真犯人
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第一章
真犯人
ガンディア公爵ホアン=ボルジアが死体となってローマのティベレ川で発見された。刺し傷から他殺であることは明らかだった。
暗殺はこの頃のイタリア半島ではよくあることだった、特に貴族だの聖職者だのとなれば政争でまさに常だった。
だが今回の暗殺は普段の暗殺と少し事情が違っていた、それは彼が教皇であるアレクサンドル六世の実子であるということだ。
一応は教皇の甥の子ということになっていた、しかし誰もが彼が教皇の実子であることは知っていることだった。教皇自身も隠していなかった。
教皇には子が何人かいたがガンディア公はその子の中でもとりわけ愛されていた、しかもこの暗殺はというと。
明らかに暴漢によるものではなかった、ティベレ川の泥にマントまで塗れて汚れていた公爵の遺体を検死した者が教皇に言った。
「ガンディア公は強盗に襲われたのではありません」
「そうなのか」
教皇はその座から顔を強張らせた、傍らには黒く長い髪を持ち黒く鋭い目を持ち整った美貌を持つ痩身の男が立っている。その着ている服は紅の法衣、枢機卿の服である。彼の嫡男でありガンディア公の兄であるヴァレンティーノ枢機卿チェーザレ=ボルジアである。
その彼を控えさせてだ、教皇は言うのだった。
「ではホアンは」
「暗殺されたかと」
報告する者は教皇に沈痛な顔で述べる。
「そう思います」
「そうか、ではだ」
教皇は愛する子の死に落胆していた、だがそれと共に。
顔を上げてだ、こう言ったのだった。
「ではだ、すぐにだ」
「はい、暗殺犯を」
「探し出せ、そしてだ」
そのうえでだとだ、教皇は言葉を続けた。
「見つけ出した時はだ」
「その暗殺犯を」
「ただでは殺さぬ」
ここでようやくだった、教皇は怒りを見せた。子を殺された父の怒りであり神の代理人としてのものではない。
「ゆっくりと時間をかけてだ」
「そのうえで」
「処刑してくれる」
こう言うのだった、目を血走らせて。
「よいか、慈悲は無用だ」
「見つけ出した時は」
「この世に生まれたことを後悔させてやる」
そこまで徹底して残虐な処刑を加えるというのだ。
「そうしてやる。だから何としてもだ」
「はい、暗殺犯を」
見付け出すとだ、彼も応えた。
「見付け出し教皇様の御前に差し出します」
「何ならば余自身の手でだ」
またしてもだ、教皇は教皇ではない言葉を出した。
「その者を始末してくれるわ」
「教皇様、ここは」
ヴァレンティーノ枢機卿もだ、ここで教皇に言う。
「心を鎮めて」
「そのうえでだな」
「そうしてガンディア公暗殺犯を探しましょう」
「さもなければ見付からないな」
「見付かるものも。ですから」
こう言って教皇を落ち着かせるのだった、枢機卿は教皇の実子であると共に彼の知恵袋でもあるのだ。
その彼も自身の弟である公爵暗殺犯の捜査を命じた、だが。
捜査をはじめるとだ、これがだった。
容疑者は実に多かった、何しろ公爵はボルジア家の者だ。
アレクサンドル六世が教皇になるまでに彼は多くの奸智と謀略を使ってきた。右手に奸智、左手に謀略という呼び名通り。
多くの政敵を蹴落とし始末してきた、それだけにボルジア家は非常に敵の多い家だった。
しかもだ、その中でガンディア公は。
個人的に敵が多かった、その敵はというと。
「多いな、容疑者が」
「ああ、元々敵の多い方だったからな」
捜査をするボルジア家の者達も困っていた、捜査が難行してだ。
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