ゴミの合法投棄場。
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魔王様の諦め癖。
前書き
BL注意
少年の両親はどちらも見事な金髪だった。 しかし、少年の髪は黒かった。
『誰のガキだこの売女め!』
『酷いわ! 私にはあなただけよ!』
少年の家庭は崩壊し、少年は祖父母に預けられた。
少年が物心の付く年齢になると、祖父母は少年を奴隷のようにこき使った。
少年は祖父母に愛される努力をしたが、祖父母は少年を憎んでいた。
やがて祖父母が事故で死ぬと、少年はその葬式で久しぶりに母親に会った。
少年は涙を流して母親にしがみついた。 母親はそんな少年を振り払い――
そして孤児院に捨てられた。
――少年は愛を諦めた。
学校に入学すると、孤児であることを理由にいじめられた。
そのことを孤児院の職員に相談すると、職員は曖昧に微笑み『耐えるしかない』と言った。
学校の先生はいじめを黙認した。
少年はイジメに抵抗し、戦った。 身を守ろうと振り上げた手がいじめっ子に当たり、いじめっ子は怪我をした。
大人たちは少年を責めた。 誰も少年の話を聞かなかった。 なぜなら彼が孤児だから。
悩みを相談していた孤児院の職員は、学校の先生やいじめっ子の保護者に頭を下げ、少年にも謝るよう強要した。
孤児院に戻ると、職員に殴られた。
『迷惑をかけるな』
――少年は救いを諦めた。
何年かして、少年に友達ができた。 友達は少年が孤児であることを気にせず、いろんなことを教えてくれた。
少年は初めて幸せを感じた。
少しすると、友達に愛の告白をされた。
『君が好きだ』
少年は戸惑った。 友達は同性だったからだ。
考えて、考えて、考えて。
少年も友達が好きだということに気付いた。
『僕も君が好き』
そう告げた途端、友人の友人達がわらわらと物陰から出てきた。
少年が友達の告白に対して何と答えるか賭けていたらしい。
――友達が少年の友達になったのは罰ゲームだった、らしい。
『お前ゲイかよ。 きもちわる!』
――少年は恋心を諦めた。
少年は誰とも関わることなく、ひたすら勉学に打ち込んだ。 孤児院は大学まで進ませてくれない。 己の武器になるものを何としても学生中に身に着ける必要があった。 一人で生きていくために。
少年は、難関試験に合格し、弁護士の資格を取得した。
これから全てが良くなる。 やっと未来に希望を見出した。
その帰り。
『すみません、雪にタイヤが埋まってしまって、車を動かすのを手伝って貰えませんか』
一人の男が困った様子で少年に話しかけてきた。 少年はそれに笑顔で応じ、男に近寄った。
途端、男は少年を殴り倒し、車内に引きづり込んで少年を拘束した後、車を発進した。
『前から君を見ていた』
雪の積もった山奥で、少年は男に蹂躙された。
少年は何も考えることができず、ただされるがままになっていた。
雪の冷たさが、真冬の寒さが肌に痛かった。
でも、時々肌を這い回る男の手と舌の生暖かさと比べれば冷たい方がましだった。
『君は助けを求めないんだね』
助けなんて諦めたのはとっくの昔だ。
――少年は生きることを――
(っ……諦めたくない……死にたくない、まだ、死にたくないっ)
(本当は何も諦めたくなかった。 愛して欲しかった。 助けて欲しかった。 本気で彼が好きだった)
(幸せになりたかった……!)
