【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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闖入劇場
第八四幕 「映画館ではお静かに」
(うーん・・・この量のコーラで300円って正直ぼったくりじゃない?)
(まぁな。ポップコーンの原価も実はかなり安い。でも映画館に来ると皆雰囲気に呑まれて買っちゃうんだよなーこういうの)
(あ、ちょっと分かるな。ポップコーンとか定番って感じするもん)
(あんまり食べすぎるなよ?昼は昼でレストラン決まってんだから)
等と言いつつ金は有り余っている富裕層2名、ジョウとシャルである。ユウ達4人を監視という名目でストーキングする二人は4人を観客席の後部席から見ている。距離は割と近いのだが、映画館内の迫力ある音声のせいでこちらには面白いくらい気付かない。
というか、実際には会話の全てを秘匿回線で行っているため周囲に音は漏れないのだが。相変わらずハイテクの使い方を間違った男である。・・・それにあっさり乗ったシャルもだが。
(ところでジョウ。君って実際のところ、兄としてあの3人のことどう思ってるの?)
ふとしたシャルの疑問が口をついた。入学して間もない頃はユウに女の子が近付き過ぎて暴走したりしていたジョウだ。ユウの自主的なアクションには極力口を出さなかったが、実際にはユウに関するあれこれをいっそ気持ち悪いレベルで察しており、状況によっては己のストレスを発散するためにIS用ブレードを素手で折り曲げて迸る愛を発散したりしていたのをシャルは知っている。つまり、それだけジョウはユウに女の子が寄ってくるのを快く思っていないのだと少し前までシャルは思っていた。
だが実際の所、簪には何も言わないし鈴とユウがコンビを組んだ時も何も言わなかった。癒子にも最初は圧迫面接のような態度を取っていたのに今では後輩のように扱っている。つららについても同様で、むしろ投げ技に関しては褒めていたくらいだ。となれば、ジョウが何を基準に動いているのかが分からなくなってくる。
(んー?そうだな・・・実はユウって中学の間、同年代の女の子と一緒に行動する機会があんまりなかったんだよ。癒子の件見てたろ?ああやって来られるとどうしたらいいか分かんなくなるの)
(それと3人の事とどう繋がるの?)
既に始まっている映画を見ながらユウはポップコーンを軽く摘まむ。シャルは取り敢えずコーラを飲んだ。炭酸が抜けきる前に飲んでしまいたいものである。周囲からは彼らが何かを話している事さえ認識できないため、単なるカップルにしか見えていない。
(正直、弟の恋路にまではちょっかい出したくないんだが、兄としてはある程度篩にかけたい気持ちがあるんだよ。変な女に引っかかりそうでさ。で、その点であの3人は将来の義妹候補の資格があると俺は見ている)
(何って言うか、思想が親馬鹿のオッサンだよそれ・・・)
(何歳になっても可愛い弟なんだよ)
この二人、秘匿回線で会話を成立させながら映画もちゃんと見て楽しんでいる辺り、人より脳が一つ多いのではないかとさえ思える。実際にはこの程度の並列思考は出来て当たり前だと本人たちは思っているのだが、IS操縦者の常識と一般常識にクレバス並みの隔たりがあるのはご愛嬌。
(つららは恐らく今回はノリで付いてきただけだが、最近は少なからず男子というのを意識し始めてる)
(そうなの?)
(多分セシリアに何か言われたんだろう)
ちなみに、この予想は大正解である。具体的にはトーナメント優勝後の会話(第六四幕)でセシリアの言った言葉、「いつか自分の家庭を持つ時は・・・」という言葉を聞いて、将来自分も家庭を持つかもしれないのかと意識し始めているようだ。さしずめ男心の研究中といったところか。
(セシリア狂いに見えて案外しっかりしてるからな・・・癒子も向上心があってちゃっかりしてるところは悪くない。内心ではユウに惹かれていると見たぜ)
(あ、それはなんとなくわかるな。冗談めかしてるけど偶にユウに対する視線に熱が籠ってるよね)
(我が弟ながらモテる奴だ・・・兄の元に女は来ないというのに!)
