の枡田がセンター前へ。いつも通り大声を上げて枡田が一塁に生きる。
<3番センター鷹合君>
続いて打席には、これまでの7番から3番に打順を上げた鷹合。3番を打ってきた越戸が今日は先発する事もあって打順が下がった為、代わりに3番を打つ。昨日の試合ではこの秋の大会チーム初の本塁打も放っている。背番号はまだ“1”をつけているが、投手としての出番は大会序盤のリリーフだけで、殆どが野手としての出場になっていた。
鷹合はベンチの浅海を見る。浅海は腕組みしたまま、動かなかった。
(バントさせる為に、君を3番にしたんじゃないぞ!)
鷹合は“指示がない”事にしっかりと頷き、商学館先発の三田に立ち向かった。
(えーと、ゲッツーはあかんから……そや、空向いて打ちゃあええんやな!)
カァーーーン!
ゲッツーを避けようと、考えて(?)スイングする鷹合。長いリーチで低めの変化球をすくい上げると、打球は右中間を真っ二つに割っていった。
一塁ランナーの枡田が快足を飛ばして一気にホームへ。そして打者走者の鷹合の足も相当に速い。ボールが内野に帰ってくる頃には悠々三塁に到達していた。
「よっしゃー!」
「鷹合ナイスバッチー!」
幸先の良い立ち上がりの攻撃。初優勝を狙う三龍ベンチは大いに盛り上がる。
(昨日ホームラン打ったし、今日は越戸をピッチャーで使うから3番を打たせてみたんだが……こいつ、何か掴んだかな?大会序盤はどこか面白くなさそうだったが、最近は打席に立つ表情も良い。)
三塁ベース上で笑顔でガッツポーズする鷹合を、浅海は目を細めて見た。
初回はこの後二死から飾磨がタイムリーを放ち、2点目。決勝の舞台でも三龍ナインは伸び伸びと、自分の力を発揮していた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「ひょえー、打たれた打たれた」
「お前適当すぎやけぇ!もっと自分の投げるボールに責任持たんかいや!」
悪びれもせずベンチに帰ってくる三田の頭を、バックを守る先輩がそれぞれはたいていった。
三田は頭をかばいながら「いやいや、一生懸命ですって〜」とおどける。
「はーい、今日はこの秋の大会で初めてリードを許す事となりましたー。……こいつのせいで。」
攻撃前の円陣の中心にベンチの奥から監督がのそのそとやってきて、少々無気力気味の口調で語りかけた。早速失点した三田をネタにすると、選手達から笑いが漏れる。伝統校のイメージにはそぐわない、まったりとした空気がそこにはあった。
その雰囲気を作り出しているのは、水面商学館の監督・丸子克哉。まだ三十歳ほどの青年監督である。それでいて、今年の夏は商学館を13年ぶりの夏の甲子園に導き、この秋も決勝にまで進出してきた。監督になったのは昨年からだから、一年で結果を出した事になる。
「しっかりこちらも打ち返そか。OK?」
「「「ハイ!!」」」
指示も実に適当で、殆ど何も言う事なく円陣を解く。実に適当。しかし、食わせ者の雰囲気はプンプンと漂ってきていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
<1番ピッチャー三田君>
一回の裏、商学館打線の先頭打者は今日先発の三田。背番号は“6”で、本来は1番ショートの選手である。浦田と同じように手足が長い体型で、打席に入る前のバットを回す仕草からハンドリングの柔らかさが存分に伺えた。
(いかにもセンスがありそうな奴だよなぁ。)
その挙動をマスク越しに見ながら、宮園は今日の先発・越戸をリードする。越戸はリリーフで好投を見せていたが、昨日の準決勝で美濃部が136球を投げて完投した為、今日は先発のマウンドを任される事になった。それに緊張する事もなく、いつも通りのどんよりとした顔をしている。
バシッ!
「ストライク!」
ひょろっとした体を折り曲げて独特のリズムで投げ込む変則投法。初球を見逃した三田はおぉーと露骨に驚いた顔をする。
(何これぇ?投げ方ぐっちゃぐちゃやんけぇ。タイミング取りづらかね〜)
2球目もストライク。
高校生の変則投法というのは、往々にしてコントロールも悪く、球が遅いから投げ方を変えたのについでにコントロールも悪くなったというのが多いのだが、越戸はギッコンバッタンしたこのフォームでストライクがとれる。
コキッ!
(くそっ!上げてもーた!)
