少年と女神の物語
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第六十四話
林姉のおかげで命を繋ぎながら、俺はこの状況をどうしようかと必死になって考える。
といっても、林姉の視線のおかげである程度は冷静になれた。これならまともかどうかは問わずアイデアも浮かぶはずだ。
まず、どうやってここから抜け出す?ぱっと思いついた手段は一つ。
力づくで、体のパーツを失う覚悟でここから抜け出す。
最悪からだのほとんどを失っても、海面までたどり着いて言霊を唱え、すぐに治癒の術をかけてもらえば治る。
・・・いや、ダメだな。まず間違いなくその前に死ぬ。考えるまでもない・・・訳ではないが、そんな賭けは最後の手段に取っておくべきだ。
他には・・・クソ、権能が使えないとここまで何も出来ないのかよ、俺は!
神様が人間に興味がないとは言え、いつ林姉に被害が及んでもおかしくはないんだ。早く何か思いつかないといけないのに!
そう強く願った瞬間に、誰かの声が、俺の頭に直接響いた。
◇◆◇◆◇
――――何を望む?
誰だ、お前は。
そして、俺は問いかけながら周りを見回した。
そこは、海の中ではない。明らかに別の空間・・・何もない、真っ白な空間・・・
そして、様々な紋章のようなものだけが辺り一帯に浮かんでいる。古代ギリシア、溶けた鉄、輝く槍、他にも色々と・・・合計、十個の紋章がある。これは、俺が掌握した権能の数と一緒だ。
そうか、ここは俺の意識の中。そうなんだな?
――――いかにも。して、お前は何を望む?
何でもいい。ここから、二人揃って生き残れる手段だ。
俺はそう言いながら、そこにいるやつに視線・・・意識を向けた。
そこにいたのは誰だかわからない外国人・・・いや、オランダ人だった。
今までにも、掌握の瞬間にここに来たことはあるし、そこで俺が殺した神の残留思念的なヤツと会話して、権能の掌握に至ったこともある。
でも、俺はこんな神を殺した記憶はない。
――――目の前の神を殺す力ではないのか。
ああ、それより今はここから生きて帰ることだ。それさえ出来れば、あの蛇は俺の権能で殺せる。
それでも、俺には何故だかわかった。コイツは、俺が殺した神だと。
――――であるならば、簒奪してみせた力を使えばよい。
無茶言うんじゃねえよ。第一、言霊が唱えられない。
――――鳴らせ。我らのように、叩いて鳴らせば言霊の代用にはなる。
それはそれで無茶苦茶だな。いや、俺らなんて無茶苦茶の固まりだけど。
――――大したことは出来んが、その場から抜け出すことは出来よう。
そこで、俺はコイツの正体がわかった。
そうか、コイツは俺が殺した狸のどっちかだ。
何で狸を殺したはずなのに目の前にいるのがオランダ人なのか、それは俺には分からない。
だが、今はそんなことはどうでもいい。一秒でも早く、力が欲しい!
――――ならば、この力を掌握して見せよ。
ああ。貰うぞ―――その力!
俺は意識の中でオランダ人に手を伸ばし・・・その中にある、木の葉と煙の紋章を、掴み取った。
◇◆◇◆◇
意識がこっちに戻ったか・・・でも、凄く落ち着いてる。
俺がどんな権能を手に入れたのか、正直表面しか理解できてない。それでも、この状況から簡単に抜け出せるのだけは分かる。
まあ、なんにしても・・・まず、林姉をどうするか、だよな・・・このまま権能使ったら、俺の代わりに林姉が巻き込まれかねない。そうなったら、間違いなく林姉が死ぬ。
かといって、腕とかをタップすることも声をかけることも出来ないわけで・・・これしかないか・・・
俺は、林姉の口の中に俺の舌をねじ込んだ。
「?!‘*#$%$“#”?*!!?」
わっかりやすい反応をして、林姉は俺から離れる。
顔も真っ赤だな・・・今回ばかりは、結構罪悪感が。
そんな事を考えながら、俺は林姉に対して頷いた。
大丈夫、後は何とかするから、という意味を込めて。
それがちゃんと通じたのかは知らないけど、林姉はそのまま少し離れて、距離を置いてくれた。
よし、あとは・・・俺は締め付けられている中で全力で動き、体は背中側に、手はそれと反対向きに動かして空間を作り・・・ポン、とはらづずみを打つ。
その瞬間にドロンッと音を立てて・・・俺は小魚になった。
なので、俺は締め付けられる前に全力で泳いで逃げ出し、林姉のそばで再びもとの姿に戻る。
すぐ横で林姉が驚いた顔をしているが、それを無視して脇に抱え、全力で泳ぐ。
後ろから何かでかいのが追って来てるのだけは分かったから、水中で素早く動く自分、を想像しながら再びお腹を叩き、一気に加速する。
そのまま水面に出るのと同時に、言霊を唱える。
「我は緑の守護者。緑の監視者である。我が意に従い、その命に変化をもたらせ!」
海底に生えていた海草、あれだって植物の一種だから豊穣王で操ることが出来る。
それをまとめて操って、即席の足場を作成。林姉をそこに寝かせる。
「ムー君、これは・・・?」
「海草のベッド。寝心地の方は保障しないけど、それでも安全地帯であることは保障するよ」
そう言いながら林姉の頭をなで、言霊を唱える。
「この世の全ては我が玩具。現世の全ては我が意の中にある。その姿、その存在を我が意に従い、変幻せよ!」
言霊を唱えて、俺は先ほど掌握した権能の半分を発動。
そのまま海草のベッドに手を向けて、
「汝は不動要塞。何があろうとも、汝に及ぶ被害は存在しない」
そう、その存在を変幻させる。
この瞬間から、ここには一切の被害が及ばない。そんな空間に変幻した。
まあ、まつろわぬ神かカンピオーネが権能で攻撃したらその限りじゃないけど、それでも津波なんかからは守れる。
「じゃあ、そこでちょっと休んでてよ。その間に、俺があの蛇殺してくるから」
「あ・・・うん。いってらっしゃい!!」
林姉の笑顔に送られて、俺は跳ぶ。
そして、掌握した権能のもう半分を、発動する。
「我が姿は変幻自在。我が存在は千変万化!常に我が意思のみに従いて、自由自在に変幻する!」
この瞬間に、俺の頭の上に木の葉が現れる。
いかにも狸っぽくて、いいじゃないか。あ、念のためにあれも使っておくか。
「我は永続する太陽である。我が御霊は常に消え常に再臨する。わが身天に光臨せし時、我はこの地に息を吹き返さん!」
そして、この言霊を唱え終わるのと同時に、俺は海に入った。
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