ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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天使炎上篇
13.無人島の王女
「はぁー……なんでこんなことに」
太陽が水平線に昇り始めた。朝を告げる陽射しは吸血鬼の天敵だ。
だが、そんなこと気にする余裕がないくらいに緒河彩斗は危機に陥っていた。
正面には何もない海が広がっている。後方には、軽く彩斗の背丈の二、三倍はあるのではないかと思うほどの高さの椰子の木にその奥が森となっている。
「さすがに無計画すぎたかな……」
いわゆる無人島に緒河彩斗は一人いた。なぜこんな状況に陥っているかというと深夜に遭遇した少女から渡された四つ折りの紙。そこには小学生が描いたような簡単な円と矢印のみのこの島へと地図だった。半信半疑でその地図を信じて彩斗はこの無人島へと訪れた。
少女の助言通り、彩斗は絃神島の反対側へと“海王の聖馬”の背に乗ってこの島へと侵入したことによってこんな状況に陥っている。
あの少女に騙されたと考えるのが普通だが彩斗はどこかであの少女が嘘をつかないと確信していた。
彩斗は目を瞑り、この事件の少ない情報を整理し直す。
──“仮面憑き”
──叶瀬夏音
──無人島
がさっ、と後方の森から草木がこすれる音が鼓膜を震わせた。
風が吹いていない状況下で動いた草木に警戒心を高め、振り返る。
そこにいた予想外の存在に彩斗は唖然とする。
「そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ」
彩斗の緊張とは反対的なおっとりした声。
「えっ?」
その姿に彩斗は思わず声を洩らした。
美しい銀色の髪、碧い瞳。日本人離れした端整な容姿。
その顔立ちは夏音に似ていた。
だが、夏音よりもわずかに背が高く、顔立ちも大人びている。
軍隊の礼儀服を思わせるブレザーと、編み上げたブーツを身につけている。
「あんたは……」
警戒心を緩めることができない理由があった。彼女から感じる威厳と、揺るぎない意思の力。それらの圧倒的な存在感が彩斗の血を昂らせる。
警戒する彩斗に彼女は碧い瞳で見返し、悪戯っぽく笑った。
「ラ・フォリア・リハヴァインです」
短いスカートの裾を掴みながら、ラ・フォリアが優雅に一礼する。
「ラ・フォリア……リハヴァイン?」
どこかで聞き覚えのある名前に彩斗は記憶を探る。しかしその答えが出て来る前にラ・フォリアは口を開いた。
「北欧アルディギア王国ルーカス・リハヴァインが長女ラ・フォリア──アルディギア王国で王女の立場にある者です」
ラ・フォリア・リハヴァインと名乗った少女──アルディギア王国の王女様は、驚愕し口をポカンと開けている彩斗に微笑んだ。
ラ・フォリアが乗ってきた救命ポッドは、彩斗が島に侵入した岸に打ち上げられていた。
その救命ポッドは王族の救命ポッドと瞬間的にわかるような恐ろしく豪華な仕様になっている。
「王女様はどうしてこんな無人島にいるんですか?」
ラ・フォリアからもらった非常食を囓りながら、彩斗は訊く。
すると、彼女は少しムッとした顔をする。
「ラ・フォリアです、彩斗。殿下も姫様も王女も聞き飽きました。せめて異国の友人には、そのような堅苦しい言葉で読んで欲しくありません」
「わかったよ、ラ・フォリア。……ってなんで俺の名前を知ってんだよ?」
「あなたのことはよく知っています。緒河彩斗、“神意の暁”の力を継いだ少年ですよね」
「別に継ぎたくて継いだわけじゃねぇけどな」
そっか、短く彩斗はため息をついた。絃神島から離れたアルディギア王国にまで自分の名が届いてしまっていることに彩斗は複雑な気持ちになる。
「で、なんでラ・フォリアはこんな無人島なんかに?」
空腹がまぎれた彩斗は先ほど流れた本題を訊き直す。
「絃神市を訪問する途中に、船が撃墜されたのです」
「撃墜……!?」
「おそらく、わたくしを拉致するためでしょう」
ラ・フォリアはかすかに目を伏せて頷いた。
飛行船からラ・フォリアは救命ポッドに押し込まれ、海に落ちた。
そして洋上を二日あまり彷徨って、この無人島にたどり着いたらしい。
その話に彩斗は気がかりなところがあった。別にラ・フォリアの話におかしなところがあったのではない。彩斗をこの島へと案内した黒髪の少女が残した最後の言葉が気がかりなのだ。