三田は3球目、外に一球外したボール球に手を出した。しかし、タイミングを完全にズラされ泳ぎながらも、長い腕がしなやかにボールに向かって伸びていき、手首が最後まで返らなかった。
ポトッ
フラフラと一塁の後方に上がったフライは、ファースト安曇野の頭上を超えて芝生に弾んだ。まるで駄目な力の無い打球だが、三田は結局一塁に生きる。
(まぁヒットはヒットやけ、ええか)
三田は苦笑い。ボール球を打ってしまったのは失敗だが、センスでヒットにした。
<2番セカンド楓山君>
2番打者は1年生の楓山。小柄細身の右打者で、前日の準決勝では3安打を放っている。
コツン!
しかしこの場面はキッチリと送りバント。
初球からキッチリと転がして、一死二塁を作りにいった。
(商学館は足を全然使ってこないんだよな。基本に忠実にバントでランナー進めて、バントしない時は打たせるだけ。ここでも初球から送ってきた。)
捕手の宮園が商学館ベンチの丸子監督を見る。
丸子監督は丸子監督で、相変わらずしれっとした顔で戦況を見つめている。
(別に難しい事なんてする必要ないもんな〜。だって次のバッターはこいつだし〜。)
丸子監督はベンチにドカッと座ったままで、もう“観戦”モードである。そして打席に入るこの男も、最初から全くベンチを見る気がない。
<3番キャッチャー梶井君>
無表情。冷たいまでのその視線。
商学館の主砲・梶井元次郎が丹念に足場をならし、ストライクゾーンと野手の守備位置を確認して右打席に立つ。
(キッチリ足場ならして野手の守備位置確認するルーティーンを絶対に変えない几帳面さ。それだけカッチリした性格の癖に、この自然体の力が抜けた構え。……中学の時と変わらない、こいつは間違いなく良い打者だ。)
一連の動作をマスク越しに見ていた宮園は、警戒というよりむしろ感心した。梶井の方はマウンド上の越戸からもう目を離さない。集中している。
(!!ヤバッ)
「ボール!」
宮園の外低めの構えとは真逆のインハイ、梶井の頭の高さに初球はスッポ抜けた。が、梶井は身じろぎ一つせずそのボールを見送り、平然としている。その姿がまた憎らしい。
(シュート回転する癖球が頭の高さに来てるのに全くのけぞらなかったな。避けなくても当たらない事が分かってたんだ。こいつ、もう越戸の球筋を見切ってるのか?だとしたら恐ろしいくらいの目の良さだろ。)
宮園はボールを越戸に返す。越戸はボールを受け取りながら、梶井を睨みつけていた。
(……やれやれ、お前もお前で、よくこんなバッターに向かっていこうと思えるな)
宮園は陰キャラのはずの越戸がちらつかせる負けん気に苦笑いした。
(この一球がインコースだったから、次は外にこの球を)
宮園はスライダーのサインを出し、アウトコースに構える。越戸は頷き、今度は要求通りにしっかりとアウトコースのスライダーを投げ込んだ。
越戸は身を屈めたサイドスロー。投球には横の角度がつき、その角度はスライダーの変化と合わさって相当なものになる。右打者の梶井にとっては、背中から曲がってくるように見える。
恐怖感たっぷりのそのボールに対して、梶井は何の迷いもなく踏み込み、手元まで引きつけ、肩を微塵も開くことなくバットを出した。
カーーーーーン!
コンパクトなスイングがボールを叩き潰し、火を噴くような弾丸ライナーが一塁線をすり抜けていった。
二塁ランナーの三田は悠々ホームへ。打った梶井は二塁へ。一回の裏、商学館も梶井のタイムリー二塁打で反撃に出た。
(スライダーを初見であんなに完璧に打ってくるなんて、一体どんなバッティングしてやがるんだ。安曇野が全く反応できないくらい打球も速かったし……)
戦慄する宮園。中学の時の梶井から、一回りや二回りでは効かないくらい、打者としては成長している。梶井本人は、会心と言っていいバッティングを見せても表情を崩さない。打って当然という事だろうか。
(これで4試合続けての長打か。キャッチャーでこのバッティングやけ、こいつにもプロのスカウトくるかもしれんの〜。ここまで打率は5割超えとーし、得点圏の集中した打席では8割くらい打ちよるんちゃうかな〜。)
商学館ベンチでは丸子監督が満足げな表情。
ある意味“他人事”な引いた見方だが、選手を見るその目は優しかった。
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