万華鏡
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第六十二話 快勝その三
「それで昔あった蔦も」
「甲子園の壁のあれね」
「あそこも蛇が一杯いて」
「困ったらしいわね」
「あの蔦も蔦でよかったけれどね」
甲子園球場という日本スポーツ界においてもかなり特別な位置を占めるこの球場を飾るものの一つだった、だからだというのだ。
「今はないから」
「それは寂しいわね」
「蛇もいなくなったのよね」
「巣がないからね」
その蛇の巣になっていたことは言うまでもない。
「だからね」
「まあ蛇が出て来たら怖いけれどね」
「それでも蔦がないのは」
「寂しいわね」
「やっぱりね」
こう話すのだった、ミミズや蔦のことも。甲子園名物は熱狂的なファンやカチ割り、風船にビールだけではないのだ。
「阪神はね」
「ちょっとね」
「阪神がないと」
「どうしても」
こう言うのだった、そしてだった。
遂にアナウンスがはじまった、シリーズに参加する選手達が次々と名を呼ばれグラウンドに出て来る。だが五人はまだだった。
コップの中に酒は入れている、つまみの用意もしている。しかしそのどちらにも手をつけず待っているのだった。
美優もだ、カルピスチューハイが入ったコップを右手に持ちながら四人に言った。
「まだだからな」
「うん、試合開始までね」
「飲んだり食ったりするのはな」
「待とうな」
こう琴乃にも応える。
「今は」
「それじゃあね」
「シリーズを観るんだからな」
それならというのだ。
「やっぱりプレーボールを待たないとな」
「飲んだり食べたりするのは」
「もう準備は出来てるしな」
冷奴もカップ麺も用意してある、枝豆もある。そうした手軽な感じのつまみは全て用意してある。それならだった。
「何時はじまってもいいからな」
「だからよね」
「あと少しだけな」
本当にだ、ほんのだというのだ。
「待ってな」
「そしてね」
「楽しく観戦しような」
飲んで食べながらというのだ、こう話してだった。
そしてだ、いよいよだった。
両チームの監督への花束の授与も終わった、両者の間には無言の火花も散った。
始球式も行われた、こうしていよいよだった。
試合がはじまった、それからだった。美優はメンバーに言った。
「じゃあな」
「うん、じゃあね」
「今からね」
四人も応える、そうして。
乾杯をした、そのうえで。
飲み食べる、阪神の守りからだった。
試合がはじまってだ、まずは一回表は無事に終わった。
そして一回裏だ、阪神の攻撃である、彩夏は攻守が入れ替わる中で四人にほっとした顔になってこう言った。
「まずはね」
「うん、最初の守りはね」
琴乃がその彩夏に応える。缶のカクテルを飲みながらの言葉だ。
「三者凡退だったわね」
「よかったわ」
ほっとしている言葉だった、それも心から。
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