ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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天使炎上篇
14.模造の天使
彩斗は古城と雪菜にあらかたのラ・フォリアがここにいるわけを説明した。
「事情はわかりました。ですが、なぜ緒河先輩がラ・フォリアと一緒にいるんですか?」
雪菜は怒っているような口調で彩斗を問いただす。
「そ、それは……」
夏音のことで独断で行動したことを怒っているわけではない。多分、彩斗が一般人ならこんなことにはならなかっただろう。
つまりは、雪菜は“神意の暁”である彩斗が勝手に動いたことに怒っているのだろう。
どう言い訳するか考えているとおっとりとした声が後方から聞こえる。
「それはわたくしの救出に来てくださったのです」
居心地の悪い空間にラ・フォリアが悪戯をするような笑みを浮かべながら彩斗を碧い瞳が見つめる。
ラ・フォリアが言いたいことは、自分の話に合わせろということなんだろう。
「そ、そうなんだ。夏音のことを調べてたらこの島に王女様がいるって情報を手に入れて……それで」
「彩斗、王女ではなくラ・フォリアです!」
ラ・フォリアが頬を可愛らしく膨らませる。
「───!」
すると突如として血の中に潜むあいつが彩斗へと膨大な魔力の塊の出現を感知させる。
突如として立ち上がった彩斗に古城たちは少し動揺している。膨大な魔力の塊が出現したにも関わらず、剣巫の少女も、第四真祖の少年も、アルディギア王国の王女も感知できないはずがない。
すると唐突に雪菜が立ち上がり、銀色の槍を展開する。
「船です」
彼女が見ている水平線の片隅に、黒い船、彩斗が破壊した揚陸艇がこちらへと向かってくる。
「あの船……また機会人形か?」
うんざり気分で古城が呻く。
「いえ、あれは──」
古城を制止するように、雪菜が言う。
彼女が指さしたものを見て、古城は戸惑いの声をあげる。
揚陸艇の甲板に二人の人影が立っている。
だが、それよりもさきほどまであれだけの魔力があったのにそれが存在しなくなっている。
ベアトリスたちの揚陸艇が先ほどの揚陸艇と同じ場所に上陸した。
最初に船を下りてきたのはベアトリス。革製の深紅のボディスーツ。
彼女の次に、聖職者を思わせる黒服の男が上陸してくる。
最後に、キリシマが甲板から顔を出す。
「よう、バカップル。元気そうだな。仲良くしてたか?」
「……ロウ・キリシマ……てめぇ、よくもぬけぬけと」
「待て待て。恨むならあの女を恨めって言ったろ。俺はただ使いっ走りだっての」
部下に押し付けられたベアトリスが、気怠そうに髪をかきあげた。
「久しぶりですね、叶瀬賢生」
無防備に前に出るラ・フォリアが、黒服の男を見つめ言った。
「殿下におかれましてはご機嫌麗しく……七年ぶりでしょうか。お美しくなられましたね」
「わたくしの血族をおのが儀式の供物にしておいて、よくもぬくぬくと言えたものですね」
冷ややかな口調で、ラ・フォリアが答えた。賢生は一つも表情を変えない。
「お言葉ですが殿下。神に誓って、私は夏音を蔑ろに扱ったことはありません。私があれを、実の娘同然に扱わなければならない理由──今のあなたにはおわかりのはず」
「実の娘同然の者を、人外の者に仕立て上げようとしたと言うのですか」
ラ・フォリアの口調に、非難の響きが混じる。
「いえ、むしろ実の娘同然なればこそ、と申し上げましょう」
銀髪の王女は溜息をついた。
「叶瀬夏音はどこです、賢生」
「我々が用意した模造天使の素体は七人。夏音はこれらのうち三人を自ら倒し、途中で敗北した者たちのぶんも含めて六つの霊的中枢を手に入れました。人が生まれ持つ七つの霊的中枢と合わせて。これで十三。それらを結びつける小径は三十。これは人間が己の霊格を一段階引き上げるのに必要十分な最低数です」
