星の輝き
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第17局
「碁は無限なり」
「百万局打ってもわからない」
「答えは……、あるのか?」
「盤上はいまだ深い闇」
「手探りで前へ行くのみ。光明を求めて」
「しがらみを捨てたに過ぎぬ。この身は永遠に十九路の迷宮にある」
「私はまだ、神の一手を極めていない-」
「もうすぐ入学式だって言うのに、最近なんか元気ないなあ、アキラ」
塔矢家での名人門下が集まっての勉強会、ここしばらく元気のない、塔矢アキラに芦原は声をかけた。
「もうアキラも中学生なんだし、いい加減プロ試験受ければいいのに」
声をかけられたアキラは、力なく答えた。
「…いえ、僕なんかまだまだですよ。ぜんぜん力が足りません」
二人の様子を見ていた緒方が口を挟んだ。
「進藤ヒカルに負けたのがそんなに気になっているのかい?」
口を閉ざすアキラを見て、芦原は目を丸くした。
「え!?進藤ヒカルって誰なんですか?アキラが負けた!?」
「ああ、芦原は聞いてないのか。アキラ君と同学年らしい。碁会所で対局して、見事に打ち負かされたらしい。それからだよな、アキラ君が元気がないのは」
周囲の注目がアキラに集まるが、アキラは顔を伏せ、何も答えない。
「…いや、驚いたなー。アキラに勝つ子供がいるなんて。プロじゃないんですよね」
「ああ。俺も少し調べてみたが、アマチュアの大会にも出てる様子がない。まったくの無名だな」
「へー。なぁ、アキラ、どんな碁だったんだ?並べてくれよ」
興味を持った芦原が、アキラに頼む。プロと同レベルのアキラだ。ある程度のレベルの対局は、当然のように覚えているはずだ。
ましてや負け碁。プロであれば当然何度も打ち直し、研究をする。アキラも同様だ。
「…すみません…」
アキラは、口数少なく、断った。
「俺も何度か頼んでいるんだけどな、残念ながらアキラ君は並べてくれないんだ。よっぽど悔しかったんだろうな」
「うわー、アキラがそこまで悔しがるってなんか初めてじゃないです?アキラのライバル登場?でも、碁会所で打ったのなら、お客さんで見てた人もいるんじゃないですか?」
「ああ。そのときいた人は全員見ていたらしい。だが、誰もそのときの碁の内容がわからないんだ」
緒方のその言葉に首をひねる芦原。
「誰も?それはまた不思議な話ですね。まぁ、確かにプロレベルの対局であれば碁の内容をつかむのは難しいかもしれませんが、手順を並べるくらいなら、できる人がいてもよさそうですけど…」
囲碁は、アマチュアとプロの間の差がとても大きい。その差ゆえに、一般的なアマチュアレベルでは、プロの対局を見ても、その碁の内容を理解するのはなかなか困難だ。対局によっては、どちらが勝っているのかさえさっぱりわからないものもある。
しかし、内容の把握はともかく、ただ打たれた碁を並べなおすだけであれば、碁会所のトップの面子であればある程度はできるはず。それゆえの疑問だった。
その疑問に答えたのは緒方だ。
「一色碁だったらしい。二人とも白石で対局し、アキラ君の中押し負けだったそうだ」
「それはまた、なんと言うか…。小学生同士の一色碁か…、なんか自信なくすな俺…」
「ほんと、見れないのが残念だよ。あの時、藤崎あかりちゃんに見せてもらうんだったと後悔している」
緒方のその言葉に反応したのはアキラだった。
「え!?藤崎あかり!緒方さん、彼女に会ったんですか!?」
「少し前に、碁会所でね。市河さんが、街で偶然会った彼女を連れてきてくれたそうだ。先生と六子の指導碁で、見事に5目勝ちだったよ。たいしたもんだった。…あの後来ないな。いつでも来てくれと、先生も俺も声をかけたんだがな」
驚くアキラの様子を眺めながら、緒方が告げた。
「その藤崎あかりちゃんというのは?」
芦原の質問に緒方が答えた。
「その子もアキラ君と打ってるんだよ。2回ね。1回目は、三子で打って、アキラ君の2目勝ち。2回目は、互先で、アキラ君の15目半勝ち。で、その子はどうも、進藤ヒカルに碁を教えてもらっているらしい。進藤ヒカルの弟子だそうだ」
「その子もたいしたもんですねぇ、アキラ相手にそこまでの勝負になるんだ。どんな内容だったんです?」
「どちらも立派な碁だったよ。アキラ君も本気のね」
その緒方の言葉を聞いて、アキラの父である塔矢行洋も口を挟んだ。
「確かに立派な子だった。子供ながらにしっかりとした碁を打った。機会があれば、また打ってみたいものだ。彼女の師匠とやらの、進藤ヒカル君ともな」
「先生相手にそこまで打てるんですか…。実質先生と五子の差だとすると…、その子でアマトップレベル?で、進藤君とやらはその子よりも上なんですよね?まいったな、ほんとにプロレベルなんですか…。プロレベルのアマチュアか…。まるでsaiだな…」
芦原が思わずつぶやいたその言葉に、緒方は興味を引かれた。
「sai?誰だそれは?」
「ああ、最近ネット碁で話題になっているんですよ。突然現れて、負けなし。全対局で勝利しているんです。噂では、プロも負けてるとか」
「ほう、それはすごいな、無敗か」
「ええ。どこのプロだろうって噂だったんですが、あまりにも頻繁に打つんですよ。それも相手を選ばず。だから、こんなに頻繁に打つプロなんているわけないけど、じゃあ誰なんだって」
部屋の隅に置いてあるパソコンを眺めながら、緒方はアキラに声をかけた。
「アキラ君はインターネット囲碁をやったことは?」
「関西のプロの方とやったことはあります」
そういいながら、アキラはパソコンを立ち上げた。今の芦原の話に、なぜか興味を引かれていた。
「かなり頻繁に打ってるらしいから、いないかなー。あ、アルファベットの小文字でsaiね」
それを聞いてアキラは対戦者の名前を探した。
「いた」
「お、いたいた、sai。なんだ、対局はしてないか。最近申し込みがすごい多いみたいで、なかなか対局できないって話なんですよね」
そんなことをいいながら、みんなで画面を覗き込んでいた時だった。
「あ!saiが、対局を申し込んできた!」
後書き
誤字修正 互い戦 → 互先
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