「絃神島の反対側から入ることをお勧めする」という言葉。それはまるでラ・フォリアがそこにいることがわかっていたように彩斗をそこへと誘導したことになる。
だとすると彼女の正体はなにものなのだろう。
「彩斗、聞いていますか?」
綺麗な碧い眼が彩斗の目と合った。
それもわずかに五センチくらいの距離にラ・フォリアの顔はあったのだ。
驚きで彩斗は後方へと慌てて後退する。すると勢い余って椰子の木に頭をぶつける。
「痛っ!」
木にぶつかった衝撃に悶える。
続けてぶつかった衝撃で椰子の実が見事なまでに頭へと直撃し、彩斗はそのまま意識を失った。
「……ん?」
緒河彩斗は目を覚ました。上空には青い空があったはずだが現在は金色の空になっていた。
どうやら椰子の実が激突して気絶した彩斗をラ・フォリアが救命ポッド内部にあったベッドに運んできてくれたらしい。
狭いながらも立派なベッドの上で寝返りを打つ。
「よく眠れましたか、彩斗」
寝返りを打った先に碧い眼の少女が悪戯をするように笑みを浮かべていた。
その瞬間、顔が熱くなり。犬歯が疼き、喉が干涸らびた乾きを覚える。視野が赤く染まる。性欲の昂りが引き金となって生じる吸血衝動が発動する。
だが、それと同時に彩斗の体質も同時に発動してしまう。性的興奮又は、恥ずかしくなると通常の人よりも顔を真っ赤に染めてしまうという体質を持っているせいで“ウブ”などとからかわれる。
彩斗は自らの唇を犬歯で噛む。口内に血の味が広がる。
すると吸血衝動はすぐにおさまる。
「ふぅ〜……勘弁してくれよ、俺のことを知ってんなら吸血衝動のことも知ってんだろ」
ラ・フォリアは再び悪戯するように笑みを浮かべる。
「ええ、存じていますよ。彩斗がわたくしでも興奮するのか少々興味がありまして」
「もし俺が吸血衝動に耐えきれずにラ・フォリアを襲ったらどうする気だったんだよ」
救命ポッドから彩斗は出て背伸びをしながらラ・フォリアへと訊く。
「その時は、責任をとってもらうだけですわ」
ラ・フォリアも救命ポッドから出てくる。
あたりはすっかり暗くなってしまっている。どうやら彩斗は朝に無人島についたにもかかわらず椰子の実のハプニングによって起きた時には夜になっていたということになる。
つまり、彩斗は日の出から日の入りまで寝ていたことになる。よほどの疲れが溜まっていたのだろうか。
それよりも気がかりは、彩斗が寝ている間にこの悪戯好きの王女様が彩斗の身体になにかしていないかだ。
あの感じだとラ・フォリアも彩斗と一緒のベッドで寝ていたような気がする。
それに加えるなら彩斗は寝相がかなり悪い。
逆に寝ている彩斗が彼女に何かしたのではないかと心配になってくる。
「それでは彩斗が起きたことですしこちらに来ていただけますか」
ラ・フォリアは彩斗の手を引っ張りながら森の中へと引っ張っていく。
月の光が辺りを微かに照らすが森の中は闇が深い。こんな時、彩斗は吸血鬼の能力は役立つ。
ラ・フォリアに手を引かれて連れて来られたのは島の中心部。
森の木々と霧に包まれた泉。
透明度が高く澄んだ水面からは、無数の石柱が突き出して、美しい光景だ。
「彩斗、ここで誰か来ないように見張っててください」
「はい?」
なんでだよ、と言おうとした瞬間に目の前の少女はあろうことかブレザーを彩斗の前で脱ぎ出した。
「なにしてんだ、ラ・フォリア!?」
「二日もお風呂に入っていなかったので水浴びをと思いまして」
「だからってなんでこのタイミングなんだよ!?」
「彩斗が眠っている間に行くこともできたのですが……」
ラ・フォリアはそこで言葉をきる。何も聞こえない沈黙の中でラ・フォリアの服を脱ぐ衣擦れの音だけが響く。
「覗いてもいいですが見張りは忘れないでくださいよ」
「覗かねぇよ!!」
見ずともラ・フォリアが悪戯をするような笑みを浮かべているのがわかる。
何分経ったのだろうか。ラ・フォリアが突如として戻ってきた。
すこし違和感を感じたが今、後ろを向けば一糸まとわぬ姿の彼女がいる。
そんな状態のラ・フォリアを近くで見て今度こそ吸血鬼衝動を抑えることができないであろう。
「もういいですよ、彩斗」
振り向くと着替え終わったラ・フォリアが救命ポッドにあったであろうタオルで綺麗な銀髪を乾かしていた。
「彩斗、申し訳ありませんが髪を乾かすのを手伝ってくれませんか?」
「お、おう」
ラ・フォリアからタオルを渡されて綺麗な銀色の髪に触れる。彼女の髪に触れる度に鼻腔に魅力的な香りが吸血鬼衝動を再び発動させようとする。