賢生が丁寧な口調で告げる。その口振りに古城はなにを言っているのかわからなかった。
その時だった。とてつもない魔力が空気中に止め度なく流れ出るのを感じる。それは古城の後方。
驚いて振り返る古城は、驚愕する。
その魔力の正体は、伝説上の吸血鬼“神意の暁”の力を持っている少年によるものだった。その魔力からは、どこか怒りにも似た感情が溢れ出ているように感じる。
「彩斗?」
彩斗は膨大な魔力を放出しながらラ・フォリアの横を通り賢生と対面する。
「んなことは、どうでもいんだよ……夏音はどこだ……叶瀬賢生」
鋭い眼光が賢生を睨みつけている。
「そこの坊やは話が早くていいわね。だからあんたたちにはチャンスをあげるわ」
ベアトリスが舌なめずりをしながら気怠そうな視線を向ける。
しかし動いたのは彼女ではなく、賢生だった。彼が黒服の懐から小型の制御端末を取り出し、それを見たキリシマが甲板に積まれたコンテナケースを開ける。
棺桶に似た気密コンテナ。
その中に横たわる小柄な少女が、白い冷気をまとったままゆっくりと起き上がる。
患者着に似た衣服。剥き出しの細い手足。綺麗な銀髪。そして不揃いな醜い翼。
「──叶瀬!」
「叶瀬さん!?」
眠りから目覚めた少女へと、古城と雪菜が同時に叫んだ。
ベアトリスは、なんの感情もわかないという瞳で眺めている。
「第四真祖に、獅子王機関の剣巫。それとそこのバカな魔力を垂れ流しにしてるガキ。三人がかりで構わないからさ。あの子と本気で戦ってやってくれる?」
彼女の言葉に古城は怒りを通り越えて唖然とする。
「──っざけん……」
「……ふざけんなよ」
古城の叫びにかぶるように彩斗の冷気をまとったような声が響く。
その言葉にベアトリスは、一瞬固まる。
彩斗の溢れる魔力は先ほどよりも小さくはなっているがそれ以上に魔力とは違う怒りの感情が魔力を通じて溢れ出てきている。
雪菜はそんな中、刃を向ける。
「叶瀬さんを、兵器として売り出すつもりですか」
「ちょっと違うけど、まあそんなにはずれてもないわね」
クックッ、とやる気なく笑う。
「戦う気がないってんなら、べつにそれでも構わないわよ。大人しく死んでもらうだけだから。残念ね。無事に生き残れたら、あんたたちは見逃してあげようと思ってたのに──それにほら、彼女はすっかりやる気みたいよ」
「なに……!?」
夏音の身体から噴き出した異様な瘴気に気づいて古城は愕然とする。
不揃いな翼を広げて、夏音がゆっくりと浮上する。見開かれた彼女の目に感情の色はない。
「あなたはそれでいいのですか、賢生」
制御端末を握る賢生を見つめて、ラ・フォリアが問う。
賢生は、視線から逃げるようにし、端末に向かって呼びかける。
「起動しろ、XDA-7。最後の儀式だ」
翼を広げた夏音が浮上する。真っ先に動いたのは銀色の閃光だった。
雪菜だ。“雪霞狼”を構えた雪菜が跳躍し、その刃を夏音へと突き立てる。
魔力を無効化し、結界を切り裂く槍。
つまりは夏音の術式を破壊してしまえば、人工の天使の彼女は動きを止められると考えたのだ。
「くっ──!?」
夏音の肌に穂先が届いた瞬間、弾き飛ばされたのは雪菜のほうだった。どうにか着地する雪菜。
「これは!?」
雪菜の攻撃がなかったように夏音は空へと舞い上がる。
「神格振動波駆動術式……獅子王機関の秘奥兵器“七式突撃降魔機槍”か」
賢生は満足そうに呟いた。
「無駄なことだ。人の手で生み出した神の波動が、本物の神性を帯びた模造天使を傷つけられる道理もあるまい」
「そんな……ことが……」
雪菜が唇を噛む。
それに対して賢生の言葉に彩斗は小さく笑みを浮かべる。
「つまりは、同じ次元の力なら止められるってわけだな」
彩斗の言葉に賢生の表情が少し動揺したようになる。
すると雪菜が賢生へと向き直り、彼女が駆ける。模造天使が止められないなら制御端末を狙おうとしたのだろう。
しかし、彼女の行く手を深紅の一閃が拒む。
「──だから、あんたの相手はそっちじゃないっての」
