万華鏡
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第六十八話 秋深しその九
「阪神タイガース七十五年記念特集号」
「ベースボールマガジン社からの」
野球といえばここだ、何処ぞの自称球界の盟主に媚び諂うばかりの五流はおろか百八流位レベルが下等なタブロイド紙とは全く違う、間違っても夕刊フジやサンケイスポーツなぞとは違う野球を正面から見ている雑誌を出している。
「この本か」
「この本の読書感想文ね」
「それならね」
「あいつらしいっていうか」
「いけてるじゃない」
「ううん、納得ね」
琴乃もその発表を見てこう言った。
「あの子らしいわね」
「だよな、阪神特集号かよ」
美優も琴乃と一緒に唸る、五人共昼休み一緒に食堂で食べながら話をしている。
「野球部だからか」
「それでなのね」
「ああいう本読んでもよかったんだな」
今度はしみじみとして言う美優だった。
「読書感想文に」
「小説や脚本だけじゃないのね」
「本なら何でもいいんだな」
「そうだったのね、それにしても」
「どんな感想文だったか気になるな」
「何か噂だとね」
彩夏がここで二人に言ってきた。
「もう原稿用紙にして五十枚のね」
「えっ、五十枚」
「五十枚も書いたのかよ」
「そうらしいわ、阪神や選手の人達への想いをこれでもかと書いたね」
「五十枚って」
「また凄いな」
二人もこれには唖然となった、かなり有り得ないというのだ。
「普通五十枚はね」
「ちょっと書けないぜ」
「読書感想文っていうか」
「それ随筆じゃね?」
「しかもそれを三日で書いたらしいのよ」
五十枚のそれをというのだ。
「僅かね」
「それも凄いわね」
そのことを聞いてまた言う琴乃だった。
「三日で五十枚って」
「あたし五枚書くのに三日だよ」
美優は自分のことをここで話した。
「その十分の一だよ」
「普通はそうよ」
里香がこう美優に言う。
「そんな五十枚を三日っていうのはね」
「ないよな、やっぱり」
「小説家でも。夏目漱石とか太宰治はね」
国民作家と言われている彼等の場合はというと。
「一日で四枚か五枚だったのよ」
「原稿用紙でだよな」
「そう、それ位だったの」
これが彼等の執筆ベースだったというのだ。
「まあ個人差があるから、筆の速さは」
「それで五十枚三日っていうのは?」
「速いと思うわ」
里香は景子にも答えた。
「やっぱりね」
「そうよね、五十枚を三日はね」
「そうはないわ」
また言った里香だった。
「本当にね」
「ううん、彼そっちも凄いのね」
「それだけ書けるのも想いがあってこそね」
「野球、そして阪神の」
「そう、阪神はそれだけ愛されるチームなのよ」
野球というスポーツ自体がそうであるが阪神はその野球チームの中でもとりわけそうした存在だというのだ。
「勝ち方も負け方も絵になるから」
「そうなのね、いや熱意なのね」
景子も唸った、思わず。
「感想文も」
「ええ、その本への想いが強いとね」
「読書感想文もなのね」
「いいものになるわ」
そこに入る心でだというのだ、読書感想文の質もかなり変わるというのだ。
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