その時だった。銃弾の音が彩斗の鼓膜を振動させた。
「メイガスクラフトの兵隊が、なんで今ごろ!?」
メイガスクラフトの連中に置き去りにされた古城と雪菜は、武装した軍隊に襲われていた。
「伏せて!」
雪菜が古城を突き飛ばし、そのまま覆いかぶさる。
転倒した古城たちの頭上を、機関銃の一連射が駆け抜けていった。
「問答無用かよ!? いきなり発砲してきやがったぞ──!」
槍を握り直す雪菜。
このままでは逃げ切れないと判断したのか、雪菜が兵士に向き直る。
「先輩、十五秒だけ耐えてください」
古城にそう言い残すと、突然、地面を蹴って薄闇へと飛び込んだ。
「姫柊!? って!?」
雪菜が飛び出して後を追うとするが古城の元へと銃弾が降り注いでくるせいで雪菜の元へ向かうことができない。
「──鳴雷!」
雪菜が、鎧に覆われた兵士の後頭部を素足で蹴り飛ばした。分厚い装甲に護られているといえどもダメージは通る。
「姫柊、無事かっ!?」
集中砲火から解き放たれた古城は、兵士四人を倒した雪菜の方へと走り寄る。
しかし雪菜は、驚愕の表情で背後に跳びずさる。
「まだです、先輩!」
「──え?」
黒い全身鎧に覆われた兵士が、古城の目の前で立ち上がった。
「すみません、先輩……囲まれました」
四方から復活した兵士たちが古城と雪菜を完全に包囲する。
もちろん古城が眷獣を使えば、銃を武装した兵士など、一瞬でこの世界から消し飛ばせる。
だが、古城の眷獣には手加減ができない。
(……どうすればいい?)
古城が考えるその直後だった。
「────!?」
古城たちの目の前で黒鎧の兵士たちが、轟音とともに飛来した閃光に貫かれた。
全身鎧に覆われた肉体が爆散し、どす黒いオイルと金属片を撒き散らす。
続けざまに飛来した閃光が、古城たちを包囲していた兵士たちを薙ぎ払う。
閃光の正体は銃弾。たった二発の銃弾が包囲網を破ったのだ。
「二人とも、無事ですか」
緊張感のないおっとりした声が、近くの岩壁から聞こえる。
そこには美しい銀髪の少女。叶瀬夏音に似た顔立ちの少女。
彼女の手には、金管楽器にも似た美しい装飾の巨大拳銃が握られている。
「呪式銃──!?」
彼女の拳銃の正体に気づいて、雪菜が驚く。
「今のうちにこちらへ。早く」
銀髪の少女は優雅に微笑んで、古城たちを手招いた。
「あなたは──?」
「ラ・フォリア・リハヴァインです。また会えましたね、暁古城」
問いかける古城に、銀髪の少女は優雅に微笑んだ。
「どうして俺の名前を?」
「暁古城なのでしょう。日本に出現した第四真祖の」
驚いて訊き返す古城を見て、ラ・フォリアは不思議そうな顔をする。
「ああ……そうだけど……」
「今のが最後の呪式弾でした」
戸惑う古城を放置して、ラ・フォリアは一方的に会話を続ける。
「彩斗、あの揚陸艇をあなたの眷獣で沈めてください」
聞き覚えのある名に古城は驚く。
「なんだかわかんねぇけど、とりあえず沈めりゃいいんだな」
ラ・フォリアの後方の闇から無気力さが表情に表れる制服を着た少年が右手で頭を掻きながら現れる。
「先輩、来ます」
古城の耳元で、雪菜が警告する。彼女が槍を向けた方向に、新たな兵士たちが見える。
彩斗が右腕を突き出した。溢れ出る魔力が、飛来する銃弾を弾き飛ばしていく。
「──降臨しろ、“海王の聖馬”!」
彩斗の腕から魔力の波動が出現する。それは一角獣の姿を形成し、兵士を吹き飛ばす。
彩斗が操る眷獣、“海王の聖馬”は空を駆け抜けて揚陸艇の上空に到達する。
一角獣が咆哮をあげる。それと同時に揚陸艇周囲の海水が上空へ球体となって上昇する。水を失った揚陸艇は陸に打ち上げられたのと同じような状況。上空の球体を一気に揚陸艇へと叩きつける。
上空から叩き落とされた海水は同時に巨大な津波を起こし、古城たちがいた島の森を飲み込み、そこにいた兵士たちを津波に巻き込み木々もろとも海へと引きづりこむ。
人工的に津波を起こすほどの破壊力。
古城と雪菜は“神意の暁”の眷獣が“第四真祖”と同等に危険なのだと改めて実感した。
「見事です、彩斗。さすがですね」
「なんかお前楽しそうだな」
後書き
ラ・フォリアの喋り方が想像以上に難しくおかしくなってしまっているかもしれません。
おかしいと思いますたら感想で教えてください。
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