彼女の前に女が立ちはだかる。
噴き出す鮮血が彼女の手の中に紅い槍を出現させる。大柄の女の身丈ほどを上回る長槍だ。
「姫柊、夏音は俺と古城に任せてお前は、そのババアを止めてくれ!」
「わかりました」
大柄の女は、彩斗の言葉に怒り攻撃してこようとするが雪菜がそれを防ぐ。
彼女のことを信用している彩斗は、夏音のほうへと顔を向ける。
「Kyriiiiiiiii──!」
夏音の喉から甲高い声が迸る。
人間の声帯からはありえない声は、まるで悲鳴のようだ。
夏音を包み込む光が勢いを増す。彼女の肉体が変貌し出す。
口腔を埋め尽くしていた牙は抜け、あどけなかった顔立ちは、黄金律の美貌へと変化。不揃いの醜い翼は、光り輝く三対六枚の美しい翼に変わる。
その翼の表面に浮き上がったのは、巨大な眼球。
「これが……模造天使か……!?」
古城が口を開く。
「夏音……。待ってろ、すぐに戻してやるからな」
上空へと彩斗は右腕を突き出す。
鮮血が噴き出し、膨大な魔力が溢れ出る。
「──降臨しろ、“真実を語る梟”!」
模造天使翼と対照的に美しく輝く翼の梟が宙を舞う天使へと突撃する。
真祖を殺せる降魔槍“七式突撃降魔機槍”でも模造天使の身体を傷つけることはできなかった。
だが、それは人の手によって生み出されたものだったため。
“真実を語る梟”は吸血鬼が従える眷獣。
吸血鬼は神に呪われた“負”の生命体の塊である。そして“神意の暁”は、神の呪いを受けし神々の化身だ。神の使いたる模造天使へと届くはずだ。
神々しい翼の梟は、夏音の翼面の眼球から眩い光が放たれるのを自らの翼で受け止める。すると眩い光は消滅する。
模造天使の攻撃を防げている。それが意味するのは、“真実を語る梟”の翼は、夏音へと届くということだ。
「いけ、“真実を語る梟”!」
神々しい翼の梟が夏音へと激突する。
その瞬間だった。漆黒の影が刹那のように出現し、梟を吹き飛ばした。
「なっ──!?」
驚きで彩斗は声を出すことができない。
“神意の暁”の眷獣を吹き飛ばすほどの何かの存在。
模造天使を守るようにそいつはそこに現れた。
全身真っ黒の巨大な犬。真っ赤に燃え盛るような真紅の瞳。それは考えるまでもなく吸血鬼が従える眷獣だとわかった。
「古城、あいつに手を出すな」
震える声で彩斗は古城を制止させる。
彩斗はあの漆黒の獣が模造天使と同等に危険な眷獣だと吸血鬼の血が告げる。
古城もそれを感じ取ったのか無言で頷いた。
漆黒の獣が咆哮し、こちらへと突進してくる。
「クッソ! ──降臨しろ、“狩人の二牙”!」
突進してくる黒い犬に二牙の猪が真っ正面から突進する。
すると、黒い犬は空中で軽々しいステップで猪を回避する。その後、黒い犬は彩斗めがけて鋭く尖った爪を突き立てた。
「しまっ──!!」
あまりの速さに彩斗の思考が遅れ回避が遅れた。
鋭い爪が彩斗の身体を深々と抉っていく。
その瞬間、彩斗の身体を膨大な魔力が溢れ出る。
「ま、待て……お前は、出てくるな!」
彩斗の身体を包んでいた魔力は徐々に形を形成していく。
鮮血を思わせる真っ赤な鬣の獅子が魔力の塊から姿を現した。
実体を持った獅子は、狭い檻から解き放たれたように目の前の漆黒の獣へと飛びついた。
「待て、“戦火の獅子”!」
彩斗の叫びとともに“真実を語る梟”が身体から飛び出した。
“神意の暁”の意思を読み取り、自ら梟は出現したのだ。
「アテーネ! アレスを止めろ!!」
彩斗の声に応えるように梟は、神々しい翼を広げ、鮮血の獅子と漆黒の獣めがけて突進する。
神々しい翼が二体の眷獣を貫く。
その瞬間、彩斗の身体を激痛が走る。
二体の眷獣を同時に消失させられたダメージが身体に容赦なく襲いかかる。
「彩斗!」
「彩斗!?」
「先輩!?」
古城たちの声を最後に彩斗の意識は、この世界から途絶えた。
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