(――でも、望んだって現実は変わらないんだ)
(――……もう、いいや)
――少年は生きることを諦めた。
――――――
――――
――
ふと少年が目を覚ますと見知らぬ部屋にいた。
黒を基調とした見るからに豪華な部屋。 ただし、インテリアの趣味は最悪。
柔らかな布団に身を横たえたまま呆然としている少年の耳を聞きなれない声が打った。
「お目覚めになりましたか」
それは、酷く聞きとり辛い声であった。 その声の主へ視線を動かし、少年は目を見開く。
「おめでとうございます。 貴方様は選ばれました」
声の主は異形の者であった。
身体は確かに人間の物であるのに、首から上は動物の山羊そのものだ。
一瞬被り物かと思ったが、あまりにもリアル過ぎるそれが本物であることを主張していた。
「……何に、選ばれたんですか?」
やや投げやりに聞くと、山羊頭の男は目を細め少年をじっと見据える。
「私に敬語は不要でございます。 ――あなたは、異界の地よりこの地の『魔王』として選ばれました」
「魔王? というと、人類の敵で勇者に滅ぼされるアレ?」
山羊頭の男はフシューと息を吐き出した。
「人類の敵ではありますが、今から勇者に滅ぼされるなどと言う弱音を吐かれては困ります。 貴方様のお仕事は、薄汚い人類を滅ぼし魔族の楽園を創造すること。 その最大の障害が勇者です」
「へぇ。 なんだか大変そうだね。 俺、この世界のこと何も知らないんだけど」
他人事のように空っぽな笑みを浮かべた少年に、山羊頭の男は淡々と言葉を続けた。
「魔王様に出来ぬことは殆どございません。 全ての事象が魔王様の御心のままに―― 魔王様は不老にして不死。その身を傷つけることが出来るのは勇者のみ。 時間はたっぷりとございます」
「不老不死ね。 すごいな。 ……なぁ、お前は魔族で、俺はお前ら魔族って奴の王様なんだよな?」
「左様にございます」
「……頑張って人類滅ぼしたら、お前らは俺のこと愛してくれる?」
柔らかく笑みを浮かべた少年に、山羊頭の男は首を傾げた。
「――『アイ』? それはどのようなものでしょうか?」
「……はは、何でもないよ。 ただの戯言さ」
――――――
――――
――
それから数年後。
山羊頭の男の話を全く信じていなかった少年であったが、実際に数多の魔族を見て、その『世界』に暮らす人々と関わっていくことで、自分が異世界に転生し魔王となったことを信じざるを得なかった。
あちらこちらで火の手が上がり、黒煙がもうもうと立ち込める廃墟と化した街を少年は無表情に見つめる。
つい先ほどまで多くの命の営みが行われていたそこそこ大きな街だった。 しかし、今はもうその街に生きる『人間』は存在しない。
「お疲れ様でした、魔王様」
「……山羊。 いたんだ……別に疲れて無いよ」
「そのようですね。 ――またそのような髪色をされているのですか」
いつの間にか後ろに立っていた山羊頭の男――魔族は名前を持たないが故に、少年は山羊と呼んでいる――に髪色を指摘され少年は苦笑しながら毛先を指先で弄んだ。
少年の髪の色は見事な金髪となっていた。 もはや母の姿は思い出せないが、両親共に金髪であったことは覚えていた。
「この色にしていると人間は優しいからね。 落ちたリンゴを拾ってあげたら笑顔でお礼を言われたし、子ども達にサッカーを教えたらもうみんな夢中になっちゃって。 楽しかったなぁ。 でも、黒髪を見せた途端に悲鳴を上げながら逃げ出すんだ。 そのうち武器を持って襲ってくる。 酷いよね」
「……黒髪の人間は存在しませんから当然の反応でしょう。 ――魔王様は、人間に好まれたいのですか?」
「好まれたい? あはは、俺が人に好まれるわけないだろう。 魔王だしね。 それにもう――今更じゃないかな。 俺がいくつの街を滅ぼしたか知ってるだろ?」
山羊の質問を巧妙にはぐらかし、髪色を黒に戻した少年――魔王は乾いた笑みを浮かべて、ふと身体の動きを止めた。
(あ――今……)
勇者、生まれた……?
【Q.《魔王様の諦め癖。》を合法投棄場へ投棄しますか? →Yes/No】
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