(まぁそれは僕がジョウの友達な所為だけどねー。絶対に僕のコト体のいい女避けとして使ってるでしょ?)
(んー?何の事かなー?)
とぼけたって無駄なんだから、とシャルは心中で溜息をつく。
シャルとジョウは “とある事情”で知り合いだったために入学前から交友があったせいで距離が近い。一部では「熟年夫婦のような空気がある」とまで言われており、周囲はジョウ目当てに近づきにくいのが実情である。最も最近はそこに楯無が参戦するという根拠のない噂がまことしやかに囁かれているとか。
何よりジョウは鈴が来て以来は兄貴分というキャラが周囲定着しつつあり、恋愛対象として見難い部分があるのだろう。そんな話をしつつも、2人の視線はやがて最後の一人――大胆にもユウと手を繋いで映画を鑑賞している一人の少女へと向かう。
(まぁそれはそれとして簪ちゃん・・・は、敢えて何も言うまい。黙ってた方が面白そうだし)
(何それ、鈍簪関連の意味で?)
(んむ。あの行き過ぎた友達観がどんな結果をもたらすのやら・・・まぁあの二人を見てると悪い結果にはならんだろうと思える安心感があるが)
ユウは気付いていないが簪の方も羞恥で顔が真っ赤になっていた。どうにも彼女には他人に近寄ることを意識するかしないかの絶妙なラインが存在するらしく、ある一定以上の接近で急に男女の意識が浮上するらしい。
(初々しくって見てるこっちがニヤニヤしちゃうよ。・・・ところで生徒会長はこの事を?)
(ユウの事も評価してる分、妹愛との板挟みで悶えてるぞ。あれも見てて面白いな)
可笑しそうに笑うジョウだが、本人としては割と真剣なのだろう。妹が選ぶなら・・・いやしかし、妹をどこの誰とも知れない男に・・・いや、いやしかし!といった具合の問答を頭の中で続けているに違いない。しかしあの二人がくっつくか、とシャルは想像してみた。・・・確かに悪いイメージは不思議と湧かない。むしろ万事上手くいくような気がしないでもない。
そして話はユウ達から自分たちの事へ移り変わる。いくらユウご一行の監視が名目とはいえ映画は2時間近くあるのだ。たまには別の話をしなければ退屈してしまう。退屈なら映画見ろよという話だが、映画を見る脳と会話する脳が分離しているのだから難儀な連中である。
(で、シャルの方はどうなんだよ?・・・って、この男が少なすぎる学校で聞くのも野暮だな)
(そだね。一夏も悪いとは思わないけど、鈴から奪ってまでとは思わないし・・・ベルーナ君は子供って感じしかしないし、ユウは競争率高そうだし・・・暫くジョウの隣で我慢するよ)
(てめっ!ひっでぇ言い様だなおい!これでも優良物件だぞ!?)
(あはははっ♪何なら僕がお婿さんに貰ってあげるよ、独り身のジョウ君?ねえねえ嬉しい?)
(お前に言われるとそう嬉しくもない気がしてくるね!行き遅れルートのシャルロット君!)
(あっ!?言ったなこのブラコン馬鹿ー!)
