ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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コラボ
~Cross world~
cross world:交互
「ソレイ……ユ…………?」
傍らに立つ着流しを身に纏う少女が、優美な眉丘をひそめながら言う。
その言葉には、かなり複雑な感情が渦のように混ぜ合わさっているのをレンは如実に感じた。
それはそうだ。
待ち合わせ場所に来なかった彼氏が、こんなイレギュラーな事態になって忽然と現れたのだ。手放しに喜ぶよりも先に、不信感が出てきて当然の事なのかもしれない。
そう、イレギュラーな事態。
それが、今現在レンと、ルナと名乗った年上の少女が陥っていることである。
あれから、同じように待ち人があるという理由からか、謎の打ち解け具合を示した二人は、どうやらここでこのまま待っても来そうにないという結論に至り、イグドラシル・シティの中を揃ってダラダラと歩いていたのだ。
異変を感じたのは、その待ち人捜しという名目の散歩が開始してから、かなりの時間が経ってからだった。
その頃には二人して当初の目的は半ば忘れかけ、のんきに露店で販売している食べ物を買い込み、山のように屹立しているそれらをせっせと胃に詰め込むという作業に没頭していた。
なんというかもう、なんで自分達はこんなに歩いているんだろうという疑問が浮かび上がってくるぐらいに。
きっかけはそう。
歩くルナが買い込んだ食糧のうちの一つ、どでかいメロンパンを包む半透明のパッケージを破くついでに言ったような、そんな一言。
「…………そういえば、休日にしては人がいないねー」
その言葉につられたように、ルナの数倍のペースで食べ進め、頬をリスのように膨らませてなお太いフランクフルトに手を伸ばしかけていたレンは、きっちり手に取ったそれを口腔内に放り込んだ後で周囲を見渡した。
そして――――
ゾグッ、と。
体中の毛が逆立つような戦慄に襲われた。
まず驚いたのは、先程まであれほど騒がしかった喧騒の音が嘘のように静まり返っているということ。
そして、立ち並ぶ露店や店から、動くものの一切がいなくなっているということ。
「………………………………………」
「……………………………………………ぇ?」
先に事の重大さに気付いたレンより数瞬遅れ、のんきにメロンパンをかじっていたルナの口許からも笑みが消え、凍ったように呼吸活動すらも止まった。
大き目の瞳がせわしなく動き回り、目蓋が痙攣するようにその動きを早める。
「なん……で、人がいないの?」
「………………夕方だからって訳じゃ……なさそうだね」
ALOに限らず、大抵のネットゲームでは夕方と早朝が一番接続しているプレイヤーが少ないと言われている。リアル側で一番都合がつかない時間帯だからだ。
しかし、いくら少なくなると言っても、それは人種による。
例えば中学生から社会人であれば、会社や部活が忙しいためにインできないという事は分かる。
しかし、小学生はどうだろうか。部活もないし、何より学校が終わるくらいの時間帯だ。アミュスフィアを被る者は多いだろう。
何より、休日なのだ。
いくら少ないとはいえ、それらは全て平日に限ってのことである。アルヴヘイム・オンラインの中心都市、アルンに次ぐといっても過言ではないこの街で、休日にこんなプレイヤーがいない穴のような空白がぽっかりと出現するものなのだろうか。
おかしい。
何かが、おかしい。
じっとりと纏わりつくような、そんな嫌な圧力が全身に掛かり、膝の辺りからギシリというデンジャラスな音が響く。
「……………ルナねーちゃん」
「へっ!?あ、はいッ!」
なぜだか完全に裏返っているその声の主に視線はあえて向けずに、紅衣の少年はあくまで顔を正面に固定したまま、あごを伝う冷や汗という名の液体を拭いもせずに一言。
「来るよ」
ボバッッッ!!!
