万華鏡
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第六十八話 秋深しその七
「あそこまで無茶苦茶な人間も珍しい」
「弟子の奥さんを奪うって」
「滅多にないな」
「そんなことしたら大問題ですよ」
「だからそうなったんだよ」
実際にというのだ、当時。
「先生はまた言うがそんな人間にはなるな」
「わかりました」
「偉人でも立派な人とは限らないんだ」
先生は琴乃にこの摂理も話した。
「見習わなくていい人もいる」
「そうなんですね」
「それがワーグナーでベートーベンだ。他にも結構いるがな」
「ううん、偉人って何なんですか?」
「偉い人ってことだがな」
芸術なり何なりで人類全体に大きな貢献をした人物である。
「けれど偉い人が立派な人とは限らないだろ」
「そういうことですね」
「ああ、そういうことだよ」
先生は琴乃にこうも言った。
「地位でもそうだな」
「地位だけ偉くてもですね」
「先生でもな」
社会的に尊敬される職業、まさにそうした立場の人間でもというのだ。
「全然尊敬出来ない人がいるな」
「それ言われます?」
「言うさ、先生も学生時代見てきたからな」
そうした教師をというのだ。
「偉そうにしている割に何も出来なかったり下品で馬鹿だったりな」
「そうした先生本当にいますね」
「偉い立場だよ、先生は」
社会的地位を見ればというのだ。
「けれどそうした人でもな」
「人間的に立派とは限らないんですね」
「とんでもない奴だって多いさ」
実にというのだ。
「だから歴史上の偉人もだよ」
「立派とは限らないですか」
「森鴎外だって偉人だろ?」
先生は今度はこの明治から大正の文豪の名前を出した。
「けれどあの人人間的にはな」
「駄目だったんですか」
「駄目も駄目、虚栄心は強いわ頑迷だわ」
「何かややこしい人だったんですね」
「しかも女性問題も起こしたし親に頭が上がらなくてな」
「あまり立派じゃなかったんですか」
「日露戦争の脚気の死者はあの人のせいなんだ」
陸軍の話だ、陸軍軍医総監の彼が白米食にこだわり陸軍の将兵達はビタミンB1不足で脚気になって死んだのである。白米にビタミンはないからだ。
「あの人が麦飯を頑として認めなくてな」
「それってとんでもないことですよね」
「だからあの人はとんでもないんだよ」
人間としては、というのだ。
「森林太郎っていう人間はな」
「森鴎外の本名ですか」
「そうだよ、夏目漱石もだ」
鴎外と並び称されるもう一人の明治から大正を代表する文豪である。
「あの人も被害妄想が強くて癇癪持ちでおっちょこちょいでな」
「ややこしい人だったんですか」
「人格者じゃなかった」
このことは断言出来るというのだ。
「自分の子供をステッキで殴り回したこともあったらしいな」
「それってDVですよね」
「今で言えばな」
完全にそうなるのだった、児童虐待である。
「今だったら捕まってるな」
「自分の子供を虐待したってですか」
「あくまで今だったらだけれどな」
「そういうことする人だったんですね」
「ややこしい人だったんだよ」
漱石もまた然りというのだ。
「どっちの人も間違っても人格者じゃないからな」
「偉人でもですね」
「偉人でも人間性は見るんだ」
くれぐれもというのだ。
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