いちゃついているようにしか見えないがきっと気のせいである。なお、この時二人は一つ思い違いをしていたりする。
恋愛感情があるから上手くいくとは限らない、むしろなまじ恋愛感情が無い方が夫婦としては長続きする場合もあることを。このまま互いにいい人を見つけられなかったら、余り者同士でくっつくという選択肢が本当に見えてくることに、2人はまだ気付いていない。
・・・余談だが、2人は愛の告白を受けたことが何度かある。そんな時には条件を提示するのだが―――
ジョウ:何でもいいから勝負で自分に負けを認めさせること
シャル:腕相撲で自分に勝つこと
―――だったりする。一見シャルの条件は簡単そうに見えるが、実は彼女はこう見えてとんでもない怪力が自慢であり(ラズィーヤの目撃証言によると片手で体重四十余キロの人間を投げ飛ばしている。番外編「一般生徒の日記」参照)、彼女に勝った男性は今のところ一人もいない。ジョウは・・・ジャンケンですら勝てない人間が続出だった。
= =
都会には性質の悪い女が多い、というのは最近では特に有名な常套句である。と言っても元々男にも女にも性質の悪いものはいたろうが、この言葉が含むニュアンスはそうではない。女尊男卑社会の形成によるモラルの低下は著しい、という現状を指しているのだ。今や社会問題寸前のこれは、与野党の間では女性優遇政策の合理性という形で終わりの見えない論争が繰り広げられている。
だが、だからと言って馬鹿な男がいないのかと言うと、それはまた別の話らしい。現に今、箒の目の前にはその類の男が酷く低俗な笑みを浮かべて人の肩を掴もうとしている。思わず眩暈に襲われそうになる。
私こと篠ノ之箒は、別にこんな女を物としてしか見ていなさそうな品の無い男達にナンパされるためにおめかしをしたわけではない。煩悩が筒抜けな顔をするような男達に構ってほしいからこんな場所に立っている訳でもない。故に、その男にどれほど誘いを受けても褒められても全く嬉しくないし、むしろ嫌悪感を抱く。
「なぁ、ちょっと行ってみようぜ?この先に美味いクレープ屋が・・・」
「何度も言っているが、私は此処で人を待っているんだ。余所を当たれ」
「そうつれないこと言わずに・・・さあ!」
強引に連れていけば女が納得するとでも思っているのだろうか?はた迷惑に思いながらすっと体を逸らして肩を掴もうとする手を躱す。正直、気安く触れるなと叫んで殴り飛ばしたい気分だった。躱された男はなおも軽薄な笑みでこちらに近づくが、こめかみの血管が軽く動いたところを見ると短気でもあるらしい。
――いっそ蹴り潰すか?そんな考えが頭をよぎるが、これからのことを考えるとその行為で体が汚れる気がして、何となく気が引けた。既に周囲はこの以上に気付いて視線が集まりつつある。少し集合時間より早く聞過ぎたことが、こんな結果を招くか・・・と箒は自分の不運を嘆いた。
いっそのこと通報もありだ。女性優遇社会になってからこの手の件に関して警察の手際はかなり良くなっている。少なくともこの男の聞きたくもないナンパを避ける手段としては有用だろう。
「・・・そんなに避けなくてもいいじゃん?勿論俺の奢り――」
「甘いものは嫌いなので」
「じゃああっちの屋台に行こう!向こうの角にあるコロッケが――」
「ダイエット中なので」
いい加減しつこい。この男、見た目で人をか弱い女と判断しているの自分が主導権を握りたいのかは知らないがどこか上から目線である。これで人数が多かったらなお鬱陶しいし、群れて変な自信をつけた男は一度追ってやらないといつまでも付き纏うので面倒だ。・・・そう考えたのがいけなかったのか、ナンパ男が増えた。
「どしたの?・・・お!この子超美人じゃん!!」
「いやー可愛いねー!どこの学校?」
馬鹿が二人追加でバカトライアングルの完成だ。もはやこの鬱陶しさに耐えられなくなった箒は硬く拳を握りしめ――。
「――こらこら、簡単に暴力に頼っちゃ駄目だって言ったろう?」
「あ・・・」
後ろからぽん、と肩を叩かれた。その声はここ数か月、電話の音声だけでしか出会えなかった男の声。箒がもっとも今の自分を見てほしかった男の声だった。
「あん?何よアンタ?」