空気が爆発したような音が、誰もいなくなった大通りに響き渡った。
咄嗟に顔の前で腕を交差する防御動作を行ったルナの前で、ギュリアアアァァァーンンンン!!!という耳をつんざくかのような甲高い金属音が轟く。
遥か前方から何者かが猛烈なチャージを敢行してきた、と脳が判断するのに若干の時間を要した。
その何者かは、ピンと張ったレンの得物と真正面から衝突し、数秒間の間隙の後距離を取るように強引に腕を薙ぎ払って数メートル後退する。
一陣の風が発生し、地面の石畳の上に薄く降り積もった砂粒をまとめて吹き飛ばしていく。
眼を細め、それらをやり過ごした少女が見たものは――――
「ソレイ……ユ…………?」
愛する恋人の姿だった。
そして冒頭に戻る。
油断なく、隙なく距離を測っていたレンであったが、己の背後から漏れ出た呟きに、一気に思考の全てを混乱させられた。
ソレイユ?ソレイユって確か………。
その答えに辿り着く前に、着流しを着た少女がレンの脇をすり抜け、前へと躍り出る。
「えっ?ちょ――――!」
「…………………アナタ、誰?」
「………へ?」
咄嗟に引き止めようとした手がピタリと止まり、なんとも間の抜けた声が口から漏れてしまった。
ただ驚いただけではない。
その言葉の意味が分からなかった。
理解ができなかった。
だってその言葉を額面どおりに受け取るならば、今自分達の目の前に存在している生物はいったい何なのだろうということになってしまう。忍者でもあるまいし、分身という訳でもなかろう。それに、もし分身ならばルナという名の少女の言葉はもっと違う言葉になっていたはずであり、こんなアンチフレンドリーなものではないはずだ。
「アナタは………誰なの?」
聞こえなかったと思ったのか、それとも別の理由からか、ルナは繰り返しそう言った。
しかし、当の本人である黒衣の少年は、まるでこちらの言葉が聞こえていないかのように、構えたままの体勢で沈黙している。
焦れるような数秒間の後。
『……………除sdf』
「「…………?」」
『jmvs排除dlksgv;除害nhlk駆除adsh除去agvdsn』
滑らか過ぎて、逆に無機質な音声が空間内に放たれた後、伏せ気味になっていた少年の瞳に力が入ったような気がした。しかしそれは歓待するべきことではないかもしれない。なぜなら、こちらを見る少年の瞳に宿ったのは、明らかな敵意の二文字なのだから。
『dfkj除斥dsk除伐as除名dklg除菌sh』
ゴアッッ!!!と風が吹き荒れる。
四方八方、もしかしたらイグドラシル・シティ全体に今現在流れている大気の流動、その全てが目の前のソレイユと呼ばれた少年を中心に集まっていく。
―――桁が………違いすぎる!
冷水をぶちまけられたかのような感覚が全身に走った。
とても人間に出せる出力の心意現象には、にわかに思えなかった。生態の脳が出せる、つまり一個人の生命体が成せるイメージの総量には絶対的な限りがある。それを超えることは、人間が人間である以上絶対に不可能なことなのだ。
―――なんだ。
しかし
だけど
それなのに
目の前の少年は、まるでその絶対的にそびえる壁などないかのように、軽々とそこを越えてきた。ただ、自分たちを葬り去るという、それだけの理由で。
―――僕たちの目の前にいる生物は、なんだ…………!!?