「この子の彼氏やってます。と言う訳で、引いてもらえませんかね?」
あからさまに機嫌を悪くしているナンパ男達にも爽やかな笑顔で対応する大人びた態度。見る人が見れば鍛えられていると分かる引き締まった体躯。最後に会った時よりまた少し大人びた顔立ち。ここ最近は会えると分かってから高揚を抑えられなかったほどに待ち望んだ、自分の先輩であり恋人。
「センパイ!もう来てたのか?」
「うん、箒はそそっかしい所があるから早めに来てるんじゃないかと思ってさ。当たったろ?」
「・・・お見通しか。敵わないな」
完全に行動を読まれていたのが恥ずかしくて、でも分かってくれているのが嬉しくて、顔がにやけてしまう。会って沢山伝えたいことがあった筈なのだが、顔を見て言葉を交わしただけで目的の半分を達したような幸せが胸を満たした。
「おい、てめぇ無視すんなよ――」
「髪を下ろしてるんだ?珍しいね・・・でもよく似合ってる」
「そ、そうか?良かった・・・あ、服はどうだ?今日のために買ったんだぞ?」
「うーん・・・いつもより大人し目な印象でいいと思うよ?その帽子も綺麗な黒髪に合うね」
「そうか!そうだろう!センパイに見てほしくて散々悩んだ甲斐があったというものだ!」
「おいコラ!この――」
「こらこら、はしゃぎ過ぎだぞ?女の子は御淑やかに・・・って、これ言うと男女差別だって周りにうるさく言われるんだよなぁ・・・」
「大丈夫だ先輩、私は気にしない!そ、その・・・センパイが望むなら、それも目指すし・・・」
「・・・無理して変わんなくたっていいぞ?はしゃぎ過ぎちゃうところだって子供っぽくて愛嬌あるし」
「こ、子供っぽくなんかないぞ!ちょっと単純なだけだ!」
「ぷっ・・・そういうこと自分で言うもんじゃないの!まったく・・・好きだけどさ、そう言う所も」
まさかのガン無視、そして自分たちの世界へ突入。目の前に今にも暴力を振るってきそうなほど苛立っている男をまるで路傍の石ころのように扱う二人に野次馬の間に遣る瀬無い空気が立ち込める。また、箒の笑顔にほっこりするその男とそのほっこり顔を見つめてほっこりする箒という話の進まない永久機関が完成し、本格的にナンパ男の存在が二人の脳内から抹消され始めていた。
その態度が男のプライドか何かを傷つけたらしく、さっきまでの形だけ丁寧な物腰を完全にかなぐり捨てた男はチンピラのように二人の間に割り込もうと足を踏み出した。
「無視してんじゃねえよこの糞野郎が!!」
「「邪魔だ鬱陶しい!!」」
ド ゴ ッ !
「あばっふっ!?」
「「ひ、ヒロシィぃーーー!!?」」
瞬間、激昂していたナンパ男は箒と彼女の恋人――真琴のダブルキックがクリティカルヒットした。惚れ惚れとするほどに見事に放たれたダブルキックを受けたナンパ男は地面とと平行に吹き飛び、奥にあったガードレールと接触して回転したのちに地面に激突、見事撃沈した。
「人の恋路を邪魔する奴はッ!!」
「自分たちで蹴り飛ばすッ!!」
((((えぇぇー・・・))))
さっきまでの非暴力主義はどこへ跳んで行ったのか。約半年ぶりの再会を邪魔されて気が立っていたバカップルは、目の前の障害を排除する方法として早速暴力に頼っていたのであった。
とはいえ少しばかり騒ぎを起こし過ぎたか、周囲にはいつの間には野次馬が増えつつある。それを察した真琴は眉を顰めた。
「うーん、ちょっと注目浴びちゃったな・・・ここはさっさと離れるのが得策かな」
「そうだな。時間も長くはない・・・では急ごう、先輩!ん!」
「ん、って・・・何だよその突き出された手は?・・・あ、こうか」
「折角のデートなのだから・・・いいだろう?」
箒が付きだした手の意図を推し量った後、真琴はその手を握った。感触を確かめるように真琴の掌を握り返した箒は羞恥半分、嬉しさ半分の笑顔ではにかむと、そのまま街へ繰り出した。
同級生たちに奇跡的に隠し通したままの箒のデートは幕を開けた。その日彼女たちがどんなデートコースを歩んだのかは誰も知らない。が、デートから帰ってきた箒が始終ふにゃけた顔をしていたためデートをしたこと自体はあっさりバレたとか。
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