混乱の真っ只中を極める中、こちらにはまったくお構いなしに少年が災厄の塊のような両腕を振り下ろす。そこには、慈悲も、容赦もない。ただただ、目の前に存在するものの一切を排除するという意思しか持ち合わせていなかった。
くそっ!と半ば吐き捨てるように紅衣の少年は叫び、精神を深い心の底へと突き落とす。
「ルナねーちゃん!」
「なっ、なにッッ!?」
「もうここまで来たら分かると思うけど、たぶんアレはねーちゃんの探してる人じゃないでしょ!?」
怒鳴るように問うたレンのその声に、思わずといったように肩をビクリと震わせつつも、ルナは同じように叫び返した。
「あんなの、ソレイユじゃないよ!何より、剣が違う……」
「……………そ。なら良かった」
良かった?と目を剥きながらこちらを見る少女の視線に構うことなく、レンは天高く己の両腕を上げた。ちょうど、今しがた振り下ろされてくる暴風のギロチンを防ぐように。
『……………vnk.da?』
何をしているのか理解できない、という風に首を傾げる黒衣の少年に、紅衣の少年は微笑みかけた。これ以上ないくらいに不敵な、そんな笑みを。
溢れ出るのは咆哮。
「闇よッッ!!」
次の瞬間、視界が満面の黒に塗りつぶされた。
バフォッ!という音とともに、顔面を風が乱暴に叩いた。
あの竜巻のようなギロチンがついに薙ぎ払われたのかと体が硬直するが、しかしそれにしてはおかしい。あまりに顔に当たる風がソフトすぎる。これでは、ジェットコースターに乗っている時に感じる風と同じくらいなのではなかろうか。
そう思い、ルナと呼ばれる少女はおそるそる目を開いた。
そして――――
「な、なにこれ!?」
「あ、気がついた?」
のんきな声でそう言い放った少年の声に、しかしルナと呼ばれる少女は返事を返すことができなかった。
当たり前だ。
目覚めたら、雲海の一歩手前くらいの遥か上空を、ジャンボジェット機もかくやという超スピードで移動しているなんてことは夢にも思わなかったのである。
「…………レン君、君は何をしてるのかな?」
冷静に、きわめて冷静で冷え切った声とともに、少女は少年に問う。その声と顔に滲み出る冷笑が、紅衣の猫妖精の内心を震え上がらせていることにルナは気づかない。
しかしそんなルナの様子など歯牙にもかけない様子を演じて、幼い少年は言う。
簡潔に、言った。
「逃げるんだよ」
「…………………………………」
「状況がおかしすぎる。いったん退いて、態勢を整えたほうがいいと思うんだ」
冷静なその言葉に、少女の脳はようやくパニックから脱し、正常なギアの回転を取り戻していった。
かつて、あの鋼鉄の魔城にて参謀長を務めていたころの、あの頭脳を。
「……………どこに、行くの?」
「僕の家。たぶん、半端なトコに逃げ込むよりも、幾分かはマシなはずさ」
ちっとも自慢げに言わない少年を見ていれば、その彼所有のプレイヤーホームでも、アレを足止めするには自信がないということの表れであろう。
そこで少女は首を巡らせて振り返る。
もう薄れ掛けている首都、イグドラシル・シティには、街全体を包み込むかのような《闇》が出現していた。おそらく煙幕みたいなものであろうそれは、周りの空間をジワリ、ジワリと侵食していくかのように、徐々に膨らんでいる。
「あれも、君が?」
「うん、気休めにしかならないと思うけど」
そう言う彼の頬には、玉の汗が滲んでいた。
きっと、それほどの力だったのだろう。アレは、もはや人間が介入していいレベルのものではなかった。
理と書いて『ことわり』と読む。
そんな力の塊だったのだ。
言葉の疎通もできない。つまりは意思の交換、または理解もできはしない。したがって、説得やネゴシエーションの類も却下される事になる。
じわり、と少女は嫌な汗を感じ取る。
打つ手がない。
それゆえの、逃走であった。
重くなる空気の中、レンはふと気が付いたとでも言うように言った。
「ずいぶん落ち着いてるね、ルナねーちゃん」
「………………………………」
そう言われればそうだ。
こんな、ゲームすらも通り越した非現実的な現実を目の当たりにしたばかりの今に至って、少女は他人事のようにその事実に思い至る。
驚きはそりゃしたが、今となってはあまつさえ受け入れ、柔軟に対応策へと頭をシフトさせている始末だ。
これはいったいどういうことなのだろう。
いや、その問いかけもまた愚問なのだろうか。
なぜならその答えは、分かり易過ぎるくらいにはっきりしているのだから。
―――ソレイユ。
愛せる人。
愛する事ができる人。
あの男に振り回された事を、たぶん自分は一生忘れる事はないだろう。
長い、本当に長いため息の隙間でルナは言う。
「まぁ、色々あってね」
その言葉が、とあるちっこい少年を悶々とする思考の海の中へ突き落とした事を、少女は知る由もなかった。
後書き
はいコラボ四話目でごぜいやす。
レン君側でも事が起こり始めましたね。てか、起こりましたね。
………うん、なんだろ。
言う事ねぇなぁ………。
いや、ホントね。こんな一話一話批評してると、話すネタがなくなってくるんですよね。
うん、まぁ。
次話もお楽しみに。
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